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ユア・ブラッド・マイン─紅眼の魔女とシャドゥ・クラウン─

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第7話『Phase2─序─』

「紹介するよ。コイツが俺のパートナー、禱香奈恵だ」
「は、初めまして!禱香奈恵ですっ!あの、いつもうちの晋がお世話になってますっ!」

 幸徳井(と出禁になっている郷萬の相方)以外のメンバーを集め、香奈恵の歓迎会を行っている。歓迎会とは言ってもただの自己紹介程度だが、今まで意地でも彼女を連れて来なかった晋が急に態度を変えたことと、禱香奈恵という特異的な魔女(アールヴァ)を目の当たりにしたことで、事情を知る加蓮以外が受けた衝撃は計り知れないものとなった。この決断をようやく下すことができた晋でさえ、未だに「まさかこんな日が来るなんて……」と他人事のように驚いているくらいだ。

 事は一時間前。加蓮に車で養成所まで送ってもらったあと、晋はすぐさま腕時計型通信機にボイスメッセージを吹き込んだ。宛先は香奈恵。内容は『今日の三時、いつもの場所に来てくれ』。わざわざ自分からアナウンスせずとも、香奈恵はいつも晋の様子を見に来てくれるので、意味の無い行動にも見える。だが、晋は迷わず香奈恵にメッセージを飛ばした。病院で気まずい別れ方をしてしまったのもあるが、そうでなくとも、彼はこの無意味さに意味を見出そうとしただろう。

 返信はなかった。予想通りといえばそうなのだが、本当に無いとなると少し傷つく。けれど、晋は香奈恵を信じた。信じて待った。いつもの屋上、いつもの製鉄所の煙とともに。寝不足のはずなのに、ちっとも眠れない。朝昼晩、魔鉄器の加工に勤しむレプラコーン達による怠惰な大人への批判が、黒煙と化して悪夢すら見させぬ地獄を与えているかの如く。

「そういや、なんでこんな居心地悪いところを拠点にしてるんだっけか」

 今更と言えば今更すぎる、かつもはやどうでもいい疑問を、ふと口にする。この場所に関して特にこれといったきっかけも思い出もない。たまたま行き着いたのがここだったというだけであって、拘りなんてものも当然存在するはずがない。使われている側としても、こんなさぼりの拠点としか思われていない奴に使われたくはないだろう。ならばなぜ。なぜ彼はここを選び、捨てないのか。

 それをきっと、人は"愛"と呼ぶのだろう。偶然の産物が生み出した結末を、晋は心から愛していたのだ。理由もなく?然り。人を語るのに理由はいらない。晋はようやくそこに辿り着いたのだとずっと思っていた。だが、思えばそんな答え、とっくに得られていたのだ。何気ない日常、何気ない風景から、晋は人間を教えて貰っていたのだ。

「……ふん、愚問だったな、こんなの」

 かつての営みを否定され、悩み、もがき、最終的には苦笑をこぼす。きっと人間なんてその程度の種族でしかない。きっと意味もなく生き続けることが、一番の幸せなのかもしれない。

 同時に。でも、と。()()で終わっていれば、もう舞嶽晋はこれ以上道を歩まずに済んだのかもしれなかったのに。()()()()()()()()()()。冥府の門は、徐々に開かれつつある。






 ──意味もなく生き続けること、か。



「でも、それって……」



 ──あまりに悲しくないか?



「だったら、俺は。俺は、なんのために────」







「すす、む?」

 夢から覚める。あまりにおぞましい何かからの解放。もう少しそれが遅ければ、恐らく晋は遠いところに行ってしまっていたかもしれない。

 抑止力となった少女──香奈恵は、約束を果たした。午後四時の鐘が鳴る前に。急いできたのか、息を切らしている。そのせいか、一瞬幻聴なのでは、という錯覚すら覚えた、その声を届けに。

