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人理を守れ、エミヤさん!

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偽伝、無限の剣製 (中)





 未確認の敵性体と偶発的に遭遇してしまい戦闘が避けられない状況(もの)となった場合。まず第一にすべき事は何か。

 それは敵脅威度の判定である。

 瞬時に見極めねばならない。敵の戦力はどれほどか? 敵の種別は?
 見て取るなり考察せねばならない。どのように対処するのが効果的か? 敵が目的とするものは?
 適当に銃弾をバラまいて片付けられるのは、理外に身を置かない常道の存在のみ。一歩裏道に踏み込めば、たちまち物理法則を嘲笑う不条理な現象に襲われる。
 故に求められるのは反射的に敵を撃ち殺す脊髄反射ではない。倒すべきか、逃げるべきなのか、捕縛を狙うか、時間稼ぎに徹するか――瞬時に判別すべきものは多く、その局面に立たされた時に冷静さを保っているのは前提条件だ。
 闇雲に動いた結果が功を奏するのは子供の喧嘩まで。大人の――軍事や魔道に纏わる者の戦闘に於いて偶然という要素は極限まで排されてしまう。
 勝つべくして勝つのだ。負けるべくして負けるのである。運の要素は確かにあるが、それだけを頼りにすればたちまち往生するだろう。

 現在明らかなのは敵性個体が神祖ロムルスの霊基を乗っ取っている事、そして聖杯を所有している事である。この時点で想定出来るのは、基本的な性能は神祖に準ずる可能性と、魔力は聖杯により無尽蔵であろう事だ。
 即ち、単純に考えても脅威度は最大。魔力や精神力に限りのあるこちらが長期戦を挑むのはあまりに無謀。ただでさえ消耗しているのだ、短期決戦しか活路はない。力を出し惜しむのは愚か極まる。

 故に俺は迷わなかった。

 現状発揮し得る最大火力で一気に叩く。敵に何かをさせない、一気呵成に叩き潰す。仮にこちらを一撃で屠れる手段を相手が持っていたとしても、何もさせなければ問題はないのだから。

 弓の弦より解き放たれた矢の如く、青と黒の軌跡が一直線に魔神霊を葬らんと疾駆する。
 それを視界の隅に収め、射手たる術者が片手を掲げた。地に突き立つ千の剣群が浮遊する。贋作とはいえ仮にも宝具、見渡す限りのそれが術者の意思に呼応する様は壮観だろう。だがネロ・クラウディウスはそれに目を奪われる事なく、毅然と己のサーヴァントへ指令を発した。

「追って沙汰する! 今は駆けよ!」

 剣の丘に深緑の風が吹く。駿足の女狩人が疾走したのだ。
 真っ向から迫り来る騎士王らに泥肉のような樹木の幹が襲いかかる。

 ――男に二言はない。やらせはしない、露払いは俺の役割だ。

 照準固定、一斉射撃。掲げた手を振り下ろすや、疾駆する騎士王らを再度呑み込まんとする樹木の触手を撃ち抜いていく。千の剣群が剣林弾雨となって降り注いだ。鷹の目の確度、射撃の精度は高水準で保持出来ている。枝葉一つ、見逃しはしない。
 飛び散る木片全てが魔力の塊、汚染源の泥。一つ残さずマシュが叩き落とす、ネロの剣の神聖な火が蓄積する泥を焼き払う。裂帛の気合いを放ってアルトリアが接敵した。剣弾に丸裸にされた樹木の壁など、名にし負う騎士王には紙も同然。易々と突き破り黄金の聖剣が魔神の首を刎ね飛ばした。
 やった……? それを見た瞬間、マシュがぽつりと呟く。俺は叱咤した。

「離れろ! アルトリア、オルタ!」
「―――っ!?」

 咄嗟に飛び退いたが、退避が間に合ったのは機動力で微かにアルトリアに劣っていたが故に、接敵するのに一拍遅れていたオルタだけであった。
 首を無くしたにも関わらず、平然と駆動する泥の魔神。ヘドロの槍を振りかざし、地に突き立てた。



 すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)



