| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~其処に有る危機編

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十三話 この世には知らない方が幸せな事も有る

 
前書き




 

 



帝国暦487年 11月 4日 オーディン 宇宙艦隊司令部   アウグスト・ザムエル・ワーレン



これからカストロプ攻略戦が始まる。宇宙艦隊司令部の会議室にはその様子を見ようと正規艦隊司令官達が集まった。難攻不落と謳われるアルテミスの首飾りをどうやって落とすのか……。
「シュムーデ、ルックナー、リンテレン、ルーディッゲ、フォーゲル、エルラッハ、合わせれば兵力は二万隻に近いが連携が取れるのかな? 取れなければ烏合の衆だろう」
ミッターマイヤー提督の言葉に皆が頷いた。

「烏合の衆ではアルテミスの首飾りは落とせまい。損害を被るだけだ。正規艦隊を動かすべきだったのではないか?」
今度はビッテンフェルト提督が皆に同意を求める様に言った。皆がまた頷いた。
「ローエングラム伯もそう言って正規艦隊の出撃を希望したそうだが軍務尚書閣下は却下した。たかが一貴族の反乱に正規艦隊を動かすなど有り得ぬと言ってな」
ケンプ提督の言葉に皆が顔を見合わせた。その席で伯は武勲欲しさに出撃を望むな、宇宙艦隊副司令長官としての責任を果たせと軍務尚書に叱責されたらしい。その事を思ったのだろう。

「正論では有るな。だがそれもあの首飾りを攻略出来ればだ」
ロイエンタール提督の言葉に皆が頷いた。戦場では何よりも結果が重視される。シュムーデ提督達があの首飾りを攻略出来れば軍務尚書の言は正しいと評価される。だが失敗すればその言は誤りでありローエングラム伯の言こそが正しいとなるだろう。

「装甲擲弾兵が多くないか? 三個師団を動員している。地上戦が有ると見ているのかな?」
気になった事を言ってみた。皆も気になるのだろう、困惑している。
「艦隊は雑多だが装甲擲弾兵は十分過ぎる程の兵力だ。確かに気になる。偶然かな?」
「いや、偶然ではないだろう。憲兵隊も動員されている」
メックリンガー提督、ケスラー提督の会話に皆がまた顔を見合わせた。

「ケスラー提督、それは本当か?」
「間違いないよ、レンネンカンプ提督。憲兵隊の人間から聞いたからな。それに情報部、財務省、内務省からも人が出ているらしい」
シンとした。如何もおかしい。憲兵隊と情報部は分かる。だが財務省に内務省?まだ反乱が鎮圧されたわけでもないのに何故だ? 何かが不自然だ。

「となると討伐軍はあれを攻略する成算があるのかもしれん」
クレメンツ提督がスクリーンに映る首飾りを見ながら言った。
「しかし、それが簡単に出来ますか?」
「さあ、私には出来んな、ファーレンハイト提督。しかし私に出来ないからと言って不可能という事ではないだろう。何か手が有るのかもしれない」
反乱が起きて未だ間が無い。そんな簡単に考え付くのだろうか?

スクリーン上で艦隊が隊形を整えつつある。
「妙な布陣ですね」
ミュラー提督の言葉に皆が頷いた。艦隊はバラバラだ。装甲擲弾兵を載せた揚陸船もかなり前に出ている。明らかにアルテミスの首飾りを早期に攻略出来ると考えている。

「まだ随分と距離が有る。これから変えるのではないか」
頷きかけた時だった。
「いや、違うようだぞ、ミッターマイヤー。あれは何だ?」
ロイエンタール提督がスクリーンの端の方を指した。その先には……、あれは……。
「氷? いやドライアイスか?」
ミッターマイヤー提督が困惑したように呟いた。俺にもそのように見える。大きな氷、或いはドライアイスの塊だ。如何するのだ、あれを。

「大きいな、どのくらいかな?」
「さあ、一立方キロメートルは有るんじゃないのか」
「一立方キロメートル? ……だとすれば質量は十億トンに近いぞ」
メックリンガー提督、クレメンツ提督の会話に皆が顔を見合わせた。まさか、あれを……。

「動き出したぞ」
確かに動き出した。ケンプ提督の言う通りだ。しかし艦隊は動かない。動き出したのは氷の塊だけだった。徐々に氷の塊の速度が上がる。
「十二個有る、あれをぶつけるのか?」
俺の言葉に皆が顔を見合わせた。

「あれがぶつかったら首飾りは……」
ルッツ提督が声を途切らせた。何処か不安そうな口調だ。
「首飾りが攻撃を始めたな」
クレメンツ提督の言葉に誰も反応しない。ただ黙ってスクリーンを見ている。レーザー砲が氷の塊を襲う。効かない! 水蒸気らしきものが上がった。首飾りからの攻撃は水蒸気を上げるだけで何の効果も無い……。氷はさらにスピードを上げていく……。

ぶつかった! 氷は砕けた、衛星も破壊された。二つとも破片となり美しくきらめいている。まるで美しい宝石の様だ。
「ぶつかったな」
「ああ、壊れた」
ケンプ提督、ファーレンハイト提督が何処か気の抜けた様な口調でアルテミスの首飾りが破壊された事を言った。これは現実なのか?

