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人理を守れ、エミヤさん!

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エミヤだよ!全員集合!





 康寧の目覚めを迎える。

 夢は、見なかった。

 電灯の点す淡い光を見詰めた。瞳が焦点を結ぶのに数秒掛かる。此処はカルデアの医務室か。茫洋とした意識が自覚するに、『この世全ての悪』にしてやられ、今の今まで失神していたらしい。
 不覚を喫した己を恥じる。俺にとっては寝耳に水で、真実驚愕に値する因果が明らかになったとはいえ、それで敵に対して隙を晒すなど未熟も良い所だ。あんな事で死ぬ羽目になってみろ、俺は間抜けでしかない。
 しかし――この身の裡に侵入した呪詛は根刮ぎ払われている。ロマニの仕業かと思ったが、どうにも違和感があった。

 同調開始(トレース・オン)

 意図するまでもなく、反射で自身の肉体を精査する。積年の戦闘経験を経て、それはもはや習性となっていた。
 読み解くのは自らの肉体、その設計図。基本骨子から構成材質、念を入れこれまでの記録と比較する為に蓄積年月も詳びらかにする。
 『世界図』を捲り返す大禁呪、固有結界に異常なし。魔術回路二十七本正常。固有結界に関しては、異物を明確に自覚した故か余分なものを認知出来るようになったが、使用に問題が生じる事はないだろう。

 ――『この世全ての悪』が再現した俺の心象風景に在った錬鉄の守護者。自我なき正義の味方。俺が投影を十全に使いこなせるようになってからは、投影杖などと呼んでいたアイツの補助は機能しなくなっていた。
 ある意味、奴が俺とアラヤを繋ぐ接点なのだろう。俺の危機に応じて、アラヤの端末であるアイツから魔力が供給されているのかもしれない。
 死に瀕する程の重傷――例えばカルデアがレフによって爆破された際、上半身と下半身が千切れたのを修復出来たのは、奴の恩恵を得られていたからと思われる。
 あれほどの重態となったのは、はじめてではなかったが。今まで死なずにいられたのは、皮肉にもアラヤが俺をカルデアに送り込む為だったのだろう。もっと早くに自力で気づくべきだったのだろうが、それを自覚出来ないようにアラヤが仕組んでいた可能性は高い。 

 そして、俺の体には『全て遠き理想郷』が埋め込まれていた。

 少し驚く。この宝具を俺に埋め込んだ者は、彼女以外に有り得ない。
 冬木の特異点にいたアルトリアだ。俺が意識を断絶させた後、ロマニ達は上手いこと聖杯を獲得したようだが、思わぬ拾い物があった。
 あの時、仮契約とはいえ繋がりがあった為、アルトリアは俺の事情を知ったのかもしれない。そして今後の助けになるようにと、聖剣の鞘を与えてくれたらしい。
 ……なんというか、どんな世界だろうと変わらないあの在り方が眩しくて、貴い。生まれ変わったら円卓の騎士になりたいレベルだ。むしろギネヴィアのポジションにつきたい、男として。

 何はともあれ、生きているならいい。

 俺の事情は、俺のものでしかない。他人は関係ない。カルデアでの戦いを終わらせるまで、俺の事は後回しだ。全てが終わった後に、俺は自分の為に動こう。
 やる事は変わらない。成すべき事も。なら、迷う事なんて何もなかった。『この世全ての悪』は俺が自分の状態に絶望し、再起不能になると思っていたのかもしれないが、生憎とこの程度で絶望するほど心は硝子ではない。仮に硝子だったとしてもそれは強化硝子だ。

 俺はエミヤシロウなのだろう。勘違いで勝手に苦悩していた戯けなのだろう。だが、それでも、俺はあくまで衛宮士郎だ。
 英霊エミヤではない。エミヤの記録にある『衛宮士郎』でもない。俺は俺だ。平行世界の自分がなんだ。俺の自我は、俺の立脚点は、決して他の誰の物でもないと断言できる。なら――ブレる恐れはない。揺らぐ事なんて有り得ない。悲劇の主人公なんて柄ではないのだ、精々足掻くとする。一流の悲劇より三流の喜劇の方が好きなのだから。
 陳腐でいい、安っぽくてもいい、俺の人生だ。幕を引いて満足するのは俺だ。俺でなければならない。俺が一番大切なのは、俺自身が晴れ晴れとしていられる事。結果として周囲を幸福に出来たらいいのだと、今でも思っている。

 たっぷり七時間から八時間は寝ただろう。休養は充分だ。これ以上は体が鈍る。さっさと起きるとしよう。

「ん?」

 医務室のベッドの横で、椅子に座ってこちらを看病してくれていたらしいアルトリアとオルタを見つける。汗を拭ってくれていたのか、アルトリアが手拭いを持っている。
 そしてベッドに上体を凭れ、俯せに眠っている幼女がありけり。

 ……。
 …………。
 ………………え?

