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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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流氷の微睡み2

 
前書き
更新できるようになったので更新。
実際問題として、このサイト潰れたらこの小説移動させる場所をどこにすればいいか全く分かりません。教えて読者さん。 

 
 
 微睡みから目を覚ましたエデンは、自分の横たわるベッドが普段のものではないことに気付く。
 ぼうっとした目で寝返りを打って周囲を見回し、そこで部屋にある見覚えのあるソファの上に毛布や布団の塊が乗っていることに気付く。リクライニングして簡易ベッドに出来るからとエイジが買ったソファだ。ということは、あの布団と毛布の塊の中にはエイジがいるのだろう。

(エイジの部屋でそのまま寝ちゃった、か……)

 お風呂に入り損ねてしまった。魔女になってから変な法則が体に働いているので一日入らなくとも意外と臭くなったりはしないのだが、汚れが無くなるわけではない。エイジのベッドを則った挙句汚してしまったと思うと、申し訳ない気持ちになる。
 起き上がろうとして、ふと枕の方に目を向ける。
 ちょっとした好奇心で顔をうずめて匂いを嗅いでみた。

(匂い……するよね。八千夜ちゃんは匂いがしないって言ってたけど)

 父とも兄とも違うエイジの不思議な匂いに、不快感はない。むしろ安息感すらある。そのまましばらく匂いに包まれ続け、数分後にハッと急に恥ずかしくなって身を起こす。エイジが同じ部屋で寝ているのに何をやっているんだ。親しき家族にも礼儀ありだ。

 時計を見る。元はエイジの家にあったという、一つ150万円の超高級置時計だ。時計職人のオーダーメイドで、時間の狂いは100年に1秒以下なのが売りらしい。エイジ的には市販の時計は時間のずれが気になり、ネットや電波で時間を合わせる時計は合わせるまでのラグが気になるらしい。その時計が指し示した時間は、8時過ぎだった。

「遅刻っ!!」

 普段なら8時はもう朝ごはんを食べていなければいけない時間だ。慌ててスマホを取り出してWIRE(既読スルーは嫌われる)を立ち上げて先生に遅刻の連絡を入れようとすると、先生からメッセージが来ていた。曰く、昨日の騒ぎの後処理などがあるので授業は中止になったらしい。
 慌てて損した、とベッドに再び寝込んで匂いを嗅ぎ、そうじゃないと慌てて起き上がる。先生からの連絡には続きがあった。曰く、暁家が9時面会を希望していると。あまり多く時間が残されていない。

「エイジ!エイジ起きて!パパとママが来るって!!」
「……最短で行動すればまだ12分の時間的猶予がある」
「バッチリ起きてる上に事情まで把握してるじゃない!」

 二人はシャワーを浴びて着替え、食堂でゆっくり食べる気分ではなかったので購買で適当に朝食を済ませる。家族が面会を希望する理由は分かり切っている。息子と娘がテロリストに襲われて平気な顔をしていられる人ではない。ちらりとネットニュースを見ると、大見出しは『聖観学園にテロリスト襲撃、負傷者多数』の文字が躍っていた。少しだけ内容をのぞいてみる。

『天孫に管理を任された学園側の慢心が生み出した悲劇――』
『現場教師、テロリストを取り逃がした素質と判断の是非は――』
『テロリスト逃走後に追跡に失敗した皇国軍の動きに問題は――』
『危険な外国人を国内に侵入させた入国管理局の実態――』
『聖観学園理事長、午後0時より会見。彼女はどんな言い訳を――』

 責任をひたすらに擦り付け合う大人たちの言葉が、そこにはつらつらと並んでいた。
 悲しい気分になって、エデンは見るのをやめた。

 現場で本当に起きていたことを何一つ知らずに画面の向こうから知ったような口を聞く外野たち。現場にいたエデンには致命的に受け入れられない、実情と乖離した情報が外へと発信されてゆく。それはまさに、美音が罵った『汚い大人』を連想させた。

 エデンは大人をそんなにも頼れない存在だとは思えない。愛する両親、近所の人。兄の浄助だってもう成人だ。先生は遅れつつも一番危ないときに助けに来てくれたし、永海は民間警備会社の大人たちに助けてもらったと聞いている。

