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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百十八話 エル・ファシル星域会戦リターンズです!!!

 ヤン・ウェンリーは苦慮していた。
 少なくとも本人はそのことを見せないが、周囲にいる幾人かはそれを感じ取っている。

 自由惑星同盟の大艦隊を掌握しているとはいえ、その実はシャロンに洗脳された面々が過半数を占め、洗脳されていない提督は彼自身よりもはるかに実戦経験が豊富で有り、おいそれと彼の指令には従わないことをはっきりと表明している。
 15個艦隊を指揮しているとはいえ、自分の指令に忠実に従ってくれそうなのは直属艦隊のみであるという有様である。不安にならない方がおかしいだろう。
 表立って彼は周りには不安を示さないものの、フレデリカ・グリーンヒル大尉ははっきりとそれを感じ取っていたようであった。

「大丈夫なの?」

 カロリーネ皇女殿下は不安げにアルフレートと通信を交わしていた。カロリーネ皇女殿下は第三十艦隊に所属し、アルフレートはヤン艦隊に所属している。この艦隊だけが実質的に「正常な」という前置詞がつくものだった。

『ヤン・ウェンリー元帥は原作において一個艦隊で帝国軍を手玉に取りました。ですが、それはヤン艦隊が一個艦隊であったからこそなしえたものではないのかと私は思っています。』
「どういう事?」

 カロリーネ皇女殿下はアルフレートの発言に疑問符を呈した。一個艦隊であれだけ帝国軍に苦戦を強いたのである。その15倍の大軍を擁する以上、たとえその質がどうであろうともヤン・ウェンリーならばなんとかしてくれるのではないかとの思いがカロリーネ皇女殿下にはある。

『ヤン・ウェンリーの本質は戦術家にあるのではないかと思います。いえ、彼自身は視野の広い戦略家でもありますが、こと彼自身の戦闘の積み重ねを見てくると、戦術によって勝利を積み重ねている事実しかありません。』
「それは、与えられた戦力が小さすぎた結果だし、そもそもがヤン・ウェンリー自身に大軍を運用する機会がなかったからじゃないの。」
『それはそうなのですが・・・・。』

 奥歯に物が挟まるような言い方をするアルフレートに不服そうな視線を投げかけたカロリーネ皇女殿下だったが、現実問題として、今まさに最高評議会議長直々の指令が下っていることに思いをはせた。

「私たち、生き残れるのかな?」

 我ながら情けないと思ったが、吐きたくなくとも弱音は吐いてしまう。鉄壁ミュラーのように不退転の決意で戦うことができればどんなによかったのかと思う。

『わかりません。この戦いはもう原作の領域を遥かに超えてしまっています。生き残るべき人が死ぬかもしれませんし、死ぬべき人が生き残るかもしれません。もう予想ができませんよ。けれど・・・・。』
「でも?」
『僕たちは生き残らなくてはならない。ラインハルトとヤン・ウェンリーとを手を組ませ、あの人に当たらせることこそが唯一の道だからです。』

 カロリーネ皇女殿下はしっかりとうなずいた。この決意はたとえどんなに不安になろうとも埋火のごとくしっかりと胸に残っている。ラインハルトとヤン・ウェンリーとを組ませることこそが、唯一の道。たとえそれがどんなにわずかな可能性であろうとも成し遂げなくてはならない。そのためにもこれから先石にかじりつこうとも、これからの幕開けの日々を生き残らなくてはならない。

 ヤン・ウェンリー個人の力量はさておき、もう幾日かの後に始まるのだ。
帝国軍と自由惑星同盟が何年かぶりに正面衝突する日々が。




* * * * *
 イゼルローン要塞を出立した帝国軍と自由惑星同盟のイゼルローン総軍が期せずして回廊出口自由惑星同盟側において大衝突をするに至ったのは、自然の流れだろう。双方ともにこれを予期し、かつ、準備を整えての会戦である。
 帝国軍の総兵力は16万余隻。対するイゼルローン総軍の総数は22万余隻。だが、イゼルローン総軍はその全軍が終結しているわけではない。だが、帝国軍としてはイゼルローン総軍の数が自軍と同等若しくはそれ以上のものであることを反応から察知し、全軍が気を引き締めていた。

