| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第6章:束の間の期間
  第188話「馬鹿らしい」

 
前書き
引き続き会談回。
今回は優輝達の方に焦点を絞ります。
 

 











 翌日、改めて会談が行われた。

「……馬鹿らしい」

 ……そして、椿のその発言で、優輝と葵以外の全員が凍り付いた。













「聞こえなかったかしら?“馬鹿らしい”と、そう言ったのよ」

「なんだと……?」

「お、おい、椿……!」

 隅にいたはずの椿が勝手に前に出て話し始める。
 それは内容としても展開としても、クロノ達にとって非常に戸惑う展開だった。

「き、昨日は何もしないって……!」

「ええ。対応としてはね。でも、この会談自体は別よ」

 そこまで言われて、クロノは押し黙った。
 納得したから……ではなく、言葉と表情にあった怒りを感じ取ったからだ。

「正直、管理局を責めるだけならまだ我慢できたわ。でも、それ以上となれば別」

 椿が発言した発端は、政府側の言い分だ。
 昨日と変わらずに責任を問い続けていたが、今回はさらに土御門家を中心にした裏世界の組織や、さらには自衛隊にまで飛び火したのだ。
 さらには、妖だけでなく管理局も好き勝手したのは自衛隊の職務怠慢だと、一部の議員などが言い出したのだ。

「管理局は真摯に責任を取ると応じた。退魔師達も力の限り守ろうと動いた。自衛隊も、自分達に出来る事は最善を尽くした。……だと言うのに、それ以上を求めるのね」

「何だね君は」

「草祖草野姫。草の神の分霊にして、式姫よ」

 “神の分霊”。その言葉に何人かが反応する。
 だが、発言される前に椿は次の言葉を紡いだ。

「回りくどい言い方も面倒臭いわ。だから、単刀直入に言わせてもらうけど……」

 そこで、椿は一旦息を吸って間を置き……

「安全地帯にいた奴が、ふんぞり返って偉そうに批判ばかりしてるんじゃないわよ!!」

 マイクも使わず、全員に聞こえる程の声でそう言い放った。

「管理局は責任を取る!退魔師も自衛隊も最善を尽くした!それでその話は終わりじゃない!話すべきなのはこれからどうしていくかや、責任を取る内容を具体的に決める事でしょうが!!何執拗に“お前のせいだ”とか、やれ“お前達がもっとしっかりするべきだった”とか―――」

 その勢いに、取り押さえる事も出来ずに、椿の言葉は続く。
 皆が驚く中、優輝は無表情で、葵は暢気に椿の怒り具合を感心していた。

「お、おい、優輝、葵……止めないのか?」

「……無理だな」

「そうだねー。今のかやちゃんは、神としての怒りを上手い事言葉だけで出しているから、下手に止めたらそれこそ雷とかが物理的に落ちるよ?」

「……そうか……」

 二人さえも止められないと分かり、尋ねたクロノは頭を抱える。
 まさか、こんな展開になるとは予想だにもしていなかったのだ。

「―――ただ安全地帯に避難してた奴が言う事じゃないのよ!実際に被害に遭った人達にそれを言う権利があるのよ!」

「っ、小娘が好き勝手……!」

「私に言わせればあんた達の方が小僧小娘でしかないわよ!」

 言い返そうとした瞬間に、椿に被せられる。
 実際、椿の方が遥かに年上なのだから仕方がない。

「百歩譲って、管理局を責めるのはまだいいわ!実際、不始末を起こしたのだし、組織として責任が生じるのは当たり前の事だもの。……なのに、何?市民を守ろうとした退魔師や自衛隊、警察までも批難するなんて、どんな神経しているのよ!」

「ッ………!」

 既に、全員が椿に気圧されていた。
 葵の言う通り、椿は怒りを言葉として繰り出してはいた。
 しかし、それでも言霊として力が発揮され、反論を許さなかったのだ。

「……まぁ、ここまで言われて反論したくはなるでしょうね。……でも、神の分霊且つ、式姫になっている私でも、その下で何を企んでいるか……見通せないとでも?」

「ッ、ぁ……!?」

 実際に、何人かは企んでいたのだろう。
 口を開く前に椿によって釘を刺されたため、一部の議員は言葉を詰まらせた。

「っ……では、貴女は何を求めて発言を?」

「何を?そんなの、さっき言ったばかりでしょう。話を先に進めればいいのよ。これからどうしていくのか、管理局との関係をどうするのか、具体的に決めていけばいいじゃない。変に足踏みしているだけなのよ、あんた達は」