 込み上げてくるものが、あった。しかし、今ではない。今は、まだ。晋はどうにかしていつも通りを繕おうとする。

「よ、よぉ、香奈恵。えと、ここで待ってた」
「…………」

 ──全っ然繕えてねぇやん。

 本調子が出せない晋。それはどうもお互い様のようで、ほぼ同じタイミングで咳払いをし、

「「あ、あのっ!」」

 同じタイミングで発声する。やめろ、そういうの。そういう場面じゃない時にそういうのはやめろ。顔を伏せ密かに懇願する晋。それに対し、彼よりはまだ冷静だった香奈恵は──それでも傍から見るとかなりぎこちないが──この状況を打破すべく、発言権を譲ることにした。

「え、えっと……要件って、なにかな?」
「あ、うん。そだな。えっと、だな……」

 話したいことが多すぎて、頭がまとまらない。製鉄所を眺めている段階ではかなり冷静でいられただけに、今の状態が非常に歯がゆい。沈黙すること10秒。発言する者にとっては短く、それを聞く者にとっては長い時間。どうとでもなれ、という決心がつくには、しかし、それはあまりに長すぎた沈黙である。

「えー、その、まずは…………ごめんなさい。無茶しすぎました。色々迷惑をおかけしました」

 言ってから、「いや違うだろう」と後悔する。謝罪なんて、見苦しかったとはいえ病院で散々やったのだ。わざわざ時間を割いてもらって呼び出したというのに、今更になって再び謝罪を繰り返すなんて、分かってないやつのやることだ、と。否、彼はいつまでたっても分からずやなのだから、この選択はある意味で必然的であったのだろう。故に──

「…………もう。一日でこんなに弱気になっちゃって。もういいから、分かってくれたみたいだし」

 香奈恵は、彼の過ちを許した。そして、彼が求めるものを、直接欲しいとは一度も言ったことがなかったのに、香奈恵は与えた。

 土下座スタイルで頭の位置が低くなっている晋と同じ高さになるように屈みこみ、ポンポンと優しく頭を撫でる。母親を思わせる藍花のそれとは異なり、香奈恵の場合は愛犬を可愛がるそれによく似ていた。それほどに晋の存在が哀れで、小さいものになってしまったかのような光景だ。それを、しかし晋は屈辱だとは受け取らない。受け入れた、と言ってしまえば、それは彼自身のプライドが許さないが、香奈恵を前にするとどうも甘くなってしまう。自分がここまでだらしのない、どうしようもない人間であることを、晋は今日、初めて知った。それがきっと、求めていたもの。意味のいらない、人間の温かい何か。

 ──であれば、手放すなんてできるわけがない。

「……ああ、そうさ。俺は弱い人間だ」

 腕を香奈恵の背中に回し、膝立ちのまま自分の元へ引き寄せる。赤毛の少女は固まる。想定できるはずもない。晋がこれまでに彼女を求めたことなど、一度たりともなかったのだから。だが、そこに反発や抵抗は一切なかった。香奈恵にはそれが不思議で──いや、きっとそれが彼女にとっても求めていたものだったのだろうと納得していた。もっとも、納得したところで羞恥という問題だけは拭えないが。

「え、す、すすむっ!?」
「……そんなに驚かれると、結構傷つくなおい。そんなに嫌なら突き飛ばしてくれや」
「いい、いや、そういうわけじゃ……むしろ、なんと言いますか……」
「へぇ、『むしろ』ねぇ?ちょっとテンション上がった」
「うぅぅ…………」

 半熟トマトみたいに熟れた香奈恵を、いつものいたずら心によってさらにぎゅっと抱き寄せる。無論、いたずらが目的でこんなことをしているわけではない。もし本当にそうなら、香奈恵はさっさと契約を切って、このセクハラジジイを刑務所にぶち込むべきだ。

「んで、話を戻すとだな……俺は弱い人間だ。弱いことを恐れ、隠し、恥じた弱い人間だ」
「……」
「俺は弱い人間だ。弱いくせに強がって、孤独を選び続け、結局失敗した弱い人間だ」
「……」
「俺は弱い人間だ。こうして、誰かの……特にお前の支えなしには生きることさえできない弱い人間だ」
「……」
「だから、俺は強くなりたい。強い人間でありたい。そのためには……香奈恵。俺にはお前の力が必要だ」
「……」
「ずっと……ずっと、俺の傍にいてほしい。今までずっと置いてきぼりで悪かった。でも、これからはずっと傍に置くって誓う。だから、お前も……」