「前方に敵集団!!距離、121光秒!!」

 尖刃となったティアナは旗艦フレイヤの司令席から腰を上げた。前方に少なくとも2つの艦隊の集団が展開し、こちらをうかがうように接近してくる。

「上等。・・・さぁ!第三空挺師団・・・・・その本領を発揮するときが来たわ。」

 艦隊はいち早く戦闘態勢を整え、すぐに最大戦闘速度に移行する。速力とそれに伴う破壊力こそ、ティアナの艦隊戦術の真髄だった。

 この時、自由惑星同盟軍の2個艦隊は誰あろう、アレクサンドル・ビュコック大将とウランフ大将だったのである。ティアナがそれを知ったらどう思っただろう。もっとも本人がそれを知ったところで湧き上がる闘志に武者震いするだけなのかもしれないが。

「撃て!!」
「ファイエル!!」

 双方の指揮官が叫んだ直後、早くも周囲には激烈なエネルギー波が飛び交っていた。

 帝国軍と自由惑星同盟イゼルローン総軍との戦いは、エル・ファシル星域会戦でその幕を開けた。双方ともに大衝突を予期していたが、いったん戦闘が始まると、その様相は激烈なものに転じ、序盤から各艦、各隊、各連隊、各分艦隊、そして、艦隊司令部を巻き添えにした総力戦の様相を呈したのである。

「敵の艦隊の規模は、約3万隻ですが、後方になおも増援の気配があり、ここに殺到するのは時間の問題と思われます。」
「知っているわ。というか、敵の総数は私たちの全軍と同兵力だもの。」
「だから2個艦隊が倍になったところで、びくともしませんか?」
「そう言う事。増援は気にしないでいいわ。その辺りはフィオが手当てをしてくれる。問題は私たちの前面の敵よ。力技で押しやらないと後々が苦労するわ。多少消耗戦になってもいい。私たちの行うべきはただ一つ・・・・!!」

 ティアナが腕を振り上げ、勢いよくそれを振り下ろした。

「一気に押し切りなさい!!!!」

 ティアナの率いる艦隊は1万8700隻余り、3万の敵に対して2分の1強の戦力だったが、そんなことを意に介する彼女ではなかった。

 要するに、相手に対し、より正確に、より多くの砲撃を当て続ければいいだけ、なのである。

* * * * *
「ほほう、敵の勢いはなかなかの物じゃな。」

 ビュコック大将は髭をしごきながらうそぶいた。実際は「なかなか」どころか先陣が急落する勢いで攻め寄せてきているのだが、この歴戦の老将は自分の陣地に蚊が迷い込んだほどの動揺も感じていない。

「敵の勢いをいなし続けるんじゃ。艦隊を右に斜行させて左に敵を引き付けろ。」

 同様に、ウランフ大将も自軍の右に敵を引き付けるように艦隊を動かし始めた。

「敵を後方にいなせ!!左右から敵の艦隊を挟み撃ちにするんだ!!」

 同盟軍艦隊は帝国軍艦隊に激しい砲撃を浴びせながら、反航戦に転じた。

「左右両側から逆進、あるいは挟み撃ち、挟撃体制というわけね!!」

 ティアナは2艦隊の動きをいち早く察知した。

「全艦隊、一点突破!!敵の体形が整わないうちにFKDU039地点を目指し、全速前進よ!!・・・・撃てェッ!!!」

 勢いよく振られた左手に勝るとも劣らない勢いの火力が、ウランフ艦隊の後尾を襲った。猛襲といってもいいその火力の前に、挟撃体制に移行運動を展開し敵に横腹をさらしていたウランフ艦隊の後尾は崩れさった。ティアナの艦隊は敵を蹂躙する勢いで高速突破、距離を広げようとした。後方に心配をしなかったのは、後続のフィオ―ナを信頼していたからこそである。

「・・・・・・?」

 ティアナの眉が上がった。敵を突破しつつある運動を展開しているさ中である。彼女は違和感を覚えていた。

「――――!!」

 突如、といってもいい。前方に無数の光点が展開しているのが見えた。

「前方に敵艦隊、数、およそ3万!!」
「敵の旗艦と思しき存在を特定!!・・・せ、戦艦ヒューベリオンです!!」
「ヤン・ウェンリー!?!?」

 ヤンはもっと後方にいると思っていた。それがいきなり前線に出てきたのだ。ティアナは出鼻をくじかれて数秒動けなくなってしまったが、それでもすぐに決断したのはさすがだった。

