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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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「わたしは皆さんがいるこの世界が好きです」

 
前書き
サブタイトルは夕方ってもういいですね 

 
「あのクエスト、なんだったろうね……」

 フォールン・エルフとの邂逅を終えたショウキたちは、いまいち釈然としなくもなかったが、もう夕方になってプレミアも帰ってきているだろうと、リズベット武具店へ歩いていた。キズメルは呪いに関してのフォールンの関与をエルフたちに報告するとのことで、俗っぽいことを言ってしまえば、クエスト進行にはまだ時間がかかりそうで。

 フォールン・エルフといい、彼らが拠点としていた聖堂といい、聖堂に刻まれていた二人のプレミアといい、成長したプレミアのような白髪のNPCといい。せっかくクエストに出かけたというのに、《剥伐のカイサラ》にいいようにやられたのも含め、ただ謎が深まるばかりでフラストレーションがたまるばかりで。

「あとでアルゴにでも聞いてみるか」

「アルゴさん……か」

 アインクラッド第二十二層、リズベット武具店までの帰り道。最初にショウキとアルゴが会ったときには、アルゴの存在をアスナに話さないことが条件だったが、エルフクエスト絡みで直接会ってしまった以上は時効だろうと。かの鼠の名前を出すと、気にしていたかのようにアスナがうつむいた。

「アスナ……」

「……ううん。あんまり会いたくない気持ちも分かるの。私たちが組んでた時は辛いことも多かったし……でも……辛いことばっかりじゃなかったとも思うんだけどな……」

「…………」

「あ……ご、ごめんね! なんか湿っぽくしちゃって!」

 最も犠牲の出た攻略初期のことを知らないショウキとリズには、アスナの呟きに何か返してやることも出来ず。そんな雰囲気を感じとったのか、アスナは無理やりにでも笑顔を作ってみせて。そんな気にすることじゃないと、ショウキも何か言ってやろうとすると――

「ショウキ。アスナを『泣かせた』のですか?」

「いやそうじゃな――!?」

 ――突如として、この場にいないプレミアの言葉が響いていた。反射的に言葉が聞こえてきた方へショウキが振り向くと、目と鼻の先にプレミアの顔が逆さに置いてあり、唇と唇が触れてしまう――前に、ショウキはもはや無意識に後方へステップを踏んだ。

「……。ごきげんよう、ショウキ」

「いや、え、は?」

「何やってんのあんた!?」

 落ち着いて見てみれば、ショウキの近くの空間にプレミアがスカートを抑えながら宙吊りにされていた。しかしてロープのようなものは見えず、まるで自由自在に空中を浮遊しているかのようで、その証拠のようにゆっくりと天地を戻しながら着地する。

「サプライズ成功ー!」

「サプライズ成功、です」

「ええと……うん」

 目を白黒させたままのショウキたちをよそに、バレないように遠くから見ていたらしいリーファが飛んできてかと思えば。リーファと同程度の身長まで浮遊したプレミアとハイタッチするとともに、再びプレミアは自ら逆さ釣りに戻っていた。先程の慌てたバックステップはしばらく笑い者だな――などと思いながら、ショウキは髪を掻いていれば、じろじろとプレミアの視線を感じて。

「ショウキ。いつもと格好が違います」

「あ、それエルフクエストのレア装備じゃない?」

「ん、ああ、キズメルから貰ったんだ……変かな?」

「いいえ。わたしも欲しくなります」

 そういえば前々からの装備からエルフの騎士団装備に変わっていたと、ショウキは装備のマントをつまんでみせると。羨ましげにそれを見ているプレミアの装備といえば、会ったときから変わらぬワンピース姿であり、そのまま宙吊りに浮遊しているものだから、ずっと手で抑えていて。

「とりあえずズボンにしないとな……」

「なに言ってんのよ、せっかくだからもっとオシャレして……」

「そ、それで、プレミアちゃんはなんで浮いてるの?」

 そのままプレミアの服に話がもつれこみそうになったものの、スカート装備のアスナがどこか居心地の悪そうに本題に入った。プレミアはどうして浮かんでいるのだろうかと、最初から誰もが気になっていたが聞きそびれていたことを、よくぞ聞いてくれましたとばかりにプレミアは胸を張って。

