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ユア・ブラッド・マイン─紅眼の魔女とシャドゥ・クラウン─

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第6話『君ありて幸福』

 空が霞んでいる。

 この上ないほどの快晴。であれば、このような表現は不適切だと誰もが口にする。しかし、男は動じず。その先に闇があることを、男は知っている。

 明かりのない部屋で、男は書物を手にする。タイトルは、『冥界共鳴(エウリュディケ)事件の全て』。一般に迷信とされているそれについての本を、男は黙々と読み進める。そして未だ、そこへ行くための切符の在処を探している。

 材料はほとんど揃っている。舞嶽晋、禱香奈恵。これらの力を使えば、()()()()()の門くらいは用意できるだろう。だが、まだ足りない。裏側へ行くためのカードは、材料を除くと残り三つ。手段、資格、覚悟。男にはそれらが何一つ足りていない。

 だが、焦る必要は無い。準備は着々と進んでいる。世界を我が物とするための時間は、そう多くはかからない。

 故に、男は今日も復讐を唄う。絶望なき世界のために、絶望ありきの世界を呪う。

 ──時よ止まれ。冥界(なんじ)は実に美しい、と。





 ***





 結局、晋は昨日は全くと言っていいほど眠れなかった。藍花が寝かせてくれなかったというのもあるが、心身の乱れが酷かったのが一番の原因だ。進むべき道がようやく定まってきたとはいえ、そう簡単に乗り換えられるわけではない。

 現在は朝の7時。ぼんやりした意識の中、機械的に朝食を口に運ぶ。箸を持つ右手が震えているせいか、味噌汁に入っている豆腐がうまく掴めない。何度もトライする度に豆腐はキューブ型からスクランブル型の形状へと崩れていき、不器用な晋を煽ってくる。が、「眠い」にすっかり支配された晋は軽くため息をついただけで、それ以上の反応は示さない。

 そんなこんなでだらだらと朝食を摂り続けること30分。ようやく全てを平らげ、意識も働き出したところで看護師がノックしてきた。返事をして中に入れると、その若々しい看護師はせっせと晋の前に置かれた食器を片付け、彼の様子を伺ってきた。

「舞嶽さん、昨晩はよく眠れましたか?」
「ええ、まぁ……」

 定番と言えば定番の質問。無論、これっぽっちも眠れてはいないが、ここで本当のことを言って入院が延びたりするのも面倒だったので、大丈夫だという意思表示を採った。しかし、晋の密かな抵抗も、この看護師の前では無意味だったらしい。

「そんなに心配しなくても、今から退院できるわよ。迎えの人ももう来てるみたいだから、ぼちぼち手続きを始めましょう」
「あっ、そうなんすね……。ん?迎えの人、とは」
「心当たりないの?黒髪のスタイル良さげな女の子だったけど……もしかして彼女だったりして」
「いやマジで俺とあいつはそーゆーのじゃないんで冗談でも勘弁していただけませんか」
「やっぱり心当たりあるんだ。わざわざ迎えに来てくれるのだから、よっぽどの関係なんじゃない?」
「ただのビジネ……いえ、ただの学友っすよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ふぅーーーん?ま、そういうことにしておきましょう」

 ──なんで女ってのはその手の話になると饒舌になるんだ。

 看護師のニマニマ顔から目を背けつつ、晋は重い体を起こす。思ったよりも体力は回復しているらしく、問題なく移動できそうだ。そのまま看護師に誘導され、退院の手続きをするために部屋まで案内された。





 ***





「おかえりなさい。もう大丈夫そうね」

 ……まさか本当に来てたとは。

 手続き終了後。割と半信半疑だったものの、スタイル良さげな女の子こと後野加蓮は、病院入口前の柱に身体を預けて待っていた。相棒の止水の姿は見かけない。恐らくは魔女科の方で講義を受けているのだろう。目の保養がいないとこうも物足りなさを感じるとは、と晋は軽くショックを受ける。

「……わざわざ来なくても、一人で帰れたって」

 ショックを紛らすため、非のない加蓮に八つ当たりを仕掛ける。いや、それ以上に、後野加蓮という女性との距離感がイマイチ分からない、ということの方が大きいかもしれない。もちろん、その原因の一つとして、昨日の口論も挙げられるが。