 ヤン・ウェンリーと正面から戦うことはできない。この状況では。

「全艦隊左DUJS302地点に転進、先ほど突破した敵艦隊をかすめ、最大戦闘速度で離脱するわよ。」
「えっ?戦わずして離脱ですか?」

 号令一下、艦隊が新たな行動を開始するさ中、副官であるロンド・フォン・ジレットが驚く。

「そう!正面から劣勢な戦力でぶつかるほど私が間抜けだと思っているの!?」

 いや、あなたはさっきそうしたじゃないですか、とは言えない副官だった。
 ティアナの艦隊の動きを見逃す敵増援ではない。すぐに接近し、半包囲体制を築き上げると、容赦のない砲撃を浴びせかけてきた。幸い完全な包囲体制に入る前に、ティアナは離脱することができた。

「まぁ私もただ黙って離脱したわけじゃないのよ。」
「???」

 副官は恐れ多い事ながらティアナの負け惜しみだと思わざるを得なかった。何も機雷やゼッフル粒子をまいたわけではないではないか。
 そんな副官の思考とはお構いなしにティアナは戦場を注視し続けている。敵の影響下を離脱し、一息入れた彼女が振り返った時、もう次の戦闘が始まっていた。次鋒であるフィオーナ前衛艦隊とフィオ―ナ本隊がウランフとビュコック艦隊に相対していたのである。

* * * * *
「鮮やかな艦隊転進ですな。」

 パトリチェフ准将が感嘆の声を上げる。

「感心している場合ではないぞ。敵に一撃を与え、勢いを止めるつもりが離脱されてしまったのだ。」

 ムライ少将が苦言を呈する。

「大丈夫さ。作戦の一つが失敗しただけで、負けたわけではないからね。次の手を考えるだけだよ。」

 ヤンは無造作に言った。何故ならもし自分があの司令官であっても「そうした。」だろうから。

「閣下、ウランフ、ビュコック閣下の両艦隊の前面に新たな敵が出現しました。」

 グリーンヒル大尉が注意を促した。

「本隊を前進。ただし、距離をつめないように。」

 ヤンは簡潔にそう指示した。この戦いでヤンは一つの心理的な枷を課せられている。それはウランフ、ビュコック、そしてクブルスリー3大将に対して多少なりとも気を使わざるを得ないところにあったという点である。また、他の提督の動向も気にかけざるを得ない。15個艦隊と言う空前の大軍を擁しながらこの心細さはどうだろう。
 ヤンは、表面上は平然としながらも心理的な重圧に耐え続けていた。


* * * * *
『全艦隊、砲撃開始!!』

 フィオ―ナと前衛艦隊は、離脱したティアナの艦隊の後を埋めるような形で、ウランフ、ビュコック両艦隊に向けて突進した。整然と列を組み、大軍を統御しながら前進する様は、ティアナとは違った意味で敵に圧迫感を与え続けている。ティアナの時とは違って、両軍ともにある程度の距離を取った砲撃戦の様相を呈していた。

「艦長。」

フィオ―ナはヴェラ・ニールに呼びかけた。

「はい!」
「先ほどティアナの作り出した『道』は解析できた?」
「はい、エネルギー流解析終了です!恒星風のタイミングとパターンも解析完了。いつでも行けます!!」
「ケーテ、エミーリア、シャルロッテ。」

 イゼルローン要塞でKY行動を起こしたあのトリコロール3提督はいずれも中将。女性士官学校出身である。3提督はディスプレイ越しにその姿を現した。

「データを送ります。麾下の艦隊を率いて指定航路を突進し、目前の艦隊に斉射を浴びせつつ指定ポイントまで一気に走り抜けてください。」
『はい!』
「止まらずに、です。」

 フィオ―ナは念を押した。ヤン艦隊と対峙すればするほど彼の術中にはまる危険性を承知していたからだ。

「本隊前進!!攻勢を強めます!!」

 攻勢を強めることで、敵が別働部隊の危険性に気づく可能性もあったが、それに気を取られないほど攻勢を強めればいい。
 この時、体勢を立て直したティアナの艦隊も反転し、戦線に加わって側面から攻撃を仕掛けつつあった。

「ティアナ・フォン・ローメルド上級大将の艦隊、左側面に復帰しました。」

 うなずいたフィオ―ナはティアナを呼び出し、ほんの数語話し合った後、通信を切った。たいていの事は気心が知れている親友には言葉を多く語らずとも伝わるのである。

* * * * *
 ティアナ艦隊は前進を開始した。だが、自由惑星同盟側から新たに出現した一個艦隊が彼女の行く手を遮った。

 さっと左手が高々と上げられ――。

「撃てェッ!!」

 躊躇いなく振り下ろした手と共に数万本の光の矢が相手に突き刺さり、返す刀で跳ね返ってきた。ティアナは前進を継続させ、ほどなく先鋒と先鋒が激突、ぶつかり合いになった。

