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人理を守れ、エミヤさん!

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王様に物申す士郎くん!



 嫌。その一言だけを溢し、ひしりと俺の脚にしがみつく桜に眉を落とす。

 所詮は非力な幼女のささやかな抵抗。引き剥がすのは至極容易い。だが、幼いとはいえ桜にそれをされると――弱る。振り払えない。何故と理由を探すまでもなく答えは明瞭だ。
 彼女が桜だから(・・・・)、それ以外に何を答えに出来るというのか。
 切嗣の最後の報告によれば、聖杯が意思を持ち動き出したという。撃破したキャスターとランサーが黒化して復活し、周囲の被害も考慮に入れずに災禍を振り撒かんとしているのだ。特にキャスターは既にロマニが二回(・・)撃破しているのに三回目の登場。この分では黒化英霊を打倒する事にはなんの意味もないと見るべきだろう。
 そしてランサーは兎も角、キャスターは広範囲に亘る戦略的な作戦行動を実現可能な故に、その脅威度はランサーの遥か上を行く。迅速な対処行動が今最も求められているのだ。合理的に考えるまでもなく、足手纏いになる桜を連れていく事など出来ない。

 桜を連れて行く事は論理的に却下されて然るべきだろう。故にお母さんとお姉さんのいる所に連れて行ってやると、優しい声音で穏やかに言ったのだが――置いて行かれる事を、桜は全力で嫌がっていた。

「桜……」

 予期しなかった駄々に困り果てる。俺の知っている桜は、まだ聞き分けのいい奴だったというのに。幼いと我が出やすいのだろうか? 悩ましい気分でいると、ロマニがやれやれと苦笑しながらとんでもない事を言い出した。

「仕方ない、この娘も連れていこう」
「何?」

 剣呑な表情が声に出る。しかしなんでもないように、人畜無害なロマンチストは宣った。

「心配要らないだろう? 何があっても、僕や君がいる。マシュだって。これだけいて、小さな女の子一人守れないと思うのかい?」
「……」
「それに――元々この人理を巡る戦いは、人を守る為の戦いだ。小さな我儘一つ聞けないで、これから先を戦い抜けるとは思えないね」
「……言ってくれる」

 毒づくも、俺は心の何処かでその放言を肯定していた。マシュの目もある、彼女の前では格好のいい大人でいようと決めた身だ。
 細く、短く、嘆息する。腹は決まった。俺は桜を抱き上げる。

「一つ聞かせてくれ、桜。どうして俺といたいんだ?」
「……だって。おじさん、わたしを助けに来てくれたって」
「――」
「セイギノミカタだって……もう、こわいことなんかないって、言ってくれたから……わたし、おじさんといたい、です」
「ぷっ、ははは! これは一本取られたね士郎くん! 君も大人なら、自分の言葉には責任を持った方がいいよ」

 噴き出したロマニが腹を抱えながら言った。俺はそれを睨み付け、しかし何も言えない。
 こんな時こそペラ回して、桜を安全な場所に連れて行くべきなのに。子供を言いくるめるのなんて簡単なのに、俺はそれをしないで強がるように口角を持ち上げていた。

「――分かった。ただし桜、お前を連れて行く代わりに一つ、条件がある」
「……なに? わたし、言うこときくよ」

 現在進行形で我儘を言っているのに、言うことは聞くときたか。やれやれと苦笑して、少しだけ気になっていた部分を訂正する。

「俺の事は『おじさん』じゃなくて、士郎さんと呼べ。『お兄さん』との約束だ」
「……? うん、わかった。士郎さん――これでいい?」
「ああ」

 俺の台詞に、マシュも堪えきれなくなって噴き出した。ロマニはロマニで、さっきから笑いすぎだ。後が酷いぞアーキマン……。お前も俺に近い歳だろうが……。
 この年頃の子供には、俺ももう、いい歳したおっさんである事に変わりはないのだろうが、まだ三十路手前なのだから『お兄さん』と呼んでほしい男心である。







 魔術王の魔術によって、神殿化していたホテルを出る。その際に神殿化を解除させておくのも忘れない。もう此処に戻って来る事はないから必要がなくなったのだ。
 酷く非合理的な事をしている自覚はあった。馬鹿げていると自分を罵りたくもある。しかし繋いだこの小さな手を、離してはいけないとも強烈に感じていた。

「マシュ」
「はい」

 第二特異点で能力を覚醒させたマシュに、全幅の信頼を置いていた。
 こと守護の一点に於いて、俺の知る全てよりも優れていると、貴い守りなのだと言語を超えた領域で理解していた。故にまず第一に恃むのはマシュである。

「もしもの時は、桜を頼む――なんて軽い事は言わないぞ。桜と俺を、二人とも守ってくれ」
「――はい」

 力強く、嬉しそうに微笑むマシュに衒いも、憂いもない。年下の少女に、守ってくれなんて台詞を投げるのは情けないが、そんな下らない矜持を無視出来る相棒としての信頼がある。
 アルトリアにしたって、クー・フーリンにしたって、切嗣やアーチャーの野郎にしたって、桁外れの信頼を置いている。全員が最高の仲間だ。ああ、もちろんネロやアタランテだってそうだ。ダ・ヴィンチにもどれだけ助けられているか。アグラヴェインは司令塔として無二の信頼が置けるし、百貌なんて戦闘を支える最重要の戦力である。だからまあ――

