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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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98話:第三次ティアマト会戦(開戦)

宇宙歴796年 帝国歴487年 4月上旬
ティアマト星系 艦隊旗艦アイアース司令室
ラザール・ロボス

「閣下、まもなくティアマト星系です。帝国軍は予想通り前線の戦力を減らしているのでしょう。高速艦の哨戒部隊は接敵する間もなく撤退しております。このまま進めば、イゼルローン要塞まで戦線を押し戻してしまうかもしれません」

作戦主任参謀のフォーク准将が興奮した様子で報告してくるが、やはり彼はまだ中佐レベルの人材なのだと内心唖然としていた。帝国軍からすれば守るだけならイゼルローン要塞を無視して進撃する事は出来ない以上、要塞近辺に兵力を集めておけばよい。おそらくアスターテ星域にある大規模な駐留基地に2個艦隊も駐留させておけば守るには十分だ。狭い回廊部分では3個艦隊以上の兵力が展開できる余地は無い。補給線も短くて済むし、得意の消耗戦に持ち込めば負けることは無いのだ。

だからこそ、なぜイゼルローン回廊から前進してくるのか?を考えれば答えは出ている。内戦が起こることを覚悟し、それまでに少しでも同盟軍の消耗を誘いたいからこそ、進撃してきているのだ。哨戒部隊が我々の現在地を把握すると撤収しているのも、それなりの戦力を集結させつつあるからだろう。だが、年末にビュコック提督たちも遊弋作戦を実施している。それに対抗した艦隊が3個艦隊だったはずだ。多くても3個艦隊、4個艦隊を用意するには補給期間が足りないはずだ。

「哨戒部隊より伝令、『我、帝国軍の大部隊を感知セリ、数およそ6万』」

「よし、全艦隊に伝令、このティアマト星域で大規模な会戦となる。艦列を整えさせよ。帝国軍は我々の進路を予測していた以上、迂回して後方に出ようとする遊撃部隊がいるやもしれん。哨戒部隊には両翼後方を特に注意するように伝達せよ」

私が指示を出すと、司令部は一気に戦闘態勢に入った。だが帝国軍の編成からすると3個艦隊なら4万隻と少し、4個艦隊でも6万隻は越えないはずだ。メンテナンス艦が思ったより前に出ているのだろうか......。何かがおかしい。気を引き締めねばなるまい。

「バカな......。このタイミングで6万隻を越える戦力を用意できるはずがない。何かの間違いではないのか?」

オペレーターに准将が非難するかのように詰め寄っているが、事実は変わらんだろう。彼の予測では出てきても精々2個艦隊だったはずだ。『首席殿』は自分の予測が外れた事を認めたくない様だが、他にする事があるだろうに......。

「准将、オペレーターはこれから多忙になる。余計な仕事を増やすのはやめたまえ」

「しかしながら閣下、こんなことはありえません。何かの間違いに違いないのです」

「どちらにしても帝国軍が存在し、会戦になるのは確かだ。事実確認はその後で良かろう?既に臨戦態勢である以上、オペレーターに余計な負担をかけるのは止めるのだ」

しぶしぶと言った態で引き下がったが、どうという事は無い。自分の間違いを認められないお坊ちゃまだっただけの事だ。相手のあることなのだから毎回予測が当たる必要はない。大事なのは『事実に早く対応する』事だ。その辺が身体に染みついていないとは、まだ目線が佐官レベルなのだろう。

「全艦隊で魚鱗を組む。わが艦隊を中心に前方にパストーレ。左翼にパエッタ、右翼にムーアの並びになるように伝令せよ」

「閣下、前衛はパエッタ艦隊ではないのですか?想定された対応策とは違いますが......」

「いちいち指揮官の指示に口を挿むのはやめたまえ。パストーレとムーアの艦隊は新設の上に地方艦隊を集めたものだ。敵の方が数が多い以上、両翼に不安があるよりも前衛と右翼をはじめからわが艦隊が支援すると決めてしまったほうがやりやすい。少し黙り給え」