「色々あったんです。聞いてくれますか?」


 ヨツンヘイム、《浮遊の魔術師》が潜むダンジョンにて。物陰に潜んでいたプレミアはようやく震えが収まり、みんなが見守るなかでどうにか立ち上がった。

「プレミア、大丈夫か?」

「はい。ボスは」

「もう倒したから安心して」

「悪かっタ!」

 とはいえ《浮遊の魔術師》はプレミアが立ち上がる前に倒されてしまったらしく、すでにシノンが目的の魔術書を持っていた。今回も役に立てなかったと、プレミアが落ち込んでいると、逆にアルゴが頭を下げていた。

「どうしてアルゴが謝るのですか? 悪いのはわたしです」

「いや……プレミアがボス戦なんてやったことないのに目を離したコッチが悪いんダ。怖がらせて本当にすまないと思ってル……」

「それは……そうだよね……」

「それは違います」

 ボス戦だというのに、不慣れなプレミアから目を離してしまったこと。それは連れてきた自分が悪いのだというアルゴにリーファも同調するが、プレミアはしっかりとした意思でそれを否定する。確かに初めて感じるほどの『こわい』に身動きできないほどになってしまったのは確かだが、アルゴの言い分は間違っていると。

「おかげで『こわい』は『嫌なこと』だと気づけました。わたしは今まで、そんなことも知らなかったのです」

「プレミア……」

「もう『こわい』にならないように、わたしは強くなります。だから、ありがとうです」

 もう二度と『こわい』を味わうことがないように。鍛え直しというやつです――と、気合いを込めるプレミアの様子が何かおかしかったのか、一同から少し笑みが溢れた。

「……知らないうちに、プレミアは強くなったんだナ」

「いえ、これからです」

「最初よりは強くなったってことですよ!」

「それなら……うれしいです」

 最初の人形だった頃ではなく、『プレミア』という確固たる存在となったことで。知らず知らずのうちに少女は成長していたのだと。そうユイに指摘され、プレミアは無意識にはにかんだ。

「……要するに、今まで過保護すぎたってこと?」

「一緒にいたのショウキくんだもんね、ぜっったい過保護だよー」

「『かほご』とはなんですか?」

 過保護だった覚えはない――などと、当のショウキ本人が聞いたら言いそうなことだが、その答弁が受け入れられることはないだろう。実際はそこまで過保護でもなく、ただ心配性なだけなのだが。

「すごく甘やかされていることを言います」

「……なるほど、『かほご』はもうやめです」

「じゃあご飯もなしだナ」

「…………!?」

 強くなるためには過保護では困ります、と決意を新たに拳を握りこむプレミアだったものの。続くアルゴの言葉による衝撃は、先程の魔術師の一撃を遥かに上回るものだった。信じられないとばかりに口をパクパクと開閉し、身体を震わせてつい先程の決意を無下にしようか葛藤する。

「それは……困ります……! 過保護でいいです……!」

「……そんなことより、ほら」

 そうして熟慮の結果、もはや強くなる決意などなかったかのように、一瞬で過保護へと戻る英断を下したプレミアに、シノンから本が渡される。先の《浮遊の魔術師》からドロップした、今回の件のそもそもの原因である秘伝書だった。

「これでプレミアちゃんも飛べるようになるの?」

「……今ちょっと読んでみたけど、私には読めなかった」

「ありがとうございます」

「わたしにも見せてください!」

「……どうダ?」

 女神の書物とも呼ぶべきものだからか、秘伝書の中身はプレイヤーたちには読めないものとなっているらしく、シノンは不服そうに呟いて。興味深そうに読みふけるプレミアとユイの背後から、アルゴも覗きこんでみたものの、やはり幾何学的な模様としか思えなかった。