「艦隊が動き出したな」
「地上制圧部隊と大気圏外で封鎖する部隊に分かれるようだ。地上制圧部隊は揚陸船の護衛部隊と制圧部隊に分かれるのだろう」
「なるほど、雑多な艦隊で十分というわけだ。アルテミスの首飾りを攻撃するわけでは無いか……」
「ロイエンタール、俺はあれは難攻不落だと聞いていたんだが……」
「俺もそう聞いていた。過大評価だったようだな」
ロイエンタール提督とミッターマイヤー提督の会話を皆が複雑そうな表情で聞いている。

「軍務尚書閣下が正規艦隊の派遣を拒否したのはこの作戦が有ったからだろう。反乱は簡単に鎮圧出来るという確信が有ったのだ」
メックリンガー提督の言葉に皆が頷いた。
「となると気になるのは誰がこの作戦を考えたかだな」
ケスラー提督の言葉に皆が顔を見合わせた。皆が困った様な顔をしている。心当たりが有るのだろう。俺にも有る。

「ミュラー提督、後で卿の同期生に連絡してくれないか。巨大な氷でアルテミスの首飾りを壊す様な作戦を立てる人物に心当たりは有りませんかとね」
「小官がですか?」
ミュラー提督が表情に困惑を浮かべた。
「そうだ、私もそんな教え子を持ったとしたら教師冥利に尽きる。是非とも聞き出して欲しい」
クレメンツ提督の言葉にミュラー提督が“分かりました”と答えて溜息を吐いた。



帝国暦487年 11月 8日 オーディン 新無憂宮   エーレンベルク元帥



何時もの部屋に何人かの男達が集まった。今日は何時もより人が多い、帝国軍三長官と国務尚書の他にフレーゲル内務尚書、ゲルラッハ財務尚書が参加している。だが人が増えても陰鬱さは変わらなかった。
「それで、何が分かったのだ?」
「カストロプにフェザーンの商人が居ました」
私の答えに国務尚書が眉を上げた。

「既に去っていたのではないのか」
「マクシミリアンは運用実績を確認するまでは留まる事を命じたようです。金の支払いも運用実績を確認してから払うと言ったようですな」
国務尚書が“フン”と鼻を鳴らした。
「親が親なら子も子か。金に煩い所は良く似ているようだ」
「商人もアルテミスの首飾りに自信が有ったのでしょう。それを受け入れたようです。油断ですな」
また国務尚書が“フン”と鼻を鳴らした。

「それで、その商人、何者か?」
「アルバート・ベネディクト、軍には情報は有りませんでしたが内務省に情報が有りました。取り調べは内務省が担当しています」
私が答えると国務尚書が内務尚書に視線を向けた。
「ベネディクトは独立商人と称しておりますが実際にはフェザーン自治領主府と密接に繋がった男です。商人として活動する傍ら自治領主府の依頼を受けて非合法な活動、或いはその支援をしていたことが分かっています」

「内務省に情報が有ったという事はこれまで随分と目に余る動きが有ったという事か」
「はい」
フレーゲル内務尚書が答えると国務尚書が顔を顰めた。内務尚書は幾分面目無さげだ。国内の治安維持は警察の仕事だ。マクシミリアンを追い詰め反乱を起こさせるのが目的では有るがベネディクトの暗躍を許した事は内務省の失点で有るのは間違いない。叱責が飛ばないのは反乱鎮圧が上手く行ったからだ。そうでなければ厳しい叱責が飛んだだろう。ヴァレンシュタインは内務省にとっては天敵だな。いや、我らの髪の毛にとっても天敵か。

「ベネディクトを取り調べているのですが気になる事があります」
「それは?」
国務尚書の視線が鋭くなった。内務尚書は益々気拙げな表情だ。
「アルテミスの首飾りの情報を盗んだのはベネディクトとは思えません。彼の活動範囲は主として帝国です。反乱軍側に行った事は殆ど無いのです」
「……それで?」
国務尚書が先を促した。

