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人理を守れ、エミヤさん!

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第一節、その体は

第一節、その体は




 I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)






「……?」

 霧煙る都、その地下深く。
 人理焼却の錨が一柱足る男は、本来己の担っていた計画を恙無く進行していた。

 聖杯を用い手駒となるサーヴァントを幾人も召喚。聖杯によるカウンター召喚によって現れた野良のサーヴァントに対する策を練りつつも、それに拘泥することはなく、あくまで自身と手駒による直接戦闘は避けて、秘密裏に事を推し進めていた。
 野良のサーヴァントは、戦闘に特化している知恵の足りない愚図か、或いは作家として名を馳せた程度の雑魚でしかない。こちらから下手に戦いを仕掛けない限り、連中はこちらの計画の全貌を知ることもなく特異点ごと焼却されるだろう。

 第二特異点に於いて、Mと名乗った男は、自らが担当する第四の特異点でも同様に名乗り、あくまで自らを表す記号(なまえ)を伏せ、人理焼却のために持てる能力の全てを費やしていたのだが……。

 ふと、彼は自身が立ち去った第二特異点のことが、嫌に気にかかっていることに気づいた。

「……」

 何か、見落としている。その予感。
 永く生きている内に自然と身に付いた、ある種の直感のようなもの。
 男は自らの疑念を捨て置かなかった。元々が勤勉であり、生真面目な学者肌の男である。生じた疑問を捨て置くことを、彼の性格が許さなかったのだ。
 手にする聖杯を使い、第二特異点の人理修復に奔走するカルデアの勢力を観測。リアルタイムで進むやり取りを聞いて、男はぴくりと眉を跳ねた。

 カルデアは、何故か、男が従う魔術王について言及し議論を戦わせていたのだ。

 ――なぜ、奴等が魔術王の存在を知っている……?
 観測している映像の時間を巻き戻し、観測する。すると、彼らが聖杯によって暴走しているはずの神祖ロムルスと接触している光景が見えた。

「……侮ったというのか。私が、神祖を」

 それは、万事に対して周到に事を進める男には考えられない失態だった。
 男はその神祖が、聖杯に取り込まれ暴走している神祖の残滓に過ぎぬと一目で看破していた。そして、ただの人間に過ぎなかった皇帝ネロが、ロムルスにより強化され、一個の戦力として確立されたことも見抜いてのけた。
 だがそれ以上に、今更のように気づく。ネロ・クラウディウスの姿が、はっきりと見えないのだ。

 それは人理焼却を免れたカルデアに所属する者。マスターの衛宮士郎と同一の反応。魔術王の力を以てしても干渉が困難な、焼却された人類史にこびりつく特異点。
 もしや……あの女狩人のマスターは、衛宮士郎ではなく、ネロ・クラウディウスなのか?

「……」

 魔神柱に変じ、敢えてリスクを犯して彼らと接触した時。男はネロ・クラウディウスを取るに足りぬ存在と決めつけ、全く観察していなかった。新たに増えていたサーヴァントも、衛宮士郎のものだろうと考えていたのだ。それが、誤りだったと?
 少し注意すれば、すぐに気づけただろう。男の目は節穴ではない。カルデアの始末に失敗するに飽きたらず、第二特異点のサーヴァントすら御せず野放しにしていた無能のレフ・ライノールとは違う。油断も、慢心も、遊びもなかった。
 なのに何故、男はネロ・クラウディウスの存在が変容していることに気づけなかったのか。



 ――なあ、おい。お前もレフと同じで、人間が変身した奴なのか?



 脳裏に過るのは、人理焼却に抗う愚か者の声。自らに問いかけてきた不敵な顔。



 ――だとしたらなぜ人類史の焼却なんて馬鹿げたことに荷担する? 愚かに過ぎる、傲慢に過ぎる。人の歴史を途絶えさせようとするばかりか、なかったことにしようとするとは。増上慢も甚だしい、そうは思わないのか?

 ――神にでもなったつもりか? それとも、人を粛清することに大義でも見い出したのかな? いや人の未来に絶望したアトラスの錬金術師の可能性もあるか……。

 ――だとしたら更に度し難い。己の手前勝手な絶望に人類全てを巻き込もうとするなど餓鬼にも劣る。ああ、流石にそれはないか。人類を滅ぼそうとするほどの悪党が、そんなちっちゃい輩なわけがない。だとすると他に考えられるのは……誰かに唆された道化かな。



「……そうか。貴様か」

 不覚だった。あんな、安い挑発に気が昂った己の未熟。あの時、男は衛宮士郎を憎んだ。あの男に反論しようとしてしまった。
 その隙を突かれ聖剣に薙ぎ払われたのだ。ネロ・クラウディウスなど眼中にもなかったのが災いしたことになる。
 男は己の不明を認めた。そしてロムルスがなんらかの手をカルデアに加えた以上、第二特異点が修復される可能性が出てきたことを認めざるを得なかった。
 その可能性を計算する。彼らの勝利に至る確率を想定する。
 確率は、一%かそこら。
 到底、絶対的オーダーの組み込まれた聖杯に支配される神祖に勝利できるとは思えない。

