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異世界転移=主役とは限らない?

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主役だと言い張れる話 後編

 その旅路から、俺が主役と呼べるような話が始まった。
 ……と言っても嘘だって、もう分かるだろうね。そう、全然、始まっちゃいなかった。
 旅路そのものは、それなりに人に言って聞かせられるような内容だったとは思う。道中の人助けにまつわる騒動だって、中々のものだった。
 ただ、俺は主役じゃなかったな。主役だったのは、リーダーだったり、戦士だったり、盗賊の女だったり、彼女だったりした。
 ただ、俺ではなかったね。
 道中の色んな冒険談は、あまり話の本筋じゃあないんだ。だから、話す必要はないかもしれない。
 ……いや、もしかすると、話した方がいいかもしれない。本筋じゃないけど、それに使えなくはないからね。
 特に、俺がどういった人間たちと一緒にいたかは、重要だしね。
 例えば、リーダーの話をしよう。
 彼が活躍した話なんてのは、たくさんある。基本的に、彼がいなければ始まらないぐらいだ。
 その中でも特に良かったのが、とある村を丸ごと救った話だ。
 旅の最中、俺たちは山村に立ち寄っていた。山からの資源が豊富なおかげで、人と物の流通があって、小さいながらも賑わっていた。
 けど、そのせいで厄介な盗賊団に狙われていた。烏合の衆ってわけでもなくて、それなりに練度のある厄介な連中だ。普通の人たちで太刀打ちするのは不可能だった。
 だから、彼らを助けることにした。厄介な連中ではあったけれど、俺たちが全員でとりかかれば、追い出すことぐらいはできそうだった。
 ところが、俺たちはちょっと失敗してしまった。意外と相手の頭が回り、罠に嵌められて捕まってしまった。
 ただ、仲間たちの機転により、リーダーである剣士だけは逃すことに成功した。逃すことのできる人数は一人だけだったので、誰でも良かったのだけど、自然と彼を逃すという雰囲気だった。
 そのことには、俺も異論はなかった。単独で最も能力が高いのは彼だったからね。
 かくして俺たち4人は人質となった。あまり絶望感はなく、リーダーが自分たちを助けに来てくれることに、疑いの余地はなかった。きっと彼なら、何か妙案を思いつくだろう、と思っていた。
 人質にされてから数十分後、仲間の女二人に、盗賊たちが手を出そうとしたところに、彼が戻ってきた。
 かなり良いタイミングだった。ベタといえば、そうだけどね。普通なら、ここから盗賊団に対して快進撃をする、はずだった。
 ところが、彼は一人で来た。何の策も持たず。
 結局、彼は人質のせいで満足に戦うこともできず、何人もの盗賊に痛めつけられた。
 これは、流石に見ているのはちょっときつかったな。両腕と両足を折られ、吐血するまで腹を殴られ、皮膚を火で焼かれた。半分、拷問だった。
 彼が策もなしに戻ってきたのは、信じがたいことだった。俺から見ても、考えなしの人間ではなかったんだ。
 痛めつけられるリーダーを見て、女性陣は悲鳴をあげ、戦士の男は罵倒の言葉を盗賊に投げつけていた。俺は、というと、死に方に納得がいってなかった。どこかで死ぬだろうとは思っていたけど、こういった死に方だとは思ってなかった。
 さて、どうなったか。もちろん、彼は考えなしじゃなかった。
 盗賊が彼の喉を掻き切ろうとした瞬間、何人もの男たちがその場になだれ込んできた。村に住んでいた人々だった。その手には農具やら何やら、多少は武器になりそうなものを各々が持っていた。
 それが、彼の策だった──というのも、正確には違った。ここが、俺のようなダメ人間との違いだった。
 リーダーの相手にかかりきりだった盗賊団は対処が遅れ、人数という物量に圧倒された。村人たちが乱入してくれたおかげで俺たちは助かり、彼らと協力することで盗賊団を倒すことに成功した。
 村に戻った俺たちは村人たちにとても感謝された。リーダーは彼らに対して「あなたたちが勇気を出してくれたおかげです」と答えた。
 後から話を聞いたところ、彼は盗賊団のアジトから逃げ出した後、村に戻ってこう言ったらしい。
『これから自分は仲間を助けに行く。ただ、恐らく自分は死ぬだろう。そうなってしまったら、この村はあなたたちが守るしかない。どうか、勇気をもってほしい』
 俺は、彼が何か考えてから俺たちを助けに来ると思っていた。けど、ある意味でそれは彼のことを理解していなかった。
 彼は、リーダーはかなり優秀な男だった。けど、何でもできるってわけじゃない。言ってしまえば俺たちは、彼なら助けてくれると楽観視していたけれど、実際は絶体絶命の状況だったわけだ。そのことに、彼だけは気づいていた。
 だから、決死の覚悟で俺たちの元に来た──信じられるかい? 死ぬと分かっていて俺たちのところに来たんだ。俺が、彼が俺たちを助けに来る、ということに疑いを持たなかったのは、俺でもそうするからだ。いくらなんでも、俺だって仲間を見殺しにはしない。
 でも、それは自分が仲間を助けられると確信があるときだけだ。もしも自分が死ぬことが明らかなら、俺は助けに行ったりはしないだろう。だって、自分が死んじゃうからね。
 彼はそうじゃなかった。本当の意味で、仲間を見殺しにできなかった。それどころか、自分が死んだ後の村を心配さえした。
 そして結果として、その行動が俺たちを助けることになった。
 その後、村では自衛手段が模索され、同じような状況に陥っても自分たちで守れる体制を作ることになった。村人曰く、無関係の村を助けるために命を懸ける姿を見て何もせずにはいられなかった、らしい。
 リーダーの命がけの行動が、全てを良い方向に進めた、ってわけさ。よくやるな、と感心したもんだよ。
 似たような話は他にいくらでもある。けど、一つ言えば十分だろう。
 この集団の面白いところは、他のメンバーにも同じ話がある、ってことだ。もちろん、俺以外の、だけどね。そういった、良い人間たちの集まったチームだった。
 さて、準備はこれぐらいにして、本題に入ろう。