「前進し、敵の中枢に食らいつけッ!!!」

 ティアナの旗艦フレイヤも混戦の渦の中に飛び込み、片っ端から敵を撃ちまくっている。彼女のオーラがフレイヤに浸透し、あたかも彼女自身のごとく戦っているのだ。

「別働部隊、所定の航路に突入しました。」

 オペレーターの報告がティアナの意識を向けた。同時に総旗艦ヘルヴォールにいるフィオ―ナの意識もそちらに向かった。ディスプレイには急速前進する艦隊の様相が映し出されている。
 作戦の成否は別働部隊にかかっているといっても過言ではなかった。

* * * * *
「閣下、ウランフ、ビュコック両閣下から通信が入っています。」

 グリーンヒル大尉の報告にうなずいたヤンが顔を上げると、二人の指揮官の顔が映し出された。

『敵の別働部隊が出現し、急速にそちらに向かっている。このままでは両軍は分断されるのではないかな?』
「ご心配ありません。対策も想定済みです。むしろこの機会に両提督方は攻勢を強めていただきたい。」
『何?』
「30分間で結構です。それで、片が付きます。」
『30分じゃと?まるで今が昼のランチの時間とでも言いたそうじゃな。』

 ビュコック大将の皮肉はヤンを打ったが、ここで動じるヤンではない。ここであれこれ言っても無駄なのだ。結果を見せるしかない。

「30分たって戦局が好転しなければ、一度撤退をします。それで、よろしいですか?」

 両提督は一瞬顔を見合わせた。ディスプレイの上とはいえ、あたかも両人が互いの姿を実際に認識しているかのように。

『よかろう。30分間は戦って見せる。だが、それで戦局が好転しなければ余計な犠牲を出すだけだ。いったん撤退をさせてもらう。よいかな?』

 ヤンの返事を待たずに通信は切れた。

「やれやれ。」

 ヤンは頭を掻いたが、すぐに顔を引き締めると、本隊に通達した。

「右翼前方、仰角+12度より艦隊接近。プランB-1フォーメーションCを展開せよ。」

 フィッシャー少将の指揮の下、艦隊はすぐに運動を開始した。

* * * * *
「おい、シャルロッテ、エミーリア。」

 ケーテ・ウィントハルトが中央を進む僚友を呼び出した。

「何?」
「どしたの?」
「見ろ、敵が散開した。我々の進路を開けるようにな。これでは有効打撃を与えられない。進路を変更し、敵の中枢を突っ切るようにはできないか?」
「あんたそれマジで言ってんの?」

 シャルロッテ・ブリューゲルがケーテをまじまじとディスプレイ越しに見る。

「へ~でも面白そうじゃん。せっかくカチコミにきても敵にすり抜けられるんじゃ意味ないし。」
「ちょっと二人とも何言ってるの?!駄目!絶対ダメ!エリーセル様は『止まるな』とおっしゃられたのよ。」

 エミーリア・クラルヴァインが他の二人を注意した。

「・・・・てのは冗談よ。駄目、アタシもエミーリアと同意見。そんなことしてみなさいよ、包囲されて、フクロにされて、それで終わり。アタシはそんなのごめんだからね。」
「もうシャルロッテったら、やきもきさせないでよ。」

 エミーリアはため息を吐いた。

「チッ!」

 ケーテは舌打ちしたが、それでも主張をすることはなかった。

「まぁいい。お前たちの意見はもっともだ。仕方がない。わかったよ。」

 ケーテはディスプレイ上の二人に背を向けた。それはすなわち自軍の進軍方向、敵方面だった。

「私の艦隊が道を開く。一度も止まらずに規定航路を突っ切ることにしよう。遅れるなよ。」
『もちろん!!』
「全艦隊最大戦速!!!続け!!!」

 艦隊はヤン艦隊の陣形には全く考慮することなく、ただひたすらに航路を順守して突入していった。それもすさまじい速度で。

* * * * *
「フィオ、見てみなさいよ。ちゃんとあの子たちは命令順守をするらしいわよ。」

 ティアナがディスプレイ越しにフィオ―ナに言った。

「だから言ったじゃない。なんだかんだ言ってあの子たちはちゃんと命令順守をするんだから。いつまでも士官学校の後輩のように接していたら駄目ってことね。」

 両手を広げて茶化すようにした親友を見てフィオーナは少しだけ心が和むのを感じた。

「あの子たちの艦隊が既定の地点に到達次第、全軍をいったん後退させて戦線整理を行うわ。戦闘開始から数時間、そろそろ疲労がたまってくる頃合いだもの。それに・・・・。」
「ヤン・ウェンリーよね。」