 それは神祖の第一宝具、その真名解放。固有結界内の赤土からヘドロの芽が発芽し、無数の枝葉が退避しようとしていたアルトリアの左足に絡み付く。
 瞬く間に膨張するヘドロは、ローマそのものを汚し冒涜する邪悪なもの。ネロが怒号を発し丘に突き立っていた無名の剣を擲った。飛来したそれが、天高く持ち上げられ振り回されていたアルトリアを解放する。足に絡み付いていた触手を切断したのだ。
 着地すらままならぬ様子のアルトリア。虚空に投げ出された華奢な体躯を、思わず駆け出していた俺はなんとか受け止めた。鎧の重さのせいか、左腕が逝ってるためか、支えきれずもろともに転倒してしまう。
 ヘドロの濁流が怒濤の奔流となって迫る。倒れたまま、刃渡り十メートルにも及ぶ巨大な剣を十、投影し防壁とする。おぞましい波擣を数瞬押し留めるも、呑み込まれかけた刹那に内包した神秘を暴走させ、指向性を持った爆発を起こす。
 『壊れた幻想』である。爆風の中、腕の中のアルトリアに訊ねる。無事か? と。

「――すみません、シロウ。どうやら私はここまでのようです」
「……何?」

 淡く微笑んだアルトリアは、己の左足を指した。泥の触手に取られた足――そこからはヘドロの芽が萌芽し、徐々にアルトリアの体を侵食しつつあるではないか。
 目を剥き、一瞬、俺は言葉を無くす。最高ランクの対魔力を持つアルトリアを蝕むという事は、あれは聖杯の泥に比類する呪いという事だろう。つまり能力的には歯が立たないが、気合いで割りとなんとかなるという事である。聖杯の泥はそうだった。
 なんとかアルトリアを助け起こすと、手を伸ばしてその額にかかっているアルトリアの髪を掻き上げる。

「シロウ……? ……っ?」

 軽く、額に口づけする。顔を離すと、呆気に取られていたアルトリアに言った。

「もう充分だ。休んでいろ。いいな」

 情を一切込めず、淡々と言って聞かせ、俺はマシュの許に戻り再度剣群の投射に専心する。
 何やら咎めるような、はぶてたような、面白くなさそうなマシュの顔に、俺は気づきつつも何も言わず。無くした首を再生させた名も知らぬ魔神に舌打ちし、際限なく沸き起こり、降誕する樹界の坩堝に戦法を改める必要を認めた。

 魔力を廻し、全力稼働する魔術回路にカルデアの電力を変換した魔力を供給。筆舌で表現し難い異物感に眉を顰めつつ、百、二百、三百と剣群を撃ち込み俺は思考する。
 ヘドロの噴流留まることなく。アルトリア、オルタ、アタランテ、俺の火力で押し込み、押し潰し、一気に打倒する事能わぬ。であれば無理に攻め続けるは愚行。いたずらに消耗するだけとなれば、手を変えなければならない。
 ではどうする。速攻による成果は魔神の首を刎ねた事だ。しかし魔神は首を無くしても再生した、体内の聖杯が延命させたのか、そもそも人の形をしていても急所は人体とは異なる可能性もある。ならば心臓を潰しても無為。聖杯を奪い取る事がそのまま魔神を葬る事に繋がる。
 それか、聖杯の回収は諦め、もろともに破壊するか。ここからは力攻めではなく、隙を伺い一点集中の大火力で討ち取るべき状況にシフトしたと見るのが賢明だろう。俺はネロにその旨を告げた。

「賛同しよう。ならば畳み掛ける段に移るならば余もアタランテと共に駆けようとも。生きるか死ぬか、伸るか反るか、全てを賭けるべきであろう」

 アルカディアの狩人は、突如足元から障害物が現れても慌てる事なく縦横無尽に駆け回り、魔神の注意(ヘイト)を稼いで小刻みに矢を射掛けていた。ネロはそんなアタランテ目掛け自身の剣を投擲する。
 咄嗟に剣を掴み取ったアタランテは、熱くない火に照らされネロを見る。マスターはサーヴァントに告げた。暫し預ける、ここぞという時を逃すでないぞ! と。
 俺は『原初の火』と同型の剣を投影しネロに渡す。そしてネロの言に応じた。