 ずっと、ずっと後先になってこのことを振り返った時、それは一種のプロポーズ、愛の告白ともとれる言葉だった。しかし、ここに込められたそれは恋慕などではこと足りない。「ずっと」とはすなわち、「永久(ずっと)」だ。未来永劫、生死を分かつその瞬間でさえも、ずっと傍に置く。これを、やがて冷めゆく恋慕程度の言葉で片付けられようか。

 果たして、一生という名の対価(プロポーズ)を受けた相手は──これでもかという量の大粒の涙を流す。信じて、信じて、信じて待ち続けた男性(ひと)が、最高のサプライズを用意して応えてくれた。であれば、返答など言うまでもない。言うまでもないことだが、しかし、香奈恵は唇を震わせながら懸命に音に変えた。

「あっっったりまえじゃない!だって……だって私は、あなたの自慢のパートナー(ひと)なんだから!」

 きっと、そう答えてくれるって信じていたのに。きっと、そう誓ってくれるって分かってたのに。晋は信じられないと言わんばかりに腕に力を入れた。苦しい、と文句を言われても知ったこっちゃない。こうにも彼女のことを手放したくない、という我儘な感情を抱いたのは、きっとこれが初めてだ。

「……ありがとう。いや、待たせたな、と言うべきかね」
「そうよ。待たせすぎ、なんだから。寂しかった」
「……すまん」
「これからはお仕事にも連れて行ってくれるって誓う?」
「……ああ」
「もう私の知らないところで無茶しないって誓う?」
「……ああ」
「本当の本当に、ずぅっと私をそばに置いてくれるって誓う?」
「……ああ」
「ありがとう。約束、ちゃんと守ってね?」
「──ああ。必ず」

 互いの存在を再認識し合った二人。そんな彼らを、空から見守る二羽の鳶が、ついに結ばれた約束を祝福する。

 彼らに名前はない。人間を後押しする義務もない。ただ、果てなき上空より、ある二つの物語の行く末を見届けるものなり。

 ゆらりゆらりと風に揺れ、ぐらりぐらりとバランスを崩す。けれどけれども二羽は唄う。永久(あい)を誓うと二羽は唄う。さらば迷わず飛んでゆけ。霞んだ空の、その先へ。

 青年の己との戦いは、これにて閉幕された。であれば、物語は次の段階へと移行する。その果ての頂きに待つもの。「その時」が来るまで、鳶は彼らに別れを告げた。約束の命運を見定めるその時まで、名も無き使者らは平和を謳歌した。





 ***





 そして──時は再び今に至る。

「永久の約束」を結んだとも知らずに、集められたクラウン達。今日はまだ誰にも指令が降りていないため、ほぼ全員のメンバーを集めることができた。世にも珍しい赤毛の少女と初めて(まみ)え、ひそひそ話をする者がほとんど。意を決して最初に質疑を持ちかけたのは、なんやかんやで晋に因縁をふっかけてくる蘆尾郷萬だ。

「えっと?今確かに、パートナーだと聞こえた気がするが?パートナー()()ではなく?」

 晋は、昨日言い争ったことなど忘れてしまったと言わんばかりに鼻で笑った。

「おいおい、お前は今まで俺のどこを見てたんですかねぇ。製鉄師(ブラッドスミス)魔女(アールヴァ)なしに鉄脈術(リアクター)を使えないってことぐらい、知ってるはずだよな?」
「そんぐれぇのこったァ確認するまでもねぇだろ!オレが聞きてぇのは、製鉄師(ブラッドスミス)としての常識ではなく、魔女(アールヴァ)としての常識がズレてんじゃねぇのかっつう話だ!その色!その眼差し!契約したそれとはとても思えないがな!」

 一つ、誤解してほしくないのは、郷萬は別に晋を陥れたいというわけではない。むしろその逆。こんな、見たこともないルール外に生きる魔女となぞ契約して大丈夫なのか、と晋を本気で心配しているが故の怒号だ。

 郷萬に限らず、クラウン達のほとんどが、香奈恵を未知の生物を見るような目をする理由。それは、香奈恵の見た目が、あまりにも魔女(アールヴァ)とかけ離れている見た目──つまり、紅毛紅眼の少女だからである。