「はい。読めます」

「わたしは読めません……」

「え? ユイちゃんも読めないの?」

「……なあプレミア。その本、なんてタイトルなんダ?」

 そして食い入るように本を見つめるプレミアと違って、ユイもプレイヤーたちと同様に首を捻っていた。プレミアが読めてユイが読めないものともなれば、それは珍しくもないNPCにしか読めないアイテムではないということで。何かの手がかりになるかと、アルゴはその秘伝書のタイトルを聞けば。

「『これであなたもすぐ飛べる! 三時間で学ぶ浮遊術最強プログラム』です」

「……そうカ」

 まるで手がかりになりそうにないタイトルだった。


「……という冒険を繰り広げてきました」

「俺は過保護じゃない」

「そこは別にどうでもいいわ」

 プレミアたちがしてきた冒険の話を本人から聞いて、やはりショウキが反応したのは過保護疑惑の訂正だったが、案の定リズにばっさりと切り捨てられた。何にせよプレミアは苦戦しながらも浮遊しており、冒険の成果は多分に活かされているらしい。

「それで今、リーファに飛び方を教えてもらっているところです」

「……大丈夫か?」

「……そういうところだよ、ショウキくん」

「ぐ……」

「じゃあ、しののんにユイちゃんと……アルゴさんは?」

 確かに空を飛ぶことに関してはリーファが最も優れているだろうが、浮遊城からシルフ領に飛び降りるような趣味の、あのスピードホリックに任せて大丈夫なのかと。ショウキは疑惑の目を向けたものの、それが過保護なのだと言われればどうしようもなく撃沈し。

「店の中にいます」

「え? アルゴもいるわけ?」

「うん、さっきまでエギルさんと話してたよ……アスナさん、頑張ってね」

「……ありがと。それじゃ、ちょっと私も挨拶してくるね」

 とはいえそんなことよりも、先程まで噂していた《鼠》が店にいると聞きいて。リーファから小さく応援の言葉を送られて、アスナは翼を展開し一足先にリズベット武具店へと飛翔していく。

「ショウキ。わたしはもう少しリーファと飛んでみるので、先に帰っていてください」

「あ、ああ。どんな感じだ?」

「今のところ、特に問題はありません。ですが一つ、とても深刻な問題があります」

「あるのかないのかどっちよ」

 リズの疑問も最もな話で。短い時間ながらもショウキが見る限り、浮遊について特に問題はないようにうかがえる。それはリーファ師匠も同感だったようで、ふわふわ浮かぶプレミアを眺めつつ不思議そうな表情を晒していた。

「わたしも飛べるようになってしまったため、どこかに行く時ショウキに抱っこしてもらえません」

「……問題か?」

「重要な問題です」

 重要な問題ではなかったらしい。そうショウキは結論づけて、二方向から感じる冷たい視線も気のせいだと切り捨てた。いつだか、他にクエストに行ってくれる人がいないなどと悩んでいた時は、二つ返事で自分が行くなどとショウキは言ったものだが。今回ばかりはそういう訳にもいかないというか、いつでも抱っこしてやるなどと言えるはずもない。

「……じゃあリズ、俺たちも帰るか」

「ふーん、そうね。プレミアもあんまり無理するんじゃないわよー」

「はい。もう少しリーファに教えてもらったら帰ります」

 まるで何事もなかったかのように振る舞えば、リズも一時は冷たいジト目だったものの、どうにか許してくれたようだ。プレミアのことを心配ながらリーファに頼むと、ショウキにリズもまた、アスナを倣ってリズベット武具店へと飛翔することにした。

「ただいまー!」

「おかえりなさい。リズさん、ショウキさん」

 そうして出迎えてくれたのはユイ。時間帯も悪いのかあいにく店内は併設のダイシー・カフェも含めて閑古鳥が鳴いており、ユイやシノンなどプレミアの冒険に付き合ってくれていた仲間たちがいたのみだった。

「……奇遇だナ」

 ただし始めて店内で見る人物として、どこか投げやりな雰囲気のアルゴが座っていた。どうやらアルゴの様子を見るなり、ショウキたちが帰ってくるより早く、アスナとのちゃんとした再会は済んだらしく。対してアスナはユイとともに、ダイシー・カフェの調理スペースを借りて軽食の準備をしつつ、無意識にか上機嫌にハミングを奏でていた。

