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永遠の謎

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86部分:第六話 森のささやきその九


第六話 森のささやきその九

「ですから貴方もです」
「彼を決して手放してはならないのですね」
「貴方の為に」
「私の為に」
「そうです。貴方の為に」
 これが皇后の彼への言葉だった。そうした話をしてだ。二人は奥の部屋、別荘の中でも一際見事な部屋に来た。そこに彼がいた。
 白い勲章が飾られた白い軍服である。白い軍服はまさにオーストリアの伝統のそれである。
 鼻が高く面長であり額が広くなってきている。茶色の髪が目立つ。
 目は生真面目そうな光を放った何処か数字を思わせる整いのものである。背は高く姿勢は立派だ。その彼がそこにいたのである。
 王はだ。その人物の前に来るとだ。まずはその左膝を降りだ。一礼したのであった。
「遅れて申し訳ありません」
「いや、遅れてはいない」
 彼はだ。やはり生真面目な響きの声でこう王に告げたのだった。
「今が丁度いい時間だ」
「だといいうのですが」
「それでバイエルン王よ」
「はい、陛下」
 この人物こそがであった。エリザベートの夫、即ちオーストリア皇帝であるフランツ=ヨーゼフであった。長い歴史を持つこの帝国、そしてハプスブルク家の主である。その彼が今ここに来ているのだ。
「まずは接吻を」
「有り難き幸せ」
 皇帝は右手を差し出した。王はその右手に唇を寄せ接吻をする。それからであった。
 皇帝に立ち上がるように言われてだ。立ち上がったうえで話に入るのであった。
「ここにはロシア皇帝も来られますね」
「その通りだ」
 皇帝が王の言葉に答えた。
「そうして三者での会談になるが」
「そうですね。ただ、今はです」
「楽しむべきか」
「ここはそうした場所です」
 王は微笑みそのうえで皇帝にこう述べた。
「ですから湯治に花をです」
「そうしたものを楽しめばいいのだな」
「その様にしてお楽しみ下さい」
 これが王の皇帝への勧めであった。
「是非共」
「わかった。ではそうさせてもらおう」
「たまには仕事のことを忘れられて」
 王は皇帝にこんなことも告げた。
「そうされるといいでしょう」
「そうしたいのはやまやまだが」
 しかしだった。皇帝はここでは苦笑いになりだ。こう王に返すのだった。
「そうもいかない」
「いきませんか」
「そうだ、それはできないのだ」
 王への言葉はこうしたものだった。
「どうしても」
「ではここでもですか」
「そうだ。仕事はしている」
 この湯治の場においてもだ。そうだというのである。
 それでだ。彼はこう話すのであった。
「それが終わることはない」
「お話は聞いています」
 王はここで話を少し変えてきた。皇帝のその整った、だが何処か頑ななその顔を見ながら話すのであった。
「陛下は毎日朝早くから夜遅くまで」
「当然のことだ」
 皇帝の返答はここでは素っ気ないものだった。
「皇帝ならばな」
「皇帝ならばですか」
「時間は待ってはくれない」
 皇帝の考えがだ。これ以上はないまでに出た言葉だった。
「だからこそだ」
「そうですか」
「バイエルン王もそう思われているのではないのか」
 皇帝はここで王に対してその言葉を返した。
「それは違うのか」
「そう思ってはいます」
 それは王も否定しなかった。できなかったと言った方がいいだろうか。
「ですが」
「しかしか」
「私は。時以上に大事なものがあると思っています」
 青い目に熱いものが宿った。そのうえでの言葉だった。
 
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