 ティアナはうなずいて見せた。

「彼とは戦いたくはない。できることなら何とかしてこちらの意図を知ってほしい・・・というのはちょっと虫が良すぎるかな。」
「左舷後方8時方向仰角45度より、敵出現!!!!」
「―――!!」

 フィオーナとティアナの会話を女性オペレーターの報告が叩き破った。その方角を見た―正確にはディスプレイ越しにであるが――フィオーナの眼には数万隻の光点が明滅するのが見えた。

* * * * *
「クッ!!!」

 後方部隊をまとめていたのはエレイン・アストレイアであり、彼女はいち早く部隊を展開させて、敵に備えた。だが、それを終わらないうちに次の警報が鳴り響く。

「さらに後方4時方向俯角20度より敵接近!!!」
「包囲されている!?」

 エレインは狼狽した。敵はいつの間に回ったのだろう。この宙域にはアステロイド帯が多く、艦隊を展開することはそう急速にはできない。となれば、自軍は知らず知らずのうちにそこに誘い込まれていた、という結論にほかならない。

「ヤン・ウェンリーと対話だの先々の事にかまけていたのは、私にも責任があったわ。何の為にイルーナからあの子たちのお目付け役を任されていたんだか・・・・。」

 エレインは歯噛みしたが、すぐに艦隊を防御陣形にシフトするとともにヘルヴォールに通信を行うとともに、彼女の持ち味である艦隊戦術を展開すべく行動を開始した。

「全艦隊円錐陣形を取って、逆撃!!!」

 1万余隻の艦隊は円錐陣形をいち早く展開し、逆に敵に対して猛速度で突っ込んだ。エレイン麾下の艦隊の半数以上が彼女の旗艦に続き、残る麾下は防御線を張ってエリーセル本隊直撃を防ぐ。
 エレインの前に強襲してきたのは、自由惑星同盟第二十二艦隊のイアン・レメリック中将であり、彼を始めとした第二十二艦隊のすべての兵員が熱狂的なシャロン信奉者であった。

「シャロンシャロンシャロンシャロンシャロン!!!」

 熱に侵されたように叫び続ける第二十二艦隊はその勢いをエレインに叩き付けに来た。

「シャロンシャロンシャロンシャロンシャロン!!!」
「うっとおしい!!シャロンシャロンシャロン・・・!!もう聞き飽きたわってのよ!!」

 艦橋に立つエレインの左手が宙を一閃し、解き放った指揮刀を前方に振った。

「薙ぎ払え!!全艦隊全速前進!!徹底的に殲滅して地獄に叩き込め!!ファエラ!!撃てェッ!!」

 エレインはいったん怒りだすと、ティアナ以上の闘志を見せる。前世において二人がぶつかり合った時は双方一歩も引かず、かなりの損害を出しあった末、僅差でティアナが勝利したものの、その実力はほとんど差がない。
 正面からぶつかり合った第二十二艦隊とエレイン直属の艦隊は激しく光球を明滅させながら互いの相手を昇華させていく。だが、エレインの闘志と指揮ぶりは相手を凌駕した。数十万のエネルギー波が相手を突きさし、四散させ、宇宙塵に変えていく。


* * * * *
「提督、艦隊が包囲されています!!」

 エステルの報告を聞くまでもなく、フィオーナには状況がわかっていた。どうやったのか知らないが、此方の索敵網を潜り抜け、大部隊を背後に回してきたのだ。こんな芸当をやってのけられるのは、自由惑星同盟の限られた将帥だけだろうが――。

「後方に敵の大部隊反応!!電波妨害が激しく、全容はつかめませんが、識別データの中に、これが!!」
 
 サビーネの差し出した端末を見たフィオーナの顔色がわずかに変わる。

「ヒューベリオン!?ヤン・ウェンリー・・・・・。」

 両拳がきゅっと握られ、眼は前方の戦況シミュレーションに向けられた。外見からはそれほど変化がないが、ティアナが側にいたら、この時から間違いなくフィオーナが本気になったのだと分かっただろう。

 エル・ファシル星域会戦は双方ともに総力戦の様相を呈し、なおどちらかの勝利を決定づけるには至っていない。
 
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