この会戦が終わったらまずする事が決まった。このおぼっちゃまを更迭することだ。もっとも会戦のあとに生き残っていればの話だが......。

「前衛パストーレ艦隊より伝令。帝国軍は鶴翼の陣形に移行しつつあるとのことです」

魚鱗と鶴翼か。相性は最悪、おまけに敵の方が数が多い。勝機をつかむには中央突破しかないが、その先に控えているであろうメンテナンス部隊も豊富な制宙戦力を持っている。ここはパエッタ艦隊が相対する敵右翼と中央の境界部の突破を試みるしかないだろう。戦力に大差がない以上、撤退する訳にもいかない。そんなことをすれば派閥全体が批判の的にされるだろう。

「パストーレ艦隊、まもなく戦闘に入ります。両翼は2分後に同じく戦闘に入る予想です」

開戦前の独特の緊張感が司令部を包み込んでいる。何度経験しても慣れないものだが、慣れてしまってもいけないものだろう。大丈夫、私はいつも通りだし、この位の不利は今までもあった事だ。何とかできるはずだ。自分に言い聞かせている内に、開戦の合図のように長距離ビーム砲が交わされるのが、モニターに映し出された。静かになったと思ったら、お坊ちゃまは顔を『青く』して、モニターを見つめている。予測が外れて不安なのはわかるが、作戦主任参謀である以上。せめて周囲に余裕がある振り位はしてほしい所だが......。出掛かったため息を堪える。艦隊司令が開戦直後にため息をつくなど、士気に関わりかねない事だ。


宇宙歴796年 帝国歴487年 4月上旬
ティアマト星系 分艦隊旗艦ブリュンヒルト司令室
ラインハルト・フォン・ローエングラム

「ローエングラム伯、おそらく敵は右翼の我々と中央のシュタイエルマルク艦隊の間を抜くことを意図するはずだ。水の流れと同様、敵の勢いをわざわざ真正面から受け止める必要もない。我々が相対する叛乱軍の左翼が突出してきたらそれを逆手にとって、突進を受け流しな回り込むように展開し横陣を構築する。左翼のルントシュテット艦隊が叛乱軍の右翼後方に回り込むので、退路があるように見せかけつつ包囲を狙う。良しなに頼む」

「承知しました。では我々は適度に逃がしながら袋の出口をなるべく細くするように動きます。他に留意すべきことはございますか?」

「半包囲が完成するまでは少し負担がかかるはずじゃ。ミュラー准将との連携を密にして攻防のメリハリをつける事と、アイゼナッハ大佐とメンテナンスのタイミングを合わせておくようにな。まあ、今更言うまでも無かろうが......」

「いえ、ご鞭撻ありがとうございます。両名とも再度すり合わせをしておきたいと思います」

俺の敬礼に答礼するとメルカッツ提督が通信を終えられた。まずはミュラー准将に通信を入れる。すぐに通信チャンネルがつながり、准将が敬礼しているのが映った。

「准将、我々は袋の出口を確保する役回りになりそうだ。戦線を維持するとともに、周辺で再度戦列を整えさせないことも必要になるだろう。半包囲が完成するまでは我々の負担は大きいはずだ。負担をかけるがよろしくお願いする」

「は!小官は粘り強さだけは自信がございます。お任せください。袋の出口を狭くするという意味で、意図的に長距離ビーム砲撃に濃淡を付けようと思いますが宜しいでしょうが?」

「うむ。提案を採用しよう。濃淡のパターンは戦術システムにアップロードしておいてくれ、攻勢をかける際にタイミングを合わせるつもりでいるからな」

「承知しました。もし濃淡のパターンに不備があればご指摘をお願いします」

答礼をしてから通信を終える。旗下に配属されてからシミュレーターで手合わせもしたが、ミュラーは戦線の維持と戦力を保持しながら消耗を誘う事に長けた人材だ。唯一の活路の番人としてはこれ以上の人材はいないだろう。続いてアイゼナッハ大佐に通信を入れる。こちらもチャンネルがつながると同時に敬礼した姿が映った。