「あれ、僕は?」
「五月蝿い」

 ――だからまあ、今回もきっと上手くやれると希望を抱く。希望を繋ぐ旅路、それなくして戦い抜ける道理もない。
 いや道理も糞もなく、単純に希望のない戦いなど御免被る。世界には救う価値もないクソッタレが掃いて捨てるほど在るが、それでも人理を救う戦いは、この小さな手を光差す未来に届かせるものなのだ。

 故に、桜。本当ならフライングも良いところだが、先に過去のお前から助けてやる。
 勘違いはするな、俺は自分の為に過去のお前を助けているに過ぎない。自己満足で、未来のお前も救ってやるさ。
 ああ、上から目線上等だ。なんたってそんな不幸(ヨゴレ)、綺麗好きの俺には耐えられない。せめて俺の目の届く範囲は幸福(キレイ)でないと、潔癖性の俺は気が狂いそうだ。

 だからこんな特異点なんか、人理定礎を巡る旅なんか、簡単にパパッと片付けてやる。ロマニやマシュが、もっと好き勝手に生きられる世界に連れ出してやる。

 だから――

「――邪魔をするなら、例えお前が相手であっても容赦はしない」



 黄金とエメラルドによって形成された輝舟、『黄金帆船(ヴィマーナ)』――御座に腰掛け、在るのは原初の絶対者、黄金の英雄王。



 黒化した青髭が儀式を執り行う、未遠川に急行している最中、眼前に立ち塞がるようにして現れたのは輝舟に搭乗した暴君であった。
 俺は敵意も露に真紅の双眸を睨み付ける。喜悦に細まる瞳が見据えるのは――俺だった。
 デミ・サーヴァントであるマシュではない。千里眼を持つ同士にして、同等の格を持つ魔術王のデミ・サーヴァントのロマニでもない。俺にこそ立ち塞がっている。

「吼えたな、道化」

 クツクツと可笑しげに笑む英雄王は、背後の空間に百を超える波紋を出現させていた。そこから顔を出すのは、いうまでもなく宝具の原典――俺とは戦わないと言い、その舌の根が乾く前に再度立ち塞がる了見は天災のそれだ。

「……」
「まさか送り届けてくれるのかい? 流石は英雄王(センパイ)様、太っ腹だね」
「フン。(まなこ)を見開いたまま寝言を垂れるとは器用な奴よ。人間に堕ちた貴様はこの我を仰ぐべき雑種に過ぎん。貴様の生んだ因果を清算しに来てやったのだ、その栄誉に咽び臣に加わるのなら同乗させてやらんでもない」

 英雄王の存在感を前に、緊張に身を強張らせるマシュと、戯れ言を吐くロマニ。
 どこか機嫌良さげにギルガメッシュは鼻を鳴らす。――それに、ロマニは目を見開いた。
 相も変わらず訳が分からない。その千里眼を持つ者同士の謎の共感をやめろ。今のロマニは千里眼を厳重に封印しているから『視えない』のだ、ロマニにも俺にも分かるように言え。

「感動に打ち震えよ、道化。貴様の膿、冬木(ここ)で出し切ってやろうと云うのだ」
「要らないお世話だな、英雄王。其処を退け、今はお前に構っている暇はない」
「釣れない事を言うな、一生にそう何度とない王の慈悲だ。有り難く甘受するがいい。――それにしても、懲りもせず寄り道に精を出す愚かさは変わらんな、贋作者(フェイカー)
「……」

 真紅の瞳に、桜が映る。びくりと震え、怯える桜を背中に庇い、俺は苛立ちも露に問いかけた。

「何が目的だ」
「何度も言わせるな、雑種。道化も業が過ぎれば不快でしかない」
「カルデアと戦わないと言った口で何を言う。余りおふざけが過ぎるようだと諫言にも力が入るというものだ」

 軽い挨拶のような殺意に皮肉で返す。へりくだる者には死を、阿る者にも死を賜す王だ。何を言っても気分次第、ならば自身の言動に気を遣うだけバカらしい。偽らない素の自分で向き合う事だけが、結果として英雄王に対するのに相応しい態度だ。
 干将と莫耶を投影する。相手が英雄王であっても、こちらにはマシュと魔術王がいるのだ、遅れは取らない自負がある。マシュも周囲に他陣営の目がない故か、白衣からデミ・サーヴァントとしての姿に転身し大楯を構えた。
 その臨戦態勢にギルガメッシュは嘲笑を浮かべる。

「自らの恃む最強の槍と剣を欠いたまま、この我の裁定に歯向かうか」
「槍と剣はないが、楯と術はある。俺の諫言は耳に痛いぞ、英雄王」
「ハッ――」

 黄金の超越者は失笑を溢し、そして。

「自らの在り方に惑う道化風情がよく吼えた。だが所詮はアラヤの走狗(・・・・・・)、掃除屋如きの諫言を、この我が聞き届ける道理はない」
「――なに?」

 聞き捨てならない事を、言った。

 反駁しかける。だが、英雄王は百挺を超える宝具を照準する。狙いは――桜だ。
 激発する理性が疑念を焼却する。迎撃の為に用意していた投影宝具群に実像を結び、

「ではな――自らの起源を知れ、雑種」

 ――黄金は、殺意もなく。王には戦いですらない、下らない雑事の始末を始めた。




 
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