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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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吹雪く水月6

 
 この町でも比較的大きなビルである『ラムロック51』の屋上で、魔鉄光学迷彩を纏って下を眺める男は、そろそろ帰りたいと感じていた。

 男は、特殊な『歪む世界』を持っていた。
 電子機器や回路が一種の生命体に見え、その声が聞こえるという世界。
 『歪む世界』を持つ宿命か、男はやがてその感覚に苦悩し、逃れるために製鉄師として魔女を探すことになり――紆余曲折と波乱を経て、今はとある組織の人間として働いている。

 男は正直、自分の所属している組織をちょっと危うい組織だと思っている。強烈な力を持ちながら、その振るい方が拙いとでもいうのか。強い組織で素晴らしい人間もいることはよく知っているが、何かの拍子に際限のない暴走をするのではないかという漠然とした不安がある。
 
 和光36年の8月、うだるような暑さが日本列島を襲っていたあの日。男はとある襲撃の仕事の援護、或いはジャミング要員として駆り出された。ターゲットは戸籍上40代の夫婦。男は事前に何故そのターゲットを襲撃するのか説明を受けたし、組織の指針はよく知っていたのでその時は疑問を覚えなかった。

 だが、ターゲットは男の予想通りではあったが、想像とは違っていた。

 あの時の判断のすべてが間違いだとは思っていない。しかし、もしも男が嘗て敬愛した製鉄師と魔女がその場にいたら、あんなにも容赦なく攻撃することはなかっただろう。組織の主義主張を超えた人格、人徳がそうさせるからだ。
 しかし彼らは自らが正義だと信じて疑わない態度でそれを為した。
 男は、長らく身を置いたこの組織が風向きを変えてきた気がした。

「……お嬢がよくない影響を受けなきゃいいんだが」

 同僚の口調が写ったか、自身もルーデリアの事をお嬢などと呼んでしまう。
 彼女は将来、組織の重役となるだろう。だからこそ、彼女まで情の通わない存在になってはいけない、と男は思う。きっとそれはナンダが壁となって防いでくれるかもしれない。情を喪った愚か者たちが何をやらかすのか、男はよく知っていた。あの幼い少女が外道に堕ちるのは忍びない。

「そろそろ、次の詠唱しねーと効果が切れるな」

 今回の任務の意義は理解している。辿り着く結末に不満もない。
 ただ、人死にはなるだけ起きないよう術の使用はかなり気を揉んだ。
 ナンダもそうだ。人々が異変に気付いて逃げるまで、彼女は遊び気味だった。

 男は人殺しに加担することに呵責はない男だ。
 だが、奪った命、奪う命に無頓着であることを危険と感じる程度には、人間だった。
 或いは、だから気が緩んだのか――背後から近寄る微かな足音を聞き落としてしまったのは痛恨だった。

 からん、からん、と音がする。驚いて男が振り返った先には、グレネードらしきものが複数。見た瞬間には既に手遅れだったか、強烈な爆音とフラッシュが男を襲う。魔鉄の加護と咄嗟に顔を庇ったことでダメージは余りなく、更にそこで男は初めて投げられたのが本物のグレネードではなく防犯用のものであることを認識した。
 しかし、既に遅かった。

『そうら、狙い通りの場所に来たぞ!!』
「食らえオラーーーーッ!!」

 気が付いた時には、その少女は肩に構えたバズーカの引き金を絞り、視覚的には見えていない筈の姿へ正確無比に射出された魔鉄の網が眼前に広がっていた。

 刹那の迷いだった。しかし男は任務より重要に感じていることがあり、それが判断を早めた。
 男は網に対して背中を向け、腰に背負っていたアイテムを瞬時に機動させた。それは逃走用に用意していた瞬間組立式ハングライダーだ。広がるハングライダーの翼が網に引っかかり、そのハングライダーを外すことで男は自由になる。貴重な逃走アイテムを犠牲にした隙に踵を返した男は、突然の襲撃者をとにかく無力化しようと少女に襲い掛かる。

 右手にショックガン、左手にスポイトナイフ。
 少女一人、なんとかなると思った。

 そこにもし誤算があったとすれば、彼女が民間品とはいえ強化外筋スーツと魔鉄電光ロッドまで持って武装していたこと。そして、彼女の顔につけられたゴーグルが『鉄脈術による外部からの操作』によってこちらのステルスを見破る戦闘補助システムとして機能していた事。

「ぐっ、素人同然の癖に何故見切れてる!?」
「優秀なナビゲーターが外から色々やってくれるのさ!!」

 髪色からして恐らくは魔女であろう少女の動きは決して驚異的ではなかったが、決定打をすべて排除してくる。しつこく、かつ、なかなか隙を見せずに攻撃が捌かれる。なんとか意地で振ったナイフが少女の耳を掠ったが、切られた側が気付かないほど微細な傷で怯みもしなかった。
 そして――そのナビゲーターも曲者だった。

『いいのか、こんな小娘に構ってて。もうじきもっと危険な奴がくるぞ。この学校に住んでる、生徒の事が心配で心配で堪らない心優しきバケモノがな』
「あの人が町に到達したらお前も、下で戦ってる人もおしまいだぜ?知らせにいかなくてもいいのかな~~?」