「ベネディクトはこれまでカストロプ公爵家とは接触が有りませんでした。彼は前財務尚書が死んだ直後にマクシミリアンに接触しています。そしてアルテミスの首飾りの売り込みに成功している。この事は財務省の人間がカストロプの財政状況を調べて確認しています」
「……」

「つまりベネディクトはマクシミリアンが反乱に追い込まれるとマクシミリアンを説得しマクシミリアンもそれを受け入れたという事でしょう。アルテミスの首飾りは今回の反乱を契機に用意されたものでは無く、それ以前からフェザーンに有ったのではないかという推測が成り立ちます」

国務尚書が唇を噛んだ。マクシミリアンが生きていればもう少し詳しい事が分かっただろう。残念だがマクシミリアンはアルテミスの首飾りが破壊された後、配下の者に殺された。身体中を滅多刺しにされて嬲り殺しに近かったらしい。貴族達にとって反乱は危険だという教訓になるだろうが大事な情報源を失った事は事実だ。

「補足になるかどうか分かりませんが憲兵隊、情報部が取り調べたマクシミリアンの配下が気になる事を言っております」
「何か?」
国務尚書が鋭い視線で私を見た。気圧されるような視線だ。

「討伐軍を撃退出来れば首飾りを欲しがる人間は増えるだろうとベネディクトが言っているのを聞いたそうです。一人では有りません、複数人、そして複数回です」
「……反乱の誘発か、ベネディクトの素性を考えればフェザーンがそれを望んだという事だな」
「はい、ベネディクト以外にもフェザーンのために働く人間は居る筈です。彼らが貴族達に売り込みをかけた可能性は否定出来ません」
シンとした。

「それにフェザーンが反乱軍寄りの政策を取り始めたのは第七次イゼルローン要塞攻略戦頃から、ほぼ半年前からです。あの要塞攻略戦は失敗しました。それをきっかけにフェザーンは反乱軍が頼りにならない、貴族達を利用しようと考えたのではないでしょうか。アルテミスの首飾りに眼を付けたのはその頃ではないかと思います」
国務尚書が強い視線でこちらを睨んできた。

「……フェザーンが反乱軍寄りの姿勢を示すか。そんな事がレポートに書かれていたな」
「はい」
「レポートを軽視したつもりは無いがフェザーンの動きに今少し注意を払うべきであったか……」
国務尚書が唇を噛み締めている。“はい”とは言えない。軽視したのは我ら帝国軍三長官も同じなのだ。

「閣下、その書かれていたというのは……」
「気になるかな、フレーゲル内務尚書」
「はい、その、まさかとは思いますが……」
恐る恐ると言った口調だ。国務尚書が冷笑を浮かべた。
「そのまさかだ。ヴァレンシュタインは半年以上前にフェザーンの動きを予測していた。……イゼルローン要塞の事に気を取られ過ぎたか……」
フレーゲル内務尚書、ゲルラッハ財務尚書の顔面が強張っている。

「今回の反乱鎮圧もヴァレンシュタイン中将が作戦を立てたと聞いております。真でしょうか?」
「卿も知りたいか、ゲルラッハ財務尚書」
「……」
ゲルラッハ子爵が国務尚書と我らを交互に見ている。国務尚書が低く笑い声を上げた。禍々しい笑い声だ。明らかに嘲りが有る。国務尚書の想いが分かる。愚か者共め、何故知ろうとするのだ? この世には知らない方が幸せな事も有るのに……。

「この部屋での会話は他言は許さぬ」
二人が頷いた。
「反乱が起きる二週間前に作戦は出来上がっていた。フェザーン、アルテミスの首飾りの事も全て想定してあった。後は卿らの知る通りだ。反乱は瞬時に鎮圧されマクシミリアンは領民達に殺された」
呻き声が上がった。二人の尚書が震え上がっている。犠牲者が増えたか。これからは抜け毛の心配をするのだな、同志よ。

「内務尚書」
「はっ」
「フェザーンの接触を受けたと思われる貴族を洗い出せ、そして調べよ」
「はっ」
フレーゲル内務尚書が畏まった。調べよという事は潰すだけの材料を用意しろという事か。フェザーンに接触するのは危険だと貴族達が理解すれば少しはフェザーンの蠢動を抑える事が出来るかもしれない。マクシミリアンの死に様も有る。

「財務尚書、カストロプから接収出来る財産は?」
「現状調査中ですが四千億帝国マルクは下らぬものと思われます。それと派遣した者達がカストロプの財政状況を確認しましたが自治領主府との繋がりは見えなかったそうです」
「分かった。早急に接収を完了させよ」
「はっ」
四千億帝国マルク、そう聞いても何の感動も驚きも無い。誰一人として声を上げなかった……。



帝国暦487年 11月 17日 オーディン  士官学校   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