「し、シロウ……? もう起きたのですか!?」

 俺が目を開いたのに気づいたアルトリアが、目をぱちくりさせた後、驚いたように声を上擦らせた。

「あ、ああ……アルトリア、この娘は……」
「桜ですか? 彼女は――」

 説明を受け、俺は頭を抱えた。

 仏陀の野郎、寝てやがる。人理焼却されてるからご臨終しているのかもしれない。そして聖杯、キミは録に願いを叶えた実績がないのにこんな時だけ本気を出すなと小一時間ほど文句を言ってやりたくなる。持ち帰れてるならダグザの大釜へ改造不可避だ。

「起きて大丈夫なのですか?」
「ん、あー……そう、だな……どうだろう」

 アルトリアの問いに、俺は数瞬考える。起きると言っても、寝てろと言われるのは目に見えていた。が、もう充分に休んだ。聞けばクー・フーリン達はスカイを攻略してきたらしいが、エミヤ達の再召喚はこれから行うらしい。
 頭を捻っていると、ふとオルタが林檎の皮を黒い聖剣で剥いているのを横目に見咎める。おい、とツッコミを入れたくなるのを堪えた。

「入院患者のお見舞いみたいだな。というかオルタ、お前林檎の皮剥けたのか……」
「バカにしないでもらいたい。私とてこの程度、出来ないはずがないでしょう」
「そりゃそうだ。わざわざありが――ってお前が食うのかよ!」

 皮を剥き、六等分に切り分けた林檎をしゃくりと鳴らして咀嚼するオルタ。
 俺が堪えられずにツッコミを入れるとオルタはにやりと笑った。

「欲しいですか? なら食べさせてあげます。口を開けて」
「は? ……いや口に咥えた林檎を近づけるな……って、まあいいか」
「シロウ!? オルタ! シロウを誑かすものではありません! シロウも乗らないで!」

 んー、と林檎を口に咥えたまま顔を近づけて来るオルタに、俺はまあいいかと顔を近づけると、アルトリアが顔を真っ赤にしてオルタと俺の額に手をやって無理矢理引き離した。
 チッ。俺の抱えていた罪悪感が無駄なものと分かった今、躊躇う気はなかったのだが。さすがにアルトリアには刺激が強かったらしい。乙女か、と揶揄してみたくなるが、それは我慢する。
 
 むぅ、とむずがる桜。些か騒ぎすぎたらしい。俺は苦笑して桜の頭を撫でる。……来てしまったものは仕方がない。カルデアお留守番部隊が賑やかになるだけだ。
 ランスロットの力があろうが、子供を戦場に連れて行く気はなかった。それに、デミ・サーヴァントの影響は体に負担が大きすぎる。無用な負担をこの小さな体に掛けるつもりはなかった。

「俺は少し寝る。二人とも席を外していいぞ」
「そうですか? なら……」
「では私達はレイシフトを利用し霊基の強化に努めていましょう。……シロウ、冬木にいた私との件は忘れていませんので」
「忘れろ」

 忘れて。

「冬木での私との件……? オルタ、詳しく」
「やめろ。やめて。断食案件解除するから」
「ふっ」

 勝ち誇るオルタ。どや顔のオルタにアルトリアは愕然とした。そんな! 私は!? そう言いたげなアルトリアに、はいはいお前も解除するから寝かせてくれと投げ遣りに言う。

 俺が目を閉じると、青と黒のアルトリア達が満足げに退室する。
 暫く黙って、静寂を保つ。一分ほどそうしていて、気配が完全に遠退いたのを感じると、俺は上体を起こした。

「よし、起きるか」

 一分寝ました。寝た後に活動しないとは言ってない。桜をそっと抱えてベッドに横たえさせる。
 ブーツを履き、患者服から戦闘服に着替える。射籠手はしないが、赤い外套は羽織っておいた。
 関節を軽く回して調子を整え、さあ出るかと足を扉に向ける。すると俺が近づく前に、パシュ、と空気の抜ける音がして扉が開いた。

「あ、」
「? ――って先輩!? 起きて大丈夫なんですか!?
 ど、ドクター! 来てくださ――」
「まあまあまあ」

 やって来たのはマシュだった。
 大慌てでロマニを呼びに行こうとしたマシュを呼び止める。白衣姿の可愛いマシュ、眼鏡を掛けていると文系優等生の後輩みたいで可愛い。まあ後輩と言っても十歳の年の差があるんですがね。寧ろ親戚の子で妹的なサムシングだ。

