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人理を守れ、エミヤさん!

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そんなに嫌か士郎くん!





「同盟を申し込みに来た、ですって……?」

 アインツベルンの森に仕掛けられていた罠の数々を、戦車の疾走によって強引に潰してやって来たのは、倉庫街でセイバーを翻弄し圧倒したランサーの主従であった。
 森の守りを破られ、警報が鳴ったことに内心慌てていたアイリスフィールは、予期せぬ来客の予想外の申し出に柳眉を逆立てる。
 三十路手前の、男盛りの白髪の戦士。中華の双剣を鞘に納め腰に吊るしたその男は、現在アイリスフィールらが最も警戒する存在だったのだ。

 万全のアーサー王をして守りに徹さねば押し切られるほどのランサー。サーヴァント戦では苦戦を免れず、強力無比なランサーに短くない時をアーサー王は封じ込まれるだろう。やもすると、アーサー王が敗北することも充分考えられた。
 そうなれば、マスター同士の戦いが勝敗を決すると言ってよく、生憎と戦いの心得などないアイリスフィールでは、見るからに戦い慣れている白髪の男に太刀打ちできるとは思えない。

 ……それに、クラスは分からないが、既に二騎のサーヴァントが脱落している。
 聖杯戦争が長引き、後半にさしかかる頃にはアイリスフィールは身動きすらままならなくなり、影武者のホムンクルスがアイリスフィールの代わりにマスターを務めることになる。

 現時点で衰弱しているアイリスフィールだ。戦えばまず敗北すると言っていい。英霊の魂に圧迫され、小聖杯が剥き出しとなって、アイリスフィールという人格が死ぬまで余裕は殆どないのである。故に彼女たちアインツベルン陣営は、目下ランサー陣営への対策を考えるのに全神経を傾けていたところなのだ。

 そんな、アルトリア・ペンドラゴンと意見の一致を見た、今次聖杯戦争最大の敵からの同盟の申し出。警戒しない道理などない。
 アイリスフィールは油断なく白髪の男を睨んで言った。

「――にしては、礼儀がなっていないわね。同盟を申し込もうという相手の陣地を、こうも徹底的に破壊した上で、相手が同盟の申し込みに首を縦に振ると思っているのかしら」
「ああ、思う」
「どうしてかしら」

 訝しげな冬の姫。――この時アイリスフィールはミスを犯した。

 彼女の眼前にいるのは海千山千の魑魅魍魎と鎬を削ってきた論戦のスペシャリストである。屁理屈を捏ねさせたら天下一品、腐れ縁の赤い悪魔をして『喋る前に殴る』と言わしめた歴戦の停戦調停者。()が言ったか『口先の魔術師』である。
 折角会話の主導権を持ちながら、わざわざ男に喋るターンをあけ渡すなど愚の骨頂、この時点で赤い悪魔は天を仰ぐだろう。案の定、男は敵地に在りて大胆不敵に微笑む。理屈を捏ねるのは好みだった。

「『どうして』ときたか。では逆に聞くぞ。陣地に引っ込んだ魔術師を相手に、どう対等な関係を結べと言う? ましてやそちらとは、直前まで敵対関係にあり、まともに会話が成り立つ保障もなかったのだ。まともに出向いたのではけんもほろろに追い出されるかもしれんし、交渉を行えたとしてもその席が決裂した場合、自らの陣地にいるそちらが圧倒的に有利となる。襲われない保障はどこにもない。だろう? 故にまずは対等な交渉のテーブルに着かせるために、そちらに有利となる陣地は破壊せねばならない」

「え……?」

 言わんとしていることは分かる、しかし納得がいかない様子のアイリスフィールに、だが男は考える暇を与えない。

「そしてそちらは、俺達の力を既に思い知っているはずだ。かなりの危険度だと判断しているのではないか?」
「……さあ、それはどうかしら」
「取り繕うことはない。アインツベルンの事情から、アルトリア・ペンドラゴンまで全て知り抜いている。アインツベルンの魔術特性と一族の実態、悲願、アルトリアの宝具からスキル、ステータス、性格から戦闘スタイルまで。何を隠そう以前の聖杯戦争で俺とセイバーは俺お前の関係で、シロウと青ペンちゃんと呼び合っていた仲だ」
「『青ペンちゃん』!?」

 堪らずアルトリアが反応する。未知の呼び方に驚愕を隠せず、横で聞いていたランサーが吹き出した。
 アイリスフィールはなんとか相手のペースに呑まれまいとして、男から情報を聞き出さんとする。

「以前の聖杯戦争? ……貴方は第三次聖杯戦争に参加していたの!?」
「答える必要はないな。生憎とその青ペンちゃんは、愛を誓い合った俺のことを薄情にも忘れてくれてるらしいが、そんなことは今は関係ない。例え忘れられていても俺の好意は変わらないからな。敵なら殺すが」
「え? ……え?」

 好意は変わらないけど敵なら殺す発言には混乱するしかないアルトリアである。というか本当に青ペンちゃん呼ばわりで通されるのか? なんか直感的に男が嘘を言ってるけど言っていないと感じてしまってますます混乱してしまう。
 アイリスフィールは冷や汗を流しながらなんとか冷静さを保った。

「ともかく今なら互いに得しかないぞ。そちらは俺達と一緒に戦うことでこちら側の情報を得られる、こちらは打倒するのが面倒臭い相手を最小の労力で倒せる。俺が共同で倒したいのは黄金のアーチャーだ。真名は英雄王ギルガメッシュ。そちらにとっても無視できない相手だと思うが、どうだ?」
「英雄王ですって?!」
「そう英雄王だ。あらゆる英霊の頂点に立つ最強の一角、ぶっちゃけ初見の利がなければ、青ペンちゃんですら鞘があっても勝ち目のない相手だ。宝具の詳細を俺が知る限り話そう」

