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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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後悔

 リバースド・ナインによる早朝の奇襲攻撃から、3日。攻撃を受けた当日には混乱の極みにあった鎮守府も、少しずつ復興の兆しを見せていた。

「……で?電探と通信機器の復旧の目処は?」

「まだ完全復旧には程遠いですね。奴等はその2ヶ所は念入りに破壊していきましたから」

 淡々と告げる大淀の報告に、寝不足でぼうっとした頭がキリキリと痛み始める。そもそも、あの空襲の狙いは明らかにウチの鎮守府に人的被害をもたらそうとする物ではなく、寧ろ通信施設を破壊して外部との繋がりを断ち切ろうとしているように見えた。まぁ、人的被害がほとんど無かったのは普段から地上での対空戦闘訓練や緊急時の対応マニュアルを作ってあったお陰だが。

「小破17名、中破8名……よくもまぁこれっぽっちで済んだものだと褒められますよ?普通は」

「……うるせぇ」

「しかも、中破した娘達は経験の薄い娘ばかりで、手柄を立てようと頑張りすぎた勇み足じゃないですか。その娘達も先輩方にこってり搾られて反省してましたし、良い勉強です」

 やれやれと語る大淀の態度に、少しばかりイラッとする。

「んな事ぁ判ってんだよ、言われなくてもな。イライラの原因はそれじゃねぇ」

「……睡眠とカルシウムの不足?」

「ぶっとばすぞこの野郎」

「冗談ですよ、冗談」

 あと野郎じゃないです、とケラケラ笑う大淀。





「そんな事よりも、今は鎮守府の復興とリバースド・ナイン対策に頭を働かせて下さい」

「……へいへい。それで?3日もあったんだ、被害の詳細は出たんだろうな?」

「はい。徹底的に破壊されていたのは対水上レーダーに対空レーダー、それと通信設備が中距離用と遠距離用が両方。後は基地航空隊の飛行場が半壊状態です。その他にも寮の窓が割れたり対空砲が破壊されたりはありましたが……そちらの損害は微々たる物です」

「おいおい、ウチの店の被害はどうしてくれる?店の棚に並んでた酒がほとんど全滅してんだぞ?」

 あの時俺を狙ってきた戦闘機の機銃掃射で、店内の内装も棚に並んでた酒も穴だらけになり、そのほとんどがダメになった。本当に貴重な奴は俺の秘蔵の場所に隠してあるから大丈夫だったが、それでも戦時下であるうえに数が数だ。酒だけで合計すればお高い方のフェラーリ1台分くらいの被害は出てるだろう。

「そこまで鎮守府の予算で補填は……」

「だが、士気に関わるぞ?特にウチの場合は」

 他の鎮守府の場合ならば、提督の私物の酒のコレクションなんざ鎮守府の予算で補填などしたら横領か着服で即刻逮捕だろう。しかし『飲兵衛の楽園』なんて陰口を叩かれる程に酒浸りのウチの連中からすれば話が変わってくる。実際、空襲が収まってから俺を救助に来た連中の中には、声にならない悲鳴を上げた奴とか、膝からガックリと崩れ落ちた奴、その場で泡吹いて気絶した奴とかが多数いた。……そりゃもう、ドン引きするレベルで多数いた。そんな連中は目を血走らせて『リバースド・ナイン殺すべし』と燃えたぎっている。そこに『お酒は補填されません』等と発表したら、火の中にガソリンどころかニトロぶちこむようなモンだ。