 しかし――

 マスター化し戦力となったネロ帝と、ロムルスが与えたとおぼしき火の力。
 そして、ほぼ瀕死となりながらも、シャドウサーヴァント数騎を討ち、性質の反転したカエサルを屠ってのけた光の御子。
 一日と半日もの激戦の末。彼の英霊は灰色の愛馬に跨がり、朱槍を右手に持ってカエサルの『黄の死』に切り裂かれた傷を物ともせず、生き残ったローマ軍の追撃からギリギリの所で逃れている。黒い馬に跨がった巨漢が主人を逃がすため、シャドウサーヴァントを足止めしている姿も見えた。

「……万が一が、あるかもしれぬ、か」

 枝葉の津波は、ネロの持つ隕鉄の剣に灯った火を避け、帝都に向けてひた駆けるカルデアの面々を遮れずにいる。神祖の樹槍が、その火をロムルス――自らの担い手と誤認し、圧倒的質量で押し潰すのを避けているのだろう。
 道中の魔猪、獣の戦士、キメラも一蹴されていた。破竹の勢いと言える。この勢いはえてして奇跡を呼び込む類いのものだった。

 ――よかろう。貴様らを、障害と認識する。

 故に策を講じるのだ。
 言葉に出さず、男は聖杯を使う。
 干渉するのは第三特異点。第二特異点に対して、男が出来ることはもうない。元々、あれは男の担当ではなかったのだ。レフがしくじった為に、その皺寄せがこちらにまで来ている。
 有能な敵より、無能な味方の方が厄介だな……。男はひとりごちながら、愚かなサーヴァントの船に召喚されるサーヴァントを弄った。
 狂戦士は物の役にも立たぬ無能であると身に染みて思い知った。サーヴァント――英霊はその知性と経験を十全に発揮してこそ有能な手駒となるのだ。それをダレイオス三世の醜態と、卓越したカエサルの手腕が証明している。
 故に、狂戦士は取り除く。しかし、かの大英雄に理性があれば、人理焼却に荷担するとは思えない。

「……ふむ。ならば、復讐者としての側面を強化し、在り方を歪めて召喚すればいい」

 反転ではなく、歪曲。その力業を、聖杯は可能とした。
 男は更に、頭を捻った。
 仮に第二特異点を突破したとして。
 あり得ないが、第三特異点で立ち塞がるサーヴァントを打倒できたとして。
 確率はゼロに等しい。それでも、悉くこちらの策を潜り抜け、男の担当する第四特異点にまで辿り着いてきたなら……。

 ――衛宮、士郎。

 侮れる敵では、ない。
 彼はともすると第四特異点のはぐれサーヴァントを取り込み、こちらの計画を探り当て、この眼前に立つ可能性がコンマ一程度の確率で考えられた。
 であれば、だ。僅かでも可能性があるならば、それに対するカウンター手段を講じなければならない。

「……計画を変更するか……?」

 顎に手を遣り、思索する。
 幾らか順序を前倒しにし、計画を早める……ダメだ、確実性を損なうのは危険。
 ならば付属出来る要素を探り、利用するか? それも愚策。詰められた計画に、後から余計な手を加えるべきではない。
 いや……だが……。

「……緻密な計画は繊細で、単純な力押しに弱い。今の計画では万が一、カルデアに露見した場合、頓挫する可能性は極めて高い……」

 ぶつぶつと思考を呟く、若い頃の癖が出た。
 男はそれに気づかず、続ける。

「いっそのこと、私の主導する計画の概要はそのままに、ある程度構造に遊びのある、自由に弄れる部分を残した計画を新たに練るか? ……この国には未来に甦る王がいるとされる。それを利用……いや、しかし……待て、星の開拓者を狂化し、装置として運用出来れば……。……無理だな。英霊を軽視出来るほど私は大層な存在ではない」

 男の視線の先には聖杯によって写し出された、赤黒い肌の巨漢。頭からネメアの獅子の毛皮を被った、異様な風体の復讐者。
 更に転じ、進行するカルデアの面々を見て、男は露骨に舌打ちした。無能な味方の失敗のために、こうも頭を悩ませる羽目になるのは腹立たしいことだった。
 ――計画をどうするかは、もう少し煮詰めて考える必要がある。いきなりの変更は無理があった。
 時間がいる。思考するための時間が。それを作るためにも、カルデアの妨害に力を傾けた方が、現段階では建設的かも知れない。

「第二特異点の担当権を、一時とはいえ担ったが故の力業を押し込むか……」

 第二特異点に対して出来ることはない。だが、こちらが召喚したサーヴァントを、一騎新たに送り込む余地ぐらいはあった。
 どうするか。男は頭を悩ませ、決断した。

「……理性ある戦いに狂戦士は不要。しかし場を引っ掻き回すのには有用だ。

 ――レフの置き土産、精々利用させてもらうとしよう」

 男は一切の理性を残さぬ極大の狂化を施した、フンヌの戦闘王、神の鞭の第二特異点への投入を決定したのだった。







 
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