 様々な旅路を経て、俺たちは目的地にたどり着いた。
 最後の宿は野宿だった。敵の住処が街から離れている上に、森の奥地にあったせいだ。前日ぐらいしっかりと休みたかったけど、こればっかりは仕方がない。
 テントの中で眠っていると、目が覚めた。緊張していたせいかもしれない。
 ──振り返ってみれば、このときに目が覚めたことが、一つの転換点だったかもしれない。実際のところは、よく分からないけどね。
 目が覚めた俺は、辺りを見回した。特に理由なんてなかった。そこで、二人がいなくなっていることに気がついた。二人っていうのはもちろん、リーダーと、俺を誘った彼女だ。ここで、戦士の男と盗賊の女が消えていたら、それはそれで面白かっただろうね。
 どうしていなくなっていたのか、なんて考えなくても分かるようなことだ。なのに、俺はわざわざ探しに行ってしまった。全く、馬鹿だよね。
 外に出て、暗い木々の向こうに二人の姿が見えた。といっても、夜目もきかなければ耳も特別良いわけじゃなかったから、何を話しているかは分からなかった。まぁ、雰囲気は良かったと思うよ。
 何となくしばらく眺めていたところ、二人は話すのを止めたようだった。その代わり……何かを始めたようだった。何かって何だって?──さぁね。一つ言えるのは、俺がしたことがないようなことかな。
 三十分ぐらいだったと思う。なんて表現しようかな……そう、十分に愛し合った二人はテントへと戻っていった。
 俺は、というと、何となくその場でぼーっとしていた。特に理由はなかったけど、何となく、すぐに戻る気にはなれなかった。
 二人が何を話していたかは分からなかったけど、でも、大体想像はつく。最終決戦前の、大事な儀式ってところだ。
 別に、二人が相思相愛だってのは前から知っていた。何だったら、初対面のときから分かっていた。だから、別にショックってわけじゃなかった。
 むしろ、奇妙な安心感があった。確かに俺は彼女のことが好きだったけど、自分と彼女が特別な関係になる、というのはあまりにも現実離れしていて、不気味でさえあった。だから、彼らの関係性の深さを、はっきりと確認したことで、“やっぱりそうだよな”っていう安心感があった。こうあるべきだ、っていうね。
 だから、ショックではなかったんだけど、それでも、何というかな。
 まぁ──ちょっとぐらいは、泣いたね。
 で、翌日。当たり前だけど、リーダーと彼女はかなり調子が良さそうだった。戦士の男はいつも通り、緊張した様子もなし。盗賊の女は二人を見て若干、不機嫌そうだったけど──つまり彼女もリーダーが好きだったわけだけど──そんなに調子は悪くなさそうだった。
 俺も、調子は悪くなかった。前日にあったちょっとした緊張感も消えていた。
「よし、それじゃあ行こうか」
 過度に気合を入れずに、いつもどおりの声でリーダーは号令をかけた。各々がそれぞれの表情で頷く。合わせて、俺も何となく頷いておいた。