「ロマニには連絡入れてるから」
「そ、そうなんですか? でしたら寝ていた方が……」
「問題ないとさ。起きても」

 ロマニには(何時間か後には)連絡入れてる(はずだ)から――事後報告である。便利な言葉だ事後報告。何時間も起きてたらロマニも問題ないとヤケクソ気味に言うだろう。
 うん、完璧な理論武装だ。難点はマシュの信用を失い、第二の赤い悪魔と化しかねない事だが、マシュはそれぐらいアグレッシブで丁度いいと思う。俺はさしづめ、我が身を犠牲に後輩の自己表現力を育まんとする先輩の鏡だな。

「ん……士郎さん……?」

 っと、マシュが大きな声出すから桜が起きてしまった。
 寝惚け眼を擦りながら起きた桜が、俺とマシュを見てきょとんとする。うーむ、父性に目覚めそうな愛らしさだ。仕事に行ったら拾ってきた子犬、という訳ではないが。似たような感じがする。放っておけない。

「おはよう桜。看ててくれたみたいだな、ありがとう」
「……」

 ふるふると首を振る仕草は眠たげだ。このまま寝ておくかと柔らかく言うと、桜はこれにも首を振る。

「なんか、出会った頃のマシュの妹みたいだな」
「わ、私の妹、ですか?」
「……」

 一瞬、桜は複雑そうに目を伏せた。ああ、デリカシーが無かった。実姉の遠坂の奴を思い出してしまったのかもしれない。
 しかし吐いた唾は飲めない。それにマシュは目を輝かせていた。

「雰囲気が似てるからな。二人には同じ後輩属性を感じる。ほら、桜。マシュが姉なのは嫌か?」
「……」
「……」

 期待に輝くマシュの顔に桜は一瞬考えて、横に首を振った。おお! 桜の奴マシュを気遣った。空気を読んだぞ。マシュは満面に笑みを浮かべて桜の許に駆け寄り抱き締めた。

「むぐっ……」
「やったぁ! やりました先輩! 私に待望の妹が出来ました!」
「良かったなぁ」

 ほろりと涙が出そう。それぐらいはしゃいでいる。しかしなんだ、空元気っぽい。マシュも俺の事情を知ってしまったからなのか? その話題は避けた方がよさそうだ。

「桜ちゃん、わ、私の事は、お、お姉ちゃんと呼んでくれてもいいんですよ?!」
「……お姉ちゃん?」
「はい!」
「むぐっ」

 ぎゅうぎゅうにマシュマロッパイに顔を埋められる桜。嫌がってないどころか、何となく嬉しそうな、照れてるような表情だ。無表情の中に、仄かに朱が差している。
 麗しきかなとほのぼのしていると、不意に遠坂さん家の凛さんが助走をつけて殴り掛かってくるイメージが去来した。クロスカウンターでノックダウンしてやる。ふ、想像するのは常に最強の自分だ。イメージの中で負けはしない。イメージの中でしか勝てないとも言う。
 ふと唐突にサーヴァントを召喚しなければならないという使命感に駆られた。
 来るー、きっと来るー、きっと来るー、と妙な音楽が脳裏を過る。来るならガチャ回さなければ……!
 冬木の聖杯はダグザの大釜化決定なので奮発して歓迎会兼祝勝会と洒落込もう。

「桜、何か食いたいものはあるか?」
「……?」
「先輩?」
「ああ、飯作ろうと思ってな。折角だし、桜のリクエストを聞こうと思って。マシュはなんでもいいとしか言わないし……な」
「うっ」

 だって先輩の作るもの、なんでも美味しいんですもん。と、唇を尖らせて言い訳するマシュ。
 うーん、この感じ、来ますな。と思ったら本当に来た。桜を抱き締めたままのマシュを伴い、扉を開けて廊下に出た瞬間、白いモコモコがマシュに飛び付いてきた。

「わわっ、フォウさん!?」
「ふぉーう!」
「おう、なんか久し振りに感じるな、フォウ君」

 マシュの体をよじ登り、肩の上に落ち着いた小動物に微笑む。すると「そうだね」と言うように一鳴きした。
 プリティーである。フォウは桜という新顔に気づき、鼻を寄せて匂いを嗅ぐ仕草をした。

「間桐桜って子だ。マシュの妹分だから、仲良くしてやってくれ」
「……きゅう、ふぉう!」
「桜は危なっかしいからな。フォウ君が付いてくれてたら安心だ。桜はさみしがり屋でもあるし、フォウ君がいてくれると助かる」

