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ユア・ブラッド・マイン─紅眼の魔女とシャドゥ・クラウン─

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第4話『だって、パートナーだもの』

 聖観養成所。最西端に位置する製鉄師養成学園のうちの一つ。

 そもそも、製鉄師養成学園は聖観の他にも8つ存在する。それぞれの名称はどれも一文字目に「聖」が使用され、二文字目については『製作する武器』が元となった文字、あるいはその同音のものが使用されている。例えば、東京の「聖玉学園」はそのまま玉が、仙台の「聖奏学園」は同音の槍がモチーフとなっている。

 では、聖観養成所はいかなる武器が採用されたのか──と、言いたいところではあるが、残念ながらと言うべきか、聖観の()()は兵器と呼ぶに値しないものだ。それとはつまり「冠」──王位や権威などを示す、あの冠である。

 冠の歴史は7世紀前期──諸説あるが、台頭し始めたのは一般にこの頃だと言われている──にまで遡る。身分や家柄が重視されていた中、実力主義を推していた厩戸王が西暦603年に冠位十二階を制定。これにより、身分家柄を問わず、才能や功績のある者に冠位が与えられ、その実力差を色で識別することができるようになった。冠とは、個人を表明するための、言わば名刺のような役割を担っていた。

 聖観の「冠」もまた然り。すなわちここは、()()()()()()()()()()であることを意味している。

 実力主義であることを指導者が入所者に植え付ける、などといったなまぬるいものではない。冠位十二階と同様、入所者の実力によってそれぞれ冠位を授与し、その冠位は色によって分けられているため、入所者一人一人の優劣が一目で分かる仕組みとなっている。強き者にはそれ相応の待遇がなされ、弱き者にはそれ相応の躾が課される、まさに実力主義教育の鑑。

 因みに冠位は五段階定められている。下位から順に、白位(ルーザー・クラウン)黄位(ナチュラル・クラウン)緋位(ノーブル・クラウン)蒼位(プライム・クラウン)藤位(ヘブンズ・クラウン)。アンバランスではあるもののピラミッド型の組織図ができあがる。ほとんどの者が白位や黄位を与えられており、最高位の藤位に関しては僅か4名しか存在しない。

 この冠位は入所時点で振り分けられるが、その後の活躍次第では昇格、あるいは降格も有りうる。アリとキリギリス、ウサギとカメの話はあまりにも有名だが、結局は結果を残せた者が称えられる。弱肉強食ではない。弱者から強者へ塗り替えられる機会は誰もが有しているのだから。

 ここまで言えば、薄々気づくだろう。そもそも、なぜ聖観()()ではなく聖観()()()なのかということに。

 学園とはすなわち学校、学びの窓である。学びとは等しく誰もが分け与えられるものでなければならない。カースト制度なぞ言語道断。文化や背景に囚われることなく、皆が未来の開墾者となるための切符を継承する──それが、学園という組織に求められるものだ。

 つまり、聖観養成所とは、その「学び」の機能を一切放棄している施設だと指摘せざるを得ない。事実、聖観に「等しく」などといった言葉を飾ることはできない。かと言って身分による差別等は一切行われていない。学力差別、適正差別、魔女差別──故にこその実力主義。学ぶ場ではなく鍛える場。その認識を入所者一人一人が忘れるべからず。それが養成所の役割だ(とはいえ、ぶっちゃけ学園というワードを避けるという目的を達成できるならなんでもよかったので、養成所という言葉自体にそれほどこだわりはない)。

 だがしかし、悲しきかな、世の中には「不安定」という概念に愛されて産まれてきた人間も少なくない。実力はあるのにうまく発揮できない者。一芸には秀でているのに全体で見ると残念という他ない者。そういった「欠陥品」を抱えているが故に、なかなか表舞台に上がれない者達が、村人Aとして影を潜めている。

 もしその村人Aが、条件さえそろえばラスボスを倒せるほどの実力者だったら?その人物の力でしか救えない世界があったとしたら?先代──天竜寺(てんりゅうじ)紫苑(しおん)が考えもしなかった議題に、私は常に向き合っていた。

 そして、やがて発信した。「無位(シャドゥ・クラウン)プロジェクト」を。

 五位のいずれにも当てはまらない、規格外の冠位。表ではなく裏世界を生ける者として暗躍せし集団。それが当プロジェクトのおおまかな内容となる。

 募集人数は……最初は様子見で4名としよう。うまくハマれば今後増やしていく。活動内容は主に校外になるだろう。ただ教わったことを披露したり飛躍させたりするのは誰にでもできる。そういったことに関しては平凡、あるいはそれ以下だが、自由に活動させてみると意外な才能を発揮する──シャドゥ・クラウンに求める人材はそんなところだ。

 4名、とは言ったが、実は一人、既に目星をつけている人物がいる。そいつは平凡な日常、平凡な生活に何一つ幸福を抱いておらず、非日常こそ生き甲斐なんて言ってるような奴だ。何より、生まれつき冥質界(カセドラル)に繋がっているという大物だ。私の欲する人材にピッタリだ。

