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勇者に恋人を奪われて引退した元救国の騎士の復活譚

作者:水源+α
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冒険者、エーデル

 ──五年前に起きた、アリエス王国とヴァルレ帝国という、小国対大国の戦争。

 その当時、突如始まった二国間の戦争に、世界は驚愕と悲観、そして恐怖した。

 アリエス王国の主産業は主に魔石やその他の鉱石を採掘し、それらをそのまま輸出する鉱物産業、或いは、加工してから輸出する、工業産業の二つである。
 魔石を入れた鉱石らは、非常に需用が高く、アリエス王国のような鉱山を多く所有している国は重宝され、これまで大国並みに発展を遂げてきた。
 こと、鉱物を採掘し、それらを加工する技術は世界でも随一とも言われており、生産する魔道具達は高品質が多い。
 その為アリエス王国は小国だが、唯一、大国間だけで行われる幾つもの世界的な会談に出席出来る、高い地位と国力を兼備していた。

 そんなアリエス王国に宣戦布告をしたヴァルレ帝国は大国であった。

 ヴァルレ帝国は世界でも3番目の軍事力を誇り、こと兵力に関しては一位の人的資源がある。
 主産業は、アリエス王国と同じく鉱物産業で、また魔道具も生産しているので、そこから得られた多大な利益で、大軍を統制している。 
 
 何故そんな大国が宣戦布告をしたのか。
 それは、アリエス王国領内に多数存在する、品質の高い鉱山と、アリエス王国の高品質な魔道具の生産技術を目的としたためだ。
 王国が所有する世界有数の鉱山地帯と技術を手に入れられれば、帝国は確実に世界を牛耳ることが出来てしまう。
 
 これまでの歴史で帝国は、数々の敵国の国民対して、余りにも残虐な行動をしてきたので、世界的には、帝国に頂点に立って欲しくないという意見が多数であった。
 
 しかし、仮にも世界3位の軍事力を兼ね備える帝国の敵にはなりたくないので、王国側に資金援助等の、戦争に関与することは一切無かったが、各国は行く末を見守ると共に、王国の勝利を望んでいた。
  
 そして、王国は帝国の侵攻に反抗し、戦争は始まり、幸いにも当時の英傑達の活躍により、国境沿いにあるレチアド山の戦いに勝利を納め、帝国の侵略は失敗。


 
 それで現在の平穏に至るわけだが、実は二国間で停戦協定は未だに結ばれていない。

 理由は分からないが、帝国が一度の侵攻に失敗して以来、再び侵攻をする素振りも見せないので、両国間にはいつの間にか一時的な非公式の休戦という形で争いは起こって居ない。

 あの時の王国は本当に緊迫し、これまでにないほど雰囲気が刺々しかった。

 地方の町村では、そこを治めている領主元へ大勢が駆けて騒乱が起こったり、国境沿いに存在する前線に近いある街々では、内地へ逃れる為に退居者が続出し、街の運営が先行かなくなってしまったりした。

 その頃の王国は正に、混沌としたものだった。











 ──と、朝の鍛練が終わり、朝食を兼ねて情報収集するために買っておいた号外を手に持ちながらそこまで思い耽った後、感慨深く目をゆっくりと落とした。

「……あれから五年か。結構経ったんだな」

 思わず、独り言をぼやいてしまう。

 何せ、偶然にも昨夜買っておいた記事の特集のなかに、『あの戦争から五年。王国と帝国との間に何があったのか』というものがあったのだから。

 それで先程まで思い耽っていた訳なのだが、まだ自分は若いというのに随分と老けた後にやりそうなこと朝からしているのに、少し苦笑いだ。  

 宿屋『月花』。

 そこは、ここアリエス王国の首都の北区に建っている。
 どうやら近くにある大手ギルドの冒険者達の為に建てられた宿屋らしく、設備は流石大手ギルドが設備投資をしているのか、非常に清潔感があり、居心地が良いものになっていた。

 突然だが、実は俺は、五年前までは軍人だった。
 三年前からこの北区のギルドの依頼を、片っ端から片付けながらこうして生計を立てているが、五年前まではずっと戦場に行っては敵を殺し回って、勲章を授与されたり、多大な恩賞や手配金で生活していた。
 