「アイゼナッハ大佐、我々の役割は袋の出口の確保だ。半包囲が完成するまでは忙しくなるだろう。少しでも余裕があればメンテナンスをこまめに行う。よろしく頼むぞ」

「......」

大佐は2回うなずくと敬礼した。答礼して通信を終える。うなずき2回は『安心して任されたし』だったか。無口な男だが、心憎い配慮を欠かさない人物だ。シミュレーターで手合わせも行ったが、どんな役回りもそつなくこなす能力がある。それに僚友たちの動きに合わせて気遣いのある動きをするのに長けている。実際の訓練では俺の分艦隊のメンテナンス効率が劇的に向上した。どちらかと言うと攻勢に寄っている俺の補佐役として、ありがたい存在だ。

「ラインハルト様、戦術システムのリンクが完了しました。長距離ビームの濃淡を事前に把握可能です。淡い部分に攻勢をかけながら、戦力を効率よく維持できるようにアイゼナッハ大佐とメンテナンスパターンを構築します」

「参謀長、よろしく頼む」

キルヒアイスは准将として、俺の副官から参謀長に役割を変えた。いつまでも付き人扱いでは周囲に認められることは無い為、必要な処置だったが、本人も新しい任務を楽しんでいる様で何よりだ。そして参謀長ともなれば艦隊司令の女房役だ。そういう意味でもキルヒアイスに任せて正解だろう。

「閣下、しばらくは休憩を取る事も難しいでしょう。今のうちに戦闘食をお済ませください」

新任した副官のリュッケ少尉が俺の手元に戦闘食を置くと、幕僚たちにも配り始めた。何かと気の利く男だし、大言はしないものの周囲の事をしっかり見ている人材だ。戦闘に意識が向いていたが、部下たちを空腹で戦わせるわけにもいかない。

「少尉、会戦が本格化するまで、今少し時間があるだろう。戦闘食を今のうちに取っておくように伝達を頼む。良い気づきだった」

少尉は嬉し気に敬礼すると、分艦隊に伝達すべく、自分の端末へ向かっていった。我ながら良い人材で固められたと思う。もともと軍部系貴族が団結している事が大きいが、軍では身分に関わらず実績に基づいた昇進と、能力によっては抜擢する風土が醸成されている。だからこそ出来た事だが、同盟が取りつつある『メンテナンスのタイミングまでは守勢をとり、前線の戦力が減ったタイミングで攻勢をかける』という戦術への対抗策が、今回から導入されている。
『メンテナンスに伴う戦力減をなるべく減らす』言うのは簡単だが、行うのは前線指揮官たちの連携が肝になる。今までは正規艦隊の編成はメンテナンス艦を除いて14000隻だったが、司令部直卒部隊以外に、4つある分艦隊それぞれに1500隻の重装甲戦艦が配備され、分艦隊レベルで戦力の入れ替えを行う試みが導入されている。ミュラーは重装甲艦隊の指揮官で、アイゼナッハは俺の分艦隊専属のメンテナンス艦隊の指揮官と言う訳だ。

もともとあらゆる階級で艦隊の枠を越えて交流が盛んな帝国軍でなければ出来ない事だろう。俺の場合はミュラーもアイゼナッハも士官学校生の時代にリューデリッツ伯の会食の場で知己を得ている。それにメルカッツ艦隊に所属するファーレンハイト少将とビッテンフェルト少将とも顔なじみだ。これは俺だけの話ではなく、ほとんどの将官同士が顔なじみのはずだ。おそらくきっかけは皆が『ザイトリッツの日』と呼ぶ、あの会食だろう。お互いを仲良くさせ、有り余る食事と兵器を用意する。まるで『軍部の母親』ではないか......。

「ラインハルト様、いかがなさいました?」

「キルヒアイス参謀長、気にするな。すこし考え事をしていただけだ」

キルヒアイスは俺や姉上に尽くしてくれているが、リューデリッツ伯の事も敬愛している。さすがに伯の事を『母親』と表現したら怒るに違いない。こういう話に乗ってくれるのはシェーンコップ中将か、ロイエンタール少将くらいだろう。彼らに胸を張って再会する為にも、戦果をあげねばなるまい。それに殿下に命名頂いた手前もある。お前の初陣に相応しい戦果をあげなければな、ブリュンヒルト。指揮官席の椅子のひじ掛けを撫でながら俺は戦闘が本格化する前のひと時を楽しんでいた。 
 

 
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