 それだけ言って、椿は着席する。
 言外に、後はクロノ達に任せたとばかりに言って。













「……うわぁ、思いっきり言っちゃった……」

「度胸あるなぁ……」

 一方、会談を生放送で見ていた者達も、椿の啖呵切りに驚いていた。

「……椿、今の言霊使ってたよね?」

「うん。多分、無意識にだと思うけど……」

「向こう側の人、皆萎縮しちゃってるよ……」

 アリシア達は、テレビ越しに椿が言霊を使っていた事に気付いていた。
 椿の行動に、霊術を扱う面子は皆苦笑いしていた。

「まさか、椿ちゃんがあそこまで怒るなんて……」

「優輝と葵は止めようとしなかったのかな?」

 椿があそこまで怒りを見せた事に、優輝と葵が止めなかったのかと、アリシアは少し疑問に思って口に出していた。

「むしろ、葵さんは同じ気持ちだったのかもしれないわ」

「……確かに。いつも椿ちゃんと一緒にいたぐらいだしね」

「優輝の場合、止める理由がなかったから、止めなかった……だったりして」

「今の優輝君なら、十分にありえるなぁ……」

 苦笑いしながら、何かしら理由があったのだろうと、アリシア達は納得する。

「……しかし、悪手ね」

「……そうですね」

 そこへ、鈴と蓮が会話に入って来た。
 椿が行った事は、良い前兆ではないと断言しながら。

「悪手……?」

「ええ。あの場で反論するというのは、なかなかの悪手よ。私達陰陽師はまだしも、管理局……だけじゃなく、式姫の立場も不安定になるかもしれないわ」

「……そっか。椿ちゃん、状況を無視して発言したから……」

 神の分霊として名乗った椿だが、周囲には管理局側に所属していると見られている。
 その状態での、啖呵切り。それは、管理局の立場にも響くものだ。
 同時に、他の式姫達の立場にも影響が出る。

「さすがに、彼女の事だからそれは分かっているでしょうけど……」

「……葵さんは、なぜ止めなかったのでしょうか……?」

 司達とは違った観点から、なぜ止めなかったのか疑問に思う鈴と蓮。

「……何か、考えがあるんじゃないかな……?」

「司さん、悪いんだけど、その可能性は低いと思うの」

 ぽつりと呟かれた言葉を、アリサが否定する。

「蓮さん達が言ったように、椿さんの行動はあの場面では悪手。……あの場ではどうにかなったとしても、その後は分からないわ……」

「……共感できる部分はあるけど、大局的に見れば、場をかき乱したようなものだから……その分を挽回するには、ちょっと……」

 アリサ、すずかと続けられたその意見に、ますます不安が募っていく。

「……い、嫌やなぁ、皆してそない不安な事ばかり言わんといてや……」

「……!」

 それはなのは達にも聞こえており、はやては冷や汗を掻きながら苦笑い。
 なのはとフェイトに至っては、はやての言葉に同意するように何度も頷いていた。

「でも、実際このままだと……」

「……そうね。それこそ、管理局すら被害者に見える程、衝撃的な真実の判明とか、そういう突拍子もない事でも起きない限り、そうなるわよ」

「それ、昨日も言ってたけど、本当に突拍子もない事だね……」

 若干間の抜けたような鈴の発言に、アリシアは苦笑いする。
 だが、内心ではやはり不安が燻っていた。

「……とりあえず、終わるまでは様子見、だね」

「それしかないよね……」

 話の続く会談の映像へと視線を戻し、司達はそう呟くしかなかった。



















「―――――」

「……優ちゃん?」

 司達が不安になっている頃、会談はようやく先に進んでいた。
 椿の言葉……と言うより、言霊が効いたようで、政府側は若干萎縮していた。
 そのために、話が滞っていた原因がなくなり、話が進むようになったのだ。

