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温羅

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第一章

                温羅
 備前の吉備津神社の釜は恋愛成就の釜と言われている、占いでこの釜が鳴らなければその縁はいいというのだ。 
 この神社はかつて退治された温羅という鬼の霊を鎮める為に建てられたもので温羅の霊は今もこの神社にある、釜を鳴らすのもこの温羅の霊がしていると言う者がいる。
 だが今温羅の霊は占いに来た者達を見て難しい顔になっていた。
「これはいかんな」
「今来た者達は」
「よくありませんか」
「うむ、どうもな」
 温羅は彼の手下だった鬼達今は共に神社に霊がいる者達に答えた。皆鬼であり角は生えているが今は身なりも顔立ちも鎮まったのか穏やかだ。
「あの男の方だ」
「ああ、あの男は」
「どうにもですな」
「遊び人ですな」
 手下だった鬼達も男の方を見て言った、神社の境内を歩いている一行の中でとりわけ目立つ若い男を。
「おなごの一人では満足しますまい」
「色々と遊びますぞ」
「所帯を持ってもです」
「遊び歩きますな」
「しかもおなごの方はな」
 その男の隣に寄り添う様にしている女を見ると。
「随分と一途じゃ、それではな」
「浮気男に一途な女ですと」
「ことはよくありませんな」
「一方が浮気者で一方が一途なら」
「その組み合わせは最悪ですな」
「あの組み合わせは駄目だ」
 はっきりとだ、温羅は言った。
「あの者達はな」
「はい、それでは」
「釜を鳴らしませぬか」
「そして夫婦になってはならぬと」
「そう伝えますか」
「そうする、見たところ男の浮気性は相当でだ」
 只の浮気者ではないというのだ。
「しかも女の方はな」
「あれはどうも」
「源氏の六条の后の様ですな」
「あれ位に凄まじいですな」
「情念が相当に強いです」
「若し男が遊ぶ様なら」
「ああした男は今はあの女を好いているが」 
 しかしというのだ。
「すぐに飽きてな」
「遊び回る」
「すると女は情念が強いので」
「それを許さず」
「恐ろしいことになりますな」
「全くだ、これは鳴らしては駄目じゃ」
 只の浮気男と一途女ではない、どちらかなりのものだ。それで温羅は釜を鳴らさないことを決めて実際にその様にした。
 しかしだ、二人の周りの者達がよい縁組だと温羅が鳴らさなかった釜を無視してだった。
 彼等は夫婦になった、温羅はこの状況を見て言った。
「これはいけないな」
「はい、折角温羅様が釜を鳴らされたのに」
「それでもですね」
「夫婦にするとは」
「とんでもないことになりましたな」
「あれは銭や家の格ではないですぞ」
 そうした問題ではないとだ、鬼達も言った。
「ですから」
「この度はです」
「恐ろしいことになります」
「一体どうなるのか」
「我等はこの神社から離れられぬ」
 温羅は腕を組み苦い顔で言った、その霊を鎮める為に祀られている神社から霊は離れられぬというのだ。
「だから見ているだけしか出来ぬが」
「その見るものがどうなるか」
「出来れば少しでもましなものになって欲しい」
「そう思うしかないですな」
「この度は」
「そうじゃ。若し動けたらな」
 その時はとだ、温羅は言った。 
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