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人理を守れ、エミヤさん!

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「その一撃は」




 到達した小さな島、切り立った山の隙間に海賊船が錨を打って、岸壁に停泊しているのを発見する。黒髭が言った。これはフランシス・ドレイクの船であると。
 宝具でもなんでもない、極普通の船だ。神秘性の欠片もない。その海賊船は損傷が激しく、次の航海にはとても耐えられそうもなかった。だが、逆に言えばそれだけであるのも事実。黒髭は骨太な笑みを浮かべて呟いていた。――流石は俺の憧れた星の開拓者……あの化けモンから、たったこれだけの被害で逃げ延びるとは、と。

 士郎は迷った。この時代の、生身の人間であるドレイクと接触してもいいのだろうか、と。挙げ句巻き込んでしまって、死なせでもしたなら被害は馬鹿にならない。ある意味この時代の主役とも言えるドレイクだ、もし死なせでもしたら人理定礎の不安定な特異点にどんな影響が出るか分かったものではない。
 その懸念を黒髭は笑い飛ばした。舐めるなよ、カルデアのマスター。そんな道理、捩じ伏せたからこそのフランシス・ドレイクだ。どこの馬の骨かも分からないサーヴァントを味方にするより、生身のドレイクを味方に付けたほうが万倍心強ぇだろうが。
 これに士郎は当惑した。というのも近代の英雄や偉人は、所詮普通の人間に過ぎない。英霊となりサーヴァントとして召喚されてはじめて戦力となるのが魔術世界の戦いだ。確かにサーヴァントの襲撃から逃げ(おお)せたのは見事だ、しかし神秘を内包しない人間にサーヴァントの相手は不可能なのである。

 間違えてはならない。神代の英雄は生身の時の方がサーヴァント時より遥かに強いが、近代の英雄はサーヴァントになった時の方が遥かに強いのだ。

 そういえばその生身の神代の魔女を、サーヴァントであるクー・フーリンが斃したのを思い出してしまう。渋い顔をしてその時の事を士郎が問うと、クー・フーリンは笑った。力の差を覆し、不可能を可能にしてこその英雄だぜ、と。それに師匠は死にたがっていたからな、心で勝っていればどうとでもなる。件の海賊もその口だろうさ。心配しなくても充分に立ち回れると思うぜ。
 信頼する槍兵の言に、なるほどと士郎は一応納得する。人理焼却に対するカウンターのサーヴァントを探して来たのに、生身の人間を見つけた時はどうしたものかと悩んだが、直接会って話した方がいいか。

 斯くして小島を探索する。といっても、索敵に優れたクー・フーリンとアタランテ、赤いフードで顔を隠した切嗣がいる。ドレイクとその部下を発見するのに然したる時間は掛からなかった。
 三方に別れて斥候に出て、まずドレイクを発見したのはアタランテだった。

『重傷者多数。件のフランシス・ドレイクと思われる「女」は、右腕を骨折して左目を失明してるようだ。命に別状はないが、他の海賊の中には死に瀕している者もいる』

 女だと? と反応したのは最初のみ。続いた報告に士郎達は顔を険しくさせ、アタランテの案内でドレイクらの元へ急行した。
 海賊達は突然姿を現した士郎達に驚愕しつつ、即座に臨戦態勢に入った。全員が大なり小なり負傷している。それでも戦意を失わず、咄嗟に上座に背を預け、こちらを見据える女海賊を守るように身構えていた。
 黒髭を見るなり敵意を露にする。士郎にとっては意味はないが、腰のベルトに吊るしていた干将莫耶を彼らの前方に投げ捨てた。敵意はないと手振りで示す。黒髭は俺達が制圧し、傘下に加えている。故にこの男もお前達の敵ではないと、流暢な英語で語り掛けた。

 音声の同時翻訳はカルデアの技術で可能だが、敢えてこの時はそれをしない。海賊達はそれでも武器を下ろさなかった。
 テメェら何モンだ! 荒い語調の誰何には、追い詰められた手負いの獣じみた凄みがある。しかしそんな彼らに、右腕に添え木をした女傑が言った。その左目は濁っている。

「やめな。今のアタシらが事を構えたって、いいように料理されるのが関の山さね。大体殺す気で来たんなら、今のアタシらは隙だらけ、奇襲一発で昇天しちまう。それに――見たところかなりの戦士揃いだ、そんな道理弁えてんだろう?」

 格好もキテレツで時代錯誤な連中もいる。大方アンタらも、あの化けモンとおんなじ感じの奴らに決まってるよ。

 不意の出会いにも関わらず、曇りを知らないドレイクの慧眼に士郎は確信する。なるほど傑物だと。士郎は代表して(・・・・)名乗った。カルデアの者だ、と。時計塔の天文科のロード、アニムスフィア家は十六世紀でも活動していた。
 海賊は職業柄、天文とは切っても切れない。アニムスフィアは知らずとも、カルデアについては知っていよう。案の定、ドレイクは顔を顰めた。