 ……そんな中、優輝が僅かに反応を見せる。
 それに気づいた葵は、周りには聞こえない程度の小声で呼びかける。

「……これは……」

「どうしたの?」

 何事かと尋ねる葵だが、優輝は返事を返さない。

「『優輝、何か気になる事でも?』」

「『ちょうど部屋の中心。少し探ってみてくれ』」

 同じく優輝を気にしていた椿が、声では反応しないと判断し、伝心で語りかける。
 そこでようやく優輝は反応を返した。

「『中心?一体何が……』」

「『これって……魔力?』」

 すぐさま葵が探ると、ちょうど全員に囲まれるような位置に、魔力反応があった。

「『クロノ達は会談に集中しているから気づいていないらしい』」

「『……ねぇ、この魔力……』」

 無感情になって俯瞰的な感覚で状況を見ていたため、優輝は気づいたようだ。
 一方で、葵は感じ取った魔力に疑問を抱いていた。

「『サーチャーの術式だな。隠蔽の術式もあるから気づかれなかった訳だ』」

「『そうじゃなくて!』」

 その事ではないと、葵は否定する。
 分かってて言っているのか判断が出来なかったため、葵は自分から言う事にした。

「『……あたしの勘違いじゃなければだけど、この魔力って……雪ちゃんのだよね?』」

「『そうだな』」

「っ……!?」

 そう。その魔力は緋雪の物だった。そして、優輝はあっさりと肯定で返事を返す。
 椿と葵は、緋雪が幽世にいる事を知らない。そのため、大きな驚きとなった。

「やっ―――むぐっ……!?」

「『大声出したらダメでしょ!?』」

「『ご、ごめん……』」

 思わず、伝心でなく肉声で驚きを声に出しそうになる葵。
 咄嗟に椿が口を塞いだおかげで、周りに聞こえる事はなかった。

「『でも、かやちゃんも人の事言えないよ?』」

「『うっ……確かに悪手だし、ついカッとなってやったのは悪いとは思ってるわよ……。で、でも、それとこれとは関係ないでしょ!?』」

 分かってはいたのか、椿は顔を赤くして目を逸らす。
 先程の発言で溜飲は下がったのか、怒りは収まっているようだ。

「『……じゃなくて……。優輝、私もどういう事か気になるのだけど』」

「『どうしてサーチャーが……そして、何よりもなぜ雪ちゃんの魔力なのか』」

 改めて、二人は伝心で優輝に尋ねる。

「『前者については推測の域を出ないが……緋雪の魔力なのは、おそらく緋雪が幽世から何かしらの方法でサーチャーを飛ばしてきたのだろう』」

「『幽世に!?……そういう事。死後、幽世に魂が行き着いたのね……』」

「『ああ。守護者との戦いで一度負けた時、緋雪が助けてくれたようだ。現世に滞在するのは時間が限られているようだから、幽世から飛ばしていると見ている』」

 “幽世から飛ばしている”事についての理由を、優輝はついでに話す。

「『……そっか。あたし達、雪ちゃんに助けられてたんだ……』」

「『幽世にいるという事は、とこよと一緒にいるのよね?』」

「『多分な。しかも、鍛えられていると思う』」

 守護者を倒し、大門が閉じられた後、最後に緋雪と会った時。
 優輝は緋雪が以前よりも強くなっている事を感じ取っていた。
 その事から、幽世で鍛えられていただろうと、優輝は推測した。

「『隠蔽性が上がってるのはそれが理由なんだろうね。あたしの知る雪ちゃんは、割と魔力の操作が雑だったから、見違えたかのようだよ』」

「『……さて、話を戻すのだけど、推測でもいいから緋雪の魔法がここにある理由を聞いてもいいかしら?』」

「『……いや、その必要はなさそうだ。僕らが気づいている事を向こうも見ていたからか、動きを見せるぞ』」

 改めて緋雪のサーチャーがあるのか聞く椿。
 しかし、優輝はその答えが今から分かるからと答えなかった。
 同時に、サーチャーにある隠蔽の術式が破棄される。

「なっ……!?」

「っ……!」

 隠蔽されなければ、さすがにクロノ達も気づいた。
 他にも、光の玉であるサーチャーに気付く者は多数いた。

「サーチャー!?一体誰が……!?」

「なんだあれは!?一体いつの間に!?」

 一瞬にして、その場が騒然となる。
 管理局からすれば、サーチャーが仕掛けられていた事に。
 他の者からすれば、正体不明の光の玉が突然出現した事に。
 それぞれが驚き、何事かと慌ただしくなった。

