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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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春の霜2

 
 特組普通科には、いわゆる魔鉄加工技師――ドヴェルグ志望者はいない。加工技師の道を歩む時点で普通科以外の道が明瞭だからだ。それに加工技師になるのに必要な知識は、実践が前提の製鉄師と違い聖学校に来る前の短期講習などである程度詰める事が出来る。

 また、特組のもう一つの特徴として「訳アリ」が多い――というか訳アリしかいないという。魔女体質やIO能力の発覚時期から逆算すれば、中途入学というのは現在の社会情勢で聖学校を目指す適正年齢としてはかなり遅い。
 歪む世界に端を発する異常や魔女特有の疎外感を抱く人間は、早い人なら小学校の高学年の時点で既に大きな悩みとして発生する。それに対するカウンセリング環境も整い、普通は大人に誘導されて聖学校へ導かれるものだ。
 故に、そうした普通の過程を経なかった特別な事情や突発的な変化が起きた人間が、特組に送られる。

 ――とは、聞いていたのだが。

 まさか、生徒がエデンたちを含めたった10人しかいないとは予想外だった。自分たちは九州エリアでも選りすぐりの変わり者ということらしい。しかもクラスメンバーの中には改造メイド制服や改造巫女制服を着た魔女、獣耳カチューシャをつけた女の子、宙に浮く六法全書じみた大きさの本を眺めている少年など見ているだけでキワモノ揃いだ。何を隠そうエデンの隣にいるコートを着込んだ男もキワモノだ。
 そのキワの極めつけが、担任だった。

「今年から諸君ら聖観学校中等三年部普通科特組の担任をする、リック・トラヴィスだ」
「副担任のルーシャ・トラヴィスでぇす!見ての通りの魔女ですが、パートナーはもういるから愛の告白なんてしちゃ駄目よ?」
「が、外国人……?」

 クラスの後ろの方にいる、いかにも勉強が出来そうな黒縁メガネの少年が思わず声に漏らす。その言葉はエデンの内心の代弁でもあった。

 世界情勢がそれほど思わしくない現在、日本は諸外国からのスパイやテロリストを警戒して入国手続きの締め付けを厳しくし、また、国外旅行もそう簡単には出来なくなっている。もちろん同盟国や亡命者の受け入れなどあって外国人を見る機会くらいあるが、それでも国内の聖学校という重要な教育機関で、しかも日系ですらないバリバリの西洋人が担任を務めるというのが驚きだった。

「意外に思うかもしれないが、俺はここの学長から正式に任命された教師だ。つまるところ、学長に判断を委任した天孫によって身分が保証されているという事でもある」

 淡々と語るリック先生の顔に愛想笑いなど全くない。
 年齢は恐らく30代だろうか。金髪碧眼の典型的な西洋人だ。恐らく若かりし日はハンサムだと呼ばれたであろう整った顔は、年齢を重ねることで絶妙に渋みが加わり、泰然とした年長者の風格を醸し出している。

 一方のルーシャ先生はまさに優しいお姉さんといったニコニコ顔の魔女だった。髪の色は青みがかったグラデーションの銀髪で、魔女にしては身長が高い方の150㎝程度。年齢は不明だが、苗字が一緒で同じクラスの担任なら関係性は容易に想像がつく。ただ……彼女は椅子ではないものに座っている。それがさっきから気になる。何なのだろう、あの『棺桶ほどある金属の塊』は。

「この仕事をする理由は俺が教師であるという単純なものが半分。もう半分は――お前らが能力を暴走させても俺なら鎮圧出来るという判断があるからだ。他のクラスもそうだが、ここは特にな。力のコントロールを誤って暴走したら俺が叩きのめして鎮める。増長して喧嘩して回るような奴は俺が叩きのめして叱る。そして優等生は訓練で叩きのめす」
「叩きのめしたいだけじゃねーか!!」
「そしてリックのやり方でダメならこの私の出番ってワケ。遠慮なく相談してね?」
「典型的な飴と鞭!?さっそく相談だが叩きのめすの止めろよッ!!」
「冗談だ。言葉は尽くす。ダメならコイツを使うというだけだ」

