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人理を守れ、エミヤさん!

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人理守護戦隊エミヤ(前)





 再召喚の一番手は、どうやらアルカディアの狩人だったらしい。召喚サークルを通してカルデアに現界すると、直接出迎えてくれたのはネロとアタランテ、マシュ、そしてアルトリア達だった。

 少々意外に思う。
 この場にあの男がいないのが、だ。

 どのような因果があろうと、自身のサーヴァントを労うのを厭う性格ではないと思っていたのだが――まあ構うまい。どうせ嫌らしい歓迎の用意でもしているのだろう。想像するに、今頃厨房で料理でもしているのかもしれない。
 どちらが上か思い知らせてやる等と、オレをネロ班に回す時に不敵に嘯いていたのを思い出し、口角を上げる。面白い、ならばその腕を品評してやろう。そしてどちらが上か比べるのもいいかもしれない。
 と、そんな事を思っていると、ネロが真っ先に歩み寄ってきて腕を叩いてきた。

「おぉ、アーチャー! ご苦労である。スカイでの奮戦、真に見事であったぞ! ローマであったら将軍に召し上げるほどの活躍である! ……うん、余のカルデアのマスターとしての初陣、少しばかりキツすぎた気がするが、無事乗り越えられてよかった!」
「一度消滅させられた身としては、無事とは言い難い気もするがね」

 思わず苦笑する。名高き薔薇の皇帝が女性で、しかもカルデアのマスターに引き抜かれていたというのは此処でしか見られない珍事であるが、オレはすんなりとそれを受け入れられた。
 カルデアなら何があっても可笑しくはない。それにネロは魔力量、指揮官としての力量、人柄、どれも申し分のない存在だ。仮マスターなのが惜しいと感じるほどに。
 天真爛漫とすら感じさせる物言いも、愛嬌として受け入れられる。容姿がどことなくアルトリアにも似てなくもないからか、自分で思っていたよりも好意的に接する事ができた。

「何はともあれ、誇るがいい、エミヤ。汝がマスターを庇わねば、フェルディアの刃はマスターを切り裂いていただろう。汝の功は大きい」
「彼のアルゴナイタイの紅一点、アルカディアの狩人にそうまで言われると面映ゆいな。君の功も大きなものだったと記憶しているが」

 そう返すと、アタランテは苦笑ぎみに肩を竦めた。こちらを認めてくれたような、信を置くに不足のない者として見る佇まいだ。彼女は掛けてきた言葉は少ないが、それで充分に理解し合えた気がする。

 アタランテ。ギリシャ神話でも特筆すべき弓の名手だ。その駿足は彼のアキレウスにも劣らぬものだろう。事、森林での戦いならば、恐らくあの光の御子にも引けは取るまい。
 大英雄とは言えない、しかしその実力は間違いなく一級だ。オレがフェルディアからネロを庇った際、一瞬の隙を突いてフェルディアの腕を矢で射抜いた光景を確かに見ていた。その傷があったからこそ、ネロは辛うじて単独での防戦が叶い、カルデアから再派遣されてきたアルトリアが聖剣を振るう間を稼げた。

「……アーチャー」
「戻ってきたか、アーチャー。大儀だったと一先ずは労ってやる。褒美だ、受け取れ」
「む? セイバー、何、をッ?」

 アルトリアと、オルタリア等とあの男に呼ばれていた騎士王達。涙が出るほど懐かしい彼女に、こうして出迎えられるのは感慨深い。
 しかしアルトリアはなんとも複雑な目をして、オルタにいたっては無造作に腹部へ鉄拳を見舞ってきた。躱す事も儘ならずに直撃され、思わず蹲りそうになる。腹筋が爆発したような衝撃だ。だが手加減はされていたのだろう、本気だったら間違いなく悶絶していた。

 いきなり何をと抗議しようとするも、オルタは鼻を鳴らして踵を返した。そのまま召喚ルームを後にする黒き騎士王。アルトリアはそれを見送ると軽く頭を下げた。

「すみません、アーチャー。私の側面が八つ当たりをして」
「……八つ当たりとは? 私が彼女の気に障る事をした覚えはないが……まさかあの男が何かしたのか?」
「いえ……詳しくはまた後で。一応忠告をしておきます。アーチャー、貴方はとりあえず、覚悟しておいた方がいいかもしれません」
「覚悟? 何を覚悟しろと?」
「では私もこれで。ご苦労様でしたアーチャー。言い遅れましたが、貴方と再び共に戦える事は、私としても心強い」