「……まさか、この流れって……」

「……注目を全部持って行ったな」

 その様子を見て、椿が呟く。そして、優輝がその言葉を肯定した。
 そう。サーチャーの出現により、ほぼ全ての注目を掻っ攫っていったのだ。









『あー、もう通じているのかい?緋雪』

『あ、はい。声も届いていると思いますよ?』

 その時、声が響いた。
 その出所は、やはりと言うべきか、サーチャーだった。

『わかった。じゃあ……“静かに”!!』

「「「ッ―――!?」」」

 響く大声。その言葉通りに、全員が黙った。

「(言霊……!それも、強力な……!)」

「(こんなの出来るとしたら、本気のかやちゃん……つまり、神に匹敵する存在……!)」

 言霊の力に耐えた椿と葵が、その力に戦慄する。
 優輝も耐えていたが、聞こえてきた声から相手の正体は看破していた。

『ここをこう弄って……よし!』

 別の声が少し聞こえ、直後にサーチャーの光の玉が歪む。
 そのまま、まるで立体映像のように形を変えた。

『突然の介入、失礼するよ』

『直接行けないけど、ごめんね?』

 立体映像へと姿を変えたその魔法は、三人の人物を映していた。
 一人は幽世の神である紫陽。もう一人は大門の守護者となったとこよ。
 そして最後は、優輝の妹である緋雪が映っていた。

「……サーチャーの中に、通信系の術式が入っていたのか。しかも、これは……」

「霊術の応用も入ってるね……だから幽世を隔てても飛ばせたんだ」

 事前に気付く事が出来ていた優輝達は、冷静に術式を分析していた。
 魔法と霊術の混合術式による、通信術式。
 それによって、幽世から跨いで現世に術式を飛ばしていたのだ。