 高い単独行動スキルからステータス、宝具の特性、極めつけにそれを十全に運用できる知能に乖離剣。
 混乱から段々と戦慄に塗り変わる顔色に、男はあくまで矢継ぎ早に言う。

「令呪が効かない、マスターが死んでもなんとか出来かねん、何をしでかすか分からん――そんな危険人物を野放しとか有り得んだろう。早急に片付けたいから協力してくれ。今なら豪華特典をおつけします!」
「ちょっと待って、ちょっと考えさせて!」
「考えるのは後でも出来るからとりあえず最後まで聞いてアイリスフィールお義母さん!」
「お義母さん!?」
「いいか! ここにいるランサーはぶっちゃけ一対一なら最強だ! 一対多でも最強だ! でも真名バレると割と詰む! そんなランサーの情報得られるとかアドバンテージ半端ない! そして同盟組んでくれるのなら聖杯譲ってもいい! 聖杯とか本気で要らないのでお義母さんと青ペンちゃんに差し上げます! 今すぐこの場でセルフ・ギアス・スクロール書いてもいいぞ!」
「セルフ・ギアス・スクロールを!? 貴方正気なの!? 聖杯戦争に参加していながら聖杯が要らないって何しに来たのよ! それとお義母さんって何?!」
「何しに来たかだと? 決まっている、青ペンちゃんに会いに来たんだよ!」
「私ですか!?」
「嘘だよ!」

 ふぅ、と一気に捲し立て、男は密かに呟く。まあ、ルールブレイカーあるし――と。
 コイツ最悪だなと無表情の裏で笑いを堪えるクー・フーリンである。

 一頻り喋って落ち着いたのか、男、エミヤシロウは居住まいを正した。

「それで、答えは如何に?」

 アイリスフィールはなんとかシロウの勢いを捌き、冷静に考える。果たして同盟の誘いを受けるべきか否か。
 なお同盟交渉が決裂したなら、その瞬間にシロウはこの場から離脱するつもりだった。なにせこの城は、橋に次ぐシロウの鬼門であるからして。長居して良いことなどないと彼は弁えていた。

 アイリスフィールは自分だけでは考えない。自らの経験が全く足りないことは自覚していたし、自身のサーヴァントが経験豊かな常勝の王だということもあって、アルトリアに相談することになんの迷いもなかったのだ。
 故に、彼女はアルトリアに訊ねる。貴女はどうしたらいいと思う? と。

 ――この提案は受けるべきかと。

 どうして? 全く怪し過ぎる男だ。何故か憎めない感じがして戸惑ってしまうが、それでも本能的に近しく感じてしまう空気感を彼は持っている。
 アルトリアは小声で言った。

 ――多弁な輩の言葉は全て聞き流すのが吉です。肝要なのは話の要点だけを抜き取り理解すること。その上で考えるとランサーのマスターの提案は旨味が多い。少しでもランサー攻略の手掛かりが掴められたら上々、そうでなくともアーチャー打倒までの協力体制と割り切ればいいのです。アイリスフィール、少なくともあのマスターは不意打ちや騙し討ちはしてこないと思いますよ。

 それはつまり、男の言った通りにした方がいいということではないか。
 アイリスフィールは今更になって戦慄した。アルトリアも理解しているだろう、目の前の男はふざけているようで全くふざけておらず、自身の懐を探らせないまま自らの提案が最善であると思わせてきたことを。
 男の提案を覆す思考が浮かばない。アインツベルン最高のマスターであるアイリスフィールは、男の言に一理も二理もあることを認めざるを得なかった。

 仕方ない、提案を呑もう。アイリスフィールはそう決意し、虎穴に飛び込む気概を固めた。

「いいわ。貴方と同盟を結びます、エミヤシロウ」
「それは良かった。――ああ、本当に」

 アイリスフィールの返答に、シロウは心底安堵したように息を吐いた。

 その時である。



「――ほぉ? なにやら薄汚い雑種が馴れ合っているのかと思って来てみれば、存外奇抜な取り合わせが揃っておるではないか」



 人形に、小娘に、半神に道化。珍種のバーゲンセールか何かかと笑う、聞き知った傲慢な声音。
 咄嗟に城壁の上を見上げると、そこには夜の空を背に抱いた黄金、魔の太陽とすら言える偉容の王者が屹立しているではないか。
 アイリスフィールは慌ててそちらに向き、アルトリアは聖剣を構える。クー・フーリンは早速来たかと好戦的な笑みを浮かべた。
 そして、シロウは顔を強張らせ、これまでの全てを台無しにする勢いで、クー・フーリンに小声で言った。

「――あの、ちょっと急用思い出したから帰っていいかな」
「はあ!? ダメに決まってんだろいきなり何言ってんだ」
「この流れはマズイだろどう考えても。来てる、これ絶対に来てるから」

 シロウの顔は真っ青だ。先程まで強気に話を進めていた男とも思えない。
 だが無理もなかった。彼は思い出したのだ。百貌から聞いた情報を。

 第四次聖杯戦争で、かの英雄王がアインツベルンの城に訪れた際、起こった『聖杯問答』という酒宴。それに思いっきり巻き込まれる未来を予見して、シロウはなんとかこの場からの離脱を望んでいたのだ。
 というかこのタイミングで来なくてもいいだろ! とシロウは頭を抱えそうだった。
 これはろくでもないことになる間違いない、とシロウは確信してしまう。

 すると案の定、雷鳴を引き連れた蹄の音がここまで聞こえてきたではないか。

 またいつものパターンか、とシロウはもう諦めの境地に達していた。









 
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