 不吉な物言いに嫌な予感がする。
 なんだというのか。立ち去るアルトリアの背中を困惑して見送るオレに、マシュは固い顔で近づいてきた。

「お疲れ様でした、エミヤさん。それと、再召喚に応じて下さり感謝します」

 このカルデアにエミヤは三人いる。あの男に、オレに、IFの切嗣だ。気を取り直してマシュと向き合う。

「……構わないさ。私としてもこんな途上でカルデアから脱落する気はない。処でマシュ嬢、あの男はどこだ? なんなら……。
 ……? ……ま、マシュ? その娘は……?」

 不意にマシュの背中からひょっこりと顔を出した幼い少女に、古い記憶が刺激される。
 思わず顔を引き攣らせた。まだ小学生になったかならないか程度の、幼い少女の髪は薄紫の色彩を帯び、感情の薄い瞳でこちらを見上げてきている。マシュの服の裾を握り、オレを見る目は酷く小動物的で――この少女が、オレにも縁深い存在である事を予感させた。
 マシュが何かを答えるより先に、少女はマシュの後ろから問い掛けるように口を開いた。

「……はじめまして。わたしは、間桐桜、です。あなたは、士郎さん……ですか?」
「――」

 その、姿が。どうしようもなく、己にとって大切で――救えなかった者と重なる。日常の象徴だった、大切な存在だったヒトの、幼い姿。それを見間違うなど、どれほど磨耗していても、まず有り得ない。例えどうしようもなく摩り切れていても、その姿を見て、声を聞けば、鮮明に思い出せる。

 それで悟った。その名前で理解した。あの男がどこで戦っていたかを知っている。

「なんでさ」

 頭を抱えた。 













「……なるほど。そんな事が……」

 カルデアの食堂で、事の経緯を説明して貰う。
 そしてオレの一応のマスターである、あの男の状態も把握した。

 この世界の衛宮士郎の体験した、冬木の第五次聖杯戦争。そしてそのガワを被せられた、第六次聖杯戦争。第五次時点で大聖杯に焚べられていたオレの魂を、アラヤによって憑依させられ同化した存在。
 故に別人でありながら似たような、しかし決定的に異なる軌跡を紡いだ『エミヤシロウ』が此処にいる。――天井を見上げ、そして瞑目した。アラヤの抑止力の遣り口には、いつだって苦い想いをさせられる。

「あ、あの、エミヤさん。先輩は……どうなるんでしょう……?」

 向かいの席に座っているマシュが、心配げに問いかけてくる。オレはなんと答えたものか、頭を捻るも――有りのままを伝えるしかなかった。

「恐らく、死後はアラヤの奴隷として組み込まれるだろうな」
「そんな!」

 本来あの衛宮士郎は、決してオレと同じ末路を辿る事はなかっただろう。
 人間性が違いすぎる。あの男はあくまでオレと起源を同じくするだけの、完全な別人なのだ。エミヤシロウはあのように、自分を大事に出来る男ではない。エミヤシロウはあのように、他を省みる事の出来る人間ではない。借り物の理想しか見ていなかったエミヤシロウとは、決定的に違う。しかしそこにエミヤシロウという余分な魂を同化させられた事で歪み、本来目指していた正義の味方とは異なる道を歩んだ。
 そして自身の人間性こそ保っているものの、その魂は限りなくオレと同じと見ていい。でなければ、奴の固有結界にオレと同じ歯車などないはずなのだから。

 マシュの悲鳴じみた反駁を受け顎に手をやる。傍らの席に桜がいるのが、どうにもやりづらい。

「……士郎さん、どうなっちゃうの?」
「君が気にする事じゃないさ。……それから、紛らわしいから私の事はアーチャーと。君を助けた男を士郎と呼べばいい」
「うん」

 フォークでパスタを不器用に絡めとり、口周りを汚しながら頬張る無垢な様に頬が緩む。
 しかし……なんだ。何故そのフォークが宝具化している。桜の状態も聞かされたから、一応は理解は出来るが、フォークはどう考えても『武器』のカテゴリではないはずだ。

