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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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吹雪く水月4

 
『魔鉄電子製品がオワコンだって話、知ってるか?』
「なんだそりゃ?昨今魔鉄内臓の電子機器なんぞ珍しくもなくなってんだろ」

 現在、永海は悟のナビゲートを受けながら町内にある防犯ショップにいる。店主は避難したのかおらず、防犯は多くのロックが掛かっている筈なのに何故か店の上窓が開いていたので、頑張って登って侵入したのだ。防犯装置も死んでいる辺り、魔鉄器によるジャミングをモロに受けているようだ。

「そもそも世の中どんだけ大量の魔鉄便利グッズがあると思ってんだ。風呂場の魔鉄ぬめりカビコーティング剤なんぞ日本の『主婦七英雄』の一つに数えられてんだぞ?何でそれで魔鉄電子製品だけ駄目って話になるんだよ?」
『道具はいいさ。劣化せずに一定の性質をつけるなんて利便性、人類がどれだけ努力してもこんな便利なマテリアルは出てこない。だが電子機器は駄目だった』

 話を聞きながら、店の中の装備品を物色する。
 普通に火事場泥棒だが、監視カメラも止まっているだろうし万一バレたら担任に丸投げしよう、とは悟の言。PC内蔵バイザー、魔鉄電光ロッド、暴徒鎮圧用のネットランチャー、閃光弾と面白い品ぞろえだ。ネットランチャーなんて原始的なものが製鉄師戦で役に立つのかとも思うが、戦闘タイプでなければこれで片付くケースもあるらしい。尤も、そうした輩は徒党を組むが。

『電子製品はこれからの文明発展でもっと小型化、多機能化する可能性を残している。だが魔鉄はダメだ。一般限界で性質付与は5つまで。個人差でもっと付けられることもあるらしいが、『個人差で機能と品質の左右される電子製品なんぞに産業は食いつかん』。部品としては優秀だが、魔鉄だけで電子製品を補うというのは商売にならんのだ』
「わからん」

 いや、本当に分からないと永海はため息をつきながら悟に言われた装備を見つけた。
 強化外筋スーツ。魔鉄でできた極めて薄い人工筋肉が仕込まれた全身タイツみたいなこのスーツは、外骨格とは違い人工筋肉が直接体をサポートする。しかも魔鉄製なので厚みがいらず、着てみると驚くほど着心地がいい。ただ、民間製品なので防弾性的なものは余りないらしい。
 本当は男性用を着たかったが、と視線を男性用に向かわせる。未練だが、どうしてもサイズが合うものがなかった。今着ているこれは魔女向けのものだ。

『まぁつまりだな、魔鉄を内蔵したコンピュータなら簡単に作れるが、『魔鉄だけでコンピュータを作る』としたら魔鉄加工師が過労で死ぬって訳だ。魔鉄加工師が奴隷になったら話は別だが、流石商売人共はどこもかしこもよく見てる。魔鉄で応用を利かせることはしても、魔鉄を本気で主軸に置いた企業は殆どいない』
「で、長々喋ってたけど結局それが今の状況となんの関係があるってんだ?」
『こんだけ魔鉄文明が進んでも、世の中の電子製品、電子部品は変わらず従来製のものが一線を張っている。例えばこの店の出入り口は魔鉄ロックでがっちり固めているが……』

 何を今更、と思う。魔鉄ロックなど今や防犯の基本だ。魔鉄ガラス、魔鉄キー、安易な安全性を確保出来るからか防犯では魔鉄の独壇場である。

『実は、店の窓には魔鉄が入ってても制御には流石に魔鉄を使っていない。お前が侵入に使った上窓には自動開閉機能があるが、制御系は従来型だ。店主は恐らく、出入り口の戸締りは出来ても上窓だけは自力でも閉める事が出来なかったんだろうな』
「ん……でも、これ。この店の鍵、魔鉄と電子の複合ロックなんだろ?電子製品動かないのになんで鍵がかかるんだよ」
『魔鉄インカムは動いたろ?』
「あ。」

 魔鉄インカムは定義づけ5つで事足りるため完全魔鉄製だ。つまり、電子製品の機能や制御に魔鉄が用いられている品は問題なく機能しているという事だろうか。この男、普段は嫌味ばかりの頭でっかちだが、こういう事態でも問題なく頭でっかちな仕事をするものだ。

『電話にもバッテリーや外装に魔鉄を使ってる品はないでもないが、高級品だ。それに制御系に魔鉄は使ってない。非効率だからな。公衆電話が通じなかったのも、大本の制御は非魔鉄部品だからだ』
「操ってるのは電気?いや、でも店の電気(あかり)は普通だな」
『答え合わせは後でいいだろう。対応できれば問題はない』

