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異世界転移=主役とは限らない?

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異世界に来たばかりのときの話

 ──さて、どこから話そうか。
 そうだな、一番古い記憶から順番に話してもいい。それこそ4歳のときにどうしてた、とかね。でも、それほど興味の持てない話だろう。もちろん、違う世界の話だから少しはマシかもしれないけどね。
 けど、重要ってわけじゃない……いや、今の自分を構成しているという意味でいえば、重要ではありそうだ。
 だから正確には、()()()()()()()()()()()()、と言った方がいいだろう。
 その観点から考えれば、話すべきことは自ずと定まってくる。特に、何から話すべきか、って点については。
 だからやっぱり──この世界に来たときから、始めるとしよう。



 最初に目が覚めたのは確か、路地裏だったと思う。
 そう、路地裏だ。石畳で舗装されていて、周囲は同じような材質で作られた、建物の壁に囲まれていた。空を見上げれば青色が広がっていたから、まだ昼間だったと思う。にも関わらず、薄暗かったよ。つまり、太陽の明かりは遮られていて、逆に言えば、それぐらいその路地裏は狭い場所だった。物乞いとかが居そうな雰囲気だったよ。
 最初にしたことは、とりあえず自分の状態を確認した。怪我をしてないか、とか、何着てるか、とか。それが終わったら、直前に何をしていたか、思い出そうとした。記憶障害の類は起きてなかったから、すぐに思い出せた。
 何をしていたかって? それはもう覚えてない。何せ、結構昔のことだからね。それに、直前に何をしていたか、あるいは何が起きていたかは、あまり重要じゃないだろう。トラックに轢かれていようが、校舎から飛び降りていようが、関係がない。あるいは自宅で寝ていたのが直前の記憶だったとしても、どうでもいいことだろう?
 とにかく、頭を強く打って何が何やら分からない、って状態じゃあなかった。それだけで十分だった。
 ここからがむしろ重要で、頭を打ったわけでもないし、意識もはっきりしていたのに、俺は自分がどこにいるのか分からなかったんだ。つまり、自分のいる場所が、知っている場所じゃなかった。
 記憶喪失とかじゃないなら、これはつまり──そう、異世界に来たんだって、そう思ったよ。実際そうだったしね。
 そのときの喜びようは、それは凄かったよ。飛び跳ねたりはしなかったけど、でも、確かに嬉しかった。元の世界は退屈以外の何物でもなかったからね。
 それからは色々と考えたよ。持ってた知識を総動員ってやつだ。異世界に転移した人が、最初にどういう行動をとることが多くって、どういう事件が起きがちで、それらを踏まえた上で、自分はどうすべきなのかを考えた。それまでの人生の中で、一番頭を回転させていたと思うよ。
 なんでそんなこと知ってたかって? 不思議に思うだろうけど、元いた世界じゃ、異世界に行くっていう創作物が多かったのさ。ある意味じゃシミュレーションだよ。おかげで、俺もパニックにならずに済んだけどね。
 そう、その中でも一番ありふれていたのが、転移した人間が何か能力を獲得するってものだった。それもかなり凄い能力をね。ただ、ほとんどの場合、それは自覚的だ。能力は誰かから与えられるもので、その人物が、自分の能力が分からない、っていうのは稀だった。たまにあったけど、大抵はすぐに気がつく。
 で、お察しのとおり、俺にその能力はなかった。どうやらチート系主人公じゃないらしいと、すぐに気がついた……チートって何かって? 後で教えるよ。
 何かしらの能力を持っていないと気がついたから、次に考えたのは安全の確保だった。持っていた知識じゃ、転移した人間は序盤からかなり楽ができるか、序盤はひどい目に遭うか、のどっちかだった。能力を持っていない以上、ひどい目に遭ってもおかしくない。盗賊やら強盗やらに絡まれる、とかね。そうなったら一巻の終わりだ。
 問題だったのは、能力がない上に、ついでに知識もないことだ。どういった行動が何をもたらすのか、何も分からない。何か行動を思いついたとしても、それの良し悪しを評価する基準を持っていなかったんだ。異世界人なんだから当たり前だけどね。
 結局、うんうんと悩んで、とりあえず路地裏を出ることにした。よくよく考えれば元の世界に帰りたいわけでもなかったし、失うものなんて何もない、最悪でも死ぬだけだ……そう考えたら気が楽になって、とにかく何かしようってことになった。自棄になったと言われれば、そうかもしれない。
 ある意味じゃ、このときの行動がその後の全てを決定したと言えるかもしれない。正確には、この行動によって出くわした人間によって。