 ……いや、すまない、言い方が悪かった。シャドゥ・クラウンは寧ろ()()()()()()()()()()()()のようなものだ。他の3名に関しては、非常に申し訳ない話ではあるが、彼らはこの子のお膳立て、副菜役でなければならない。そうしてでもこのプロジェクトは推し進めなければならない。彼のために。

 その第一歩を踏み出すために、私は受話器に手を置いた。

(所長室の記録より、一部抜粋)





 ***





 ごめんね。
 さよなら。

 紡がれた二つの言葉の真意を、晋は知らない。ただなんとなく、このままではいけないという予感だけがあった。

 見渡す限りの荒野。鉛色の空。人らしい人が、そこにはいない。加蓮も、郷萬も、援も、見当たらない。見当たるはずもない。無人の荒野に、人がいてはならない。

 なら、この声は一体──考えるまでもない、聞き慣れたいつもの声。信じたくない、認めたくないから、気付かないふりをしているだけだ。寧ろそれでいい。そのまま何事もなく、時が過ぎ去ればいい──

 そう、願っていただけなのに。運命までもが、彼を切り離した。

 ごめんね。
 さよなら。

 なぜだ。なぜ謝る。なぜ去る。なぜ、なぜ、なぜ!

 晋は腕を伸ばす。逃してはならない。直感が、そう告げたからである。

 ──行くな。謝るな。悔いるな。戻れ。

 そして彼は、ひとりぼっちの夜を過ごす。





 ***





「……ぃくなぁ。もどれぇ」
「…………晋?」
「……なぜぇ。なぜなんだぁ」
「晋っ!すーすーむっ!!」
「……るさいなぁ。いぃからゆーこときけって」
「さっさと起きろ馬鹿たれ!!」

 ぺしん。

 一瞬にして頬が赤く腫れ上がったのを知覚したことで、舞嶽晋はようやく意識の覚醒に成功した。

 見慣れない白の天井。寝心地良さげの白いベット。怪しげな機材の数々。とりあえず今確認できた情報だけから推測するに、自分は今病院にいるのだろうということを知る。病院であるわけだから、自分は何らかの事故、あるいは病気によってここに運ばれて、それを心配する付き添い人がいるわけで──

「……あのさ、寝起きの直後で申し訳ないけどさ、いつになったら離してくれるの、これ」
「……ああ、香奈恵か。えと、これっつうのはこれのことか?これはこれは失礼した…………コレぇ!?」

 ただでさえ頬がじんじん痛んでいるが、それをも忘却される威力が、香奈恵の言う「これ」にあった。紅葉色の瞳が訝しげに覗く視線の先にあるのは、覚醒直後にしては随分と懸命に伸び切った晋の右腕だ。右腕が伸びているということは、その先に手があるわけで、その手に何かしらの目的があってこのような状態にあるということだ。人が腕を伸ばす時、その手がとっている行動とはなんだろうか。手の形はパーだろうか、チョキだろうか。否、大方の場合それはグーだ。しかも、完全に握っているのではなく、何かを掴むために必然的にグーの形に近い動きをしているはずだ。これは一般論であって、必ずしも人がそうするとは限らないが、しかし今現在晋のとっている行動は、一般論が語るそれとほぼ同一のものだ。そう、「掴んでいる」のだ。それも握りつぶしているのではない。割と優しめに、まるで柔らかいものを丁寧に包み込んでいるかのような優しさだ。そんなものが、今現在この状況下において存在するだろうか。いや、存在しない、と反語で逃げたいところだが、神様仏様香奈恵様がこのあるまじき大罪を見逃すはずもなく、やれ「大人しく手を離せ!」だの、やれ「無駄な抵抗はやめなさい!」だのといった喧騒が晋の元に届くのは、いい加減と言うべきか、やっとと言うべきか、兎に角そろそろ天誅が下る頃だろうというお告げ的なアレなのだろう。そんな、神だの仏だのといったレベルにまで遡らなくてはならない晋の大罪。程よい対象物との距離感。程よい弾力。程よい達成感。程よい罪悪感。さて、ここで問題です。晋くんの右手に大事に収まっているものって、なーんだ。シンキングタイム?ご冗談を。正直、こんな呑気にクイズごっこなどやっている場合ではない。もう知らん。分かっている前提で述べさせてもらう。ズバリ答えは胸!バスト!ナイススケベ!そしてここらでゲームオーバー!

「ああああああああぁぁぁ!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!?いや、でも、はえ?ナンデ?」
「……はい、今その手が離れるまでに780字かかりましたー」
「なかなか静まらない児童生徒を前に、注意することを諦めてなぜかカウントを数え出し、やっと静まったと思ったらそのカウントを公開するとか言う、もはや誰得なんだよと突っ込みたくなる校長先生の指導法みたいなツッコミやめてくれません!?てか指摘された直後に解放しましたよねぇ!?そんなにラグなかったと思うんですがその!?いや待てそもそも780字ってなんだよ!?タイムじゃなくてレター!?表現のクセがすごいなぁ!?」
「しーーー!ここ、病院!」
「おまいう!?」

