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雲は遠くて

作者:いっぺい
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148章 心の宝石

148章 心の宝石

 12月14日、土曜日の午後4時過ぎ。快晴だけど、気温は10度ほどで肌寒い。

 川口信也と落合裕子は、渋谷駅から歩いて3分、
道玄坂の鳥升(とります)ビルにある、Bar Geranium(バーゼラニウム)で待ち合わせた。
 
 川口信也は、1990年2月23日生まれ、28歳。
早瀬田大学、商学部、卒業。外食産業のモリカワの下北沢にある本部で課長をしている。
大学時代からのロックバンド、クラッシュビートのギターリスト、ヴォーカリスト。
バンドのほとんどの作詞や作曲をしている。

 落合裕子は、1993年3月7日生まれの25歳。
裕子は、信也の飲み仲間の新井竜太郎が副社長をする外食産業大手のエターナル傘下の、
芸能事務所・クリエーションが主催のピアニスト・オーディションに、最高得点で合格した才女だ。
現在、裕子は事務所を移籍して、祖父の落合裕太郎の芸能プロダクション、トップに所属する。
裕子は、2015年の1月から約1年間、キーボード奏者としてクラッシュビートにも参加していた。
クリエーションに所属している信也の妹の美結とは、同じ(とし)の、親友である。

ジャズからクラシックまで、演奏の幅も広く、各賞を受賞などで、人気ピアニストとして、
テレビやラジオの出演も多い。

 信也と裕子は、予約していたカウンター席に落ちつくと、
レモン入りの山崎12年のハイボールを2つ、
自家製ローストポーク、アスパラソテー・生ハムのせを注文した。

 禁煙の店内の席数は、カウンター10席、ソファ4席で、14席だが、ひとりでも落ち着ける店だ。

「ではでは、裕子ちゃんのピアノ・リサイタルの大成功に、乾杯しましょう!」

「ありがとう!しんちゃんたちの映画『クラッシュビート』の大ヒットにも乾杯!」

 落合裕子は、日々の研鑽(けんさん)を続けて、第一線のピアニストに成長していた。
この12月9日の日曜日には、東京都墨田区に、すみだトリフォニー大ホールにおいて、
1801席のチケットは完売し、ピアノ・リサイタルを大成功のうちに終わった。

「裕子ちゃんのピアノは、アルゲリッチの再来とは、マスメディアよく言われるけど、
本当に情熱的で、アルゲリッチよりも官能的というか、女性らしさを感じるよ」

 マルタ・アルゲリッチは、アルゼンチンのブエノスアイレス出身のピアニスト。
世界のクラシック音楽界で、最も高い評価を受けているピアニストの一人だ。

「本当ですか。しんちゃんに、そう言って()められると、最高にうれしいです!
わたしは、しんちゃんの考え方が大好きで、『自分らしくあろう』っていつも思っているんです」

「自分らしくあることって、大切だよね。でも、ロックをやってきた人たちは、
ほとんど、同じようなことを言っていると思うよ。
いま、公開中のクイーンのフレディ・マーキュリーを描いた『ボヘミアン・ラプソディ』が、
異例の大ヒットをしていて、クイーンを直接知らない、10代や20代の若者たちも、
クイーンに熱狂しているんだって、先日のNHKのクローズアップ現代でやっていたもんね。
そのフレディ・マーキュリーは、まさに『自分らしくあろう』って言っていたそうだよ。
あと、そうだなあ、ロックやっていた人じゃ、忌野清志郎(いまわのきよしろう)さんは、
『子どものころに夢中になった気持ちが、僕は1番大事だと思っていますから』って言ってるし。
あと、佐野元春(さのもとはる)さんなんかは、
『僕は10代は1番輝いていて、一瞬にして、聖なるものと邪悪なものを、
見分けられる重要な時期だと思っていた』って言っているよね。
だから、おれの考え始めたことでもないんだよね、子どものころの心が大切とかって。
あっははは」

「そうなんだぁ。でも、わたしには、しんちゃんの存在が、わたしに、とても勇気を与えてくれるわ!
いい意味で、子どものころのままの心でいられる気がするんだもの」

「裕子ちゃんに、そんなふうに言われるなんて、光栄ですよ。
おれも、裕子ちゃんから、勇気をもらえる感じだよ。あっははは」

「しんちゃんと、わたしって、やっぱり似ているのよね!」

「そうだね、似た心を、同じような心の宝石を持っているってことだよね。
おとなになるにしたがって、なくしてしまう人も多いんだけどね、裕子ちゃん」

「そうよね、大切にしましょうね!心の宝石を、しんちゃん」

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☆参考文献☆

1.ミスター・アウトサイド 長谷川博一編 大栄出版
2.NHK/クローズアップ現代 (2018.12.06.) 

≪つづく≫ --- 148章 おわり ---
 
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