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人理を守れ、エミヤさん!

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麗しの女狩人




 こほん。

 咳払いをして気を取り直し、改めて召喚サークルを設置する。カルデアから例の如く呼符を転送してもらい、マシュの盾を基点に英霊召喚システムを起動。
 俺が近くにいたら、割と召喚儀式がろくな結果にならないと直感し、離れに退避。ネロに後を託す。
 ネロは運が良さそうだし、触媒も何も使わなくても相性のいいサーヴァントを呼べるだろう。ネロ自身が古代出身ということもあり、聖杯によって現代人に置換されても身に宿す神秘は高く、サーヴァントとも戦える身体能力『は』あるので、実質サーヴァント二騎分の戦力は固い。
 キャスターがいいなと思う俺がいるが、作家系を筆頭に戦闘スキルの低いサーヴァントや、性格や性質の悪い輩でなければ誰でもいいというのが本当のところだ。

 戦力が充分という訳ではない。しかし不確定要素の強いランダム召喚で、そこまで期待する方が間違っている。だからクー・フーリンの触媒を譲ろうとしたのだが、ネロは頑として受け取ろうとしなかった。
 曰く「余のガチャ運を舐めるなよ!」とのこと。
 俺は嘆息し、気合い充分にふんすと鼻息を吐き出して、戸惑っているマシュの腰を抱きながら召喚に臨むネロを見守った。
 マシュはローマ式コミュニケーションに戸惑っているが嫌がっている様子はない。ガードが緩くて悪い男に引っ掛からないか、お兄ちゃんは今からとても心配です……。

「さて……ネロのガチャ運はどれほどのものか……」

 豪語するほどの結果が伴えばいいのだが。
 肝心のネロは、「シェロがクー・フーリンなら余はヘラクレスだ! いざ、星座の果てから余の呼び声に応えよ――!」なんて、自身が激しくリスペクトする大英雄に呼び掛けていた。
 これで本当にヘラクレスが来たら色んな意味で最高だが、生憎とその場合、ヘラクレスの宝具の負担を負わねばならなくなるので、ネロが一瞬で枯れてしまわないように気をつけなければならない。

 お手並み拝見だ、可愛い皇帝さん。

 絶対外れだと予想し、俺はほくそ笑んだ。ガチャには物欲センサーがあるのである。ネロほど強欲に希って、まともな結果になるわけがない。
 もし外れだったら笑ってやると、ネロと召喚されたサーヴァントに殺されそうなことを考えつつ、ネロが召喚したサーヴァントの正体を見極めんと目を細め。
 今、システムが正常に作用し、夥しい魔力と光に視界が塞がった。

「問おう――」

 声が響く。凛とした、野生に生きる生気の強さ。自らの信条に肩入れする、誇り高い自然の存在。
 ふわりと翻る緑のスカート。ふりふりと揺れる獅子の尾。豊かな髪は獅子の鬣を彷彿とさせ、額にかかる髪は自然の緑だった。

「――汝が私のマスターか?」

 空気が凍った。主に俺の。
 マシュが気まずそうに目を逸らし、アルトリアが居たたまれなさそうに立ち位置をズラした。唯一、オルタだけは怪訝そうに首を傾げ、俺達が微妙そうな顔をしているのに疑問を持った。
 小さな声でマシュに訳を訊ね、事態を把握したらしいオルタは堪らず吹き出してしまう。

 幸い、それには気づかず。ネロは上機嫌に頷き、鷹楊に腕を組んで肯定した。
 狙い通りのヘラクレスでなかったからと落胆せず、嫌みなく応えられるのは流石だった。

「うむ! 余がそなたのマスター! で、ある!」
「うん。よろしく頼む。私のクラスはアーチャー、真名はアタランテだ」
「おお! カリュドンの猪退治にて名を馳せた麗しのアタランテだと!? 流石は余であるな!」

 余もやるものであろう! こちらを振り向くネロは満面の笑み。俺は曖昧に頷いて、案の定、フランスでスルーさせて貰ったアタランテらしい女狩人の視界から逃れようとした。
 が、無駄だった。アタランテは目敏くこちらを発見し、何を思ったのかツカツカと歩み寄ってきて――

 ひたり、とその両手で俺の顔を挟み、こちらの目を覗き込んできた。

「な、何かな……?」
「汝は今、私に後ろめたさに似た感情を向けたな。なぜだ?」
「別に後ろめたくなんてないぞ。本当だぞ。やむにやまれぬ事情があって、君に似た女性との遭遇を避けたことがあるだけだ」
「……嘘ではないようだが……なにか、はぐらかされた気がする」

 言ってることは本当である。嘘なんて欠片もない。あのフランスのアタランテと、ここにいるアタランテは、英霊という存在からして厳密には違う個体だ。
 アルトリア? コイツは特例である。
 クー・フーリンも記憶は曖昧みたいだし、直接会ってもいない俺のことなんてアタランテが覚えてるわけがない。
 故に俺は嘘をついてない。高度な嘘というのは、逆に真実しか言わないものなのだ。果たして、どこか納得のいってない様子のアタランテも、訝しげにしながらも離れてくれた。
 また女難が仕事をしたようだが、なに、この程度はどうということもない。桜ほどの地雷はそうはいないものである。女難限定地雷撤去班の班長とまで言われたことのあるこの俺が、こんな見え見えの地雷に引っ掛かるわけがないのだ。

