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緑の楽園

作者:どっぐす
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第六章
  第62話 突入(2)

 地下都市には、象山エリアの最奥に放送施設がある。
 非常ボタンは一定間隔で存在しており、火災発生時などはそれを押すと、放送施設経由で地下都市全体に音声が流れる仕組みになっている。

 そのことについては、タケルから事前に聞いてはいた。
 だが、手っ取り早く無効化する手段などは存在しない。
 鳴らされなかったり、鳴らされるのが遅ければラッキー。そんな希望的観測でいたが……。
 やはりそんなうまい具合に事は運ばなかった。
 しっかり早い段階で鳴らされてしまった。

 急がなければ。
 ちんたらしていたら、騒ぎが広がってしまう。
 一度足止めを喰らえば、そのまま蜂球のごとく住民に包囲されるだろう。
 捕まってしまったらもう終わりだ。その後に予想される展開は絶望しかない。
 体中の血どころか、リンパ液に至るまで急冷された気分になった。冷や汗も噴き出してくる。

「とりあえず急ぎましょう。少しスピードアップします」



 象山エリアと舞鶴山エリアを結ぶ連絡通路に入った。
 一度の下り坂と一度の左カーブがあったほかは、特に起伏もなく、まっすぐの通路だった。
 やや幅の広がったその通路を、突入隊はひたすら進む。

「まだ後ろは大丈夫ですね!?」
「今のところは大丈夫だ! 安心しろ!」

 ――頼むから、総裁のところにたどり着くまでは追いかけてこないでくれ。
 祈りながら、走り続けた。



 連絡通路がそろそろ終わるのだろう。ゆるやかな登り坂となった。

 舞鶴山の居住区に入っても、景色がさほど変わるわけではないと聞いている。
 ただ、通路の幅はより広く取られており、部屋なども少し豪華とのこと。
 地下都市のなかでも、位の高い人間が住んでいるエリアだそうだ。

「リクさん。次の突き当りを左に曲がると居住区に入ります。警戒が必要です」

 走りながら後ろに指示を出して、全員に盾を構えさせた。
 いきなり撃たれて終了、などという事態は避けなければならない。



 曲がり角のところに来た。
 この先が居住区だが、すでに少し声が聞こえてくる。
 嫌な予感。
 また顔だけ出して、様子をうかがう。

「……!」

 見て瞬時に顔を戻した。
 すぐ後ろで、タケルとカイルが心配そうに俺の顔を見る。

「やはり部屋から出てきてしまっていますか?」
「ああ。非常ボタンを押されたせいだな」
「あらら……まずいね」

 この通路だけでも、結構な人間が出てきてしまっている。
 今チラッと見えた範囲だけでも、二十人以上はいたと思う。
 この時間――夜だと、住民のほとんどは働いている施設から自室へと戻ってきていたようだ。

 居住区を抜けるまではおとなしくしてもらいたかった……というのは今考えても仕方がない。
 どうするのか決めなければならない。
 後ろの兵士たちも、決断を促すような顔でこちらを見ている。

「リクさん。ここさえ抜けることができれば、その先に封鎖できるポイントがあります」

 タイミングよく、タケルが情報提供をしてきた。

「よし。ここは無理矢理駆け抜けよう」

 神と後続の兵士にもその旨を伝える。
 戦意がない住民は殺さないように、そして床に倒れた住民をできるだけ踏まないように。その二点、念を押した。

「では……行きますよ」



 兵士の声、足音、鎧の音。
 盾に突き飛ばされた人間が、壁のボードに当たる音。
 地下都市住民の悲鳴。
 そして、混乱した住民がまたボタンを押したのだろう。スピーカーから流れる非常音声。
 通路は瞬く間に騒然となった。

 俺も「ごめんなさい」と叫びながら、正面の人間を左右に飛ばしていく。
 そんなことを叫んでも仕方ないことは知っていながら。



 五百メートル以上は走ったと思う。
 広い通路の終点には、大きな金属の扉があった。
 鍵はかかっておらず、押し開けようとしたらすんなり動いた。
 逃げ込むように入る。

 すぐに前方を確認した。
 高校にあった剣道場くらいの大きめのホールで、向かい側に見える出口とおぼしき扉は、閉まっている。
 ホールの中央には何もない。
 四隅に近いところに、それぞれ一本ずつ、円柱形の柱が見える。
 銃を構えた人間はいな――

「うあっ?」

 俺の体は、何かによって斜め横方向に突き飛ばされた。
 そしてほぼ同時に大きな破裂音。
 銃声だ。

「拳銃だ! みんな盾を!」

 俺はバランスを立て直しつつ、反射的に叫んだ。
 後から入ってきた兵士が言う通りに構えてくれたかを確認する余裕まではない。

 ――今のは発砲だ。間違いない。どこからだ?