『今回の内乱鎮圧の功により卿は大将に昇進する事が決まった』
スクリーンに映る軍務尚書は不機嫌そうな顔をしている。明らかに俺の昇進を喜んでいない。
「レポートを出しただけです。そのようにお気遣い頂かなくても……」
『そうはいかん。信賞必罰は軍のよって立つところだ。功を挙げた以上、それを賞するのは当然の事であろう』
以前もこんな会話をしたな。

『それに卿を昇進させなければ反乱鎮圧に当たった者達を昇進させる事が出来ぬ』
溜息が出そうになって慌てて堪えた。別に俺だけ除いて昇進させても俺は不満に思わないんだけど。
『それと卿には双頭鷲武勲章が授与される』
「あの……」
『辞退は許されぬ』
「……」
そんな怖い顔で睨まなくても……。そう言えたらどれだけすっきりするだろう。

『今回卿の挙げた功績は他の追随を許さぬ。それをはっきりさせねばならぬのだ』
「では一つお願いが有るのですが……」
『士官学校の教官増員の件なら問題無い、月内に辞令を出す』
「ありがとうございます。ですがその件では無いのです」
軍務尚書が警戒心も露わな表情をした。そんなに警戒しなくても……。俺は役に立っていると思うんだけどな。我儘も言わないし野心も強くない、扱い易い部下だと思うんだけど……。

「向こう十年間、士官学校校長のポストから動かす事は無いと表明して頂きたいのです」
『どういう事だ』
今度は胡散臭そうな顔をしている。此処は気にせずに困っている様な顔をしよう。同情を買うのが先ず第一だ。

「小官は軍の顕職を望んではおりません。ですがそれが分からずに小官を敵視する人間も居るようです。幸い教官の増員もして頂けるようですし士官学校教育の改善を十年間任せると仰って頂ければと」
軍務尚書が少し考える様子を見せた。

困っているんだよ。ラインハルトがいきなり反乱鎮圧を願い出るなんて思わなかった。貴族の反乱だぞ、反乱鎮圧が失敗してからなら正規艦隊の派遣も有り得るがいきなり正規艦隊を動かすなんて有るわけがないだろう。何を考えているんだか。軍務尚書には叱責されて八つ当たりで俺の事を非難しているらしい。ウンザリだ。ミュラーからも目立つなって怒られた。反乱鎮圧の直後だ、何で俺が作戦を立てたって分かるんだろう。

おまけに反乱を鎮圧した連中が士官学校に押し寄せてきた。シュムーデ、ルックナー、リンテレン、ルーディッゲ、フォーゲル、エルラッハ、リューネブルク、バーテルス、ファルケンマイヤー、全員だ。アルテミスの首飾りを攻略出来るなんて軍人の名誉としてこれ以上の物は無いそうだ。作戦を考えた俺に感謝している、どうしても礼を言いたいと言っていた。

フォーゲルとかエルラッハなんて原作では反ラインハルトの急先鋒だ。この世界でもラインハルトの事を姉の七光りとか増長者とか言って嫌っていた。いや、気持ちは分かるよ。ラインハルトの分艦隊司令官だったが第七次イゼルローン要塞防衛戦後の艦隊戦で動きが悪かったと評価されて分艦隊司令官を首になったからな。

二人にしてみれば自分の指揮が悪かったのに俺達の所為で負けた事にしやがったと不満が有っただろう。ルックナー、リンテレン、ルーディッゲもラインハルトには元々良い感情を持っていない。シュムーデ、そして装甲擲弾兵の三人もだ。彼らは俺こそが宇宙艦隊副司令長官になるべきだと言っている。その事もラインハルトを刺激しているらしい。

『良いだろう』
「有難うございます」
『次は何時レポートを出す?』
「……そろそろネタが……。前回のレポートもネタが無いので作った様な次第で……」
あれは偶然なんだよ。マクシミリアン・フォン・カストロプがアルテミスの首飾りを使うなんて思わなかった。何処かの馬鹿な貴族がフェザーンにそそのかされてアルテミスの首飾りを使うかもしれないと思ったんだ。だからあれを書いた。そういう事にしておかないと。軍務尚書が俺を睨んだ。面目無さそうな表情をするんだ。ちょっと俯き加減で一、二、三……。

『次は何時だ?』
「……」
『次は何時だ? ヴァレンシュタイン中将、いや大将』
駄目か……、いや諦めるな。
「……来年の三月頃には、……もっとも書く内容が有ればですが……」
『来年三月だな、必ず提出するように』
“必ずだぞ”と怖い顔で念を押して通信が切れた。あー、駄目か……。何を書けば良いんだろう……。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