 アルトリアが口許を手で覆った。

「シロウが、シロウのやり口が手慣れすぎてますっ。やはりシロウはこの十年の間に変わってしまったのですね……」

 オルタが興味深そうに相槌を打った。

「十年か。その間、シロウが何をしていたのか、知る必要がありそうだ。ダ・ヴィンチに便宜を図らねば……」

 ……それら全てを聞こえなかったフリをして、俺はそっぽを向いた。

 頻りに首を傾げながら、アタランテは再びネロに歩み寄った。

「すまない。マスターを蔑ろにしてしまった」
「構わぬ。麗しのアタランテ、アルゴー船にも乗ったことのある伝説の狩人と出会えた余は感動しておるのだ。その立ち居振舞いの一々に余は見惚れてしまう。どうして麗しのアタランテを責められよう……」
「そ、そうか。しかしその麗しの、というのはやめてくれないか。なんというか、こそばゆい気分になって仕方がない」
「むぅ……ぴったりの異名だと思うのだが……ダメか?」
「んっ。そ、そんな子犬のような目で見てもダメなものはダメだ。照れてしまうではないか……」

 ネロの主従が早速、親睦を深め始めたのを尻目に、俺はその様子を観察する。

 するりと相手の懐に入ってしまうネロは流石だが、相性自体も悪くなさそうだ。
 アタランテと言えば、その敏捷性もさることながら足も早く、弓の腕も優れているだろう。狩りの腕は英霊屈指と言えるかもしれない。またそれに付随する嗅覚も。

 だが……。

 ――アーチャーか。よりにもよって。

 俺は溜め息をこっそり吐いた。
 やはり、ランダム召喚などするものではない。
 ネロは俺と同じく、最も重要度の高い警護対象である。故に守りに長けたサーヴァントか、戦車などで行動を共に取れるサーヴァントが望ましかった。
 なのにアーチャーである。おまけに単独行動に秀でた狩人ときた。誰かの護衛などしたこともないだろうし、誰かを守るという行為自体に適正がなさそうだ。
 これは、アルトリアにネロのことをよく守って貰わないといけない。オルタは性格的に除外して、俺の守りはマシュが外せない。対し、アルトリアは俺がまだしょっぱかった頃を護衛したことがあるし、そもそもが優れた騎士だ。守りは固い。
 アルトリアをネロの守りに配置し、アタランテは遊撃戦力として運用したいが、彼女はネロのサーヴァントであるからして、ネロの采配に託すしかなかった。

 なにはともあれ。

「ネロのサーヴァントも召喚は完了した。行こう、もう憂いはないはずだ」

 俺は皆に促し、今度こそローマに向けて進行を開始した。









 ――何を隠そう、このドゥン・スタリオン号とラムレイ二号は水陸両用の水上も走れる高性能バイクである。
 凪いだ海を航るのに時間はかかった為、ブリタニアを後にしてガリアに上陸する頃にはすっかり陽も暮れていた。
 ネロは、変わり果てたローマを見て、唖然としている。
 見渡す限りの木、木、木。
 深紅の神樹は遠くに屹立し、更に雄大なものとなっている。過剰なほどの緑豊かな森がローマの大地を埋めつくし、ガリアの都市も木々に囚われ無惨なものとなっていた。
 なんたることだ……喘ぐようにネロはそう溢し、頭を振って決然と前を見た。

 人の営みを否定する自然の猛威。やはりローマは、ローマを、人を否定している。

 俺はふと、首を刺す違和感に目を細めた。
 昔から世界の異常には敏感だった。だから気づけたのだろう。

「――マスター。見られて(・・・・)いる。気をつけろ」
「……うむ。気を付けよう」

 俺が何かを言う前に、アタランテがそう言った。
 少し驚いた。この狩人も、自分と同じで世界の異変に敏感なのだろうか。

「アタランテ。なぜ気づいた?」
「私は森で生きてきた。森で生きるものは、生き物の視線に敏感でなければ生き残れない」

 それだけ言って、アタランテは弓を構えた。
 なるほどな、と俺はうなずく。神代の英雄は、やはり俺の理解を超える。

 しかしローマ全土を覆う森に入っただけで敵に察知されるということは、先行したクー・フーリンもとっくの昔に発見されているということだ。クー・フーリンに四時間遅れてガリアに来たが、彼は今何処に……

 ん? と。

 目を凝らして、近くに見えてきたガリアの城壁を凝視する。森化している大地に呑まれているためか、見晴らしが悪くすぐには分からなかったが……。
 ガリアの城壁は、完全に崩壊していた。
 まるで、とんでもない怪物に襲われた後、みたいな光景である。

 ガリアの城に入ると、そこに人影はない。ただ破壊されているだけだ。

 ――人はいないと見て、ただ破壊だけして先に行ったのか……ランサー。

 呆れたパワーファイトだが、確かにこれはド派手である。すぐに脅威のほどは知れるだろう。
 無視できない怪物の襲来――どう出ても構わない、手当たり次第に総当たり、といった方針か。

 ありがたいことに、ついでに露払いもしてくれている。岩のゴーレムの残骸が無数に散らばっている。
 クー・フーリンの働きは、現時点で目を瞠るほどだ。



 だが……。



 流石に、一筋縄ではいかないらしい。

 前方より津波となって押し寄せる大樹の質量を見て。
 否。大樹に取り込まれたローマの民、その人面の浮かぶ大樹の枝を見て。
 俺は、ネロは、神祖の変質が致命的なものになっていることを知った。






 
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