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人理を守れ、エミヤさん!

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鉄の心の士郎くん!





「『刺し穿つ(ゲイ)』――ッ!」

 怒りの余り凶悪なる戦士へ変貌する予兆、目映い太陽色の英雄光が迸る。
 槍兵がサーヴァントとなり、神の血を覚醒させる力が宝具と化して、ある程度の任意発動が可能になっていなければ現時点で暴威の化身となっていただろう。理性が押し留めるのは、これが一対一ではないからだ。一度禁忌の宝具を発動すれば敵味方の区別がつかなくなるのは、味方との連携時は致命的失態である。

 槍兵が呪槍を唸らせる。復讐者は槍兵の真名を知るが故にその宝具が己を殺す必殺だと識る。
 真名解放をさせじと『十二の栄光』を発動し、引き出すは第四試練にて生け捕った『エリュマントスの猪』だ。出し惜しみは敗着を招くと弁え、躊躇う素振りすらなく使い捨てる。
 現れるは小山に匹敵する大魔猪。三日月の如き二本の牙と獰猛な瞳が猛犬を睨み付け、轢き殺さんと疾走した。地を蹴る衝撃すらもが軽度の地震を引き起こす。
 光の御子は対人最強の一角、されど彼もまた怪物殺しの名手である。魔槍の本領の出先を潰されたと見るや即座に標的を切り替え、その呪詛を解き放った。

「――『死棘の槍(ボルク)』ッ!」

 一撃を以てして宝具である大魔猪を屠り、消滅させる。その隙に事もあろうに他の全ての英霊を無視して、アルケイデスは盾兵の護るカルデアの急所目掛けて駆け出していた。
 させじと騎士の王が聖剣でその背を切り裂く。背を向けた敵とはいえ戦いは終わってすらいない故に、騎士道に背く所業ではなかった。しかしそれすらもアルケイデスは甘んじて受ける。背中の傷は戦士にとって恥であるにも関わらず。痛手となる傷を、平然と受けて尚走る脚を止めないのにアルトリア達は慄然とした。
 アタランテが矢を射掛ける。神獣の嚢には無意味と知るが故に、剥き出しの踵を射抜かんと。だがこれは、アルケイデスが卓越した眼力で狙いを見抜き狩人の矢を走る足を浮かして踏み潰した。そのまま疾駆するのを止める素振りすらない。アタランテはそれでも猛追する。矢を射掛けながら妨害するのは、己では有効打を与えられぬと知る故に支援に徹していたからだ。

「莫迦が――」

 アルケイデスを超える速力を持つ光の御子が、彼の卑劣な狙いを見過ごす道理はない。
 狩人の援護は充分に役立っていた。一瞬で最高速に達したクー・フーリンは、魔槍に必殺の呪詛を乗せ、ルーンで強化した身体能力を遺憾なく発揮し跳躍する。

「『抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)』!」

 肉体の自壊すら厭わぬ全力を超えた投擲。ルーンが崩れた躰を再生させる激痛など気にも留めぬ全力のそれ。それが放たれるや迎撃などさせぬと限界まで天穹の弓を引き絞ったアタランテが矢を放ち、アルケイデスの魔大剣の腹を殴打した。
 例え本体に影響はなくとも、武器はその限りではない。ならばその挙動の悉くを妨害するのみ。狩人の冷静な一矢は――数多の理不尽を超越した復讐者に通じなかった。

 元より迎撃の挙動は皆無だったのだ。ただ魔大剣の柄を握る手とは反対の手へと『或る物』を現して、口に含んだのみ。アタランテは優れた視力でそれを視認していた。

「いけないッ――!」

 魔槍が飛翔する。それは過たず着弾し、確実にアルケイデスの霊核を破壊してのけた。外道を討ち取ったという確信が、着地したクー・フーリンの動きを止め。――アタランテの叫びにまさかと思った。
 魔槍が心臓を穿つのと同時に、彼は口に含んだ『黄金の果実』を噛み砕いていた。それは黄金の林檎。神々の求めた不死を得られる秘宝である。流石に宝具、そこまでの権能は得られないが、命を与えるという機能のみは残っていた。