「そうだな。今更臆する理由もない。下手を打てばそれまでだが、そうしないとならないなら俺も全てを賭ける」

 俺はマシュの肩に手を置いた。酷く細い女の子の華奢な肩だ。とても戦う者の体ではない。その目も、抱く意思も、戦場に似つかわしくない。
 しかし、それでも彼女は戦うと決めている。その意思をねじ曲げる権利など誰にもない。俺も、何も言う資格はなかった。故に――

「乾坤一擲となる。マシュ……」
「はい。分かっています、先輩。どこまでもお供します。きっとわたしも、先輩のお役に立ってみせますから」

 オルタが暴竜の如く魔力を噴射し、自身を取り囲まんとしていたヘドロの触手を一息に吹き飛ばす。しかし無尽蔵に沸く質量に、オルタすら抗うのは困難なのか、直前まで己のいた地点に槍の如くそそり立った樹木を蹴りつけ俺達の傍にまで退いてきた。
 まるで見当外れな事を言うマシュの中で、俺がどれほど大きいのか……その大きさがそのまま俺の責任である。なら俺は、マシュの想いを裏切る事だけは決してしない。

「……ばかだな。役に立つ処か、マシュは俺の生命線だ。死んでも手放さないから、そのつもりでいろ」
「……! はい!」

 苦笑してそう言うと、マシュはほんのりと頬に桜を散らし、力強く楯を構えた。

 微かに息を乱していたオルタが、若干目を眇めて俺を睨む。そのジト目になんとなく居たたまれなくなる。なんだ、なんでそんな目で俺を見る?
 傍に寄ってくるなり、何故か無言で前髪を掻きあげ額を見せてくるオルタに、俺は難しそうに首を傾げざるをえない。いったい何が言いたいのか……察してはならない気がした。

 オルタは舌打ちし、黒い聖剣に指を這わせ俺に言った。

「シロウ。決着は早い方が望ましい。私も魔力に不安が出てきました。聖剣を使わずとも、全力戦闘ともなると保って数分といった所です」
「……八割に抑えれば?」
「10分ですね」
「上等だ。5分、八割で保たせろ。その後に仕掛ける」

 行くぞ、と俺は声を掛けた。

 ネロが力強く頷いた。
 オルタは黒鉄の甲冑を解除し、深い闇色のドレス姿となって応じる。

 マシュは――アルトリアに呼び止められた。

「シロウ、マシュを借ります。すぐに返しますので、どうか構わず」

「解った。
 アタランテにばかり働かせると後が怖い。往くぞ!」

 







 改造戦闘服の上に着込んだ赤原礼装を翻し、壊死した左腕をぶらさげて。エミヤを騙る男は陽剣・干将を右手に駛走する。
 前方を馳せるオルタが大敵に専念出来るように、条理を逸脱した巨木の鞭を剣弾で穿ち散らすのを主眼に置いた陣形である。
 故に男の左脇を固めるのは敗残の身から再起したローマ皇帝ネロ。奇抜な深紅のドレスのまま、投影された大剣を携え、押し寄せる枝葉を優雅な剣捌きにて切り捨てる。
 その太刀筋は一流の剣の英霊のそれだ。騎士王には劣るものの、彼女が神祖より賜った皇帝特権により、彼女は一級の剣術スキルを会得しているのである。

「アルトリアさん、なんでわたしを行かせてくれないんですっ! 先輩が戦っているのに、わたしだけこうしているのは耐えられません!」

 左足を侵す汚泥は、アルトリアの体を徐々に樹体化させつつあった。マシュが焦っているのは、アルトリアの容態を慮ってのものでもあるだろう。彼女の中の霊基は、騎士王という王を決して無視できない。そうでなくても、マシュという少女はアルトリアの状態を看過出来る性質ではなかった。
 そんな事などお見通しなのだろう。かつて、理想の王という装置に徹する余り、人の心が分からぬ者となった騎士王は、今は肩から力が抜け人の心が良く分かるようになっている。故に、マシュのもどかしさも良く理解していた。

