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緑の楽園

作者:どっぐす
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第六章
  第64話 総裁

 空間の雰囲気は、あまり変わらなかった。
 高い天井。床、壁、林立する太い柱は、いずれも打ちっぱなしのコンクリート。
 やはり薄い灰色の世界が広がっている。

 ただ、中央だけ、毛足の長そうな赤いカーペットが伸びている。
 その先には、玉座。
 地下なのに、上から明るい光が差していた。

 そこに、いた。
 黒基調の貴族服のような恰好をし、顔には仮面を付けている者が、座っていた。

 総裁……。

 こいつだ……。
 こいつこそが総裁。地下都市の代表者。

 俺が足を止めると、他のメンバーも止まり、盾を掲げながら俺の横に広がった。
 すると、総裁はゆっくりと立ち上がり、声を発した。

「侵入者か」

 その声は、自分が想像していたよりもずっと若いものだった。
 だがその発声は平坦で、なんの感情もこもっていないように感じた。
 総裁以外に人間の姿はない。
 クロも反応しないので、誰かが潜んでいるということもないだろう。

 俺は小声で指示を出した。
 一同、盾を掲げたまま扇状に広がり、ほどよい距離まで慎重に近づく。
 半包囲を完成させると、俺は「総裁」と呼びかけた。

「俺たちがここまで来たのは、あなたに降伏してもらうためです」
「それは、できない」

 総裁は顔を動かさず真正面を見据えたまま、そう答えた。

「どうしてですか。どう考えてもこれ以上の抵抗は無意味だと思います。降伏してください」
「できない」
「なんでですか!」
「できないからだ」

 荒げてしまった俺の声にも、総裁は全く乱れることのない返事で答えた。

「なんでだ……。なんでできないんですか」
「この地下都市に滅亡はありえない。そのような選択肢は存在しない」
「……あくまでも降伏を拒否なさるんですか」
「降伏はできない」

 やはり、話し合いの余地はないのか――。

「では不本意ながら、あなたを殺すという手段で戦いを終わらせることになります」

 戦うしかない。
 総裁を倒すことでこの馬鹿げた戦いを終わりにする。それしかない。

 総裁の左右の手には、銃が握られていた。
 右手の銃はタケルのものと同じだろう。
 左手の銃は……まだ見たことがないものだ。後ろから紐のようなものが付いている。
 まだどちらも、銃口は床に向けられたままだ。

 こちらはもう戦闘に入れる状態になっている。
 盾を掲げたまま飛びかかり、銃撃を防いで一太刀入れることはできるだろう。
 一斉に動けばさらに確実だ。勝利は揺るがない。

 合図をした。

 銃声が響く。タケルが発砲した音だ。さらにもう一声。
 相手は動かない的だ。弾丸は命中したはず……なのに、総裁の姿勢は変わらない。
 表情は仮面に遮られ、うかがうことは不可能だ。

 さらなる攻撃のため、兵士やカイル、タケルが突進していく。
 俺とクロも飛びこんでいった。

 総裁の右手が動いた。
 ――なぜだ? 撃たれたはずなのに。
 その右手は、一番接近していたであろう兵士に向けられた。

 銃声。
 盾を貫通したかどうかはわからないが、兵士が呻いて倒れた。

 続いて左手が動く。
 今度は、銃声とは違う爆発のような轟音。
 銃口から、激しい炎が放射状に出た。

「うっ」
「うあっ」

 なんだこの武器は……。

 一瞬にして兵士三名が火に包まれながら後ろに飛ばされ、床に転がった。
 盾で直撃を免れたようにも見えたが、どこまで防げているか。

 その火は、俺のところまでは届いていなかった。
 俺の一撃は入る。狙いはおそらく狂わない。

 総裁の胸部めがけて一突き。
 入った。

 ガキっという金属音。
 深く入った手ごたえはまったくなかった。

 しまった。中に鎧を着込んでいたか――。

 そう思ったときには、もう総裁の右手がこちらに向けられていた。
 すかさず横からクロによる総裁への体当たり。銃口がブレる。
 銃声はしたが、こちらには当たらなかった。
 もう一度剣で攻撃を――。

 しかし総裁のほうが速かった。
 左手が動く。
 その大きな口径の武器。不気味な円形の闇がこちらに向けられた。

「がはっ」

 轟音と同時に、強い衝撃と熱風。後ろに飛ばされる。

 痛みとともに、体が床でバウンドするのを感じた。
 そしてクロも振り払われたのか、床を転がる金属音が聞こえてくる。
 俺は起き上がろうとしたが、体が動かなかった。

 体中が熱い。体中が痛い。
 手足が言うことを聞かない。
 盾はきちんと機能したのか?

 さらに銃声と、総裁のもう一つの武器の轟音が続いた。
 そして悲鳴。これは兵士とタケル……そしてカイルのものか?

 ――まずい。
 俺はここで寝転がっている場合ではない。起きろ。動け。

 何秒経過したかはわからないが、手足の感覚が脳に再接続された。
 四つん這いになり、起き上がる。

 ――しまった。剣が。

 俺の剣は、総裁の足元近くに転がっていた。

「リク! これを使え! わたしが時間を稼ぐ」

 ただ一人立っていた神が、大剣を放り投げた。
 それは大きな音とともに、俺のすぐ足元まで来た。

 すぐに拾い上げる。
 重い。重かった。片手ではとても振れない重さだ。
 迷わなかった。
 盾を捨て、大剣を両手で持った。

 神が盾をかざしながら突進するのが見えた。
 それに対し、総裁が左右の銃を同時に向けていた。

 その隙に動いた。
 大剣を振りかぶりながら、走る。

 この大剣の重さ。
 それは、ここにいるみんな、外にいるみんな、そして地下都市全員の運命を握る重さ――。

 気づかないうちに、突っ込みながら叫び声をあげていた。
 そして総裁の頭をめがけて、大剣を振り下ろした。






 激しい金属音。
 火花が散った。

 総裁の動きが止まった。
 仮面が床に落ち、乾いた音を立てた。

 むき出しになった総裁の顔。
 それは一見、普通の人間のようでもあった。

 しかし、大剣で割られた頭の内側。
 そこには、ショートして火花と煙をあげている、回路のようなものが見えていた。


 人間じゃ……なかったのか…………。


 総裁だった機械人形は、ゆっくりと床に倒れた。 
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