 第十一の試練にて獲得した『ヘスベリエスの果実』は、魔槍で即死したアルケイデスを即座に復活させる。
 元より人間の忍耐、その究極の精神を持つアルケイデスが、死んで蘇生した直後だからと脚を止める脆弱さを見せるはずもない。死の実感を息をするように捩じ伏せ、アルケイデスは加速した。

「なんだとッ」

 絶句する三騎の大英雄。されど遅滞は刹那、即座に追い縋るも――さしものクー・フーリンですら追い付くには刹那の間が遠かった。
 魔槍に破壊された心臓は治癒できない……その呪詛は魔術界の理、より大きな神秘によって打ち消されていた。

 アルケイデスが魔大剣に魔力を充填する。立ちはだかったのは赤い弓兵。
 錬鉄の騎士は弓を消し、しかし双剣を投影する事もない。近づかれれば切り結ぶ事すら不可能だと弁えていた。故に彼は復讐者にとっての最悪、カルデアにとっての最善を選択する。

「――貴様なら、確実に此処まで来ると解っていたぞ」
「久しいな、アーチャー。貴様と技を競うのも悪くはないが、今は邪魔だ。失せよ、『射殺す百頭(ナイン・ライブズ)』」
「本来の大英雄には有り得ぬ不遜、油断だぞ」

 魔大剣の真名を含めぬ、ただの斬撃の猛威。それはアーチャーを即死させ骸を四散させるだけの力があった。
 無論アルケイデスに油断はない。これが最速の道だからこその選択だ。光の御子と騎士王らに追い付かれるのは面白くない、故に最小の力で最短の道を駆けようとしたのだ。

 だが弓兵はアルケイデスも認める戦上手。彼の失点は、エミヤシロウに己を止める力はないと見切った事――確かにそうだ。それは事実である。間違いではない。
 しかし元よりエミヤシロウは『戦う者』ではなく……彼の本質は『造る者』だ。己の力で足りぬなら、最悪の復讐者を止められるだけの物を造るまで。

「『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』……!」

 顕現するは一枚の花弁すら古の城壁に匹敵する紅色の楯。それは七枚の守り、完全なそれ。投擲物には無類の効果を発揮する。
 無論、剣技による『射殺す百頭』へその全能を発揮する事は能わない。そんな事は百も承知。あの黒き聖剣の究極斬撃を殆ど相殺してのけた威力は視ている。――そして、その技の起こりとなる予備動作も。

 故に成すは防壁による防禦ではない。魔大剣を振るわんとする復讐者の動作の起こりに合わせ、展開した七枚の花弁を押し付ける(・・・・・)。アルケイデスは舌打ちして半歩下がり、紅色の楯を魔力消費のない奥義を以て破壊する。
 それはアイアスの楯を破壊して尚も破壊力を残し、エミヤシロウに深傷を与えた。

「グッ、」

 右肩から左腰にかけて袈裟に切り裂かれ、錬鉄の騎士は苦悶する。一直線に詰め寄ったアルケイデスの拳が彼を殴り飛ばし、赤い外套の弓兵は藻屑の如くに吹き飛んだ。
 半歩の間。宝石に勝る至玉の時。アルケイデスは忌々しさを圧し殺し接敵する。最後に立ちはだかるはカルデアの楯。迫り来る真紅の復讐者の圧力に怯みながらも、少女は怯懦に固まらずに裂帛の気を吐いた。

「行かせません――ッ! 私は、先輩を護る!」
「やれるのか、私を相手に」
「やって――見せます!」

 十字の大楯は聖なる護り。復讐者は呵責なき猛攻に打って出る。
 一歩も退かぬと唇を噛み締め、アルケイデスの剣撃を凌ぐ。刺突、斬撃、打撃、瞬間的に楯を打ち据えられる二十七の暴威。アルケイデスは賞賛する。

「見事。我が最強を以て、貴様の矜持を打ち砕こう」

 賛辞は本物だった。無垢なる少女の清らかなる誓いを、復讐者は嘲る事なく認める。
 認めたが故に魔大剣の力を発露させるのだ。吹き荒ぶ殺意の颶風が気弱な心を殺さんとする。

「っ。――護る、私がぁ! 先輩を! 護る! 例え誰が相手でも――絶対に負けない!」
「『射殺す百頭(ナイン・ライブズ・マルミアドワーズ)』」
「顕現せよ! 『いまは遥か理想の城(ロォォドッ・キャメロット)』ォォオオ!!」