「カルデアぁ? 星見屋が何の用だい? 新しい星図でも売りつけにきたとか?」

 そんな訳がないだろうと苦笑する。ただの星見屋が、こんな戦力を連れてる訳がない。ドレイクもただの冗談だったのだろう、鼻で笑った。
 士郎達は軽く自己紹介をし、自分達の事情を語る。荒唐無稽だろう、しかし実際にサーヴァントと交戦している彼女は容易く信じた。人間を超えた存在を、文字通り痛いほど痛感している。

「で、そんなアホらしいほどデカイ話を持ってきて、アタシに何をして欲しいんだい?」

 戦力は少しでも多いに越した事はない。あんた達の協力が欲しい。士郎がそう言うと海賊相手にただで働けってのかい、とドレイクは失笑する。

『――マスター』

 頃合いを見計らっていたのか不意に鋼鉄の声が響く。カルデアの管制室からの通信、アグラヴェインだ。何処からともなく届いた声に、海賊達とドレイクを眼を見開いた。
 なんだ、と応じる士郎に、鉄の宰相は言う。

『聖杯の反応がある。その海賊フランシス・ドレイクからだ。間違いなく聖杯を所有しているぞ』

 驚愕に値する情報に、士郎達は厳しい眼をドレイクに向けた。聖杯を持ってるのか? と。
 ドレイクはなんのこっちゃと惚け、しかしすぐに思い至ったのか懐から黄金の杯を取り出した。ああこれか、と。どうやら彼女は、この特異点の聖杯ではなく、この時代にあった聖杯を手に入れていたらしい。なんでも復活したポセイドンを、海の神を名乗る気に食わない奴らという事で、アトランティスごと海の底に沈めたらしい。
 は? と珍しく士郎は呆気に取られる。カルデアやら人理焼却やらよりも、余程のオカルトだった。人間が……神霊を下して聖杯を奪っただと? なんだそれはふざけてるのか神霊仕事しろ。

 だがまあ、聖杯はドレイクのものだと納得するしかない。それに特異点化の原因となる物ではないのなら、カルデアが無理に回収する必要はないと言えた。まあ貰えるなら貰うが。

「だぁから、このアタシがただでお宝を譲る訳ないだろう? 一昨日来な」
「……ふむ。では物々交換ならどうだ」
「交換? このお宝に釣り合うのかい」
「さあ。それはお前が決める事だ」
「『お前』ね、このアタシに向けて。それに対等にお宝を取引しようたぁ……ハッ、大した胆力だねぇ」

 からからと愉快そうに笑うドレイクが、試すように言う。じゃあ見せてもらおうじゃないか、アンタの言うこの杯に見合う宝って奴を――

 士郎は時代背景などを思い返し、暫し沈思するとマシュに向けて言った。携帯している調味料を出してくれるか、と。
 マシュの楯の裏には、小さな隙間がある。そこには士郎が野戦料理をする際に用いる小道具が格納されたりしている。武器を格納したりするのがいいのだろうが、生憎とそれは間に合っている故に香辛料を入れているのだ。
 と、楯の隙間から顔を出したのは、毛むくじゃらな小動物だった。フォウである。付いてきていたのか、と驚く士郎とマシュに、フォウは口に加えていた瓶を渡してきた。

「……まあいいか。ほら、あんたにとって、この上ない宝をくれてやる」
「……、……なんだい、これ」

 海賊が絶叫している。ドレイクは目の焦点が合わなくなっていた。

「胡椒だ。瓶一杯の」
「――……は、胡椒……? マジでぇぇええ!?」

 ドレイクは絶叫して瓶を取り落とし、驚愕の余り失神した。元々の疲労もあったのだろう。うわああああ! と海賊達も慌てふためいていた。
 この十六世紀のヨーロッパでは、胡椒は極めて重宝された香辛料である。同質量の黄金にも勝る価値があった。
 士郎は苦笑し、白いキャスターに向けて言う。

「アイリさん、すまないが彼らを治してやってくれるか。流石に重傷者達をほっとくのも寝覚めが悪いし、ドレイクは重要な存在だ」
「うふふ、そんなとってつけた理由は要らないわよ? 助けたいだけって言えばいいのに」
「……アイリさん。そういうのはいいから」