「リク、右奥の柱の後ろだ!」

 クロのその声だけで、どの柱のことを指しているのかわかった。
 今入ってきた入り口から見て、ホール右前方の柱。あそこか。
 この距離では撃たれ放題だ。詰めなければ。

 盾をかかげたまま突進する。
 過去に撃たれたときの記憶が勝手に蘇ろうとしたが、声をあげながら走ることで、それを無理矢理におさえつけた。
 横や後ろから、他のメンバーが続いて突進する音。

 相手が、柱から横っ飛びで姿を現した。
 そして銃口を……誰に向ければよいのか迷ったのだろう。銃口がブレる。
 いける。
 その隙に剣で刺撃を。
 剣先を相手の首に――。

 あ。

 まさに突き刺そうとするコンマ数秒前。計画変更は成功した。
 剣ではなく左手の盾で、相手の視界を奪うように、見覚えのあるその顔へと押し当てた。
 そして、のけぞって上にあがった相手の右手首へ、今度は剣の柄頭を思いっきり打ちつける。

 拳銃が床を転がる。クロがそれを素早く回収した。

 相手は床にあおむけで倒れたが、すぐに体を起こそうとしてきた。
 そこに、兵士たちよりも身軽で素早いタケルがいち早く飛びかかり、短剣でとどめを刺しにかかっていた。
 まずい――。

「待て! やめろ!」

 力の限りで、叫んだ。



 ***



 ここまで駆け抜けてきたせいだろう。
 不気味なほどいつもどおりの神を除いて、全員の息が切れていた。

 入ってきた入り口は、現在閉じている。
 その金属の扉。防災用のものなのだろうか? 取っ手の形状が、俺の時代のビルの防火扉と一緒だった。
 すでにこちら側から施錠されている。タケルが閉めてくれたようだ。
 いずれ破られるかもしれないが、少しの時間稼ぎにはなるだろう。

「リク、大丈夫か」

 呼吸を整えている俺のところに、クロが寄ってきた。

「俺を突き飛ばしてくれたのはお前か。助かった……ってお前! 鎧に弾の痕が!」
「大丈夫だ。突き抜けてはいない」
「……すまない。扉は慎重に開けるべきだった。うっかりしてた」
「気にするな」

 大失策だ。駆け抜けることに必死で、気が回っていなかった。
 俺の采配ミスで人が死ねる状況だ。
 クロの鎧の弾痕を見て、それを改めて思い知らされる。

「リクさん、なぜ。相手は明らかに戦意があったのに……」

 今度はタケルが寄ってきた。

 ――そうだった。
 前に彼に質問しようと思っていたことがあったのに、それをずっと忘れてしまっていた。
 さっき相手の顔をはっきり見た瞬間、それを思い出したのだ。

 俺を撃ってきた相手――現在は気絶して床に倒れている――は、ミクトラン城に来た地下都市使節団の一人、ヤガミ・シオンという女性だった。

 なぜという彼の疑問には答えず、逆にこちらから質問した。

「タケル。前に聞こうと思ってずっと忘れていたんだが、地下都市にはヤガミという姓の人間はどれくらいいるんだ?」
「えっ? ええと、僕もよくわかりませんが、数人ということはなかったはずです。二桁か三桁はいると思いますが。リクさん、まさかそれを気に――」

 タケルの言葉は途中で手振りで遮って、打ち切らせた。
 両親が誰なのかは不明――以前そう本人から聞いている。
 地下都市は親子の縁など存在せず、人口管理の観点から出産は当局が管理し、子供もすぐに取り上げられて育成までシステム的におこなわれている、と。

 今倒れている彼女。ヤガミ・タケルと同姓だ。
 顔が彼に似ているかどうかについては、俺の観察力ではなんとも言えない。似ているような気もするし、そうでない気もする。
 だが、可能性が少しでもある以上、その人間をタケルが能動的に殺すなどということがあってはならない。

 親がいるはずなのに、親子の縁がない世界。どう考えても異常だ。

「タケル。今回の作戦がうまくいって、全部が片付いたら、親を探すといいよ」
「親を?」

「ああ。お前はもうこちらの国民なんだ。こちらの国では親子の絆がある。時間がかかってもいい。調べて、親を特定するんだ。
 俺は偉そうなことを言えた身じゃないけどさ、今までのぶんも含めて、いっぱい甘えて、いっぱい親孝行するといいと思う。ああ、親孝行という言葉の意味はわからないよな……そのときには俺はもういないと思うから、意味がわからなければ、城の人たちに――」

「まだ終わってからの話は早ぇだろ? 責任者さん」

 今度は俺の言葉が打ち切られた。
 後ろを振り向くと、俺の肩に手を置いて笑っているのは兵士のリーダーだ。
 カイルも他の兵士も、みんなこちらを見てニヤニヤしている。

「そうだ。この先に総裁とやらがいるんだろ。これからが本番じゃねえか」
「さっさと終わらそうぜ」

 俺はうなずいた。

「そうですね。進みましょう」 
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