『さて、疑問に思っているだろうから自己紹介させてもらうよ。あたしの名は瀬笈紫陽。幽世を管理する元人間の神さ』

『私は有城とこよ。幽世の守護者をしているよ。私も元人間になるのかな?』

『ずっと幽世で生きている時点で、妖怪に変質しているよ』

『あ、やっぱり?』

 先に前に立っている紫陽ととこよが自己紹介する。

『あのー、私は……』

『あ、ごめん緋雪ちゃん』

『えっと……志導緋雪です。そちらにいる、志導優輝の妹です』

 最後に緋雪が名乗り、直後に優輝に視線が集中した。

「……言葉の通り、緋雪は僕の妹です」

「……家族構成を見た限り、妹は既に亡くなっているとありますが……?」

『死んでから幽世に流れ着いたからおかしくはないさね』

 優輝が簡潔に答え、冷静さを何とか取り戻した議員の一人が尋ねる。
 その質問には優輝ではなく紫陽が代わりに答えた。

「……なぜ、今この場に?大事な会談の最中なのですが……」

『なに、早急に知らせておきたい事情があってね。確かに管理局と日本に住む者達の会談も大事だが、こっちは時間の問題の可能性もあるんだ。割り込ませてもらうよ』

 リンディが紫陽に割り込んできた訳を尋ねる。
 その質問に対し、紫陽は知らせるべき事情があると答えた。

『まず最初に、今回の件で犠牲となった人間達全員の魂は、幽世側に流れ着いているよ。未だに落ち着きを取り戻せていない者もいるけどね』

「なっ……!?」

「……本当ですか?」

 驚く政府側の人間に対し、リンディが冷静に聞き返す。

『当然さ。あたしは神……つまりはここの管理人なのさ。流れ着いた魂を保護するのもあたしの務めって訳だからね』

『えっと……これで……映ってますか?』

 紫陽が答え、緋雪が映像を弄って流れ着いた魂達が見えるようにする。

「……確かに、流れ着いたようですね」

『納得してくれて何より。じゃあ本題だ。……現世と幽世の境界が薄れている』

「ッ……!」

 その話に、椿と葵は反応を見せる。
 再召喚の直前、椿の本体から聞かされていたからだ。

「……こちらでも、一応話には出ていました。我々には対処法がないので、そちらからコンタクトしてくるまで後回しでしたが……」

『なんだい。管理局は知ってたのか。……いや、なるほど、彼らのおかげか』

 リンディ達も、クロノ経由で話だけは知っていた。
 その事を聞いて、紫陽は映像越しに優輝へと視線を向けた。

「……境界自体が薄れるのはおかしい事ではない。大門が開いた時もまた、境界が薄れていたのだから。……問題なのは、今回は境界が薄れてなお、異常が起きていない事。……その認識で間違いないか?」

『ご明察。知らない奴についでに説明するけど、こちらの世界である幽世と、そちらの世界である現世は表裏一体の関係にある。どちらかの世界が崩壊すれば、もう片方も崩壊するようになっているのさ』

『魂や秩序、他にも色々な要素で、現世と幽世の均衡は保たれてるんだ』

『そして、その均衡が崩れそうになると、先程言っていたように、二つの世界の境界は薄れてしまう。大門が開いたのも、境界を薄くする要因だ』

 紫陽ととこよが、軽く説明する。
 政府側の人間は、細かい所まで理解せず、漠然と理解しているようだった。
 今はそれでも十分なので、紫陽は話を続ける。

『境界が薄くなれば、世界は混ざり合おうとする。そうなれば、お互いの世界が干渉し合い、世界が崩壊する。……先程言った崩壊に繋がる訳さ』

『でも、そうならないように抑止力として存在しているのが、私達。大門の守護者と、幽世の神が均衡を保つ事で、崩壊を防いでいるの。……今回の件は、危なかったけどね』

『ここまでは本題を言うための説明に過ぎない。……問題となるのはここからさ』

 一旦間を置くように、紫陽は言った。
 そのために、聞いている人の何人かは息を呑んだ。

『大門を閉じたのに、境界は薄れて行っている。それだけならまだいい。でも、境界が薄れても、二つの世界に悪影響が起きていない』

「……それは……むしろ良い事なのでは?」

 誰かが、紫陽の言葉を聞いてついそう呟く。
 他にも同じ事を考えていた者は多いのだろう。何人かは頷いていた。

『普通はそう思うだろうね。……でも、あたし達にしてみれば、“異常が起きていない”と言う事そのものが“異常”なのさ』

 だが、紫陽は違うと言った。
 悪影響がない事そのものが、異常だと、断言した。

『“火薬に火を着ける”と言うのが、本来境界が薄れて崩壊を巻き起こす事だとしよう。……今回の場合は、火薬が湿ってる訳でもないのに、“火薬に火が着かない”状態だ』

「……当たり前の事が起きていない。それが“異常”なのね」

 椿が補足説明をし、周囲は若干合点が行った。

『表面上だけ見れば崩壊が起きなくて良かったと思える。だが、その裏で何かが起こっている事も確実だ。……あたしは、幽世の神としてそれを見逃せない』

「……クロノ、今聞いた事を報告内容に上乗せしておくように。……また、こちらでも調査出来るように掛け合えるかしら?」

「難しいでしょうが……分かりました」

 “まだ何かある”。リンディはそれを理解した。
 そのために、クロノに指示を出しておいた。
 尤も、今すぐに指示通りの行動を起こす事は出来ないので、出すだけだが。

『今管理局が言ったように、そちらでも調査を進めてほしい。今回大門が無理矢理開かれたように、この件も幽世の法則の裏側から浸食してくるかもしれない』

「……ロストロギア“パンドラの箱”は、幽世の法則や防御機構を無視して大門を開いた……そういう事なの?」

『その通り。だから、あたし達の初動が遅れたんだ。その点については、弁解のしようもないね』

 葵が気が付いたように呟き、紫陽はその言葉を肯定した。

「ッ!?馬鹿な、いくらロストロギアと言っても、世界そのものの法則を全て無視だって!?それに、もしこの世界の神が聞いた通りに人智を超える存在だとすれば、それを無視した今回のロストロギアは一体……!?」