 顔を顰めながら士郎は手を振る。微笑ましげな周囲の目から逃れるように眼を逸らし、

 そして。











 ――………。

 元より推測は立てられていた。この時代この海域の地形を知悉している訳ではないが、島の配置や気候の変化などの条件が不自然なものであるとは感じていたのだ。
 学問として理解しているのではない。豊かな自然と共に生きた人生の経験故に、あからさまなまでに道理の通らない気象の変化が、超常的なものが関わっているが故の物なのだと推理出来た。
 まず言えるのは、これが神霊の権能ではないという点。この時代に神霊が現界、復活したとしても全盛期の力など望むべくもないだろう。例えば神霊ポセイドンなどが現れたとしても、ただの人間如きに敗れる可能性も小数点以下の確率で有り得てしまうのだ。本来なら不可能を不可能のまま踏破する星の開拓者だったとしても、覆せない力があったとしても――神秘の薄れたこの時代に現れた時点で、神代ほどの力など望むべくもない。
 故にこれは、聖杯によるものではないかと推察する。特異点化の原因である聖杯はこちらが確保しているのだから、出所の異なる聖杯があるのだろう。まあそれはいい。

 島から島を探索し、そうして幾つか目の小島にやって来る。そして見つけた。あの女海賊の船である。

 相当の痛手を被っているらしい。それもそうだろう、かなり損傷させた船で成した荒業の後だ。船員も、船長も手傷を負っていると見ていい。
 しかし、鋭敏に感知する。サーヴァントの気配だ。どうやらほぼ同じタイミングでやって来ているらしいが――サーヴァントの数が多い。隠れ潜んで気配を殺し目視する。その中に一度は屠った狩人の姿があるのに眼を見開く。

 別口で召喚されたのだろう。あれは霊核を確実に破壊したのだから。となると、こちらの存在が露見している可能性はない。
 しかし隙がなかった。三騎ほど強力なサーヴァントがいる。下手に仕掛ける賭けはまだ犯せないだろう。同じ顔立ちの少女騎士……いや待て、あれは記憶にある。――そうだ、反転する前の己の記憶だ。冬木、だったか。あの時は狂化していたとはいえ、朧気に覚えている。

 あのセイバーが、二騎。あの黒い剣士は同一存在の別側面か。そしてあの槍兵。神性を持つ忌々しい英霊は――冬木の時とは桁外れの力を感じてしまう。ともすると、一騎討ちでも相当苦戦するだろう。
 それとは別に、冬木での赤い弓兵もいる。生身の人間、マスターらしき男は弓兵と同じ顔だが、子孫か何かなのだろうか。あの男もかなりの戦上手である。力量は蹴散らせる程度だが、後衛に回られると厄介だ。

 奇縁だ。冬木の面々の顔を見るのも。己がそれを記憶していたのも。

 一時撤退も視野に入れる。しかしまだ気づかれてはいない。暫し追跡しつつ観察していると、例の人間の女海賊と遭遇したようだ。

 白髪の男が代表して(・・・・)話し始める。

 ――あの男が指揮官か(・・・・・・・・)

 生身の人間は他に金髪の女がいる。そちらの存在感も図抜けているが、男を信頼し代表を任せているのだ、間違いあるまい。
 そして白いキャスターが、宝具を起動する。すると、重傷者達がたちどころに快癒していくではないか。回復系の宝具……厄介極まる。回復させる刹那、微かな隙を見いだす。今の機会を活かさない理由はない。

 アルケイデスは、毒瓶に九本の鏃を浸ける。そして狙いを定め――

 偶然か。白髪の男と目が合った。だが遅い、間に合わない。真名を唱えた。



 ――『「射殺す百頭(ナインライブズ)」』



「『熾天覆う七つの円環(ロォォオ・アイアァス)』――ッッッ!!」

 絶叫だった。余りに咄嗟で、形振り構わず展開された紅色の楯は三枚。一枚が己、他二枚がアイリスフィールを包む。
 その直前アルトリアが直感に弾き飛ばされたように動いていた。一瞬遅れてオルタも即応する。だが彼女達の力を知っていたが故に、解き放たれた竜の首を象る九条の矢箭の内、四本が彼女達の足止めに割かれる。遮二無二に迎撃するも、アルトリア達は吹き飛ばされた。

 五条の矢箭。その内の二本が瞬間的に危機を察知した槍兵の迎撃に止まる。十八のルーンの防壁だった。残るは三条、その一条が白髪の男を。二条が白いキャスターを狙う。紅色の楯は一瞬しか保たなかった。だが――その一瞬であらゆる覚悟を固めるには充分だった。

 男は残る四枚の花弁を纏い、白い女を突き飛ばす。だが急造故に強度が足りない。威力を減衰させる事は出来たが、人体を貫通しない程度に威力を残した矢が虚空を駆けた。

 故に必然。その身に三条の矢箭が――ヒュドラの毒の浸かった鏃が、男へと突き刺さった。



「がぁアァああアアア――ッッッ!?!?!?!」



 左腕が飛び、右脚が四散し、腹部に大穴を空けて。体が腐蝕していく――

 目標の片割れは逃したが、ともあれ。

 奇襲、成れり。






 
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