 開帳される殲滅の嵐。耐えきって見せると吼える心の護り。その心に一点の曇りなし、故にその尊さは復讐者を驚嘆させ――その隙を狙い撃つからこその暗殺者。

「宝具解放。『時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)』」

 神速へ至る加速のそれ。銃器、ナイフは効かないのは把握している。故にこそ暗殺者はたった一つの最悪の手段に訴えた。
 聖なる楯に阻まれた復讐者の背後を取る。そしてその太い首に腕を回して圧迫した。意識を瞬間的に落としに掛かったのだ。だが――復讐者は微塵も動揺しない。余りに非力、暗殺者の腕を掴むや手首を破壊し、躰を捻って前方の少女の楯に叩きつけ、その胴へ魔大剣の切っ先を埋め込む。
 暗殺者に成す術はなかった。徒手空拳の業すらも最高峰の復讐者である。マシュが悲鳴を上げようとし。消え行く赤いフードの暗殺者は不敵に嗤う。

「――卑怯だと思うか? なら、それが貴様の敗因だ」
「……!」

 錬鉄の弓兵が稼いだ半歩の(とき)
 無垢なる少女が凌ぎ、暗殺者が封じた()
 ――これで間に合わぬようで、何が最強の槍兵だというのか。

 ちり、と焦げ付く戦慄の予感に、アルケイデスは咄嗟に魔大剣を背後へ振るう。
 かち合った魔槍と魔大剣の鬩ぎ合いを基点に地面が陥没し、アルケイデスの両足が足首まで地に埋まった。
 真紅の双眸が告げていた。赫怒を。謳っていた……曇りなき殺意を。上空より最大の遠心力を乗せた撃ち下ろし。魔槍の一撃を受け止めた魔大剣を支えに、光の御子は魔人の挙動を魅せる。
 魔大剣を支えに体勢を変え、そのままの勢いで復讐者の背後に跳びながら首を刈り取る蹴撃が放たれた。死角から迫るそれを片腕を上げて防いだアルケイデスだが、意識の外から飛んできた衝撃によろめく。

 ――蹴られた?

 側頭部に重い蹴撃を受けたのだ。バカな、私は防いだはず――その驚愕で鈍る男ではない。不利な体勢、不意の奇襲を受けた故に見切れなかっただけの事。同じ手は二度と受けない。
 光の御子が盾兵の少女を背に着地する。真紅の復讐者が魔大剣を構えて対峙する。
 転瞬、同時に馳せた驍勇の魔人ら。魔槍と魔大剣が交錯する度に大気がひび割れ、余波で地面に裂傷が刻まれていく。アルケイデスは光の御子を相手に接近戦は不利と認めた。人を相手にした戦歴に於いては、己はこの大英雄に劣る。技量は拮抗していても、人を相手にした戦いの巧さで負けている。
 激甚なる剣戟の中、アルケイデスの腕に『軍神の戦帯』が纏われる。膨大な神気を魔大剣に流し込み、光の御子を弾き飛ばした。

「ヌ――」

 手応えが軽い。咄嗟に自ら後ろに跳んだのだと理解した彼に、クー・フーリンは煮えたぎる笑みを投げ掛けた。間抜け――罵倒の真意は、果たして。

 答えは先刻の再現。
 強襲した声無き聖剣の輝きを視界の隅に捉えてアルケイデスは悟る。
 なるほど、敵中深くで囲まれるのは御免被りたいが――ならば執るべき策は有言実行、それ一つのみ。

「はぁああ!」

 生身の人間、ネロ・クラウディウスが赤い剣に炎を纏って斬りかかってきた。無造作に神獣の嚢で受け、アルケイデスは反撃に拳を握る、と見せ掛けその場で真上に跳躍する。アルトリアの聖剣を迎撃したのだ。魔大剣を巧みに操り、獅子の如き戦意を露にする騎士王を叩き落とすや、魔大剣の柄を口に咥えて大弓を顕す。
 青銅の矢をつがえ、『ステュムパリデスの鳥』を明後日の方角に射ち放って黒き騎士王を強引に足止めするや、次々と矢を撃ち込む。