 冗談抜きでおま(えが)いう(か)だった。言い争いの果てにようやく他の患者らから冷たい視線を浴びせられていることに気づいた二人は、余計気まずそうに黙り込んでしまう。

 もし仮に、香奈恵の怒鳴った理由がボディタッチだけであれば、恐らくこのまま会話もなく一日を終えていただろう。香奈恵が数秒も経たないうちに口を開いたということは、つまりそういうことだ。

「……うん、わかった。パイオツのことはいい。でもそれ以上に私に謝るべきことが、晋にはあると思うんだけど」
「は?マジで?パイオツ=タッチより許せないことが、今この状況であるのか?」
「ごめん、一瞬でも情けをかけた私が馬鹿だった」
「いや実際馬鹿じゃん。リンゴジュースとグレープジュースの味の区別もつかない馬鹿じゃん」
「それ馬鹿ちゃう、味覚音痴や」
「そうとも言う──じゃなくて、一体何を謝罪しろだって?謝らないから言ってごらん?」
「え?なら言う必要ある?いや言わないと話進まないから言うけどさ」

 香奈恵は一度咳払いをし、病院の窓際でもたれかかった。晋は机の上に置かれていた眼鏡をとって掛ける。

「まずは謝罪じゃなくて説明かな。どうしてこんなことになっちゃったのかって」

 香奈恵は目線を合わせない。気まずさとかではなく、彷彿した言いようのない怒りを誤魔化すためだろう。故に晋もこれ以上誤魔化そうと繕わない。パートナーの真剣な思いには真剣な気持ちで答える。それこそが義理であり関係であることを、晋はよく知っている。

霊干渉(ゴーストリンク)の反動だ。数がいつも以上にヤバくてね。無茶は百も承知だったが、やっぱり無茶だった。死ぬほど痛かったわ、ありゃ」
「それもそうだけど──揉めたんでしょ?仕事仲間の人と」
「……知ってたのか。伝は所長と見たが、まあいいか。でも確かに俺も熱くなりすぎた。アイツらには後で謝るからさ、お前がこれ以上気に病む必要はないぜ」
「あのさぁ。それを決めるのは晋じゃなくて私でしょ。やっぱりなんにも分かってない」
「分かってないって、何をさ」
「全部。特に待ち人の気持ち。国語は特にできないもんね、晋って」
「なんでここで国語の話が出てくるし」

 割と本気で晋は呆れていたのだが、本気と受け取ってくれなかった香奈恵にとっては内心穏やかではない。落ち着かせようと窓を開けたが、思わず勢いよく開けてしまい、ガッと音を立ててしまう。

「……私って、晋のなんだろうね」

 いよいよ香奈恵の意図が読めなくなってきたので、晋はますます首を傾げる。

「は?そりゃお前、製鉄師と魔女の関係」
「そう。もっと言うとパートナーなの。半ば人生をかけたような関係のパートナー。実質家族みたいなものじゃん。だったら分かるでしょ?そんな大切な人がこんな……こんなボロっボロの身体で帰ってきてさ!」
「か、香奈恵?」

 急にキッと睨まれ晋は怯むが、それ以上に彼女の頬を伝うものを見て、言葉を失う。

「心配、したんだから」

 それは涙だった。いつも笑って晋を励ましてくれる香奈恵が、今までに一度も見せることのなかった涙。笑顔が可愛くて、ちょっぴり怒りっぽい姿の香奈恵しか、晋は知らなかった。知らなくて当然だ。だって彼らはパートナーだ。お互いに傷つけ合うために結ばれた関係ではない。きっとこれから見るはずもないと思い込んでいたものを、晋は見た。

 硬直する晋に、我慢できなかったのか、香奈恵が両手を回して顔を胸に押し付ける。もう離さない、離してはならないと必死で食らいついているかのように。晋は彼女を支えることも撫でることもできなかった。どうすればいいか分からない、どうすればと何度も何度も自問自答を繰り返す。コンピュータで例えるなら重大なエラーを起こしている。そんな感じだ。

「……ごめん」

 バグだらけのロボットが出した結論は、結局は香奈恵が初めから要求していた「謝罪」であった。理由はない。彼自身、なぜそうしなければいけなかったのか未だに分かっていない。ただ、そうしなければいけなかったということだけしか、今の彼には分からない。分からないから謝る。唯一取り残された選択肢を、晋は選ぶ。

「……謝らないって、言ったじゃん」
「……謝らなきゃって、思ったから」
「……それだと謝罪じゃなくて免罪符だよ。なんで、分からないかな」
「……ごめん」

 免罪符とはちょっと違う。だが、彼は反論しようとは思わなかった。謝罪の理由も分からないままに謝罪をするのだから、反論する資格なんてない。そう結論づけた彼は、自分に言い聞かせるようにひたすら「ごめん、ごめん」と連呼する。郷萬や加蓮に対しては決して現れなかった「罪悪感」を噛み締める。

 右頬を触る冷風が、いつまでも彼の心を虐めていた。



 
 

 
後書き
書き終えた後、香奈恵の「ここ病院!」の言い方が完全にゴー☆ジャスさんと一致してて勝手にたまげてたという後日談。 
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