 それでいいのか?とも一瞬思うが、いいか、と納得する。
 もともと難しいことは悟が考え、永海はそれに従う。そういう契約だ。

「これからどうすればいいんだ?」
『現状、妨害してる奴はそこから西にあるでかいビル――『ラムロック51』とかいうのの屋上にいる。そこが最も効果範囲が広く、そして逃走しやすい場所なんだろう。どうやらさしものテロリスト共聖学校のお膝元に侵入するのに人数は用意出来なかったらしい。とはいえ油断は禁物だがな』
「まぁまぁ。倒せなくても要は術の発動を妨害出来ればいいんだろ?」
『そういうことだ。そこは分かってるじゃないか』
「馬鹿にすんな。お前よりは馬鹿だけど」

 一度でも術を乱せば町の機能は全て回復する。その瞬間に町から学園全域、周辺の警察や軍関係施設に一斉に情報が入る。テロリストは逃げる以外に選択肢はなくなるだろう。
 冷静に考えれば、あちらもそう優勢な状態ではない。何か一つしくじれば襲撃する側の立場が逆転する。
 であるならば、友達の為にえんやこら。

「こんなオナベ女と友達でいてくれる連中なんだ。そう簡単に手放せるかっての!!」



 = =



 強烈な浮遊感と共に空に投げ出されたエイジたち4人だったが、既にエイジは手を打っていた。

「これ、氷のドーム……いや、ボール!?」
「冷たー!?」
「回るー!?」

 形状はアトラクションなんかで見るウォーターバルーンに近い。上を見るとなんと空を切る氷のカイトまでついている。はぐれないよう咄嗟に展開したらしい。相変わらずエイジは器用な事をする。あのまま吹き飛ばされていたら……潰れたトマトだったのだろうか。想像するだけでぞっとする。
 そんな中でもエイジはエデンと手を繋いだまま、淡々と状況を把握する。

「町の中心地側に飛ばされている。ここから揺れるよ」

 エイジの宣言通りアイスボール内が揺れ、古芥子姉妹が悲鳴を上げる。細い氷を操って衝撃を無理やり吸収しながら下に降りていき、どうにか速度が収まってきたところでボールが割れた。エイジが率先して飛び出し、エデンの膝裏と腰を抱え空中から氷の道を形成、姉妹と共に落下しないようにカバーする。
 家族だから贔屓目に見ていると言われれば否定はできないが、こういう時のエイジの動きは凄くスタイリッシュだと思う。あとはお姫様抱っこをすれば完璧なのだが、それは先生に止められた。曰く、「それやってぎっくり腰になった奴も脱臼した奴も見てきた」だそうだ。

 周囲を見渡すと地面が豪快に抉られた痕と大穴の空いたビルが目に映った。
 ここは――そうか、あの襲撃者が攻撃した場所、その直線上だ、とエデンは気付く。学校側からは遠のいたが、あの二人からはそれなりに離れたらしい。
 このまま逃げ切ろうと思い、ふと抉られた直線を見て、絶句する。

「………なに、これ」

 そこは道幅20mはある、中心に二車線道路がある通りだった。一定数だが車の通りもあり、道脇には街路樹が規則的に植えられ、中央分離帯に雅な花が植えられ、都会らしい洗練された町並みがあった筈だ。
 それが、まるでアイスクリームをスプーンで一直線に抉ったように破壊されている。
 街路樹は軒並みなぎ倒され、中央分離帯は原型もとどめず道路ごと粉砕。通りに面した窓も、魔鉄製とはいえ鉄脈術の強力さに耐えきれなかったのか粉砕され、内部が剥き出しになっている。その直線状にあった大穴の空いたビルは、傾斜にして15度ほど俯くように傾いていた。

 凄まじい、なんてものじゃない。まるで天災が通り過ぎた後だ。

 今なら両親が、エデンに軍属魔女としての道を勧めなかった理由が分かる。製鉄師との闘いというのは、『これが相手でも逃げずに戦わなければいけない』ということなのだ。訓練で受けた術の危険性よりも目の前の現実は遥かに雄弁にその危険性を語っている。
 ここは聖学校の付属都市で魔鉄がふんだんに使われた建築だから、この程度で済んでいる。しかしこれがもし大都会を除くそこそこの町であったなら、通りのビルは完全にへし折れて数千、数万人にも及ぶ人間が紙屑のように殺されていただろう。

 これは、たかが学生の手に負える領分を超えている。最初からそう思っていたことだったが、それでも『エイジをこんな化け物と戦わせるわけにはいかない』。暁家のエイジのお姉ちゃんとして、例え今更であっても、言わずにはいられなかった。

「逃げよう、エイジ。今なら逃げられる」

 手はしっかりとエイジを握りながらも、指先は震えている。

「距離も離れたし、エイジの能力なら車ぐらいの速度は簡単に出るよね!?あんなのまともに相手出来ないよ!!」
「無理。逃げられない」
「どうして!?」
「さっきの攻撃の目的は僕たちを攻撃することじゃない。戦闘空間を自分に有利な場所に変えるためのもの。飛ばされた後もそのルートを逸れようとしたけど、あまり離れられなかった。そしてステージをうつさせたという事は、追いかける算段があるってこと」
「まぁ、そういうことになるのかな……」
「まぁ、そういうことになっちゃうよね……」