 それでもアルトリアはマシュを行かせない。

 途方もない激痛に、アルトリアは額に脂汗を浮かばせつつも、決して乱れる事なく静かな語調で告げる。

「マシュ、よく聞きなさい。今の貴女をシロウの許へ行かせる訳にはいきません」
「っ? な、何故ですか! 先輩はわたしを、自分の生命線だと仰ってくれました! わたしもお供しますって、言いました! なら、行かないと――わたしは、先輩のお役に立ちたいんです!」

 『誰かの為に』ではない。そんな曖昧な想いではない。明確に慕うマスターの事を想ってマシュは言っている。それを否定する気はアルトリアにはなかった。
 だが、

「私が貴女を行かせないのは、今のマシュでは足手まといにしかならないからです」
「ッ! ……それはっ、そうかも、しれませんけど……!」

 あれを、と。ブリテンの騎士王が指し示した先には芳しくない状況が置かれてある。
 樹槍の膨張甚だしく、急激に成長する樹林は固有結界を埋め尽くす勢いで広がり、暖かい赤土に夥しい量の泥の根を張り巡らし、晴れ渡る蒼穹の空に蓋をしようと暗いヘドロを撒き散らしている。

 カルデアは局地的に抵抗しているだけといった有り様だ。

 アタランテは身軽に駆け回り、一向に樹界に囚われる気配はない。しかし背負った大剣を活かす機会がない。ちまちまと射掛ける矢は悉く魔神に命中しているが、まるで効いた様子もなく、生え乱れる泥の樹林に矢の一本すら阻まれ通らなくなりつつある。
 男の剣群は己やアタランテ、オルタ、ネロに迫る泥の津波を押し留めるのに全力を注がれている。オルタの卑王鉄槌、ネロの剣撃、どれも一定の威力を発揮しているが、全体を通して見ればまるで意味を成していなかった。
 無限の剣は無尽の泥に押し流されつつある。こんな大局の戦い、押し切るには圧倒的な個の力か、それに類する大局の力が必須となるだろう。
 それは、残念ながらここにはない。
 アルトリアも、オルタも、その霊基は初期のそれ。幾分か嵩増しはされているが、そんなのは誤差の範囲。本格的に霊基を再臨せねば、とても大局の個とは成り得ない。

 そして、無限の剣では世界の重みに抗し得ないだろう。剣を振るうだけのネロとオルタでも意味がなかった。狩人の技も世界を前には無為である。ここに、楯を持つだけの騎士を投入しても只管に無駄なのは自明である。
 男は、アルトリアにとって妬ましいながら、マシュへ非常に肩入れしている。マシュは最期の最後で男に庇われるだろう。あの男は、そういう男だ。故に一個の戦闘単位としてのマシュをそのままにはしておけない。
 本来は黙っておくべきなのだろう。その成長を見守るべきなのだろう。
 だが優しく育てる時期は逸した。これよりアルトリアが為すのは独断のそれ。そうせねばならないと直感(・・)したのだ。

 絶望的な戦局。男は5分とオルタに言った。それまでに、なんとかするのが自分だとアルトリアは自認する。座して待つだけの者ではない、この身は貴方の剣であると誓ったのだ。
 剣は、振るわれなければならない。そして、剣は楯と一体でなければならない。アルトリアは強靭な意思を込めてマシュと相対する。

「あなたの実力は高い。それは当然です。貴女と一体となっている霊基は『世界で最も偉大な騎士』のもの。その技量は我が友ランスロットにも比する。故に貴女がいれば戦力が高まるのは確かです」
「ならわたしは行きます! 先輩のお力になれないなら、わたしには何も――」

「聞きなさい!
 ギャラハッド卿(・・・・・・・)!」

「ッッッ!?」

 その王命(・・)に、マシュの体は反射的に固まった。
 ――今、アルトリアは。騎士王はなんと自分を呼んだのか。
 そんな事も意識できぬほどの衝撃。短い付き合いなのに身近に感じる人からの叱責。怒られた事への驚きは、生前(・・)では無かった事だったからこそのもの。
 マシュは思わずたじろぎ、強い光を放つアルトリアの目を凝視した。
 凄烈なる騎士王は言う。諭すように、マシュとその内の霊基のズレ――似通う性質の持ち主とはいえ、確実に他人同士である彼女/彼の方向の違いを正すために。