 通常の魔女(アールヴァ)であれば、濃度の違いはあれど銀に限りなく近い色の髪と瞳を授かっていなければならない。しかし、かといって全く異なる色の魔女(アールヴァ)がいたとしても、それ自体に不思議なことは無い。魔女(アールヴァ)とて一人の女性だ。おしゃれ志向で髪の毛を染めたり、カラーコンタクトを使用したりすることは、決して珍しくもなんともない。

 だが、それはあくまで世間一般という枠内の話であって、聖観養成所という視点で考えた場合では、確かにそれはあってはならない。

 聖観の規則──先代、天竜寺紫苑に曰く、『魔女(アールヴァ)魔女(アールヴァ)たる矜恃を掲げるべし。故に、いかなる手段を以てしても、その象徴を捨てるべからず』と。要は、聖観において髪を染めたりカラーコンタクトを付けたりすることは原則認められていないということだ。違反、即退所。鉄則を少しでも犯した者が生きて帰れるはずがない。二代目の藍花に代わった今でも、入所者らはその鉄則に怯える日々を送っている。

 つまり、つまりだ。香奈恵が鉄則を犯したというのは有り得ず、かといって晋と契約済みの魔女(アールヴァ)ということも有り得ない、と郷萬は主張しているのだ。

 無論、初対面でいきなり()()に触れられた香奈恵としては、分かっていても穏やかではない。それ以上に、そんな軽率さをパートナーが許すはずもなく。

「契約済みだし、違反もしてない。それで何か、問題があるとでも?」
「いや、大アリだろ!?いくらなんでも、これは……」
「じゃあ、どの辺が問題なんだ?」
「どの辺ったって。そりゃおめぇ、常識に矛盾しすぎているっつうか」
「その常識ってのは誰にとっての常識だ?俺には理解に苦しむね」
「常識は常識だ!何が言いたいんだてめぇは!!」
「あのさぁ。常識常識って、それこそシャドウ・クラウン(俺ら)には遠い言葉っしょ?常識に当てはまらない集団だから、シャドウ・クラウンってのができたはずだ。それなのにこいつを常識外だと非難する。色が違うだけで問題ありだと指摘する。がっかりだよ。別にお前に限った話じゃない、他の奴らもそうだ。なんだその目は。吐き気がする。まさか、これまで散々差別され続けてきたシャドウ・クラウン(俺たち)が誰かを差別する、なんてなぁ。おい、なんか言ってみろよ。差別なんてこれっぽっちもしてませんーっていう弁解の一つや二つ、俺の勘違いっていうなら聞かせてみ?ん?」
「…………」

 郷萬を絶句させ、発言しなかった者らまで困惑させ、被害者の香奈恵ですら言葉を失っている。そんなことも知らずに。よりにもよって自分らが。多くの痛み、悔恨、罪悪感が襲い──

 晋は、初めから意図を理解していたらしい加蓮と目を合わせると、いたずらに成功させた少年のようにお互いニヤりと口元を緩めた。

「なーんてな。冗談だよ冗談。確かに、これに関しては説明の義務があるわな。いやー、昨日の今日で申し訳ないねぇ、郷萬くん」
『……………………は?』

 郷萬だけでなく、止水も、援も、入夏も、香奈恵でさえも、すっかり凍りつく。冗談だった、というのもそうだが、いつも喧嘩腰だった晋が、一番怒りそうな話題に触れられたにも関わらず冷静でいることに対して、更に驚嘆した。しかも、しれっと昨日のトラブルについても謝罪した。許す許さない以前に呆れるほかない。

「まー、なんていうか、こればかりは生まれつきというか、一種の病気みたいなものだ。別にそれで身体に害があるってわけじゃないが、ようはギリギリ魔女(アールヴァ)のラインに立てた存在。入夏が魔女(アールヴァ)としてほぼ完成された存在なら、香奈恵は魔女(アールヴァ)として果てしなく完成に遠い存在。ただそれだけだ」

