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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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97話:上昇と下降

宇宙歴795年 帝国歴486年 12月上旬
首都星オーディン バラ園
ラインハルト・フォン・ローエングラム

「無事なお帰り、何よりでございますわ。ラインハルト様」

「ディートリンデ殿下もお元気そうで何よりでございます。無事に帰って参りました。これも陛下の御威光のたまものでしょう」

「まあ、この場ではそのような堅苦しいやり取りは不要です。婚約者なのですから」

皇女殿下は楽し気にお茶を飲まれているが、もともと年長の学友のような立場で接していた期間が長かった為、『婚約者』としての接し方がいまいちつかめていなかった。そして『伯爵』としての立ち居振る舞いもまだぎこちないものがある。行儀作法に詳しいシュタイエルマルク伯爵夫人と、芸術に詳しいヴェストパーレ男爵夫人から追加で講義を受ける予定も、既に組まれていた。

「将官にはいずれなるつもりでしたからなんとなく有り様は想像していたのですが、『伯爵』と言われると私の中ではリューデリッツ伯の印象が強いのですが、伯のようにふるまおうとするとどうも無理があるように感じてしまうのです。情けない話ですが......」

「ラインハルト様とリューデリッツ伯は違う人間のですから、いずれ『ローエングラム伯』らしい振る舞いが出来るようになりますわ。そして『婚約者』らしい振る舞いもです。もっともなれる頃には婚姻しているかもしれませんが......」

そして驚いたのが、おとなしめな印象だった皇女殿下が、かなり積極的になっていた事だ。こちらが困惑しているように感じたのだろう。殿下は全てを話してくれた、要約すると、陛下の跡を巡って確実に内戦がおこる事。皇女殿下は軍部貴族に属していると見なされているので、負けるような事があれば論功行賞の材料にされるであろうから、そんな未来を避ける為にできる事はしっかりやっておくことを決意されたらしい。
内戦の件は伯から事前に聞いていたものの、まさか皇女殿下を『昇進』のような功績に対しての『褒賞』扱いするとは想像していなかった。生まれをひけらかすことなく、いつも一歩引いて微笑みをたたえている殿下を俺自身好ましく思っていたし、さすがにそんな未来は容認できない。伯とオーベルシュタイン男爵が動いている以上、手抜かりはないと思うが、屋敷に戻り次第、もう一度、話を聞いておく必要があるだろう。

「話が変わるのですが、本日は皇女殿下にご依頼したいことがございます。もともと陛下に『ローエングラム伯爵家』の再興をお許しいただいた事に関係するのですが、『伯爵号』に見合う贈り物をしたいとリューデリッツ伯からお話を頂きました。丁度新型の出力機関が完成した所だそうで、艦隊旗艦向けの戦艦を一隻頂くことになりました。
それで、折角なのだから艦名を皇女殿下に付けて頂くようにと......。『女神の加護も得られようし、命名が殿下ともなれば傷をつける訳にもゆくまい?』とニコニコしながら言われまして......。私の座上艦の命名をお願いできればに存じます」

「それは光栄なお話ですわね。伯なりの婚約祝いも少し含まれているように思います。婚約者の座上艦を命名するなんて素敵な話ですわ。喜んでお受けいたします」

そこからどんな艦なのかという話になったが、実物はまだ建造中だし、内装は私の好みに合わせて特注される手筈だ。完成予想図や設計コンセプトを話しながらお茶を楽しむ。俺はともかく、皇女殿下は楽しんでおられるのだろうか......。心配気だったのが伝わったのだろうか?

「私の代わりに、ラインハルト様を戦場で守ってくれる貴婦人の事ですもの。しっかり把握しておきたいですわ。どうせなら完工式には私も参加したいと存じます」

確かに命名して頂く以上、完工式にも参加していただく必要があるだろう。これも少しでも一緒の時間が取れるようにと言う、伯のご配慮なのだろうか?内戦が起こる以上、今のうちに叛乱軍を少しでも叩いておく必要がある。年明けにはまた出征することになるだろう。
そこで気づいたが、おそらく皇女殿下も内戦終了までは、2人でゆっくりとした時間を取る事が難しいと理解したうえで、少しでも良い時間にしようと明るく振る舞ってくれているのだろう。年下の淑女の配慮に今更気づくとは、俺もまだまだだ。

「皇女殿下にはご配慮頂きありがとうございます。ケーキもとてもおいしゅうございました。味が姉の物に似ていて驚いたほどです」

「ラインハルト様が慣れ親しんだ味に少しでも近づけたかったので、とても嬉しいお言葉ですわ。少しでも寛いて頂きたかったものですから......」

恥ずかし気に殿下が一旦はなしを区切り、お茶を飲まれる。ほのかにバラの香りが鼻孔をくすぐる。この場で、私たちの後見人が決まった。その場にいた2人の淑女には『歴史的な一幕』に立ちあったような印象があるらしく、お茶の席ではよく話に出たものだ。

「ブリュンヒルト、命名はブリュンヒルトがよろしいと思いますわ。旧世紀の神話の『楯の乙女』から頂いたものですが、如何でしょう?」

「ブリュンヒルトですか、良き響きです。そのお名前を頂戴したいと存じます」

姉上のように俺を気遣って、帰りを待ってくれる殿下の為にも、より一層は励もうと思う。もちろんなるべく心配をかけないようにするつもりだ。それにしても『ブリュンヒルト』か。良い響きだ。伯にも命名頂いたことを早く伝えておかなくてはなるまい。


