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魔術師ルー&ヴィー

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第二章
  Ⅴ


「どうなっている…!?」
 マルクアーンは目を見開いた。
 ここは王城ではなく、王城から少し離れた街中にある教会であった。
「お前たち、場所を間違えたのか?」
 シュトゥフは二人の魔術師、ルークとスランジェへと問った。だが、その二人の魔術師も首を傾げる有り様で、マルクアーンは仕方なしと三人を連れて外へ出た。
 教会から出たマルクアーンらは、一瞬、そこがどこであるか解らなかった。街並みが破壊されているためもあるが、それよりも…そこから見える筈の王城が消え去っていたからである。
 暫くの間、四人は呆然と立ち尽くしていたが、ふと…ルークが何かに気付いて口を開いた。
「マルクアーン様。どうやら、ここは四方結界の中の様です…。」
「何だと?それでは…王城を中心に結界が張られているのか?」
「その様です。それに、この結界は現在も四人の魔術師によって支えられている様ですが…。」
 そのルークの言葉に、マルクアーンは険しい表情で返した。
「では、その四人は各々の場所で力を行使し続けているのか!?」
「はい。」
 その返答を聞き、マルクアーンは直ぐ様シュトゥフへと視線を向けて言った。
「直ぐに王城へ向かう。破壊し尽くされたと言う事は、グールは今もそこに留まっている可能性が高い。恐らくは、そのための四方結界だろうからな。」
「だがシヴィル…この四人で行ったとて、どうなるでもあるまい。何か良い策でもあるのか?」
 困惑するシュトゥフ。その隣には不安気にマルクアーンを見るルークとスランジェがいる。
 それもその筈…四人は王城に待機してるであろう戦力を当てにして来たのだ。若き日のシュトゥフであれば、見境なく突き進んだであろうが…もう歳が歳である。
 シュトゥフも考えなかった訳ではないが、今自分が無茶をすれば、二人の若き魔術師を否応なく巻き込むのだから、先を考えざるを得ないのである。無論、マルクアーンのことも…。
 そんなシュトゥフに、マルクアーンはこう言った。
「ここまでルーの手を焼かせるのだ。妖魔…特にグールの力の源は、やはり魔晶石かそれに類するもので間違いなかろう。彼らが結界を維持している内は、大妖魔グールとて自由に動けまい。今の内にそれを破壊せねば。」
「して、それは何処にあるのだ?」
 シュトゥフは眉を顰めて問うと、マルクアーンは浅い溜め息を洩らした。
「分からんよ。だが、妖魔は広範囲で動き回っていたようじゃから、体内に直接埋め込まれている可能性が高い。故に、グールの近くでのみ、妖魔が活動出来ていたのであろう。そうでなくば、疾うにこの王都の全てが灰燼に帰していたであろうからな。」
 その答えに、シュトゥフと二人の魔術師は眉間に皺を寄せた。
 もし仮にそうだとするなら、直接グールと対峙せねばならない。如何な結界の中とは言え、彼の大妖魔を封じている訳ではないのだ。
「お前たちが案ずるのも無理からぬこと。故に、ルーク、スランジェ、お前たちに一つの呪文を教える。」
「呪文…?」
「そうだ。しかし、これは禁忌の呪文。今回以外は、決して行使してはならん。」
 そう言ったマルクアーンに、聞いていたシュトゥフが難を示した。
「お前…まさかアレを教える訳ではあるまいな?」
「無論、アレだ。それしか手立てがないからのぅ。」
「しかし、アレは禁忌どころか…人間の尊厳さえ…」
「分かっておる!だが、今こうしている時でさえ、ルー達の力はこの結界の維持で消耗しておるのだ!議論している暇はない!」
 珍しくマルクアーンが声を荒げたため、シュトゥフも腹を決めた。それだけ今の状況は切羽詰まっているということなのである。
 それを聞いていたルークもスランジェも、主であるシュトゥフ同様、その呪文に命運を賭けることにしたのであった。
 マルクアーンが二人へと伝えた呪文…それは、精神移転の魔術であった。
 この魔術は、ある者の精神を別の者へと移し替えるものであるが、成功例は二例しかない。一つは先の大戦中でのことで、もう一つはあの"シェオール"の例である。どちらも死者の肉体を使用しており、今回も前例に擬えて行うしかないと考えていた。
 それを聞いたルークもスランジェも最初は表情を強張らせていたが、腹を括って実行の段取りを話し始めた。