『驚愕に冷静を失うな執務官。……だが、良い点に気付いたね。……ロストロギアについては、こちらに流れ着いた管理局員や緋雪から聞いた。……失われた技術、ロストロギアの定義に当て嵌めれば、確かに今回の物は些か定義から逸脱している』

『……地球の人にわかりやすく言えば、いくら核爆弾でも、物理法則は書き換えられない。でも、今回は書き換えた……そんな感じです』

 紫陽の言葉にクロノが驚愕する。
 紫陽もそれを理解しており、緋雪は二人の代わりに一般人に噛み砕いて説明した。
 その説明で、何となく今回のロストロギアは異例の物だと理解する。

『世界に敷かれた法則を無視する代物。それは偶然ここに運ばれた訳じゃない』

「……管理局の者が犯罪者を追いかけた結果ではないのか?」

『普通に……いや、しっかり調べた所でそう思えるだろうね。回りくどい言い方はやめよう。……管理局は掌の上で転がされていたのさ』

「は……?」

 それを聞いたほとんどの者が、どういう事なのかと思った。
 そんな皆の疑問に答えるためか、とこよが一人の魂を連れてきた。

『こいつは管理局が追っていた犯罪者の魂だ。随分と興味深い話を聞けてね。……なんでも、転移魔法とやらを使った際に、何かの干渉を受けたようだ』

「そいつが嘘を言っている可能性は……」

『ないね。幽世において幽世の神のあたしを嘘程度で欺けるのは、それこそ同等の力を持っていないとあり得ない。……同時に、あたし達が嘘をついている訳ではないとも言っておくよ。この場でこんな嘘はいらないからね』

 欺いた所で、幽世側に利点はない。
 そもそも出てくる必要がない所に出てきたのだ。
 その時点で、嘘などをつく必要性がなかった。

『……気を付けな。事の異常はあんた達が想像している以上に大きい。はっきり言わせてもらえば、神であるあたしにも、何が起こるか分からない状態だ』

「……私も、同感ね。先日、私の本体……式姫ではなく神としての“私”から言伝があったわ。……曰く、お父様とお母様……伊邪那岐と伊邪那美の二柱も“異常事態”として、境界が薄くなっている事に気付いたと」

「ッ………!!」

 伊邪那岐と伊邪那美。
 日本人で、少しでも日本の神話関連を知っているならほぼ全ての者が知っている神。
 その二柱が、紫陽の言った事を“異常事態”だと捉えていると言う事実。
 それは、放送を見聞きしていたほぼ全ての日本人に衝撃を与えた。

『……国産みの二柱がそう捉える程だ。くれぐれも、軽く捉えないでほしい。……あたし達からは以上だ』

 紫陽がそう言って、緋雪がサーチャー及び映像の術式を破棄する。
 なお、最後に緋雪は優輝に向かって笑顔で手を振ったりしていた。

「………」

「………」

 既に、会談を続ける空気ではなかった。
 紫陽達の言葉を嘘と断じようとする者もいたが、その言葉が出る事はなかった。
 紫陽の言った“軽く捉えないでほしい”と言う言霊が、嘘だと思い込みたい自分自身の考えを否定していたためだ。
 ちなみにだが、言霊はただの嘘に込めても大した効果はなかったりする。
 言霊について知らない者達は理解する由もないが、その性質が真実を裏付けていた。

「……会談は、後日改めます。今日は、ここまでにしましょう」

「……そうですね。こちらでも情報を整理する必要が出ました」

 絞り出すように、会談は中止だと言う旨を、放送を通じて表明する。















 ……こうして、衝撃の事実の判明により、管理局と地球の関係は保留にされた。
 両者の関係がどうなるのかを気にするよりも、“また何かが起きる”と言う不安を、日本人だけでなく、管理局をも覆っていった。























 
 

 
後書き
政府側のイメージはGATEを想像すると分かりやすいかもです。
ぶっちゃけ椿がキレたのは悪手だと思っています。なので、ごり押しを敢行。
変に舌戦を繰り広げるよりも、見通していると言って封殺しています。
そしてさらに幽世からの乱入でうやむやにしています。
作者にはこうした小難しい事は力押ししかできないのです。(´・ω・`) 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