宇宙歴796年 帝国歴487年 1月上旬
首都星ハイネセン 統合作戦本部
ラザール・ロボス

「ロボス大将、右派がこれまで貴方の派閥に所属する人材をなにかと優遇してきたのも、『戦勝』を期待しての事ですわ。このまま行くと『尻拭い』をしているうちに私たちの方が政治生命を絶たれかねない有様です。いい加減、そろそろ期待してよろしいのでしょうね?」

「ウインザー議員、その辺りはご安心ください。今回の出兵は新任されたムーア・パストーレの艦隊を含め4個艦隊で押し出しますし、作戦主任参謀は『士官学校首席』のフォーク准将があたります。万全の態勢で臨みますのでご安心ください」

「ウインザー議員、ご無沙汰しております。父からも議員に『近いうちに会食を』と言伝を預かっております。小官が作戦を主幹する以上、同盟軍の勝利は間違いありません。大船に乗った気持ちで朗報をお待ちいただければと存じます」

「『士官学校首席』の貴方が作戦を主幹するなら、安心出来そうですね。御父上にはご支援を頂き感謝しています。引き続き良きお付き合いをお願いしますね。数年以内に帝国で内戦が起きる事は確実なのです。今は少しでも前線を押し戻しつつ、『専制政治の下で圧政に苦しむ』民衆を解放する遠征の際には、私たちの派閥がそれなりのポジションを押さえておかなくてはなりません。くれぐれも頼みましたよ」

言いたい放題一方的にまくし立てて満足したのか?議員は残っていたお茶を飲み干すと足早に私のオフィスから出て行った。まるで嵐が去った後のような気分だ。おもわずため息がこぼれた。それなりの容姿と強気な強硬論を述べる彼女は、主戦論が強い同盟では、女性初の『最高評議会議長』も狙える人材と一般的には考えられている。
だが、演説やマスコミ対応の場と異なり、素人の癖に何かと口を挿んでくるし、毎度のように恩着せがましくまくし立てられては組む相手を間違ったようにも思う。党首の落選の余波が収まらぬ中とは言え、いつも以上に切羽詰まった印象を受けた。余裕が無いなりに余裕がある振りくらい出来なくては、人の上には立てないと思うが......。

「閣下、お疲れ様でした。ウインザー議員とは父に付き添って面会した事がございました。何かと自分をよく見せたがる部分がありますので、逆に形式を整えてしまえば、多少はぶつくさ言うでしょうが、そこで満足される方です。事前の手配が的中したようです」

「うむ。フォーク准将、この調子で作戦の方もよろしく頼むぞ」

「そちらもご安心ください。門閥貴族達の動きは軍部系貴族にも伝わっているはずです。4個艦隊に対抗できるほどの戦力を前線に集中する事は難しいでしょう。では作戦部に戻ります」

そう言い残すと、私の答礼を待ってから准将も退室していく。やっとこのオフィスに平穏が戻ってきたように感じる。椅子に深く腰掛けた後に、内線で従卒にコーヒーを頼む。出兵計画自体は既に承認され、動き出している。私が近々ですべきことは無いのだから少しくらい休憩しても良いだろう。
轡を並べて戦歴を重ねてきたシトレに昇進で負けた事がきっかけで、政治家に近づく決断をして以来、何かと不本意なことが増えたように思う。軍人としての道を選んだ時から、いずれは統合作戦本部長に......。という思いがあったし、シトレと競い合う事で同期の中では真っ先に准将まで進んだが、私の前にはいつもシトレがいた。彼が士官学校の校長になった時に気づいた事だが、あれは将来の軍の第一人者にする為の人事だったのだと思っている。若手の優秀層に影響力を持てるし、10年もすれば将官になる者も出てくるだろう。その頃にシトレが統合作戦本部長なり宇宙艦隊司令長官につけば、組織としても安定するだろう。

だが、シトレが慎重、私は積極なだけで、負けたつもりはない。それに私には亡命者の血が流れている。素直に負けを認めたくは無かったからこそ政治家に近づいた。そこまでして昇進にこだわり、派閥を作ったまでは良いが、集まってくるのは『政治家の押し』がなければ昇進どころか、下手をしたら懲戒処分を受けるような人材ばかりだった。当てにできるのはパエッタぐらいだろう。
何かにつけて『士官学校首席』をアピールするフォーク准将も、親が右派支持者の中の有力者でなければ、精々まだ中佐だろう。シトレ派のヤン少将をライバル視して私の派閥に来たようだが、何かと周囲に自分の意見を強要するので、私自身も政治家の押しがなければ彼を抜擢はしなかった。
若手の作戦家となると、王道でワイドボーン少将、搦め手でヤン少将、バランス型でラップ中佐といった所だろうが、ワイドボーン少将には『群れなくては昇進できないと思われているとは心外です』と言われ、同じく独尊的なホーランド中将の艦隊の分艦隊司令に納まっている。ヤン少将とラップ中佐はシトレの子飼いだ。とても引き抜きは出来なかった。
グリーンヒル中将が宇宙艦隊の総参謀長に転出した後に、その艦隊を引き継いだのがホーランド中将だ。ムーアとパストーレは新設された艦隊の司令官となったが、星系警備艦隊の寄せ集めのような物だ。なんとか訓練の期間は用意できたが、どこまで仕上がっているのか、不安が残るだろう。

「コンコン」

ノックと共に、従卒がコーヒーを運んできた。礼を述べてコーヒーの香りを楽しむ。とは言っても、経済状態が決して良くはない家で育った私は、士官学校で出されるコーヒーで十分楽しめる。上層部だけが良いものを楽しむのも何か違う気がするし、初心を思い出させてくれるものを、日常に用意したかった気持ちもあった。シトレ派の艦隊司令部ではシロン産の紅茶が流行っているらしいが、我々は戦争をしているのだ。今は一歩譲っているかもしれないが、いずれ巻き返して見せる。 
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