 先ず王城に向かい、瓦礫の中にあろうグールを見つけしだい呪文の詠唱を始め、近くに残されているであろう遺体にグールの精神を移し替える。その後、二人がその遺体に結界を張って動きを封じている内に、マルクアーンとシュトゥフとで魔晶石かそれに準ずる物を探し出して破壊する…と言うことで話を纏めた。
 四人はそこから王城…と言うよりは王城が建っていた場所へと向かったが、街中も破壊し尽くされており、多くの瓦礫と人間であったものの残骸がちらばっていた。
 ふと足元を見れば、恐らくは頭部の一部だったであろう破片や腕、瓦礫を退けて進めば足や内臓の一部が転がっている…まるで先の大戦さながらであった。
「またこの様な日が来ようとは…。」
 その光景に、マルクアーンは在りし日を思い出して呟く。
 そんなマルクアーンに、シュトゥフは小さく溜め息をついて言った。
「シヴィル、感傷に浸っている間はないじゃろう?」
「その通りだ。だがな…どうしても思い出してしまう…。」
「言っても詮無いことじゃ。ならばさっさと行って、成すべきことを成そうぞ。」
「そうだな…。」
 マルクアーンはそれ以上何も言わず、皆は黙したまま歩みを進めた。
 二時間程経って、四人は漸く王城の敷地内へと入ることが出来た。そこは街並みと同じく瓦礫と化していたが、目的の妖魔を見つけるには然して時を要さなかった。
 いや、それは否応無しに四人の目に入った…と、言った方が適切であろう。
 四人は最初、それを巨大な岩か何かだと思った。だが…近づくと、それは巨人が蹲っているのだと解り、その異様さに驚愕した。
「やはり…グールであったな。しかし…これ程までに巨大に、そして醜悪になるとは…。」
 マルクアーンは顔を顰めて言った。
 四人の前で山の如く蹲るそれは、正に異質と言えた。この世界にあってはならない…そう思わせるには充分な代物であった。
「こやつ…そうとうの人間を喰ろうてきたな…。」
「人を…喰うのですか…?」
 マルクアーンの言葉に慄き、些か躰を震わせながらスランジェがそう問い掛けた。それ程に、目の前のそれを恐ろしいと思えたのだろう。
 その問いに、マルクアーンは答えた。
「この“グール”はな、元は人間と下級悪魔を融合させて創られた。しかしどう言う訳か、こいつは食欲ばかりが抜きん出て、それも人間ばかりを骨ごと喰いおった。そして人間を喰うごとに巨大化し、そして念力を使える様になってからからは益々食欲が旺盛になり、そしてまた巨大化していきおった。先の大戦中に私が目にした時は、人間の三倍程であったがな…。」
 そう言ってマルクアーンがグールを見上げて見れば、それは優に人の背丈の五倍は越えている。それだけ人間を喰らったことの証であり、醜悪さはその事実を物語っていた。
「しかし…何故動かないのでしょうか?」
 不思議そうにルークがマルクアーンに問うと、マルクアーンは腕を組んで返した。
「恐らくだが…この結界が魔力供給を阻害しているのであろうな。今のグールからは魔力を感じ取れんからな。」
 そう言うや、マルクアーンは「さて、始めよう。」と言い、予定通りの手筈に取り掛かった。
 先ず、ルークとスランジェが器に出来そうな遺体を探したが、それが全く見付からない。街中では至る所に人間の欠片が散乱していたが、ここにはそれさえなかったのである。
 四人はどうするか話し合ったが、これでは埒が明かない。
 そこで、ルークが一つの案を提示した。
「マルクアーン様。暫く前、ルーファス様が人型に“ミストデモン”を移したと聞きました。同じ様には出来ないものでしょうか?」
 その案に、マルクアーンは溜め息混じりに返した。
「あれか…。しかしのぅ…あれはかの妖魔が了承したからこそ出来たのだ。それに、お前たちでは造形魔術を扱えまい?」
 その言葉に二人は俯いた。案は良いのだが、ルークとスランジェでは造形魔術を扱えない。そもそも…グールの原型をここにいる四人は知らないのである。
 それ故、マルクアーンは再び二人の魔術師へと古の魔術を教えることにした。
「仕方無いのぅ…。これも禁忌の魔術じゃが…。」
 そう前置きし、その魔術について語り始めた。
「これは“死体の断片“を繋ぎ合わせ、即席で兵士を創り上げた魔術。大した力も無いが、数にはなった為に作られた。わしもこの魔術を行使した所を見た事はないのだがな。」
 そう言い終えると、マルクアーンは二人にそれを伝えるや、ルークとスランジェは精神を集中させて呪文を詠唱した。
「大地に散りし数多の欠片、天の禁を破りて此処に集い、新たなる肉体と成りて、我が前の壁となれ!」
 詠唱を終えるや、四方から肉片が集まり始めた。それは誰もが顔を背けたくなるおぞましい光景であり、それを教えたマルクアーンさえ顔を顰めた。
