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人理を守れ、エミヤさん!

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サーヴァントは神速を尊ぶ




「――今、のは……」

 覚えのある、魔力だった。いや、()力などとは形容出来ない、神聖にして純潔なる聖域の残り香――セイバーは在りし日の円卓、伝説に語られる栄光の残滓に慄いた。
 友を斬ったために魔剣としての属性を得てしまった朋友の聖剣、その力も感じられた。あの清らかな湖のように澄んだ魔力を、セイバーは他に知らない。奇跡の力を宿した円卓、それを中心に据えた白亜の城の残光も相俟って、酷く胸がざわついた。
 セイバーは失われた栄光を懐古する気持ちを振り切り懐疑する。この冬木の聖杯戦争に円卓の騎士がいるのか? 数の縛りが狂っているこの聖杯戦争に、湖の騎士とキャメロットを宝具にする騎士が。

 まさか、と思う。穹を舞っていた戦闘機は、サー・ランスロットが搭乗していたのではないだろうか。そうとしか思えない、しかしあの湖の騎士が、よりにもよって狂戦士に堕ちるなど信じられなかった。
 だが事実として、セイバーは覚えている。倉庫街で自身の名を叫び、襲い掛かってきた正体不明の狂戦士の存在を。その狂っていてもなお狂いのない武技、正体を隠蔽する宝具、掴んだ武具を自らのものとする力。湖の騎士の逸話に符合するのだ。

「ッ……」

 歯を食い縛る。朋は、狂うほどに己を憎んでいたのかと。心が折れそうになった。無理矢理に意思を奮い立たせなければ戦えなくなりそうになる。そうだ、私は失敗した。だからやり直しを望んでいる。その憎しみもやり直せると信じるしかない。聖杯ならそれは叶うはずなのだから。
 ――貴公なら、私を諫めるのでしょうか、純潔の騎士よ。
 白亜の理想城を顕現できる円卓の騎士は、彼を置いて他にはいない。ギャラハッド。サー・ランスロットの息子にして、世界で最も偉大な騎士。サー・ランスロットが円卓より抜け落ちた後、完璧な騎士の名声を父より受け継いだのは彼だった。

 彼も、この冬木にいるのなら。必ずこの不明な王を糺すだろう。しかし、

「私は、それでも……」

 決して止まるわけにはいかない。セイバーの覚悟は今にも挫けそうなほどに脆いが、それしか故国を救う手立てはないのだ。聖杯を、この手に掴む。そうする事が国を滅ぼしてしまった事の贖罪である。

「――セイバー」

 士郎が声を掛けてくる。右腕をだらりと落とした姿は痛ましく、しかしその血は止まっていた。ギチギチと、鋼の鳴る音がして、セイバーは顔をあげる。

「ありがとう。感謝する。お前の声がなければアレの奇襲に気づかなかった。やはり俺は、お前がいなければ駄目なんだな」
「っ……」

 冷徹な戦闘者、巧みなる戦術家。その顔とは全く異なる、親愛の存在を見詰めるような無防備な笑顔に胸がざわめく。
 サーヴァントではなく、ましてや騎士王ではなく、アルトリアという少女を見詰める瞳。それに一瞬、酷く動揺しそうになった。
 思えば倉庫街で対峙した時からそうだった。戦闘に入るとその色は消えても、アインツベルンの城で会った時には再び現れ、そして今も大きな信頼と親愛の情を、なんの臆面もなく見せてくるこの男が、セイバーは苦手だった。
 この男は以前の聖杯戦争で自分と共に戦ったという。しかしセイバーにはその記憶はなかった。だから出任せだとばかり決めつけていたのだが、それならばどうしてセイバーの真名や宝具の詳細を知っているのか。こちらの戦いでの呼吸を掴まれているのか説明できない。
 勘が言っている。衛宮士郎は、何一つ嘘を吐いていないと。故に、その目と顔、親愛にも嘘偽りはなくて。セイバーは、その男から目を逸らした。

「シロウ、貴方に聞かねばならない事がある」
「ん、名前で呼んでくれるんだな」
「ッ! ……不快でしたら、ランサーのマスターと言い改め――」
「いや、名前で呼んでくれ。代わりに俺も名前で呼ぶよ、アルトリア」
「――」

 ペースが乱れる。個を捨て、国に身命を捧げたアルトリアという小娘の心臓が脈打つ。
 誰もが王としてしか自分を見ない、そう在ると誓ったが故に見ないようにしていた小娘の願望――捨て去ったはずの、アルトリアという小娘が夢想した、ただの少女としての望み。
 アルトリアは断固としてそれを押し隠した。しかし頬が赤らんでいるのには気づかず、なんとか訂正する。

「セイバーと。真名を明け透けにされると、私としては困る」
「どうせ他の奴らにも筒抜けさ。今更隠したってなんの意味もない。なら堂々としていた方が却って清々しいだろう? 嫌じゃないなら名前で呼びたいな」
「……」

 いけない。ペースが、乱れる。しかし、なんとなく察した。士郎はアルトリアに質問されるのを、有耶無耶にしようとしているのだ。それさえ分かればアルトリアは構わなかった。
 気力を込めて睨み付ける。その目に、王の迫力が欠けている自覚はなかった。