 路地裏を出て表通りに出た。元いた世界で言うところの、外国の風景が広がっていた。幅の広い通りは、路地裏と同じように石畳で舗装されていて、通りにはいくつもの建物が面していた。住宅街だったらしく、人通りは少なかった。まぁ、どんな風景だったかは、なんでもいいね。
 さてどうしようか、なんて思いながら一歩を踏み出した。そこに、声をかけられたんだ。
「すいません、そこの方」
 丁寧な口調に穏やかな声色だった。あぁ、言葉は通じるのか、と安心した瞬間でもあった。通じないとしたら大変だったからね。
 振り返った先にいたのは一人の男性だった。当時は異世界人の……()()()()()()()()()の風貌はよく知らなかったから分からなかったけど、今思い返すと、あれは確か30代ぐらいの人だったと思う。
 声をかけられた俺は戸惑ったよ。理由はたくさんあった。一つはまさしく、思いがけなかったからだ。路地裏から出た直後にイベントが起きるとは思ってなかったから。二つ目は、相手が普通の、まともそうな人に見えたから。声をかけてくるとしたら、奴隷商とか、いかにもやばそうな人間が相手だろうと思っていたんだ。そして三つ目は──これが一番大きい理由。笑える話だけど、俺はかなり人見知りだったのさ。
「え……あ……」
 何か言おうと口を開いたけど、出てくるのは声にもなってない掠れた音。典型的な、人付き合いになれていないというか、話すのが苦手な人間の反応。まぁ、実際そうだったから、仕方がないんだけど。
 そんな俺を見ても、相手の人は大して困惑する様子もなく、親切そうな笑顔を浮かべていたよ。理由は、この後のやりとりで後から分かった。
「もしかすると、ここがどこだか分からない、というような状況ではないですか?」
「え……?」
 驚いたよ。なんで分かったんだろう、って。一瞬してから、自分の格好を思い出した。異世界人の格好なんて、文化が全然違うから、風変わりに見えるからね。
 けど、それでもまた、おかしい、と思った。こっちにだって外国やら異文化やらあるだろうし、変わった格好をしているからって、“ここがどこだか分からないと思っている”、なんてことを言い当てるなんて不可能だろう?
 何を言えばいいか、すっかり分からなくて頭の中はパニックさ。その様子を知ってか知らずか、相手の人は続けた。
「もしもそうでしたら、あちらの建物に行ってください。貴方のような異世界からいらした方を助ける施設がありますので」
 その人は少し離れた場所にある、背の高い建物を指差していた。そのときの俺は、きっと、まだ分かっていないような顔をしていたんだろうね。「ついてきてください」と言って、その人は建物へと向かっていった。状況の急展開に頭が真っ白になっていた俺は、とにかくついていった。
 その人の後ろを歩きながら、少しずつ頭の中を整理していった。つまり、考えられる状況は二つだった。
 一つは、この人がかなり親切な人で、異世界人をフォローする施設とやらが本当にあって、この世界は結構、俺みたいな人間に手厚いっていう状況。
 もう一つは、見た目によらずこの人はやっぱり奴隷商で、行った先で捕まって売り飛ばされたり、あるいは殺されたりするっていう状況。
 天国行きか地獄行きかの二択だった。結論としては、二番目の状況じゃなかった。
 その施設とやらに近づくにつれて様子が分かっていった。その建物は結構大きくって、入り口じゃいろんな人が行き交っていた。獣人とか、亜人種も結構いたっけな。
 それを見て、俺は安心した。あれだけ色んな人々が出入りしてるんなら、奴隷商の怪しい拠点ってことはないだろう、ってね。もちろん、この街全体が奴隷商に支配されてるっていう説を否定はできなかったけど、どうにも行き交っている人々がそういう表情は浮かべていなかった。
 安心した俺は心の中で大喜びだった。当たりを引いたわけだ。これから異世界での生活が、ちゃんと始められるんだって思って、期待に胸を膨らませていたよ。
 施設に案内してくれた男性は、「じゃあ、頑張ってください」とだけ言ってすぐに立ち去った。少し不安になったけれど、とにかくその中に入っていった。
 中は……なんというか、ごちゃごちゃしてたな。大きな部屋のような構造で、手前側は待合室というか、椅子がたくさんあった。奥側には窓口みたいに机と係りの人がいて、たくさんの人とやりとりをしていた。
 その様子はまるで役所みたいで……あぁ、うん。こっちのいた世界の役所みたいで、正直、がっかりしたな。
 入り口で突っ立ってた俺に制服っぽい格好をした女性が声をかけてきた。「異世界からいらした方ですか? 援助希望の方ですか?」
「えっと、異世界からきました……」
 俺の答えを聞いた女性は「こちらへ」と言って紙の置いてある机に案内した。
「こちらに必要事項をお書きになって、あちらの窓口に出してください」
 そう言って、呆然とする俺を置いてまた出入り口の方へと戻っていった。