 狙いは士郎、アイリスフィール、ネロ、そして神話の戦いに呆然とする海賊達。

 士郎への矢はマシュが。アイリスフィールは地面に叩きつけられていたアルトリアが。ネロは駆けつけたアタランテが引っ掴み強引に回避させ、海賊への矢はクー・フーリンが弾き飛ばす。
 それで充分。喚び出すはケリュネイアの牝鹿である。その背に着地したアルケイデスは巧みに牝鹿を操り疾走させ、クー・フーリンに匹敵する速力を発揮する牝鹿の背から矢継ぎ早に矢を放ち始めた。

「クソッタレがぁ!」

 悪罵がクー・フーリンの口を衝いて出る。狙いは徹底していた。無力な者をこそ狙う外道の戦術。ネロ、アイリスフィール、士郎、そして普通の人間である海賊。それを護るのに釘付けにされ、唯一自由となったオルタではケリュネイアの牝鹿を捉えきれない。そしてオルタがクー・フーリンと守りの役を代わろうとするだけの間が空かない。

 アルケイデスは矢を膨大な魔力に物を言わせ無理矢理に作り出している。如何なる原理なのか、スキルなのか。矢が尽きる気配はなく――翻ってカルデアの魔力は限界を見ようとしていた。
 連続された宝具の解放。後はマスターである士郎やネロの負担になる。だがネロはともかく、今の士郎に負担を掛ける訳にはいかない。このままでは、まずい。

「――削り殺してやろう」

 悪意を以て嗤う復讐者が止まらない。――敗北の予感に襲われる。



 故にこそ。



 敗北の運命を覆す者が、この場にはいたのだと思い出す。

「  」

 マシュがハッとする。しかし何を思ったのか、すぐに平静を取り繕う。だがその瞳に喜色が浮かぶのを隠しきれなかった。
 少女は躊躇わなかった。瞬時に守りを破棄してクー・フーリンに駆け寄る。アルケイデスは訝しみながらも矢を放ち、クー・フーリンはマシュの動きだけで察して笑う。
 そして槍兵はアルケイデスへ向けて馳せた。マシュがクー・フーリンの代役を勤める。しかし士郎の護りが空いた……その意味を復讐者が汲み取れなかったのは、アルケイデスの理解を超えていたから。

 無慈悲な矢は、顕現した紅色の楯によって阻まれる。

「何――!」

 士郎が目を開き、息も絶え絶えながらも上体を起こして手を掲げていた。
 ――こんな短時間で意識が覚醒しただと、あの毒を受けてか!?

「侮ったな、外道!」

 理解を超えた現象ゆえに、隙が生じた。クー・フーリンは吼え、魔槍を一閃する。アルケイデスは反応するも間に合わず、その右腕が宙を舞う。
 アルケイデスは侮っていたのではない。だが、どうして想像できる。身を以て思い知っている激痛の海を渡り、意識を取り戻す人間がいる等と。
 あらゆる加護、あらゆる後押し、そんなものに依存しない鉄の心。あらゆる心的負荷に堪え忍び精神死から蘇生する人間の精神――そんなモノが神代でなく現代に存在する理不尽。
 嘗て男は或る少女に語った。絶対に諦めない、その心を歴史の偉人に学べと。ならばそんな講釈を垂れた身が、どうして躰を残して死んでいられる。楯の花弁は一枚、それは破壊された。士郎は力を使い果たしたように倒れる。だが意識はあった。

「――よかろう。此度は、貴様らの勝ちだ」

 言い捨て、隻腕となったアルケイデスはケリュネイアの牝鹿を走らせ撤退する。
 それをクー・フーリンを含め、誰も追わない。単騎で追撃するには不穏だった。新手がないとも限らない。ならばマスターを守護するのが最上である。
 敵の気配が完全に遠ざかったのを確信し、クー・フーリンが念のためルーン魔術で探知の陣を張ると、マシュは安堵してその目に涙を浮かべた。

「先輩っ」

 倒れている男の首根っこに抱きついて、全身で喜びを露にする少女に、士郎は力なく微笑む事しか出来ない。



 こうして恐るべき復讐者との一度目の(・・・・)戦いは幕を下ろした。





 
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