 その言葉自体に偽りはない。ごく稀に、本当にごく稀にではあるが、契約しても変色が微々たるもの過ぎて、契約前とあまり変化を感じない魔女(アールヴァ)というのも存在する。多分、そんなものは全国探しても香奈恵くらいだろう。医者にも見破れない病気とやらが、色素の組み換えを拒んでいるらしい。

「でも、微妙にではあるが、ちゃんと色は変わってる。シロクマの毛の色が白じゃないのと同じって言えば、少しは理解できます?」
「へ、へぇ、なるほど、シロクマ……」
「シロクマ」
「シロクマと同じ、なんだ……」
「その例えは、なんと言いますか……」
「え?シロクマの毛って、白じゃないの?」

 馬鹿が一人いた。

「おい、ここまで来て馬鹿を露呈するな香奈恵。最悪の自己紹介になっちゃうでしょ」
「だ、だってぇ……そもそも私のことなのに、晋が全部喋っちゃうし」
「全部じゃないほんの一部だ。まだ定番の好きな食べ物とか趣味とかスリーサイズとか話してないっしょ」
「スリーサイズは結構!!」
「そうか?てか話戻すがシロクマの毛の色が白じゃないってことぐらい知っとけよ。これだから睡眠学習を怠る愚か者は……」
「睡眠学習やばっ!」
『いやそこは感心するところじゃないでしょ……』

 ある程度事情を知る加蓮はさておき──というか事情を知ってるからこそ笑わずにはいられない状態にあるが──他の者にとっては「なんやこの夫婦漫才!?」と突っ込まずにはいられない二人の会話に、困憊しきっている。

 ただ、その不思議な空気が流れたことで、わだかまりが抜けたことは確かだった。とりあえず予定通りの展開になってくれたことに、晋は安堵の息をもらす。

「まぁ、というわけだ。この通りろくな知識も抑えてない馬鹿だが、きっと……否、絶対役に立ってくれる。受け入れるには少し時間がかかるかもしれないが、どうかこいつを仲間として……俺のかけがえのない相棒として歓迎してほしい。俺からは以上だ」

 そして深々と、晋は頭を下げた。ならって香奈恵も、「お願いします!馬鹿は余計ですがっ!」と彼の隣で頭を下げる。彼女とていち早くこの空気に慣れようと、必死で食らいついている。先程の郷萬の心無い発言など、気にも留めていない様子だ。

 その誠意をいち早く汲み取ったのは、意外なことにあの入夏だった。

「お顔を上げてくださいまし、白虎殿、香奈恵様」

 慈母たる微笑みで、香奈恵に手を差し伸べる。

「先程の無礼、お詫び申し上げます。白虎殿……いいえ、晋様のご活躍は著しいものです。そのパートナーとなれば、信頼できないはずがございましょうか。私達は貴方様を仲間として……シャドウ・クラウンの一員として歓迎致します。そうですわよね、皆様?」
「入夏……」

 晋もこればかりは虚をつかれた。先日、晋を病院送りにしてくれた──正確にはほぼ自壊状態だった晋にトドメを刺した──張本人の発言とは思えなかったが、こうにも自分のことを評価してくれていたとは、と動揺せずにはいられない。

 そんな彼の心情とは裏腹に、いい意味で入夏の言葉に心を動かされたクラウン達は「すまん、さっきは言い過ぎた。狭い考えで悪かった」「当然、香奈恵歓迎」「こちらこそよろしくね、香奈恵さん!」と、すっかり歓迎ムードへと変わった。晋との件で少し涙腺が緩くなっている香奈恵は今にも泣きだしそうだったが、「ありがとうございます、皆さん!」と満面の笑みを作って、彼女らの手をとった。

 ──これでいいんですよね、所長。

 香奈恵と新たな友情に乾杯。今まで避け続けてきた選択を選ばせてくれた藍花に、晋は心の杯を合わせた。

 後悔がないといえば嘘になる。今でも正直、これで本当に良かったのかと自問している。だが、それでも晋は香奈恵と共にいることを選んだ。強くなるため。強い人間でありたいがために。であれば、ここでくよくよ悩んでてもしょうがない。

 次なる絶壁が来るまでは。まだ「その時」に至ってない今は、ただこの新たなる友情を喜ぶばかりであった。
 
 

 
後書き
えもももももももものうち。 
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