 暫くすると、そこには“人間らしい物”が出来上がった。
 確かに人間と言えば人間…なのだが、まるで継ぎ接ぎだらけの人形よろしく、とても人間そのものとは言い難い代物であった。それも些かぎこち無く動いているため、尚のこと気味の悪いものであった。
「…マルクアーン様…。動いている様ですが…。」
「まぁ…そうだな。人の命令が聞ける程には動く筈だ。しかし、中身は空じゃ。」
 そう言われはしても、ルークもスランジェも動く“それ”に対し、精神が全く無いとは思えなかった。
 それを悟ってか、見ていただけのシュトゥフが“それ”に話しかけてみた。
「お前、話は出来るのか?」
「…は…い…。」
 やっと言葉を発している…と言った具合だが、口を開くと顎が取れてしまいそうで、何だか見ていられない…。
「もう良いじゃろう。ほれ、早ぅ精神移転の呪文を。」
「…分かりました。」
 二人は否応無しに呪文を詠唱し始めた。それと同時に、マルクアーンは目の前の人間擬きの周囲に陣を書き始めた。
「シヴィル、何をしておるのだ?」
「わしも封印の陣であれば描ける。ま、この妖魔に対しては気休め程度じゃろうがな。」
 そう言いながらも、マルクアーンは淡々と陣を描き続けている。
 マルクアーンが陣を描き終える頃、二人の魔術師は最終節の詠唱を始めた。
「我が命に従い、汝の精神を彼の型に移すべし!」
 呪文の詠唱が終わるや否や、その効力が即座に行使された。座っていたグールの巨体は倒れ伏し、一方では継ぎ接ぎだらけの人間擬きが急速に変化していったのである。
 見れば、継ぎ接ぎ部分や欠けた部分が補われていき、まるで傷が癒えて行く様に、それは人そのものとなっていったのであった。そうして最終的には、青みがかった髪を持つ美しい青年となったのである。
「お前達…この私を、どうしようと言うのだい?」
 それは不敵な笑みを見せて流暢に話して来たため、四人は面食らってしまった。
「私が言葉を発するのは不満かな?それとも、この美しい躰に何か問題でも?」
「いや、お主は本当に“グール”なのか?」
 マルクアーンはどうも腑に落ちず、眉間に皺を寄せてそれに問い掛けた。
 すると、それはさも可笑し気に四人へと真実を語った。
「いやぁ、私は人間どもに召喚された悪魔だよ!器となった人間の方は食欲だけ残して吹っ飛んだからね。ま、私があれに戻らない限り、もうあれは動きは出来ないがね。そろそろあの躰で遊ぶのも嫌気が差していたから丁度良かったよ!あ、そこのお前、上着を寄越せ。」
 それを聞いて、四人は呆気にとられた。まさか融合させられた悪魔の精神のみが残っていようとは、さすがに思わなかったのである。その上、こんな状況で命令までしてくるとは…。
「おい、聞こえているのか?上着を寄越せ。この躰をいつまでも愛でていたいのなら、それでも良いのだがな。」
 確かに…前に立つそれは“裸”である。先程までの顎が外れそうな人間擬きではなく、美青年と言っても差し支えない。並の女であれば失神するか欲情するか…。
 尤も、マルクアーンはそのどちらでもなく、単に人の型をした悪魔としか見てないが。
「そこの女、お前はこう言うのが好みか?」
 そう言ってそれはクルリと回って見せたが、当のマルクアーンは赤面するどころか溜め息をついて返した。
「お主よりも美しい者なぞ多くおる。そもそも、お主は七十過ぎの婆が好みか?」
 そう返されたそれは、キョトンとして目をパチクリさせて言った。
「そうか…お前、先の大戦で❛時間❜を封じられたのか。」
「そうだ。それ故、今のお主の裸体を見たとて動じる必要すらない。」
 マルクアーンにそう言われたそれは、高らかに笑い声を上げた。
「これは良い!久々に楽しめる人間に会えて嬉しいぞ!」
「わしは全く嬉しくないがの…。」
 マルクアーンはそう言って再び溜め息をつくや、自分が纏っていた外套を脱いでそれに投げてやった。そして後ろで呆けている魔術師らに振り返って言った。
「何をしておる!手筈通りに動かんか!」
 その声にルークとスランジェは我に返って「はい!」と答え、直ぐ様それに結界を張ったのであった。
「ふぅん…中々良く出来てる。さて、どれだけ保つか試すとしようか。」
 それはそう言うや、瞬時に自分の力を開放した。
「…!」
 二人の魔術師はその力に押され、自身も力を入れ直した。
「遊びか…仕方無い。シュトゥフ、早ぅ調べるぞ!」
「やっと出番じゃな。」
 そうして二人の英雄は、倒れたグールの躰を調べ始めたのであった。



 
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