「アーチャー、対策は何かないのか。私のシロウを、アラヤ如きの走狗にさせるなど、想像するだけで腸が煮え繰り返る」

 オルタが漆黒のドレス姿で脚を組み、苛立たしげに問いを投げてくる。よほど、この世界の衛宮士郎は騎士王に入れ込まれているらしい。オルタではない方のアルトリアも、黙ってはいるが痛いほど重い視線を突き刺してきている。
 オレはそれが、少し妬ましい。しかし彼女達のそんな感情を得たのは、この世界の衛宮士郎だからこそだろう。彼女を救えなかったオレに、つべこべ言う資格はない。妬みをおくびにも出さず、首を左右に振った。

「あの男の結末は既に決まっている。これを覆すには、あの男がまだ生きている内に、その魂を跡形もなく焼却する以外に方法はない」
「ですがアーチャー、貴方は然程この問題を重く捉えていないように見える。まさか貴方は、シロウがどうなろうと構わないと思っている訳ではありませんよね」
「無論だ」

 色々と複雑だし、思うところが何もない訳ではないが。オレとあの男は名前が同じなだけの赤の他人。くだらない私怨を交えるつもりはない。

「あの男が自らの意思で世界と契約するような愚か者なら、同情の余地は微塵も有り得ん。しかしあの男の状態は、謂わば詐欺によって不当な契約を結ばされた被害者のようなもの。ならば私も、なんとかしてやろうと知恵を絞りはする」
「では」
「――と言っても、期待はするな。私とて確証があるわけではない。何せこんなもの、はじめて耳にする例だ」

 桜が聞き耳を立てているのを察して、その頭を軽く撫でる。気持ち良さそうに目を細める桜に、食事を続けるように促して意識を逸らすと、真剣に話の続きに耳を傾ける三人に向き直った。
 アルトリア、オルタ、マシュ。――まったく、あの男も罪な奴だ。こうまで慕われているのを見せつけられると、同族嫌悪すら出来ない。

「同化した魂を切り分ける事は不可能だ。なんであれ私とあの男は、性質的な意味でほとんど同一人物だからな。どこからどこが本来の奴の魂かなど、第三魔法による魂の物質化を実現しても見分けはつくまい」

 ふと、食堂の外で聞き耳を立てている存在に気づく。……こんな話をわざわざ聞きに来るとしたら、後はロマニ・アーキマンぐらいだろう。
 そんな所にいないで、食堂の中に入り聞けばいいものを。奴なりに罪の意識があるらしいが、そんなものはお門違いだ。

「私が考えるに対策は一つ。それは世界の認識する『エミヤシロウ』と、あの男が完全に別物だと認識させる事だけだ」
「……どういう事ですか?」

 いまいち意味が伝わらなかったのか、マシュが首を捻る。

「ふむ。マシュ、君は抑止の守護者がどんな存在か知っているかね?」
「はい、一応は」
「なら話は早い。細かい解説は要らないな。簡単に言うと私のような霊格の低い英霊は、人類を守るアラヤの抑止力に組み込まれる。名のある英霊は様々な理由で、アラヤではなく星寄りの――つまりガイア寄りの存在になっているからだ。
 そうだな……守護者として該当するのは、英霊を英霊たらしめている信仰心が薄い英霊か、或いは生前に世界と契約を交わし、死後の自身を売り渡した元人間と言えば分かりやすいか? 衛宮士郎を救いたくば、このアラヤの枠組みから脱する他に手立てはない。既に死んでいる私は不可能だが、まだ生きている衛宮士郎ならば絶対に不可能とは言えないだろう」
「つまり、アーチャー。貴方はこう言いたいのですか? 『シロウをアラヤの走狗にしないで済ませる方法は、霊格の高い英霊として祀り上げる必要がある』と」
「その通りだ、セイバー」