 ──さぁ、問題はここからだ。
 まだ、俺が主役の話なんて、微塵もない。俺は、いるように見えるだけの単なる影だった。
 そうじゃなくなるのは、最後の最後。この旅路の、結末の瞬間だけだ。



 森の奥地にある屋敷が敵の住処だった。屋敷の内部はかなり複雑な空間となっていて、屋内だというのに草原や荒野、雪原が広がっていた。
 そこでは様々な妨害が待っていた。罠や幻覚、凶暴なモンスターの群れ。突破するのは困難だった。
 それでも俺たちはその全てを退け、ついに討つべき男の元にたどり着くことができた。
 噂以上に、強力で恐ろしい魔法使いだった。まず、戦士の男が倒れた。次に、盗賊の女が負傷して動けなくなった。そういった激戦の末に、しかし、敵を追い詰めるまでいった。
 リーダーの剣士が、治癒術師の彼女から強化の魔法を受け、剣を振り上げる。眼前には深手を負って伏せる敵。この一撃を当てれば、まず決着がつくという状況だった。
 このときのことはよく覚えている。少なからず興奮を覚えていた。気がつけば、本当にこの旅を成功に終わらせる場面まで来ていたのだ。もしも成功すれば、俺も彼らに協力した魔法使いとして、それなりに有名になる。地位と名声が手に入る。信じられないことに、それが現実になりそうだった。
 戦士の男が倒れたまま、それでもリーダーの剣士に視線を向けていた。戦士のすぐ側で彼をかばいながら、盗賊の女も激励の声をあげていた。俺の目の前で治癒術師の彼女が、祈るように杖を抱えていた。そしてさらにその先に、俺たちのリーダーの背中が見えた。
 全員が勝利を祈る中、俺だけは全く違うことを考えていた。いや、無関係ってわけじゃないけど、全く違うことを。