 晋と加蓮は、付き合いこそ長いものの、あまり二人きりで話す機会というものは、今までそんなに多くなかった。いつもはそこに止水や他のクラウンのメンバーが居たりするものだから、二人きりになるという方が珍しいくらいだ。二人きり。対人経験の少ない者にとって、これほど重い言葉はない。異性ならなおさら。ましてや、先ほどの看護師とのやり取りを経ての今だ。()()()()()()意識せざるを得ない状況なのだ。

 晋の火照った顔に気づいているか否かは不明だが、加蓮も加蓮で少し八つ当たり気味に言ってきた。

「いいじゃない、私が迎えに行きたかったんだから。そんなことより、あなたから言うべき言葉を、私はまだ頂戴していないわけなのだけれど」
「うっ…………えと、昨日はすんませんでした。言い過ぎました。反省してます。いやしました。はい」
「あなたにしては随分と素直ね。裏がありそうで気持ち悪いわ」
「怖いならまだしも気持ち悪いってどういう意味だよ!?あと重ねて悪かったないつも素直じゃないみたいで!!」
「冗談よ。いえ、いつも素直じゃない点に関しては冗談じゃないけど。香奈恵ちゃんと所長のお陰で機嫌も治ったみたいだし、もういいわ」
「なんだよそれ。てか、なんで香奈恵と所長のこと知ってんだよ」
「さぁね。それより──」

 そう言って加蓮は左ポケットから何かを取り出し、晋の方に投げた。右手で収まる程度のものだったのでそのまま片手でキャッチし、ブツを確認する。USBだ。しかも、ただのそれではない。晋はせっかくキャッチできたそれを危うく落としそうになる。

「お前、これまさか──」
「うん、()()()()()()()。香奈恵ちゃんと協力して、作っておいたの」

 確認するまでもない。そのUSBの中身とは、昨日晋が死体から回収したイメージをデータ化したものだった。

 シャドウ・クラウンにおける晋の役割。それは、死後役割を終えた魂の断片が住まう世界──冥質界(カセドラル)と接続し、物質界(マテリアル)に持ち帰ることだ。情報は全国の製鉄師養成学園や大学、専門の機関等のもとに行き、様々な研究に役立てられている。今後の国の発展のための、重大な任務である。冥質界に接続できる製鉄師がほんのひと握りであることを考慮すると、余計に晋の立場がとてつもないものであることは理解できるだろう。

 霊干渉(ゴースト・リンク)によって集められた情報は、自動的に香奈恵の脳内にインストールされる。そのデータをUSBに複製し、冠長の幸徳井に提出するまでが彼の仕事である。ただし、データの複製作業に関しては、別に契約者である晋だけができることではない。ファイルの役割を担う本人がその気になれば、一人だけでデータを操作することが可能だ。万一にもそのようなことをされては、バグや改竄が生じたり、データの流出が起こってしまうかもしれない。それを恐れた晋は、香奈恵にデータに関するを伏せ続け、これまでずっと隠し通すことに成功した──シャドウ・クラウンの仕事現場にも一度も連れて行ったことがない──。バレるはずもない。なぜなら、香奈恵はデータをインストールされたことを自覚することができないからだ。

 インストールされたデータはそのまま彼女の「記録」から「記憶」に転換される。いきなり全く身に覚えのない記憶が挿入されても、それを強く意識しない限りは気づくことはありえない──「記録」が「記憶」に()()()転換されたらもしかすると気づくかもしれないが、インストールというのはスマホやPCと同じで瞬時に完了するものではない。その所要時間で誤魔化すことによって、いきなり記憶がフラッシュバックされるなどという事故を防いでいる──。ただし、それでは折角手に入れた貴重な資料が埋没してしまう。そこで、彼女が眠っている間──つまり、夢を見ている間は、データという名のイメージを最大限に想起されるように設定した。夢の操作なぞ、熟練の製鉄師でも普通はできない。無いものを生み出す専門家、振鉄位階(ウォーモング)の晋だからこそ許される芸当だ。

 ただし、効率を考えるとこの手段はあまりに悪すぎる。記憶も然りだが、夢はそれ以上に儚い存在。覚めた後はすっかり忘却してしまう。つまり、失敗すれば、二度とそのデータを抽出することができなくなる。無論、一日ごときで完全な忘却には至らないが、日をまたげばまたぐほど、イメージ力が死んでしまう。仮に取り出せたところで、それはもう原型を留めてない不良品と見なされるのがオチだ。しかも、香奈恵はそんな彼の気苦労を知らないため、自身でイメージ力を意識しない。つまり、夢を見ない、あるいは見たところで印象に残りにくい夢の可能性だってある。故に、晋は一人で彼女の夢を外側から引き出しながら、データの複製作業をしなければいけないのだ。普段講義をサボってやたら昼寝をしているのは、そのための体力温存というのも理由の一つに挙げられる──本人が「サボっている」という自覚がある以上、第三者からみればそれはただの言い訳にしか聞こえないかもしれないが──。