 そりゃ、呆然としたさ。元の世界と何にも変わらないんだから。支援が受けられるって聞いて、俺が想像してた施設は役所じゃなくってギルドだったからね。もっとこう、違ったものを想像していたんだよ。
 記入用紙はいくつかの言語で書かれていた。幸いというか何というか、俺の使っていた言語でも書かれていた。だから、書くのは問題なかった。氏名と年齢と性別と、いくつかの項目を書き入れていった。
 質問みたいなのも書いてあって、それは結構、面白かったよ。いくつかの例が書いてあって、自分がどれに当てはまるのか答えるのさ。例えば、“自分の身体の一部は、動物と同じところがある”、とか、“魔法が使える”、とかね。どうやら、そのへんの答えで人種や文化レベルの分類をしてるみたいだった。
 それを窓口に提出して、番号札をもらった。読み方が分からなかったけど、係りの人が予め教えておいてくれた。で、数分後に呼び出された。
「ようこそいらっしゃいました、私たちの世界へ」
「……どうも」
 歓迎の言葉はそんなに感情はこもってなかった。店員の、いらっしゃいませ、みたいなものさ。
「これから貴方に支援金を差し上げます。また、しばらくの所属先を選んでいただきます」
 そう言って係りの人は表のようなものを取り出した。説明を要約すると、いきなりこの世界の社会に放り出しても困るだろうから、職業訓練校のようなところに行かせてくれる、ということだった。いける先も、騎士学校やら何やら色々あった。
 ここで、凹んでいた心がちょっと持ち直した。見た目は完全に役所そのものだけど、やっぱり異世界じゃないかってね。学校なんてものは嫌いだったけど、異世界の学校ならきっと楽しいだろう、そう思ってた。
 その表の中には、魔法が学べる学校もあった。もちろん、即決だった。
「ここでお願いします」
「わかりました。じゃあこの書類のこのへんに書いてください」
 後はとんとん拍子で説明が続いた。大体はこれから行った先についての説明。寮のようなものに入って、それからは現地にいる人間の指示に従う、だとか。長ったらしい説明は面倒だったけど、魔法が使えるようになるっていう期待感の方が大きかったから、苦じゃなかった。
 説明が終わった後、他の人たちと一緒に馬車に乗せられて──そう、馬車だよ、馬車。初めて乗ったよ──その魔法学校とやらに到着した。転移した街から近かったのは幸運だったね。
 魔法学校は隣街の中にあった。街中を馬車が進み、古めかしい外壁に囲まれた城にたどり着いた。門が開いて、その中へと入っていく。あれこれ描写したいところだけど、馬車の中からじゃ、よく見えなくってね。正面の門とかぐらいしか見えなかったよ、悪いね。
 門を通り過ぎてからしばらく進んで、馬車は止まった。俺たちは馬車から降りて、それから全員揃って、興味深そうに周囲を見渡した。その場にいたのはほとんど、異世界人だったからね。田舎からきた観光客みたいなもので、何でも珍しいわけだ。
 俺たちが着いた場所は林と巨大な城の間だった。城に隣接するように小さな建物が建っていて、それが寮だと説明された。
 寮の中に案内されて、全員が各々の部屋に通された。一人一部屋だったよ。部屋にはベッドと小さな机と本棚と衣装棚があって、中々快適そうだった。
 部屋に通された後は、後から寮での生活や魔法学校について説明する人員が来るから、それまで待っててくれと言われた。ベッドに寝転がって、ようやっと一息つけたよ。
 途中で紆余曲折というか、色々あったけど、最終的に寮にたどり着いた段階での俺の気分は最高だったよ。まさしく、異世界に期待していたものそのものがそこにはあった。まだ何も知らなかったから、その後の成功とか妄想していたっけな。偉大な魔法使いになって、とか何とかね。
 まぁ、とにかく気分が良かった。少なくとも、前の世界より悪いなんてことはないし、これから最高の人生が送れるって確信してたね。
 ──実際、どうだったかって? ……それに答えるのは、結構難しいな。
 一つだけ言えるのは、異世界にきたから最高の人生が送れるっていうのは、ちょっと期待しすぎだった、ってことかな。
 つまり、何で前の世界は退屈で悪いものだったのかってことさ。もちろん、前の世界が物や人が溢れすぎていて、わけのわからない意味のない習慣や常識が蔓延していて、それが嫌で最悪だった、ってのはある。それは本当だ。けど、もう一つ、無視できない事実がある。それは、俺が俺だった、ってことさ。俺という人間だったから、前の世界が楽しめなかったってわけだ。そしてそれが異世界にきたからって、変わる保証なんて、どこにもなかったんだ。
 だって、そうだろう? 異世界にきたって、俺は俺のままなんだから。そこが変わったりはしないんだよ、何にもね。

 で、この後どうなったかっていうと──ちょっと、休憩しようか。 
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