 なんでそんな殺し回っていたのかは追々言うとして、まあ今は訳あって冒険者をやっている。
 


「──エーデルさん。おはようございます」

「あ、おはよう。エリー」

 朝食を食べていると、話しかけてくる女の子が一人。
 
 この子は『月花』の看板娘のエリーという可愛らしい女の子だ。
 栗色のセミロングの髪、藍色の深い海のような綺麗な瞳をしている。

「今日もお仕事ですか?」

「うん。今日は薬草採集に行こうと思ってる」

「へえ……薬草採集ですか」

「そう。前からギルドの掲示板に貼られていたんだけど、誰もその依頼書を受けてないみたいだからな」

「そうなんですね。スープの方はどうですか?」

 『月花』を運営している看板娘を張っている 

「うん。今日もしっかり美味いぞ」

 記事を読んでいたことで少し冷めた野菜スープを口に運ぶと、エリーに向かって微笑む。

「ありがとうございます! そう言われると作った甲斐があるというものです」

「ここに来てから三年なんだけど、めきめきと料理が上手くなってるぞ」

 満更でもない様子で笑顔を浮かべるエリーはそう言われて「……そ、そうでしょうか」と、頬を赤く染めて照れるという、これ又青年であればうっかりと惚れてしまう程の可愛らしい反応を見せる。
 士官学校に、もしもエリーが在籍していたのなら、即刻多数の異性から食事を誘われていることだろう。

(これはエリーの父や母が、この無意識に心を奪う仕草をする娘を、危なっかしくて嫁に行かせたくない気持ちが分かる)

 間違いなく、エリーみたく初で純粋な美少女なら、異性間で様々な問題が起こりそうだ。

「ああ。特に今日の野菜スープ。つい五日ほど前に同じような野菜スープを食べたんだが、味が変わってる気がするぞ」

 俺はそう言いながら、もう一度野菜スープを口に運ぶ。

(今回のスープは……前に食べたときより塩分を微量に薄めて、食が細くなる早朝の腹に優しいさっぱりとした味になってるな)

「うん。やっぱりな。前よりもさっぱりとしてて、朝に食べるには丁度良くなってる」

「は、はい。前にスープを作ったときにもエーデルさんは美味いと言ってくれたのですが……後々私が食べてみると少し濃いめだなと思いましたので、今回は塩を少なめにして、代わりにトーメトを入れて酸味で味を丁度よく調整しました」

 解説された後、「あ、確かに」と前に作られたスープに無かった野菜が入ってることに気付いた。

 その野菜はトーメトといい、色は赤く、食べてみると瑞々しく酸味が染み渡った後、微かに甘味も感じることが出来、体の健康にも良く、家庭から飲食店等、幅広く使われている。
 今回のスープはトーメトの丁度良い酸味と微かな甘味の特性を生かし、さっぱりとした味に仕上がらせているのだ。


「凄いな。この短期間に味を修正出来るなんて。流石はエリー、良いお嫁さんになる」

「ふぇっ!?……」

「え? ど、どうした?」

(いきなり変な声出すから驚いたぞ)

 スープから視線を外し、エリーの方へ向ければ、完熟したトーメトのように顔を赤く染め上がらせていた。
 しかも、顔をこれまで以上に俯かせている。
 それらを見るに「ははーん?」と、俺は一つの結論に辿り着く。

「……流石に良いお嫁さんになるって言われたぐらいで照れすぎじゃないか?」

 そんな言葉に、「ひうっ!?」と、これ又図星を突かれたのが丸わかりな反応を見せると、今度はまだ赤い頬を膨らませながら

「エーデルさんのイジワルっ!」

 と、言い残して、そのまま厨房の方へズカズカと戻っていってしまった。

「……くっくっくっ」

(いけない。可愛いからちょっとからかってしまった。でも直ぐにああなるからなあ……もうすぐで15になると言うのに、あの純粋さは本当に反則だ。世の男なんて放っておけないだろ)

 一頻り笑った後、記事を折り畳み、スープを完食させる。

「ごっそさん。ミラさーん! 勘定頼む!」

「──あいよ」

 席を立ちながら、厨房の方へ叫ぶと恰幅な女性が出て来て、次には「エーデルさん。さっきうちの娘が凄い顔を赤くして『バカ、バカ』とか悪態吐きながら厨房にやって来たんだけど?」と、何処か含んだ笑顔を浮かべてきた。

「すみません。つい」

 俺はそれに悪びれることはなく微笑む。

「全く。からかうのは程ほどにしといてくれよ? あの子は本当に初なんだ」

 と、口ではそう言いながらも、それでもミラさんの表情は依然として咎めるようなものではなく、温かいままである。

「善処します。はい、2シルバーです」

「またやる気満々じゃないか。……ん、丁度だね。確かに受け取ったよ」

「ははは。では、行ってきます」

「気を付けてらっしゃい。くれぐれも、死ぬんじゃないよ」

 ドアノブに手をかけたとき、後ろからそんな言葉が聞こえてきた。
 それに対し、不敵な笑顔を態と作ってから、戯言で返答をした。

「おや? ミラさん、もしかして俺のことが心配なんですか?」

 返答に対し、ミラは「はっ」と、鼻で笑い飛ばす。

「バカいってんじゃないよ。どれもこれも、エリーの為さ。」

「素直じゃないですね。ええ、絶対死にません。エリーの結婚式を見るまでは」

「はいはい。それまでに生きてたらね。そら早く行った行った」



 そうしてミラさんの力強い言葉に押され、今日も俺は冒険者としてお金を稼ぐ。




 
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