「……解りました、そちらの方は何かしら手を打ちます」

「店の内装も頼んだぜ?」

「そっちの方は明石が無償ででも直します!と意気込んでましたよ」

「ならいい。……それで?応急修理で通信施設は使えそうなのか」

「建て直した方が早い、と妖精さん達は見積もりを出していましたが……?」

「そりゃ解ってるさ。……だが、今すぐ取り壊して再建工事に入ってもらう訳にはいかん」

「……ニライカナイ艦隊、ですか」

「それよ。確か予定では今日辺りだったな?」

「はい、予定通りならば今日の夕方辺りに到着の予定です。如何なさいますか?」

「如何も何も、連絡取れなきゃどうしようもねぇだろうが」

「緊急時の措置として、明石が昔の短波無線を修理できないか弄ってますが……倉庫でホコリ被ってた代物なので、動くかどうか」

「……使える事を祈るしかねぇだろ」

 ぼやくようにそう呟き、ズボンのポケットに突っ込まれた煙草の紙箱がクシャッと音を立てて軋む。

「ネームレベル……話には聞いていましたが、実際に相対するとこんなにも厄介だとは。想定外です」

 大淀の愚痴を聞きながら、煙草に火を点ける。苛立ちを紛らわすように大きく吸うと、一気に煙草が灰に変わる。口の端から紫煙が漏れる。蒸気機関が溜まりすぎた蒸気を逃がすように、鼻から一気に口内の煙を噴出させる。自制はしているが苛立っているのが自分でも解る。歯軋りしてしまい、咥えていた煙草のフィルターを噛み千切ってしまった。口の中に苦い物が広がり、ペッと吐き出して手の中に落ちかけた灰諸共に握り潰す。僅かに熱いが、今の腸の煮えくり具合に比べれば熱くなど無い。

「この借りは、兆倍にして返してやるぞ……小娘が」

 恐らく今の俺の顔は般若の様だろう。後で思い返したら恥ずかしくなる奴だ。



「提督、ノイズがキツいですが『みのぶ』からの通信をキャッチしました。ただ……此方からの発信は難しい状況です」

 すみません、と頭を下げる明石。

「いや、いい。元々駄目元でやらせてた事だ。無線の修理は現時点で破棄。妖精さんと工廠班は、総出で通信設備とレーダー設備の解体・再建に掛かれ」

「了解ですっ!」

 ダッと明石が駆け出していく。

「大淀、恐らくだが『みのぶ』のCIC……いや、下手するとアイツだけはウチの今の現状をかなり正確に把握してる筈だ。この状況下も恐らくは奴の想定内……違ぇな、予定内だろうよ」

「まさか。如何に『蒼征』と異名を取った壬生森提督とはいえ、20年以上も現場を離れていたんですよ?なのにーー」

「大淀。俺ぁかれこれ30年近くもこの提督って椅子に座ってきた。ベテランやロートルを通り越して、最早古狸の類いさ。そんな長い経験の中に、こんな海があったかよ?」

 俺が鋭く睨み付けながら尋ねると、大淀は押し黙った。窓から見える海は、いつもと変わらず陽光を反射してキラキラと煌めいている。しかし、一歩漕ぎ出せば一寸先も安全が保障されない暗黒空間と化している。

 リバースド・ナインの置き土産だろう、ネガスペクトラムの放出による空電ノイズのせいで通信機器は軒並み不調、羅針盤の探知も効かない、目視と航空偵察のみで敵を探し出さなくてはならない闇夜航路。しかも、敵からは此方が丸見えの状態でだ。こんな分の悪い戦場は戦場とさえ呼べないかも知れない。

「攻撃準備を整えている鎮守府に、直俺だけ残して攻撃を仕掛け、索敵と通信用の設備だけをピンポイントに破壊して陸の孤島にした上、空電ノイズだけ残して雲隠れ。敵ながら100点満点の基地攻撃だぞ?これを単騎でやってのけるような深海棲艦を、これまで俺達は相手にしたことあったか?」

「……この基地施設の唯一の弱点を突かれただけです。この鎮守府の堅牢な守りが抜かれた訳では無いのです」

 そう言うのを負け惜しみってんだ、という台詞は飲み込んだ。

「今は耐えて下さい、提督。反撃の準備も着々と進んでいます」

「今は籠城の一手、か……」

「ですから寝て下さい。この3日、まともに寝てらっしゃらないじゃないですか」

 大淀の指摘通り、金城提督の目の下には濃い隈が出来ていた。……が、本人は疲労も眠気も毛程も感じていなかった。それよりも自分の身体の中で煮えたぎる怒りが、後悔が、何よりも自分の知らない海に対する好奇心が、眠気を吹き飛ばしてしまっていた。



 
 

 
後書き
飲兵衛共「リバースド・ナイン死すべし、慈悲はない」

……逃げてぇ!超逃げてぇ!何度も復活するとかサンドバッグにされる未来しか見えないから超逃げてぇ!とリバースド・ナインに言いたい。 
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