 そう言ってリック先生はルーシャ先生の乗っている鉄の塊――その端にある厳めしいグリップを掴んで先生ごと持ち上げた。

 それは、とてもではないが武器とは呼べないし鈍器として使用することが前提とは思えないのに、それで殴られると思うと死の一文字が脳裏をよぎる、まごう事なき『長方形の鉄の塊』。
 無駄に正確な寸法でつくられているのと、彫りやグリップの構造が無駄に近未来的なデザインをしているのに、使用方法が限りなく原始的であるのがなんとなく腹立たしい。
 リック先生は、それを顔色も変えず鉄脈術も使わず、片手で軽々と持ち上げていた。上に座っていたルーシャ先生はその鉄の塊の上をするっと滑り、そのままリック先生の肩に肩車の体勢で座った。やけに動きがこなれているので日常的に座っているのだろう。

「それ魔鉄器かよ!?重量いくつだ!?」
「心配するな。魔鉄加工のあれこれで100キロしかない。しかも表面金属は光沢があるけど特殊素材を使ってるから柔らかいぞ。エレベーターに乗せられなくてちと不便だがな」
「ひんやりしてて座り心地がいいんだよねー。特に夏はねー」
「ねー。じゃねえ!!表面柔らかくても100キロの鉄の塊でぶん殴られりゃ質量で死ぬわっ!!」

 眼鏡くんのツッコミが止まらない。トラヴィス先生方のツッコミどころも止まらない。あれは本気なのか冗談なのか、リック先生の顔が常に無表情なせいで全く分からない。ルーシャ先生もニコニコ笑うばかりで段々その笑顔が不気味に思えてくる。

 とりあえず、無駄に騒いだり逆らうのは止めておこう。
 暴力よりも得体その知れないモノに対する恐怖心から、クラスはほぼ団結した。

「痛い目に逢いたくないならやることは簡単だ。俺たち担任はもちろん学校の教師にも敬意を払い、いう事を聞くこと。後先考えず馬鹿な真似をしない事。時間を守って行動する事。行動や発言にキッチリ責任を持つこと。学校の規則や社会のルールを学び、これを逸れない事……まぁ、大体でいい。多少は見逃すが、駄目な所は駄目と言うから同じ手間は余りかけさせるなよ」

 時代遅れの体罰教師かと思いきや、言っていることは真っ当である。というかそれが出来ない奴は殴られて然るべきな気もする。ルーシャ先生を降ろして魔鉄器という名の鈍器を下に置く。

「それと、俺には生徒に絶対順守させるルールが二つある」

 ――ひとつ。必ず生きて学校を卒業すること。

 ――ふたつ。どうにもできない悩みや苦しみがあるなら『大人』を頼ること。

「今はこのルールの意味がそんなに重要に感じられないかもしれん。だが、俺が担任である以上は、お前らの問題は俺の問題でもある」
「これは大人として子供に持つ責任でもあるの」
「……ま、どん詰まった時にこの言葉を思い出せ。今はそれでいい」

 それほど、長い言葉ではなかった。
 ただ、それを語る先生たちの――特にリック先生の真剣な顔は、どうしてか母のそれに似ている気がして、不思議と大事な言葉のようにエデンの耳に沁み込んでいった。



 = =



 前回のデータを基軸に、時系列を固定。

 固定視界情報の三次元的再現。記録復元、開始。

 聖観学校中等三年部普通科特組の生徒名簿を複製しました。

 閲覧しますか?――承認を確認。情報を開示します。


1.凪原(なぎわら)天馬(てんま)
2.天掛(あまがけ)(おぼろ)

備考……天掛家の要請により昨年度10月に入校。履修率40%。

3.永居(ながい)(さとる)
4.浜丘(はまおか)永海(なみ)

備考……学園スカウトにより今年度より入校。長居のみ履修率20%。

5.戌亥(いぬい)八千夜(やちよ)
6.千宮(せんのみや)あざね

備考……戌亥家の要請により今年度より入校。戌亥は要観察。

7.氷室(ひむろ)叡治(えいじ)
8.(あかつき)エデン

備考……AFS診断につき今年度より入校。氷室は要観察。

9.古芥子(こがらし)美杏(みあん)
10.古芥子(こがらし)美音(みおん)

備考……AFS診断につき今年度より入校。要観察。



 記録復元、終了。情報を記録しました。

 次の情報復元を開始します。復元完了まで、あと――。
  
 

 
後書き
クラスメイト全員訳あり。そして担任も訳あり。 
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