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嗚呼海軍婆ちゃん

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第一章

               嗚呼海軍婆ちゃん
 米田稲穂には困っていることがあった、それは自分の仕事のことでも家族のことでもなかった。
 同居している夫の母、即ち姑のことだ。稲穂はよく困った顔で夫の周平に言っていた。
「お母さんってずっとああなの?」
「ああ、そうだよ」
 その通りだとだ、周平はその痩せた顔で骨格からしっかりしていて体格もいい妻に話した。外見は正反対な夫婦だ。尚周平の仕事はラーメン屋のチェーン店の店長で稲穂は駅のキオスクの店員である。
「お袋はずっとああだよ」
「何ていうかね」
「朝から騒がしいよな」
「いきなり総員起こし五分前だから」
「うちはそこからはじまるんだよ」
 その一日がというのだ。
「あそこからな」
「それじゃあ自衛隊じゃない」
「ああ、そのままな」
 それこそと言う周平だった。
「俺も昔からそう思ってたよ」
「そうよね」
 稲穂はその大きな口と大きな目が目立つ顔で応えた、夫の小さな口と目の顔を見つつ。見れば稲穂の髪の毛の量は多き周平の額は広い。背は夫の方が十センチは高い。
「やっぱり、いやあれは」
「海軍だっていうんだな」
「帝国海軍よね」
「そうだろ、いつも話してるけれどな」
「お義父さん今のお仕事の前は」
「定年前はな」
 これまた同居している舅はというのだ。
「海上自衛官でな」
「二佐さんだったわね」
「ああ、そこで定年になってな」
 そのうえでというのだ。
「今は港で働いてるんだよ」
「そうよね」
「で、俺の祖父ちゃんはな」
「お義母さんのお父様ね」
「実のな、元海軍の予科練でな」
「予科練ってあれよね」
 この組織のことは稲穂も知っていた。
「帝国海軍の」
「ああ、今で言う航空学生な」
「零戦に乗っていたのよね」
「実際に乗って戦っていたんだよ」
 周平は自分の母である智美の父、つまり自分にとっては祖父にあたるその人物のことも話した。
「結婚する前に大往生したけどな」
「実際に戦争にも行ってたの」
「空母に乗ってな、何度も死に掛けたらしいんだよ」
「というか予科練の訓練自体が」
「地獄だったらしいな」
 このことは周平も子供の頃から聞いていて知っている。
「空母に入ってもな」
「もう筋金入りだったのね」
「それでな」
 周平はさらに話した。
「戦争が終わって自衛隊に入ったんだよ」
「確かお義祖父さんは航空自衛隊だったのよね」
「そこでもパイロットでな」
「予科練からそうだったから」
「ああ、ただ海自さんは戦闘機なかったからな」
 これは今でもだ、海上自衛隊は帝国海軍の伝統を色濃く受け継いでいるが受け継いでいないものもあるのだ。
「爆撃機とかもな」
「それでなの」
「祖父さんは零戦乗りだったけれどな」
「戦闘機乗りだったから」
「戦闘機があり空自さんに入ったんだよ」
 戦争後はそうしたというのだ。
「それで空自さんの幹部としてな」
「働いておられたのね」
「それで結婚してお袋が生まれて」
「お義母さんは海軍を仕込まれたの」
「祖父さん空自さんでも骨の髄まで海軍だったからな」
 この軍隊の精神が魂を形成したというのだ。 
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