「思い出しなさいマシュ、ギャラハッド。あなた達の在り方を。あなたは強い、それは確かです。しかし強いだけ(・・・・)なら、何もあなたである必要はない。
 ――あなたの盾は、そうではないでしょう。強力な脅威を弾く物質ではない。あなたの楯は、その心を映し出すものなのだから」
「―――」

 声もない、とはこの事だろうか。
 黒鎧の少女は、十字架のような大盾の取っ手を無意識に握り締めた。

「マシュに教えておきます。貴女に力を与えたギャラハッドは消えていません。貴女の中に残り続けている。そして貴女を見守っている。デミ・サーヴァントとは、英霊と一体となった者。ならば消える事などないと知りなさい」
「わたしを、見守って……?」
「ええ。折角『世界で最も偉大な騎士』を宿しているのです、まず己の裡に在る者を辿りなさい。そして、己の在り方を問うのではなく、自身がどう在りたいか、どう在るべきなのかを定めるのです。それが貴女でしょう、マシュ」
「―――」

 何か、眼が開いた心地だった。
 マシュは問う。自分はどう在りたいのか。
 ――役に立ちたい。先輩のお役に。
 それは勿論ある。だが、より具体的には、どうか。
 ――わたしは。
 アルトリアは微かに微笑み、子供の成長しようと足掻く姿を眩しそうに見届けて。
 颯爽と歩く。苦しく、体が変異する痛みにも怯まず。そして背を向けたまま、アルトリアはマシュの(なか)に言葉を向けた。

「純潔、王道、大いに結構。ですがギャラハッド、見守るだけでは駄目でしょう。時には導く事をしなければ。今のマシュは貴方の妹のようなもの、これを導かなければ――父上のようになってしまいますよ?」
「ッッッ??」

 茶目っ気を見せて笑ったアルトリアに、マシュの霊基が強烈に反応した。
 思わず飛び上がりそうになる。マシュは驚いて、聖剣を構えたアルトリアを見る。

 導く、か……。

 心の中で、アルトリアは呟く。
 かつて人の夢を束ねる覇王に糾弾された事がある。お前は導く事をしなかった、と。
 なるほどそれは正しい。アルトリアはそれを認めた。ならば、今、導く。過去出来なかったそれを、現在で果たす。
 姿形は違えど、臣下である。騎士である。ならばこれを導いてこその王。あの覇王とは決して相容れないが、正しいと認めた部分だけは素直に聞いてやろうではないか。

「マシュ、見ていなさい。これが『役に立つ』という事です」

 解放された聖剣が、アルトリアから魔力を吸出し、目映い黄金の煌めきを放つ。
 切っ先が睨むのは、今まさにカルデアを押し潰さんとする汚泥の波濤。人間の奮闘をキキキキと嘲笑う魔神の暗黒。
 死に物狂いで薄紅の七枚楯で凌ぐ男と、捨て身で反転した極光を解き放たんとする黒騎士。青い騎士王は堂々と剣を担ぐ。そして、最後に言った。

「ですが、貴女は『役に立つ』だけで満足してはいけません。彼を――シロウを『守る』。それは貴女にしか出来ないことだ」
「アルトリアさん……」

 参る、と謳う常勝の王。
 見守る臣下の目を背に受けて、約束された勝利の栄光を主君に届けよう。
 己の存在を維持する魔力を全て注ぎ込み、粒子となって消えていきながら、アルトリアは渾身の力を込めて必勝の輝きを解放する。
 其の真名は。




約束された(エクス)――

       ――勝利の剣(カリバー)!」




 絶命の窮地にて、自身らを救い出した黄金の光。
 男は唇を噛み締め、オルタは忌々しげに先を越されてしまったかと吐き捨てた。

 マシュは、その王を知る。本当の意味で感じる。
 そっか、と呟いた少女の目には、衒いのない純潔の炎が燃え盛っていた。
 成すべき事を知って。楯の少女は、出撃する。

 密かに潜む獣の気配を、誰も感じないまま。







 
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