 男は、そういうことかと歯噛みした。

 男の鉄脈術は電子製品の類を生命体のように意思疎通の出来る存在とするのだが、『動け』『止まれ』といった単純なお願いは出来ても、複雑なものは難しい。同僚たちに危機を知らせるにはこんな時の為に用意した、生命体に見立てられない魔鉄製の通信機を使うしかない。
 だが今は戦闘中だ。通信機に手を伸ばす余裕がない。そろそろ効果の切れる術の再発動もしなければならないので優先順位の問題もあった。

 しかも、このビルは先ほどフラッシュグレネードを、今はスモークグレネードが次第に煙を広めつつある。彼の言う化け物とやらに知らせるためのものだという可能性は十分にある。そうでなくても煙の色が赤くて目立つものだ。もちろんブラフの可能性もある。そして、男はそれを2分の1以上の確率に正解を持っていけない。

 しかし、その迷いもまた過ちとなる。

 突如、ビルが揺れる。突然のことに動揺した男だったが、すぐさま異変の原因に気付いた。
 ビルの周囲の風景が上に登っていく。いや、ビルが沈んでいる。

『この町のビルは大半が下の1階しか使ってないダミービルだ。戦時の避難場所としての機能を備えているからな。そして各ビル、各区画には――戦時を想定した地下格納機能までついてるんだ。くく、漫画だろ?ちなみにこいつのラインは魔鉄製だからな』
 
 つまり、最適の術効果範囲と位置取りを奪われたということ。
 目の前の少女は、或いはそのナビゲーターは、この短期間に大量の択を押し付けてくるらしい。しかも、戦闘能力に乏しい男が高所まで奪われれば、狡猾な彼らは町中から応援を呼んでいるかもしれない。
 咄嗟に二人から距離を取りつつ下を見ると、案の定十数名の武装した人間が見えた。

「ウソだろ、製鉄師同士の戦いに出張ってくるとは……こっちの手の内がバレたのか!」

 装備に見覚えがある。学校常駐の民間警備会社『SDF』の人間だ。その装備は準正規軍クラス、非製鉄師の集団とはいえ日本の警備会社では精鋭の中の精鋭である。男とは相性が最悪だ。
 光学迷彩はある程度レーダーや感知システムを無効化できるが、彼らのようなプロの装備するスコープには魔鉄製ステルスではカバーしきれない5以上の感知方法が内臓されている。術で乱すことは出来るが、この非常時に銃弾を避けながら術を発動させるのは至難の技だ。

『ボランティアの皆さんだ。テロリストを捕まえるためにお集まり頂いた』
「全員倒しておれも倒して、なおかつ術を唱えて現状を維持しつつ仲間と連絡を取っておれらの担任を相手に出来るかな~?」

 男は考える。ビルが完全に下に降りきるまでまだ少し高さに余裕がある。逃げるならもはや今しかない。逃げればもはや撤退以外の選択肢はなくなる。既に捕捉されている以上、もはや追い回されるのは必定。そんな状態でもまだジャミングを維持して任務を遂行出来る程、男は鉄人ではない。

(不確定要素が多すぎる……潮時か!!)

 術の維持を諦め逃走しながら連絡を取り、このまま聖観学園から逃走する。
 もはや、それ以外に選ぶ道を許されていなかった。
 下から容赦なく浴びせられる強烈なゴム弾を躱しながら、男はワイヤーショットを器用に使いこなして撤退した。



 = =



「追え、逃がすな!鉄脈術を使う暇を与えるな!」
「GoGoGo!相手はジャミング系だ!ゴーグルをあてにしすぎるなよ!」
「ペイント弾で色をつけろ!迷彩はそれで潰せる!」

 実のところ、SDFの面々は民間人救出と避難のために行動していた。しかし悟が『パートナーがテロリストと戦いに!あのビルです!』と渾身の演技を見せ、ついでにテロリストが攻撃型製鉄師ではないことをさりげなく伝えていた。
 つまり、彼らは『少女救出のためテロリストを捕らえる』という燃えるシチュエーションで士気を高めていた。ここまですべてが悟の手のひらの内である。

 相手より多く情報を得ることが出来る。そしてそれを伝える術がある。
 たったそれだけで、人は敵より圧倒的に優位に立つことができる。
 もし日本皇国が戦争状態に突入した際、悟が一人いるかいないかで戦況は大きく左右するだろう。彼は『居ながらにして全てを悟る』ことが出来るのだ。皮肉にも彼の両親がつけた名前を体現するかのように。

「つまり、このまま降りたらおれ、囚われのお姫様役かよ……女扱いすげー嫌」
『まぁ、必要経費と思って今回は勘弁しろ』
「つーか、リック先生に連絡取ったのか?」
『知らせる前に自力で気づきやがった。もう移動中だ』
「えぇ……」

 どうやら自分の担任は存外に大人であることに拘りがあるらしい。そんな分かるような分からないような事を考えながら、永海はつぶやく。

「次からも、奥の手は使わない気か?」
『そういう契約だろう。お前はそれを呑み、そして俺も譲歩している』
「分かってるよ。分かってんけど……これで皆は手遅れでしたってなったら……」
『ならないように手伝ってやったろう。あの暴力教師もそのうちつくし、何より――』
「なにより?」
『このクラスで俺の次に優秀な頭脳を持つ男があっちにはいるんだ。死なないよ』

 その言葉は彼にしては珍しく、誰かに期待しているような言葉だった。
 
 数分後、鉄脈術によるジャミングが途切れた。
  
 

 
後書き
情報を丸めてぶん殴る。 
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