「おい店主。この店はどうなってるんダ? ずっと見張られてたみたいだったゾ」

「人聞きが悪いわね。一緒にお茶してただけだけど?」

「カフェの方の苦情は受け付けておりません、よ」

 どうやらアルゴの見張り役はシノンだったらしいが、当の彼女は優雅に紅茶でも飲みながら本を読んでいて。ぐったりとしたアルゴのクレームをばっさりと切り捨てながら、リズにショウキもコーヒー片手に席について。

「ありがとね、プレミアに付き合ってもらって」

「……まあ、乗りかかった船だっただけだヨ」

「同じく」

「それより、随分といい格好をしてるみたいだナ?」

「……見て分かると思うが、こっちはエルフのクエストに行ってきたんだ」

 シノンに見張られアスナに詰められ、珍しく少し疲れた様子のアルゴだったが、ショウキの装備を見て目の色が情報屋のものへと変わる。ただしショウキもちょうどいいとばかりに、エルフから貰ったエンジュ騎士団の服を示しながら、エルフクエストで起きたことを話しだした。

 呪いとともにいたフォールン・エルフとプレミアを大人にしたような白髪のNPC、彼らの持つ六つの秘鍵と聖堂、そしてそこに刻まれていた二人のプレミア。エルフたちがプレミアを巫女などと呼ぶことも含めて、エルフとプレミアには何かしらの関係があるのかと。

 そうショウキたちが体験したことを話すととともに、アルゴの表情が難しいものへと変わっていく。

「……実は、こっちでもナ」

 そうしてアルゴたちもまた、彼女たちがクエストで起きたことを語りだした。ヨツンヘイムに存在した、プレミアのために用意されていたとしか思えないクエストとアイテム、そして事実としてプレミアにしか解読できない秘伝書。クエストクリア後には女神が現れなかったため、さらに問いただすことは出来なかったが、女神ウルズの『プレミアは女神と近しい存在』という言葉。

「それともう一つ。あの子、ヨツンヘイムに落ちそうになってたんだけど……なにか、懐かしそうに手を伸ばしてたのよね」

 最後にシノンが感じたこととして、プレミアはヨツンヘイムを懐かしがっていたと。もちろんプレミアはヨツンヘイムになど行ったこともなく、エルフのことや女神のことなども分からないだろう。相変わらず謎が深まるばかりであり、にもかかわらず解決の糸が見えないと、まるでお手上げだった。

「またすごい子を拾ったものね」

「返す言葉もない」

「なに、面白いじゃないカ。感謝してるヨ」

「みなさん、よければどうぞ!」

 エルフ、女神、ヨツンヘイム。それらに関わるプレミアの謎に、情報屋の血でも騒ぐのかアルゴの瞳が目に見えて輝いていて。ただしそこにユイとアスナがサンドイッチが乗った大皿を持ってきて、ケットシー二人の耳が無意識だろうがピンと張り出した。

「あらアスナ。どうしたの?」

「そろそろプレミアちゃんが帰ってくる頃かなって。ついでにみんなのも」

「ただいま帰りました」

「ただいまー!」

「これが女子力か……うぐっ」

 アスナの予想通りに店の扉が開いたらしく、プレミアが喜びそうなサンドイッチも含めて感服したショウキだったが、口に出したがために隣の彼女からの肘鉄をいただいた。どうせあたしは女子力とやらが低いわよ、などといった言外の威圧に、ショウキも全身から謝罪のオーラを出していく。

「お帰りなさい、プレミアちゃん。今……」

「この匂いは……閃光師匠のサンドイッチですね!」

「師匠……?」

「サンドイッチの匂いってなんだ……?」

 面白そうな単語を聞きつけたシノンの追求をスルーしつつ、アスナがサンドイッチを勧めようとする……前に。帰ってくるなりサンドイッチの匂いとやらをかぎ分けて、プレミア……とリーファがトコトコと走ってくる。現実なら手を洗えと母の一言が入るところだろうが、あいにくとここはVR空間による仮想世界だ。机に座っていた一同は自分たちの分のサンドイッチを確保した後、プレミアとリーファに席を譲っていく。