 双子が決して顔色の良くない顔で肩を落とす。エデンより早く、逃げられそうにない事を悟ったらしい。しかし、それでも逃げるべきだろう。先生があれほど命を優先しろと言っていた上、相手は下手をすると先生ほどの実力者だ。これだけ騒ぎが拡大すれば絶対に軍属製鉄師や職員が気付いてやってくる。エデンたち素人が戦うよりよほど勝算が高い。
 
「お願いエイジ、考え直そうよ!あんな破壊を生み出せる敵に叶いっこない!!」
「――大丈夫」

 エイジはしゃがみ、エデンの顔を自分の胸に押し付けて、背中を撫でた。

「あの人たちと僕らの戦力差は、そんなに開いていない。相手は鍛鉄(トライン)、つまり総合出力的には上位ではない。なのにああいったことが出来るのは、単に歪む世界(オーバーワールド)の性質がそうさせているだけ」
「でも、美音ちゃんの『浄道灼土』をあんなに軽々と!!」
「軽々ではなくて、そうするしか逸らす方法がなかったんだと思う。聞いて、エデン」

 エイジがエデンの眼を見つめる。いつも通りの感情の読み取り辛い目。
 しかし、そこに不安の色はなく、代わりに確信がある。

「あの人――ナンダの鉄脈術は、エデンが思っているほど便利なものじゃない。それに今頃は永海と悟が先生を呼びにいってる筈。それまで保たせてみせる。だから、ああ――寒くないよ( ・ ・ ・ ・ ・ )

 そう言って、エイジはまたエデンを抱きしめる。
 エデンはそう言われて初めて、エイジがどうしてこんなに戦いに躊躇わないのか気付いた。
 エデンは今、非日常的恐怖によって怯え、震えている。エイジはそれを見て、「エデンは寒がっている」と思っているのだ。そして寒さの元凶から逃げられないと知り、だったら自分が防風林となってエデンの寒さを少しでも逸らそうと思っているのだ。

 なんて、馬鹿な。本当に馬鹿だ。全然勘違いしまくっている。
 勘違いし過ぎだ。考えるところもそこじゃない。信じたこっちも馬鹿だった。

「ほんと、エイジはそれしかないよね」
「ご、ごめん……?」

 いつもの十倍は呆れ、脱力した。
 いつもの十倍、どうしようもない家族だと思った。
 ただ、ほんの少しだけ。

「男の子だね、エイジ」

 ほんの少しだけ、頼もしいと思った。
 震えは止まっていた。

(……この天然おとぼけカップル、絶対こっちのこと忘れてるよ美杏)
(……というより、エデンちゃん絶対あっちの二人に気付いてないよ美音)

 ぱちぱちぱちぱち、と場違いな拍手の音が響く。
 音の先には、先ほどと変わらぬ態度のテロリスト、ルーデリアとナンダがいた。

「ん~、青春!青春っていいわ~!これぞ巡り合う星と星、運命のロマンス!」
「この非常時に傷の舐め合いでもしてるのかしら?滑稽ね」
「……あー、お嬢は少々空気が読めなくてまだ春が来ない身なので多少の空気ぶち壊しは許してやってくれ」
「ちょっと!?なんで私が間違っているような話の流れなのよ!?」

 エイジの言う通りだったのか、二人は既に視界に収まるほど近くに来ていた。ただ、こちらの会話を寸劇でも見る気分で見物してくれていたようだ。その隙が余裕からなのかは分からないけれど、案外二人は根っからの悪人ではないのかもしれない。それでも襲撃者としての立場を止めないのであれば、こちらも戦わなければいけない。

 冷静になろう。そして、冷静にエイジの戦いを見定めよう。
 今のままではエデンはせっかくエイジが頑張っているのに後ろでケチをつける邪魔者だ。
 もっとパートナーを、もっと家族を信じて――エデンは覚悟する。

「エイジ!……無理したら駄目よ。エイジが無理すると、私も寒いんだから」
「そうなの?……うん、わかった」

 戦いは、佳境へと。
  
 

 
後書き
余談
魔鉄文明発達してるのに変な所でアナログに見えますが、そもそも魔鉄加工に魔鉄加工技師が必須な上に定義づけにそれなりの労力が必要な時点で生産量はおのずと限界があると考えたので、魔鉄の普及には制限をつけました。一応首都など金持ちの場所と聖学園など重要拠点は優先的に魔鉄と技師が回されてるけど、民間ではまだちょっとしたアイテムや単純なものがそこそこの額で出回ってる感じにしてあります。
あまり安く大量に出回るとすれば魔鉄加工技師の労働力が不当に安く買い叩かれかねないので、鉄結管理局もその辺での不均衡がないか目を光らせてます。 
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