 それでも、大人は頼れないと断言する美音を否定する勇気が出なかった。
 美音が怖いのか、美音の過去を知るのが怖いのか、或いは彼女たちと衝突し、取り返しのつかない仲たがいをしてしまうのを恐れているのか。自分でも取り払えないもやもやを抱えながら、エデンはエイジと共に出来る限り急いで面会指定場所へと向かった。

 到着時間は8時52分。エイジの計算した時間と比較すると4分短縮可能らしい、と言うのは余談だろう。

 部屋の中に入ると、仕事着である軍服を着たままの両親、笑重花と殿十郎が弾かれたように席から立ち上がって二人に駆け寄る。その表情は心なしか、テレビ電話で数日前に会話した時よりやつれて見えた。

「エイジ、エデン!怪我はない!?怖かったよね……ごめんね、こんなに遅くなって!!」
「ああ、本当によく無事で……テロリストと二人が交戦したと聞いた時は、もう世界が終るかと思ったよ……!!」

 怪我がないか確認し終えた笑重花がきつくエイジとエデンを抱擁する。その後ろから殿十郎も二人を抱きしめる。二人は震え、泣いていた。エデンはそんな二人の震えと温かさを感じ、自分も昨日からマヒしていた神経がほつれ、感情の波を抑えられなくなっていくのを感じた。

「ふ、ええ……ぅええ……!!」
「寒いの、みんな……?でも、こんなに温かいのに……」
「そうよ、温かい!この温かさを亡くさないでよかったと思うから、だから泣いてるのよ……!!」
 
 こうして、エデンは久方ぶりに泣きながら家族のぬくもりを求めて暫く抱きしめ返し続けた。
 それから数分が経過し、落ち着きを取り戻した家族は両親と子供たちに別れて、子供たちは昨日にあったことを話した。BIS伝票を渡されたこと、その日のうちに襲撃が起きたこと、逃げられないから必死に戦った事、危ないところを先生に助けられたこと。それらに両親は「無茶をして」とか「なんて間が悪い」とか、親だからこそ感じるのであろうことを言った。
 軽く説教もされたけれど、心配されているのが伝わってきてイヤではなかった。

 ただ、美音の話をなかなか切り出せずにいると、笑重花はすぐに何かを察してエデンに尋ねた。

「他にも何か、言いたい事があるんじゃないの?」
「ママ……」

 この母親に隠し事が通じた試しがない。エデンは意を決した。

「大人って、そんなにダメなのかなぁ」

 エデンは美杏と美音について判る範囲で話した。
 最後まで難しい顔で話を聞いた両親は、おもむろに口を開く。

「昨日、いつものように新兵をしごいていたらスクランブルがかかったわ。国内で破壊活動をしたテロリストを追跡せよってね。大ごとだと思って追跡しようとしたけど、目標の小ささと移動速度、ついでにジャミングのせいで対応が遅れ、あっという間に皇国海軍の管轄になって、そのまま消えたわ」
「それが聖観学園で破壊行為を行ったことも、エイジとエデンが交戦したことも、後になってから知ったことだった。自分たちが逃がしたテロリストがもしかすれば子供を傷つけ殺していたかもしれないというのに、私たちはそれが逃げていくのを見て、基地に被害がなくてよかったとか報告書になんと書こう、なんて馬鹿な事を考えていた」

 二人の言葉はどこか、懺悔しているような重みがあった。

「部下が後から報告を回してきて、奈落に落ちたような気分になって腰が抜けたて倒れた。そのあとすぐに担任のトラヴィス先生が貴方たちの無事と簡単な状況説明をして、今度は安心で腰が抜けちゃった」