「シロウ、質問する。先程の黒化していたサーヴァントはランサーだった。貴方に何か心当たりは?」

 アルトリアが流れを断ち切って問うと、士郎は肩を竦めた。この男は嘘は言わない、ただ本当の事も言わない。これまでのやり取りでそうと見抜いた。サー・ケイが、都合の悪い事を隠す時と似たような感じだ。
 外交官としても一流に成れると、王としての目では思う。交渉や戦闘、戦術、戦略に明るい彼のような者が騎士として自分に仕えていてくれたら、きっとキャメロットの治世にも役立ってくれたのではないかとぼんやり思う。それに人間関係の調節にも器用に立ち回り、円卓の緊迫した関係を改善してくれたかもしれない。
 或いは円卓に欠けていたのは、この男なのかもしれないとすら思った。すると、想像してしまう。この男が円卓にいたらどうなっていたのかと。そして――自分の傍にいて、自分をアルトリアと呼んでくれる士郎を思い描き掛け、

 益体もない想像を切り捨てる。妄想だ。くだらない。ああ、まったく。自分はどうかしてしまったのか。アルトリアは努めて余分な心の贅肉を切り落とした。

 見ればライダーとそのマスター、そしてアイリスフィールも近くに寄って来ていた。彼らに囲まれていても、士郎は飄々としている。大した度胸だ。肝が据わっている。

「心当たりならある」
「……それは?」
「あのランサーは、俺と俺のランサーで斃したからな」
「……はっ?」

 臆面もなく晒された告白に、アルトリアは虚を突かれた。そういえばそのランサーは何処にいるのだろう。そう思った瞬間、彼の傍に光の御子が現れる。
 唐突な出現。さながらアサシンのような。
 なんだというのか。存在の密度とも言える気配が酷く希薄だった。

「よぉ、マスター。戻ったぜ」
「ああ……どうだった?」
「アーチャーの野郎の始末は終わった。が、オレは御覧の有り様だ。わりぃが回復に専念させてもらうぜ」
「分かった。消えていろ」
「おう」

 報告に来ただけなのだろう。余程に消耗しているのなら、その存在感の希薄さも辻褄は合うとは思える。しかし、よもやあの常識破りの空中戦で英雄王を脱落させるとは――流石光の御子と言うべきか、それとも彼と魔術王とサー・ランスロット、そしてギャラハッドの総掛かりで尚も苦戦させられていた英雄王を讃えるべきか。
 見れば眼鏡を掛け、白衣を着た少女と、そのサーヴァントらしい魔術王も姿を現した。征服王が大声で呼ばう。――そういえば、大海魔は消えたというのに濃霧が消えない。魔術王の仕業だろうか。

「おう魔術王! あの金ぴかを打ち倒したそうだな。いや、流石は余の見込んだ王である!」
「一対一ではなかったから、誉められた話でもないと思うけれどね」

 魔術王。この男もキャスターだ。そして、黒化英霊は、ランサーにキャスター。
 士郎。魔術王。繋がりは見られない。しかし何か気になる。この違和感を感じているのは、アルトリアだけのようだが。点と点がある、だがその点が繋がらない感覚にもどかしさを覚えた。

「それで、どうするつもりだい?」
「どうするって?」

 魔術王の問いに、アイリスフィールが反駁する。それに彼は肩を竦めた。

「聖杯に呑まれたサーヴァントは無尽となるらしい。現にあのキャスターは何度となく斃しているのに、また現れた。ならまたいつか、今度みたいな騒ぎを起こすかもしれない」
「えぇ!?」

 ライダーのマスターが上擦った驚愕の声を上げる。
 魔術王はそれには構わずに続けた。

「無限に蘇生するサーヴァントなんて、敵にするなら面倒極まりない。そこのランサーのマスターが斃したっていう双槍使いの槍兵もいるみたいだし、それに――たった今倒した英雄王もね」
「ッッッ!!」

 全員が息を呑んだ。あの無尽蔵の宝具を持つ英雄王が、幾度斃しても復活して立ち塞がる悪夢を想像して。しかし士郎は言った。

「英雄王に限ってそれは有り得ないな。聖杯の泥ごときに汚染されるタマじゃない。まあ英雄王は別にしても、俺達の中で脱落したサーヴァントが出たら、ああして聖杯の走狗にされるだろうけどな」
「……」
「ランサーのマスター。キミはどうするべきだと思う? アサシンが脱落していたら、常にマスター殺しを警戒しないといけない、バーサーカーが脱落していたら、聖杯に魔力を供給されている湖の騎士を相手にしないといけない。長期戦は不利でしかないと思うけどね」
「答えは出ているじゃないか。なあ義母さん」
「誰が義母さんよっ」

 顔を真っ赤にしてアイリスフィールが怒鳴った。士郎は苦笑し、マスター達を見渡す。

「ウェイバーくん、君に異論はないだろう?」
「うっ」

 言わんとしている事を察しながらも尻込みする少年を誰も咎めない。尻込みはしていても、逃げようとはしていないから、その小さな勇気に敬意を払っていた。

「魔術王のマスター、お前は何かあるか?」
「いえ、何も。すべき事は明瞭です」
「そうだな」

 もごもごと言い淀みそうな白い少女に士郎は微笑む。
 慈しむような笑顔に、アルトリアは一瞬、士郎を睨み付けそうになった。不可解な心の動きに戸惑う。なんだ、今のは?
 士郎は言った。自らの負傷を、まるで気にもしていないように。

「決まりだな。この足で円蔵山に急行する。一分一秒も無駄には出来ないぞ」

 兵は拙速を尊ぶと言うが、サーヴァントの拙速は神速だと士郎は嘯き。場の流れは決定された。
 異論は、誰にもなかった。




 
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