「では師匠、ユイ。いただきます」

「うん、召し上がれ……でも師匠はやめてね」

「どうぞ!」

「お、なんだなんだ。盛り上がってんな」

「よう、エギルの旦那。アーたんの手作りいるカ?」

 店内は自然とサンドイッチ食事会になっていき、三々五々にアスナとユイへの礼とともにサンドイッチを口に運んでいく。早くもプレミアが三つ目のサンドイッチに手を伸ばそうとした時、カウンターの向こうに店主がログインした。

「なんだ、アルゴじゃねぇか。遂に捕まったのか?」

「ま、アーたんに泣いて頼まれてナ」

「泣いてません! ……エギルさん。キッチンお借りしちゃって……」

「なに、アスナに使ってもらえば店も喜ぶからな……プレミアの方はどうだ?」

「ほら、お茶」

「むぐ……何がですか?」

 ログイン直後だが大体の事情は察したらしく、エギルはアルゴからサンドイッチを貰いつつ、何やらプレミアに問いかけた。ただしプレミアに問いの意味は通じなかったらしく、あやうく喉につまらせそうになったところをショウキがお茶を差し出して。

「何がって……部屋に置く小物を買いに行ったんだろ?」

「あ」

「……そういや、最初はそんな話だったナ」

 忘れていました――という言葉とともに、プレミアは食べていたサンドイッチを小皿に取り落とした。忘れるというのは機械にとって非常に難しい機能だとか、ショウキは小耳に挟んだこともあったが、目の前の二人を見るにそうは思えずにいた。

 ――それとも、二人が人間と変わらないということか。

「プレミアちゅわぁんはいるかー!」

 そんなショウキの思考を打ち切るかのように、店の扉が勢いよく開くとともに、野太い声が店内に響き渡った。恐らくは店内にいた一同が、全員同じ顔を思い浮かべたであろうが、そこは代表で店主が問いかけた。

「業務妨害なら追い出してやろうか、クライン」

「待て待て。プレミアちゃんが部屋を飾りたてるもんを探してるって聞いてよ、オレが力になりに来たのよ!」

「あんたがぁ……? 大丈夫?」

「そこんところはアドバイザーの先生がいたからよ。なぁ先生!」

「先生です!」

 リズの怪訝な声に答えるようにして、クラインの背後から先生――シリカがドヤ顔で現れていた。さらにその背後には頭を抱えるキリトがいて、どうやら話はキリトから二人に伝わったようだ。それはともかくとばかりに、店内に入ってきたクラインたちだったが、やはりまずはアルゴへと目を向けた。

「お、アルゴじゃねーか! 遂にアスナの泣き落としを受けたか?」

「クラインさん!」

「流石はクラインの旦那。キー坊に悪くなるほどの情熱的な抱擁をされてナー」

「『じょうねつてきなほうよう』?」

「プレミアは後でアーたん……師匠に聞いてみナ」

「アルゴさんも!」

「ほら、プレミアこっちこっち」

 旧浮遊城のメンバーが揃ったからか、からかわれる側に回るアスナという珍しいシーンが見れて。そろそろプレミアには悪影響かとショウキはそちらから引き離すと、お土産を持ってきてくれたらしいシリカの方にプレミアを持っていく。

「プレミアちゃんが気に入ってくれるといいんですけど……」

「あ、それ!」

「ッ!?」

「これは?」

 そう言ってシリカがストレージから取り出したのは、赤い毛並みを持った子犬のようなぬいぐるみ。あいにくショウキには見覚えはなかったが、リズを含めた数人からは見知ったような声――と、何故か圧し殺したような小さな悲鳴が誰かから。

「ワン吉のぬいぐるみです!」

「ワン吉……これが……もふもふ……!」

 ワン吉、というらしいが。あいにくと名前を聞いても心当たりがないショウキは、ぬいぐるみを受け取ってその感触に感動して打ち震えているプレミアを邪魔しないように、隣にいるリズに視線だけで振ってみれば。彼女にいわく、あるクエストの人気マスコットだそうだ。