 任せておけと言わんばかりに、フォウは桜の頭に飛び移った。少し揺れる桜の頭。不思議そうにする桜の頭をテシテシとフォウが前肢で叩いた。
 気に入ってくれたみたいだ。小動物と幼女、組み合わせ的に最強である。

「先輩、先輩のお料理、勉強させてもらっていいですか?」
「なんだ藪から棒に」
「私も、その……手料理、ドクターや、先輩に振る舞ってみたいんです」
「ふむ。……いいぞ」
「本当ですか? やたっ」

 喜ぶマシュ、可愛い。うーん、父性大爆発だ。というかマシュを連れていくのはいいが、桜もついて来たがるだろうし……すると自動的にフォウまで来てしまう。
 人数分のエプロンと給食着を投影し、マシュと桜に渡す。着替えてもらうと、フォウにはビニール袋を着てくれるように頼んだ。
 流石に動物のモコモコした毛は気になる。料理の道を志す者を邪険にする訳にはいかないから、ついてくるならフォウには我慢してもらわねばならない。

「……」

 フォウが嫌そうに顔を顰めるも、仕方なさそうに許諾した。着付けを手伝ってやると、四肢と顔だけがビニール袋から露出した姿に変わる。

「……これは」

 思わず呻く。

「フォウさん、可愛い……」
「……フォウくん? うん、可愛い」
「ふぉーう!?」
「ドフォーウ!」

 桜が自発的に喋った事に、思わずフォウ鳴きしてしまう。するとフォウは真似をするの禁止とばかりに顔面に体当たりしてきた。
 ……少し痛い。正直すまなかった。
 しかし無垢な少女と幼女に誉められ悪い気はしなかったのか、不機嫌そうだったのが得意気になっていた。現金な奴……。

「士郎さん……わたし、しちゅーが、食べたいです」
「お。了解。よく言えたな」
「……」

 ワシャワシャと頭を撫でてやると、桜はきょとんとした。その自己主張する箇所を育てていかねばならない。いずれは元祖桜の如くに――な、なんだ。今寒気が……? や、やめよう。この桜は普通にのびのびと育てる方向で行く。
 しかしシチューか。ビーフシチューにしよう。よぉし戦いだ、得意だから全力で行こうか! といつぞやのアルトリアの過去を夢で見た時、見る事の出来た花の魔術師の台詞をもじる。

 料理とは、戦う事と、見つけたり。衛宮士郎、心の一句。季語なし。

 さて、厨房である。アルトリア達は凄まじく喰うから、あの二人で二十人分は作らねばならないだろう。二人に下準備を手伝ってもらいながら、料理の手順とマナーを伝えていく。
 本当ならフォウは立ち入り禁止だが、今回だけは大目に見る。桜にはフォウが常についているといった刷り込みがしたい。何故なら桜は本気で危なっかしいからだ。
 デミ・サーヴァントになるとは、この海の衛宮と言われた俺の目でも見抜けなかった。なってしまったものは仕方ないが、なるべく誰かがついていないといけない。その点、フォウはしっかりしてるから付き人……付き獣? にしていたら安心だ。

 流石に作る量が多いから時間が掛かる。マシュが桜と共に席を外した。アーチャーの奴の再召喚に立ち会うらしい。
 これは俺の事情について聞きに行く気だなと察するも、好きにさせた。暫く一人で調理する。
 そういえば、桜はマシュに連れていかれてしまったが、桜と厨房に立ったのはいつ以来だろう。俺はあの時から十歳年を食い、桜は十歳若返っているが……懐かしい。昔、桜は中学生だった時、桜に料理を教えていた頃の記憶が甦る。望郷の念を抱いてしまった。

 そうしてしんみりしていると、マシュが桜と戻ってきた。希望を見つけたみたいな、しかしその難題に悩んでいるような、悔しそうな感じがする。
 何も言わずに髪を撫でてやり、何事もなかったように料理の教示を再開した。
 ビーフシチューだけ、というのは勿体ない。他にも色々な物を作る。初心者には難しいものもあるが、一度で全部を覚える必要はない。

 戦い(料理)をはじめて、何時間かが経った後。来客が来た。アーチャーだ。
 アーチャーはフォウを見るなり激怒する。気持ちは分かるが落ち着け、桜の為なのだ。
 しかし説教モードに入りそうである。仕方ないので、有耶無耶にして連れ出そう。丁度こちらも終わった事だし、サーヴァントを三騎追加召喚に向かうとする。

 アーチャーを強引に連れ、召喚ルームに向かった。

 そこで、俺のガチャ運が炸裂する事になるとも知らず。




 
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