 早い話、アラヤが掃除屋として運用できるのは格の低い英霊のみだ。例外は世界と直接契約した者のみ。そしてこの世界の衛宮士郎は、契約した状態からスタートしてはいるが――生憎と本来のこの世界の衛宮士郎は『契約していない』し、その意思もなかった。
 であれば、不可逆の事象が成立する。契約する意思のない者が巨大な功績を打ち立て、人々の信仰を集める事で高位の霊格を手にすれば、それは英霊として祀られるに相応しい存在となる。
 現代では英霊は生まれにくい。なぜなら世界を救う程度の功績では、英雄とは言えなくなっているからだ。しかし何も功績とは世界を救うばかりではない。不特定多数の人間を明確に救い、その功績の認知度が高まり――未来の教科書に載るほどの存在になれば、充分に英霊として認められるようになる。

 かもしれない。

「なんだそれは」
「だから、あくまで可能性だ。この人理復元の旅は、生憎と功績だと認められはしないだろう。世界は既に滅んでいる。滅んでいるモノがどうやって功業を評価する? 奴は宛のない旅を続けねばならない。高位の英霊だと認められるに足る功績を打ち立てねばならない。さもなくば、奴は永劫に人類の掃除屋となる」

 高位の霊格を持てば、それは『エミヤシロウ』ではないという解釈が成立し、奴の中のオレは分離されるだろう。或いは同化したままかもしれないが、奴の能力として組み込まれるだけだ。
 まあなんだっていい。どのみちオレにしてやれる事など――と。アルトリアやオルタは、互いを一瞥して頷き合っていた。

「決めたぞ、アーチャー」
「ええ。私も」
「……何をだ?」

 思わず問い掛けると、アルトリア達は決然と言った。

「愚問だ。この人理修復を巡る旅が終われば、」
「私はカルデアに協力した報酬として、回収した聖杯の使用権を貰います。それで受肉を果たし、シロウを助ける為に共に在る」
「――そういう事だ」
「……」

 それは、また。随分と思いきったものだ。
 笑ってしまう。嫌みではない。未来を語る事の出来る彼女達が、酷く眩しい。

 ――マシュが顔を曇らせたのに、不意に気づいた。

 どうかしたのかと訊ねようとする。彼女もきっと、あの男を助けたいと望んでいるはずだと思ったのだが……。しかし今回は、話を聞く機会を逃した。食堂に光の御子がやって来たのだ。

「おう、此処にいやがったか、アーチャー」
「! ランサー……一体どうしたのかね?」

 猛烈に嫌な予感がする。彼が現れた瞬間、アルトリア達はサッと席を立った。未来予知に近い直感が危機を察知したのかもしれない。出遅れたと察するも、そもそも逃げ場などなかった。
 クー・フーリンは、にやりと笑みを浮かべ、友好的に肩を組んでくる。気味が悪い――払い除けようとするが、がっちりと捕まえられた。

「な、なんだね。私に何か用でも?」
「用? ああ、たっぷり三時間も寝たからよ、寝起きの運動に付き合わせる相手を探してたんだ。で、そこでテメェだ。本気の中の本気のオレを、テメェには見せとかねぇといけねぇ気がした」
「――」

 脳裡を過る、先の特異点での怪獣大決戦。トップサーヴァントの中の更にトップ陣に食い込む、このカルデア最強のサーヴァントの力。はっきり言って、冬木の時の比ではない。額に脂汗が浮かんだ。

「き、急用を思い出した。オペレーターのお嬢さんとティータイムを――」
「まあまあまあまあ、そう言うなって! シミュレーターでちょいと()り合おうぜ。師匠と殺り合った熱が抜けきってなくてな――ストレス発散、付き合えよ。な?」
「ま、待て――!!」

 白兵戦ではオレを圧倒するアルトリアを圧倒するバグ染みた男と耐久戦闘コースなど御免被る! 必死に抵抗する、が――捕まった時点で運命は決まっていた。










 気配を断って食堂の隅にいた赤いフードの男が密かに呟いた。

「お手並み拝見だ、ケルトの英雄さん――」

 彼はまだ、クー・フーリンの実力を把握出来ていない。それを見極める機会として、エミヤシロウはうってつけの存在だった。



 
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