「見てください皆さん。これが『もふもふ』です」

「気に入ってくれたみたいですね……」

「はい。ありがとうございました。……アルゴも、もふもふのおすそわけです」

 どうやら『もふもふ』にいたく感動したらしく、プレミアはぬいぐるみを抱えながら方々を駆け回り始めた。もはや聞かなくてもわかる気に入りように、買ってきたシリカたち三人は安心に胸を撫で下ろしていて。そのまま『もふもふ』のおすそわけに回るプレミアは、少し離れた場所で立っていたアルゴへと駆けていく。

「アルゴもどうぞ。もふもふです」

「あー……その、いや、オレっちは遠慮しとくヨ。ほら、リズなんかじっくり見てるゾ」

「では、リズは次です。アルゴもこういったものを探していたのではないですか?」

「別に後でいいわよー」

 ジリジリとアルゴが下がっていき、それをジリジリとプレミアが追っていく。何やら言い訳に使われたようなリズ当人は、後から来たキリトたちに余っていたサンドイッチを渡していて。ただ断られているのはプレミアにも分かったらしく、どこか寂しげにぬいぐるみを引っ込めた。

「すいません、アルゴ。もふもふがダメなのですか?」

「い、いや……その……だナ?」

「もしかして犬がダメなんですか?」

「な、なあプレミア! ちょっと俺にも抱かせてくれないか?」

 要領をえないアルゴに対して、どうやらユイが正解を引き当てたようだ。ただし正解だと確信できたのは、唐突にキリトが乱入してきたからで……キリトからすれば、アルゴを庇うつもりだったのだろうが、あのタイミングで乱入すれば正解だと言っているようなものだ。

「へー、アルゴさん。犬が……ねぇ」

「……キー坊のバカ……」

「え?」

「あの、ショウキ。リズ」

 仕返しの格好のネタを見つけたとばかりにニヤニヤと笑うアスナから、まだ自分が仕出かしたことが分かっていないキリトへの恨みがこもった呟きを込めながら、アルゴは逃げるように離れていく。そのままぬいぐるみはキリトからエギルに渡り、異様に似合わないその組み合わせに多少ながらメンバーに笑いがもれている間に、プレミアはショウキとリズの近くに歩いてきていた。

「どうした?」

「ここに引っ越してきてから、皆さんによくしてもらいました。それでわかったことがあります」

 うらやましげに騒ぐ仲間たちを眺めながら、プレミアはとつとつと語りだした。その間に回り回って犬のぬいぐるみがプレミアに返ってきて、もう一度だけ大事そうに抱きついた。

「わたしは皆さんがいるこの世界が好きです。大好きです」

「……そうか、よかった」

「うんうん、嬉しいこと言ってくれるじゃない!」

 こうして再び仲間たちとともに集まるようにして、プレミアが他のメンバーとうまくやれるか心配ではなかった、というとショウキもリズも嘘になる。ただし幸いなことにその心配は杞憂に終わったらしく、感極まったリズはぬいぐるみごとプレミアに抱きついていて。

「……ショウキは抱きついてこないんですか?」

「遠慮しておく」

 何かを期待するようなプレミアの視線から逃げると、次はプレミアの髪をクシャクシャと撫で回すリズと目があった。すると今まで楽しそうにしていたリズの目が、どこか悲壮感を込めた後ろめたいものとなっていた――それはショウキも同様だ。

 そもそも今日ショウキとリズがこの《ALO》にログインしたのは、これから少しすれば、二人とも現実の用事で仮想世界に来れなくなるとプレミアに伝えるためだったからだ。ずいぶんと嬉しそうなプレミアにそんなことを言うのも気が引けるが、むしろ自分たちがいなくとも今日で他のみんなと仲良くなれたのだから大丈夫だと、ショウキは心を決めて。

「なあプレミア。ちょっと大事な話があるんだ」
 
 

 
後書き
よいお年を。次話はいつもの時間じゃなく正月に更新予定です 
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