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阪神教

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第一章

               阪神教
 中西寛太はとかく横須賀にいる時実習先の艦内で何かあると阪神の話をして阪神優勝と言って周りに最下位だろうがと言われていた。
 それは彼がいた四分隊でも同じで給養の駒込三郎三曹、細い目にがっしりした体格の中年の彼にもこう言われていた。
「馬鹿言ってんじゃねえ」
「優勝しませんか」
「する筈ねえだろ」
 極めて冷静な突っ込みだった。
「阪神が」
「けれど戦力的には」
「最下位の戦力だろ」
 誰がどう見てもというのだ。
「あれは」
「そうですかね」
「そうだろ、幾ら監督が野村でもな」
 野村克也、鳴りもの入りで阪神に来たがだった。
「無理だよ」
「優勝しませんか」
「そんなの五位になってから言え」
 これが駒込の返答だった。
「ったくよ、御前関西生まれでもな」
「生まれは大阪です」
「阪神の優勝はあるか」
「絶対にないですか、二十世紀最後の年に日本一になって」
 そうしてというのだ。
「来年も勝ちまくって」
「毎年優勝かよ」
「二十一世紀は阪神の世紀になるんですよ」
「は~~~ん、そうか」
 駒込は四分隊の事務室にいて自分の席に座って自分の傍に立っている中西に小指で鼻をほじる姿勢で応えた。
「そうなればいいな」
「絶対になりますよ」
「じゃあまた言うがな」
「せめてですか」
「五位になってから言え」
 これが駒込の返事だった、彼以外の四分隊の面々もほぼ全員同じ考えで中西は同じ曹候補学生出身の先輩にも言われた。
 牧場茂、彼より一期上で一分隊に所属している彼も中西に積極的にこう言っていた。
「阪神が優勝?ないに決まってるだろ」
「そう言います?牧場三曹も」
「当たり前だろ」
 笑って中西に言う、中西より十センチ位小柄で固太りな感じの外見だ。顔は童顔で笑顔が爽やかだ。
「実際今最下位だろ」
「いえいえ、ここからです」
「ここから。何だ?」
「真珠湾の様な奇跡の大成功を収めるんですよ」
 中西は胸を張って言った。
「そうなって優勝です」
「おう、ミッドウェーみたいなまさかの大敗北を喫するんだな」
 牧場は中西に笑って返した。
「そうなるんだな」
「いや、ならないですよ」
 中西は笑って話した。
「絶対に」
「そう言って昨日も負けただろ」
「ペナントで全試合勝つとかないですからね」
 中西はあくまで陽気だった、凄まじいポジティブシンキングだった。
「そうした時もありますよ」
「たまたま負けか」
「ここからです」
 中西は今度は日本軍ネタばかりではと思ってこう言った。
「パグラチオン作戦みたいな」
「ソ連軍かよ」
「はい、怒涛の大攻勢がはじまります」
 第二次世界大戦の東部戦線におけるソ連軍の攻勢だ、開戦時はモスクワまで一気に迫られたが開戦後三年半を経て反撃に転じたのだ。
「そうなります」
「そうか、栗田艦隊みたいな謎の反転をするんだな」
「レイテ沖ですか」
「そうなるんだな」
「ならないですよ、野村さんはジューコフ以上ですよ」
 軍事と野球の違いがあれと、というのだ。 
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