『今、魔法を撃てば、リーダーは死ぬ』



 魔が差すって言葉がある。まさしくそれだった。この奇妙な考えはどこからともなく現れて、一瞬で俺の意志と思考に染み込んでいった。
 どうしてこんなことを考えたのか、どうして思いついたのかは、今でも分からない。けど、俺はその瞬間、そうすることがとても自然なことに思えた。この場で彼を殺すことが、当たり前のことに思えた。
 そこからは早かった。手慣れた魔法の詠唱なんて一瞬で済んだ。魔力を杖に通して、魔法を発動させる。一瞬の閃光とそれに続く炸裂音。人体を破壊するには十分すぎる規模の爆発が、剣士の背後で発生した。業火が皮膚を焼き、急激な圧力変化たる爆轟が肉体を圧し潰した。空中に叩き出された彼の身体は、何の抵抗もなく床に叩きつけられた。
 一瞬の静寂があった。その場にいた誰もが、何が起きたのか理解できずにいた。そう、誰も──俺以外は。
 最初に叫び声をあげたのは治癒術師の彼女だった。次の瞬間、盗賊の女も叫び声をあげたが、それは敵の魔法使いの攻撃によってすぐにかき消された。漆黒の槍が降り注ぎ、戦士の男ごと、盗賊の女の身体を貫いた。それだけで、二人は死んだ。
 残ったのは、二人だけ。彼女は俺の方を振り向いた。あの美しい黄金色の瞳には、俺だけが写り込んでいた。あの笑顔が似合う愛らしい顔は、目を見開き、恐怖と不可解さに凍りついた表情を浮かべていた。
「……どう……して」
 震える唇が言葉を紡いだ。俺はその旋律の甘美さに打ちひしがれながら、ナイフを手に持っていた。
 一歩、二歩と彼女へと近づく。何なのか理解できていない彼女は、逃げることができなかった。俺は彼女の肩を掴み、その胸元に刃を押し込んだ。硬い金属の切っ先が女の肉を引き裂き、骨の隙間をかいくぐり、内臓の中へと侵入していく感触がはっきりと感じ取れた。
「がっ……はっ……!」
 彼女の唇を赤黒い血が染めていく。苦痛と絶望で涙が流れ落ちる。血と汗と涙で汚れる彼女の顔は、それまで見てきた中で一番、綺麗だった。
 唇が震えながら、また動く。何かを言おうとする。懸命に、俺に向かって、何かを言おうとする。俺はナイフをゆっくりと引き抜き、もう一度、力強く突き刺した。
 何度も、何度も、何度も。彼女の胸に突き刺した。
 突き刺したナイフに重みがかかった。彼女の瞳から光が消えていた。ナイフを手放すと、彼女の身体はそのまま床に倒れこんだ。
 ──こうして、俺以外の全員が死んだ。残ったのは俺と、敵であった魔法使いだけ。
 これが、この物語の結末だ。俺が唯一、自分が主役だと言い張れる話だ。
 どうしてこんなことをしたのか、今振り返ってみても分からない。ただそうすべきだと思ったし、そうすることで俺はかなりいい気分になれた。彼と彼女を殺すことで、俺は何かを変えることができたんだ。
 今までの人生は、そうじゃなかった。前の世界でもこの世界でも、退屈で不条理で、不愉快さと不可解さばかりが蔓延していた。そんな中で、それでも俺は何かを変えようとはしていなかった。やろうと思えば出来たはずなのに、しなかった。あるいは、この“しなかった”ってことそのものが、“出来なかった”ってことと同義なのかもしれない。
 とにかく、俺はしなかった。新しい友人を作ることも、新しい場所へ行くことも、好きだった女性を食事に誘うことも、何もしなかった。だから、俺の人生は退屈だった。
 でも、やっぱり仕方がなかったと思う。それが俺なんだから。どこへ行っても何も変わらない、変えられない俺なんだから。
 そんな俺が、初めて何かを変えようとした。意味なんて分からないし理由なんてどうでもいい。ただ俺は、彼と彼女を殺そうと思って、そうした。冒険を成功に終えるはずだった彼らは、俺のせいで失敗して、死んだ。けどそれは、俺が選んだことだった。自分の意思で、そうすべきだと思ったことをして、そうなるべきだと思った結末を手繰り寄せた。
 だから、これは俺が“主役”の話だ。間違いなく、俺にとってはそう言い張れる話なんだ。
 杖を握りしめて、俺は歩みだした。血だらけになっていた魔法使いの目の前までいき、その姿を見下ろした。彼は俺を見ながら、笑っていた。
 そして、そのまま俺は────。 
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