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人理を守れ、エミヤさん!

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卑の意志は型月にて最強



士郎「変身しそうだった。今なら()れると思った。今は満足している」

 ――などと意味不明な供述を繰り返してしており、被告からは終始反省の色はうかがえませんでした。

士郎「反省も後悔もしていません。同じことがあったらまたやります。『俺は悪くない』」

 ――と検察側に語り、再犯の可能性は極めて高いと言わざるをえず、重い実刑判決が下されるものと見て間違いないとカルデア職員一同は――









「――というわけだ。納得頂けたかな? マシュ、ドクター」

 カルデアの管制室にて。
 特に何事もなく帰還した俺が特異点Fでのあらましを語り終えると、マシュは沈痛な顔で『まさか教授が……』と俯き、ロマニは難しい顔をして黙り込んだ。

「あっ――っははははははは! なんだそれ、なんだそれ――!!」

 唯一、声を上げて爆笑しているのは、三年前にカルデアに召喚されていた英霊、万能の天才ことレオナルド・ダ・ヴィンチその人のみ。
 管制室のモニターをばんばんと手で叩きながら、モナリザに似せた姿形の美女(に見える男)は、目に涙すら浮かべて笑い転げていた。
 抱腹絶倒とはこのことである。ある種、見事なまでの笑いぶりに、呆れたようにダ・ヴィンチを見遣るロマニとマシュ。眉を落として肩を竦める俺。一頻り笑い続けていたダ・ヴィンチだったが、暫くして気が済んだのかようやく笑いを収めた。

「それで? 奴さんは最期になんて言ったんだい?」

 まだ知り合って間もない相手ではあるが、その問いは俺にとって許しがたいものである。憮然として言った。

「最期の言葉を許すほど、俺もアサシンも甘くない」
「……つまり、何も言えなかった? 捨て台詞の一つも?」
「もちろん」
「……ぷふっ。な、なんだそれ……なんだそれ! 悪役としても三流とは! 傑作だよ!」

 ダ・ヴィンチはもう辛抱堪らんといった風情だった。彼の中の悪役像が気になる物言いである。

 ――時は一時間前に遡る。

 セイバーを倒した後に聖杯を確保し、聖杯戦争の終結に伴いキャスターが消滅すると、俺はマシュを起こしてカルデアへ通信を試みようとしていた。
 その時だ。突如、俺の背後に現れた緑の外套の男、レフ・ライノール。奴は頼んでもいないのに勝手に自分がカルデア爆破テロの犯人と名乗り出て、しぶとく生き残った俺を罵倒し、カルデアがまだ機能していることを知っていたのか「どうせカルデア内の時間が2015年を過ぎたら、外の世界と同じく焼却されるさだめにあるのさ!」と語ってくれた。わざわざタイムリミットを教えてくれるというおまけつきで。

 あまつさえ、何を勝ち誇っているのか、レフの言う「あのお方」なる黒幕の存在を教えてくれて、他にも特異点が発生することまで丁寧に教えてくれた。
 後は、この消えてなくなる特異点と運命を共にするといい! などと吐き捨て去っていこうとした所を、

 まあ、あれだ。

 ……真に申し訳ないが、あんまりにも隙だらけだったもので。

 つい、()っちゃったわけである。

 こう、アサシンに背中を刺させて。ぐさり、と心臓を一突き。まあ、なんだ。それだけだと死にそうになかったので、剣弾を都合七発叩き込んで針鼠にした。アサシンも念のため宝具のナイフを撃ち込んだ後、キャリコで滅多撃ちにしていたものだ。
 結果、大物を気取る小物なテロリストを、なんやかんやと仕留めることが出来たわけである。
 あまりにも予定調和過ぎて描写の必要性も感じないほどで、見所だったのは殺されてしまった自分を自覚し、顔を歪めたところだけだった。

 な、アサシン……!?