 と、ここまでか晋の自分に関する解釈だ。しかし、どうやらそれは間違っていたらしい。

「昨夜、向こうから連絡を受けたのよ。私、香奈恵ちゃんとは一度も会ったことなかったし、当然連絡先なんて教えたこと無かったけど、兎に角連絡が来た。用件を伺ったら、『晋の仕事を手伝って欲しい』って言われてね。どうやら彼女は知っていたみたいよ、あなたのやってること」
「…………マジかよ。バレる要素なんてこれっぽっちもないと思ってたんだけどな」
「女の子の勘はあまりなめない方がいいわよ」
「お、おう…………って、なんすか、その意味ありげな視線は」
「女の子の、勘は、あまり、なめない方が、いい」
「分かった分かった、お前も例外じゃないってことね……」

 はぁ、と盛大なため息をつくとともに、同時に感心もする。いつまでも子どもだと思っていた子の成長を実感する親になった気分だ。いや、もしかすると、香奈恵は最初から大人で、なんでも一人でやろうとしていた一匹狼の自分の方こそ子どもなのかもしれない、と笑わずにはいられない。

「それで実際に香奈恵ちゃんは私の元にやってきた。まぁ、()()()()()()驚いたけど、それでもあの子は多分、ううん、絶対あなたの思っている以上にしっかりしている子よ。あなたの能力、役割、仕事内容を全て把握してて、自分が何をすべきかってのも全部分かってた。それで彼女、『今からデータの複製をやるので、後野さんはその行程や結果に問題がないか、確認していただけませんか』って言ってきたのよ。初対面の人間にそんなことを頼めるなんて、きっとカリスマ性も優れてるのね。そんでもって、確認するまでもなく彼女の仕事は完璧だったわ。()()には何の狂いもなく、あなたの欲していたものが入ってる」
「そうか……迷惑をかけたな」
「とんでもない。それに、お礼ならあの子に言ってあげて。でもお礼以上に──晋、もういいんじゃない?もう、認めてあげるべきだと」
「ああ、分かってる。ていうか、()()に関してはお前と会う前から既に決めていたことだ」
「そうなの?よほど、所長から素晴らしいお言葉を賜っていたのね」
「まあね。お陰で目が覚めた」

 そう言って、晋は心の底から笑うことができた。こうして晴れやかな気持ちで笑ったのは、もしかすると初めてのことかもしれない。そのはずなのに、加蓮はそれが普通の事として受け入れている様子だった。なんでもお見通しというのは、やはり香奈恵に限った話ではないらしい。

『身をもって分かったはずだ。命ってのはそれほどに重いものだと。だからさ、もっと周りを頼れよ。君がいくら嫌がっても、奴らは勝手に同情する。だったら君も仕返しに、奴らをこき使ったらいいじゃないか。もっと周りを頼れ。一人で戦おうとするな。君はそれだけ、人に恵まれているんだ』

 数時間前の所長の言葉が、不意に想起される。どうやらこの辺が潮時なのかもしれない。孤独との決別。自分の価値の再認識。そして、今まで認識すらしなかった、仲間という存在。

「やっと、私たちを仲間だと受け入れてくれたのね。だったら私たちも、あなたを仲間だと正式に認め、歓迎しましょう」
「随分と生意気な口きくんだな。お前、そんなキャラじゃないだろ」
「生意気とは生意気な。ただの儀式よ。でも大事な儀式。祝福は盛大にやるべきだとあなたは思わない?」

 過去の殻を破り、新たな今に生まれ変わる。そうなればそれはもはや別の人間としてモテなされるべきだ。舞嶽晋は本日を以て永眠し、ここに全く別の何かとして再スタートする。そのケジメとして、彼らはあまりにも遅すぎた儀式を挙行する。

「初めまして。ようこそ、シャドウ・クラウンへ」
「初めまして。よろしく、シャドウ・クラウン」

 自己紹介を経ることで、舞嶽晋は正式にシャドウ・クラウンへの加盟を果たした。 
 

 
後書き
ぼのぼのシーンは絶望の前哨戦だってそれ一番言われてるから。

タイトルはゆゆゆリスペクト。のわゆのアニメ化待ってます。 
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