 ああ、やはりこの両親は本当の本当に子供が大好きでしょうがないのだ、とエデンは安心した。しかし、続く言葉に少し耳を疑ってしまった。

「ママだけじゃなくパパも安心した。安心して心に余裕が生まれると、すぐに思った。学園の警備は、担任は子供をこんな危ない目に遭わせて何をやっていたんだという怒りが湧いて、怒鳴ったよ」
「そんな……先生は異常に気付いて駆けつけてくれたのよ?」
「分かってるさ。後でそこも含めて報告を知って、納得もした。あの先生は本当に生徒の為に行動していたと。だからこそトラヴィス先生は、電話で話をした際に全面的に自分の失態だったと言ったんだ。生徒から目を離して危機に晒したと。その言葉だけで、親は簡単に理性を飛ばしてしまう」
「自分たちは子供に何手助け出来なかったのに、現場で頑張った人に文句。最低だよね。後でそのことを知って、駄目だなって自分たちで思ったよ……幻滅した?」
「しないよ!!」

 思わず、ムキになって叫んだ。

 何で怒ったかなんてエデンが一番知っている。兄も姉もこんなことで幻滅なんてしない筈だ。だって家族なのだから。共に人生を歩み、たくさんの生きる楽しみを与えてくれた人たちが子供を心配するあまり軽く暴走してしまうことぐらい、エデンは百も承知だ。そのすべての感情をたった一言に集約して、エデンは言った。

「家族だから、分かるよ!パパとママのことぐらい!!」
「ありがとう、エデン……エイジはどう?」
「僕にはまだ、幻滅っていうのがよく分からない。でも、悲しそうにしているパパとママの顔を見ていると、心が寒くなるから嫌だ」

 余りにもエイジらしい感性。しかし、そんな言葉にも両親の頬はほころぶ。

「大人だってなんでも知っている訳じゃない。ママはいつも色んなことを選ぶけど、常に正解を選び続けることは出来ないの。たくさん間違うし、正解だったって自信をもって言える事もたくさんの選択の中のほんの一握り。人間だから、何が正しいかなんて誰にも分からない」

 正確な方角も分からず嵐の中で船を漕ぐ。
 人生はそういうものだと、いつか誰かが言っていた「正解」を思い出す。

「だからパパたち大人はその一握りの正しさを子供に託すんだ。子供がいつか大人になったとき、少しでもいい選択を出来るよう。自分に解決できなかった問題を解いて、自分より少しでも多くの正解を握れるように。エデンもいつかそうやって、正解を託す日が来るんだよ」

 それが人の営み。子が親から託される意志。
 エデンは今、両親からそのほんの一部を受け取っている。

「大人は確かに頼りにならなくて間違っているかもしれない。でもエデンはそれだけじゃないと思っているからもやもやしてるんでしょ?だったら、そのもやもやを双子ちゃんにぶつけてみなさい。分かり合ってないから噛み合わないんなら、ぶつかり合って互いを知りなさい」
「それは正解ではないかもしれない。これまでのエデンとエイジの知る彼女たちを壊してしまうかもしれない。でも二人もその子たちもまだ若いんだ。今を逃がすともう互いに話し合う機会はないかもしれない。その時になって後悔するのは辛いよ?」
「うん……よっし、決めた!!」

 このまま何も言わず、何も触れずに1年共に過ごすなど嫌だ。そんな関係は気持ち悪くて友達とは言えない。ならせめて、はっきりさせよう。
 両親との語らいでもやもやが晴れることはなかった。でもそれでいい。
 このもやもやは当事者の間だけでこそ掃えるものだ。それが分かった。
 と、殿十郎が冗談めかして言う。

「そうだ、もし勇気が足りなくなったらエイジから貰いなさい。テロリスト相手に先制攻撃するほど勇気が有り余っているようだから吸い取ってやらないと」
「え、ま、またその話……?でもエデンを守らないといけないし……」
「あはははっ!そうだね、じゃあ足りないときはエイジから貰っていくね!!」
「感情ってどうやって譲渡すればいいの……?」

 相変わらず変な気にし方をするエイジが可笑しくて、家族の笑顔が花咲き笑い声が重なっていく。エイジもいつのまにかつられて微笑んでいた。
 こんな風に笑って過ごす、エデンはこの家族が大好きだ。
  
 

 
後書き
非常にどうでもいい小話ですが、主人公その二こと暁エデンちゃんの暁は、このサイトの暁から取ってます。ぶっちゃけ私の暁での活動の集大成(或いは醜態成)として使わせていただきました。この小説が完結したら私の暁での執筆活動は終わりだと思っています。 
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