 あの顔はそんな驚きに染まっていた。一時とはいえ同じ組織に属した仲間だったこともあり、なんとも言えない気分にさせられたものだ。

「……」

 ロマニは難しい顔のままマシュの状態をチェックしておきたいという名目で、マシュを穏便に管制室から追い出した。
 それから、彼にしては珍しくかなり真剣な面持ちで俺に問いかけてくる。

「……それで、今の話だけど、僕はどこまで士郎くんを信じていいのかな?」
「む。ロマニは俺が信じられないのか?」

 それは、緊急時とはいえ、カルデアのトップに突然立たされた男の責任感ゆえの問いだった。
 個人的に信じられるかどうかではない。組織人として信用できるのかを見極めんとする、当たり前の疑いである。こんな問いかけをすること自体、人のいいロマニにとっては辛いはずだ。
 それを理解しているから、俺は疑われたぐらいでロマニに怒りの感情を抱くことはなかった。

 やや芝居かかった俺の態度に、しかしロマニは真摯に応じる。

「信じたい。けど、それ以上に僕はレフ・ライノールが裏切り者だったことが信じがたいんだ。悪いけど、僕はその現場を見ていないからね」
「……まあ尤もな話ではあるか」

 奴と俺では積み上げてきた信頼の度合いが違う。俺を信じろ! などと強弁したところで、なんの証拠もなく信じられるものではない。
 むしろ俺の方が怪しいとも言えた。一番始めにカルデアの内部犯に対する防備の薄さを危険視し、防備を固めるべしと提言。実際に爆破テロがあり、俺は狙ったように生き残り、レイシフトした上で帰還した俺の方がよほど胡散臭かった。端的に言って、出来すぎなのである。
 だが、俺が何かを言うより先に、ダヴィンチが意味深に笑みを浮かべながら言った。

「無駄な問答はやめときなよ、ロマニ」
「……無駄かな、これ」
「そりゃ無駄さ。カルデア最後のマスターは、我々にとって幸運なことに頭の切れる歴戦の勇士だ。これを見てみなよ、彼の経歴をまるっと纏めた資料だ」

 ダ・ヴィンチはカルデアが収集したとおぼしき俺の過去を記した資料を懐から出し、ロマニに渡す。その用意のよさに俺は微妙に嫌な気分になった。
 ロマニは医療機関の人間だったからか、詳しく俺の活動記録を把握していなかったのだろう。ざっと速読するだけで目を点にしていた。

 ……複雑なものだ。本人を前にそんな物を持ち出されるのは。

 嫌そうに顔を顰める俺を尻目に、ロマニは感心した風に呟く。
 どこか安心したように。

「……士郎くんは掛け値なしに善人なんだね、やっぱり」
「やめろ。そう改まって言うことか。ダ・ヴィンチが言いたかったのはそんなことじゃないだろう」
「そうさ。ロマニ、大事なのは彼が善人かどうかじゃない。読んでて気づかないかい? 彼は何度も外道な魔術師を狩っている。つまりそういった人間に対する嗅覚が備わっているのみならず、魔術協会から咎められないよう、保身を計れる計算高さがあるということさ。そんな彼が、己が潔白の証明を疎かにするはずがない。あるんだろう? 士郎くん。君には自分の証言の正しさを証明する物証が」

 何もかも見通したような言葉に、俺は苦笑した。なるほど、頭の出来が違う。この男ほどの智者には、俺如きの浅知恵など無意味らしい。
 肯定するように頷いて合図を出そうとすると、ふと資料を眺めていたロマニがあれ? と声を出した。

「? どうしたロマニ」
「いや、これ……なんか『殺人貴』とか書いて――」

 ぐしゃ。
 ぬっと腕を伸ばしてロマニの前にある資料を握り潰す。ああっ! と声を上げるロマニを俺は黙殺した。

「――無論抜かりはない。俺への疑いを張らす証拠はきっちり確保してある。……マシュをこの場から外してくれたことには感謝するぞ、ロマニ。あまりあの娘には見せたくない代物だからな」

 言って、今度こそ俺は合図(・・)を出した。
 何もなかったはずの場所に、突如、深紅のローブを被った暗殺者が現れる。
 ぎょっとしたように体をびくつかせたロマニと、感嘆したように口笛を吹くダ・ヴィンチ。

「見事な気配遮断だ、この私が全く気づかな……ああなるほど。それ(・・)は確かにこれ以上ない物証だね」

 感心したように頷いたダ・ヴィンチは、しかしそれ(・・)を見て表情を真剣なものにする。
 ロマニが呆気に取られたように目を見開く中、アサシンは肩に担いでいたものを、無造作に投げ出した。

 それは、人型の化け物、人外の存在。

 レフ・ライノール。そう名乗っていた男の、魔神柱とやらへの『変身途中』の遺体だった。







 
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