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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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66話:迷走

宇宙歴786年 帝国歴477年 6月下旬
首都星ハイネセン レベロ議員事務所
ジョアン・レベロ

「想定通りと言うべきか、外れて欲しい占いが的中してしまったというべきか......」

「左派・右派・中道、見事に票が割れてしまった。市民たちの意見も見事に割れたな。まあ、地球教を通じてフェザーンから右派へ政治資金が流れていたというスキャンダルを皮切りに、大手メディアの内部にも信者が多数所属しているという噂もまことしやかに流れた。市民も投票に困っただろうな」

人的資源委員会のホアンが、お茶を飲みながら渋い顔をしている。今の同盟の政局の為か?普段あまり好まないブラックコーヒーを飲んだ為か?は判断に困る所だ。フェザーンへの帝国軍の進駐を防げなかったことを理由に、最高評議会が総辞職しそれに伴う総選挙が行われたが、どの政党も圧倒的な支持を集めることは出来なかった。
右派について言えば、いつまでこの戦争を続けるのか?もう疲れたという本音を隠している層からは敬遠され、逆に左派は理想を語るのは結構だが、実際問題、押され気味の戦況をどうするのか?と思われた。中道派は、どっちつかずで何かしたいのか分からないという政局だった。
結局、連立政権が組まれたが、右派・左派から評議会議長を選べば政策的に矛盾するため、妥協の産物として中道派から『事なかれのサンフォード』議員が議長に選出された。外れて欲しい占いが的中してしまったわけだ。

「帝国は公式声明通り、フェザーンからは撤兵したが、そのせいもあって、市民や議員たちの中にも当初は危機感を持ったものの、楽観視する者が増えている。政策的には全て現状維持、地球教についても、念のため監視対象にはするが、今まで献金を受けた連中がお礼とばかりに情報を流すだろう。現状維持が市民の判断だ。我々にそれを覆すことは出来ない」

「ホアン......。君の言う事は確かに正論だが、戦況はすでに20年近く劣勢だ。帝国軍の戦死者が圧倒的に少ない事が判明して10年以上、抜本的な対策はなに一つ取れずにいる。同盟の社会構造の弱体化は君が一番理解しているだろう?」

「もちろんだ。人的資源委員会の試算では、軍に所属する技術者や専門職に該当する人財を最低でも200万人は社会に戻さないと、同盟社会全体が衰退することになる。もっともそれを実現するには3個艦隊前後を解隊することになる。提案は出来ても実現は無理だろうがね」

ホアンが悲しそうに見解を述べる。私の財務委員会も同様だ。戦況を改善するには新兵器開発の予算が必要だが、それをひねり出すには増税するか、戦傷者一時金や戦没者年金を削るしかない。前者は左派が反対し、後者は右派が反対する。結局現状維持しか選べないのだ。

「財務委員会が唯一取れる手段は、フェザーンへの借款をさらに増やすか、財源の裏付けのない紙幣の増刷しかない。そこに踏み込めばもう末期だ。戦争に勝てたとしても財務破綻は免れない。明るい未来にため息しか出ないがね」

「地球教徒の関係者として拘束された人々は、そのまま地球に送り込まれるらしい。本来なら返還交渉をすべきだが、密入国の上に同盟では地球教を現状、取り締まっていない。対応が違い過ぎる以上、交渉は進展しなかったようだ。まあ、献金にかこつけて、無能過ぎた某社の二代目を高等弁務官として送り込んだ以上、もともと期待もしていなかったが、自国民を見捨てたようなものだ。既に多数決を理由に少数を犠牲にする前例を作ってしまった。民主主義の有り様として決して正しいものではないがね......」

シトレと話している時と違い、ホアンと話していると大抵暗い雰囲気になり、お互いため息をつきながら別れる事が多い。今回もおそらくそうなるだろう。こんな日々が続くと、たまに暗い想像にかられる。考えてはいけない事だが、銀河連邦の末期も、戦争は無かったとはいえ、こんな状況だったのではないだろうか?
同盟政府の代議員として考えてはいけない事だが、強いリーダーシップを持った指導者がいれば、現状を少しでも改善できるのでは......。と考えてしまう自分がいる。私ですら、こう考えてしまうのだ。多くの市民が一度は考えた事があるはずだ。そうなると、軍人もそう考えた事があるという事だ。
シトレは悲観的な私に気を使って、あまり激しい表現は使わない。さすがに考えすぎだと思いたいが、予算があれば戦況を改善できると分かっているのに、それをせずに死地に追いやる政府を、軍部はどうみているのだろうか......。まさか自由惑星同盟で軍事クーデターの可能性があるとは。帝政による独裁制国家と軍人による独裁政権国家とのぶつかり合いか。さすがにこれはホアンにも話せない。

「まあ、悲観的な話をするのはお互いここだけにした方がよいだろうな。古来から預言者は民衆から疎まれ、場合によっては殺される存在だ。出来る事をしっかりやろう」

ホアンも同じような事を考えた事があるのだろうか?思わず思考を読まれたのかと驚いたが、私を驚かせた犯人は気にするそぶりもなく、残ったブラックコーヒーを口に含んで、また渋い顔をしていた。


宇宙歴786年 帝国歴477年 6月下旬
首都星ハイネセン バラード放送報道スタジオ 控室
ヨブ・トリューニヒト

「トリューニヒト議員、お互い一年生同士、色々と協力できれば嬉しいですわ。では!」

そう言い残すと、右派政党から立候補し当選した元アナウンサーのウインザー議員が控室を後にした。アナウンサー時代から、視聴者受けしか考えないコメントが鼻につく女だったが、若手・演説の受けがいいという事で選挙戦の段階から何かと比較された仲だ。今日出演した報道番組も彼女の伝手から出演オファーを受けたが、私は自分のネームバリューを自覚している。あの勘違い女は貸しを作ったつもりだろうが、むしろ貸しを作ったのはこちら側だろう。
まあ、彼女はそこまで配慮ができるタイプでもない。古巣相手に、さぞ高飛車に自分が動いたからトリューニヒトをキャスティングできたのだと恩着せがましくまくしたてるに違いない。それを思うと中身が無い女だと、笑いがこみあげてくる。
そもそも、どこまで代議員への志向があったのやら。若いころはその容姿でアナウンサーとしてちやほやされたが、年齢を重ねて年相応の見識が発揮できない事がバレる前に、また若さを売りにできる代議員に転職したというのが関の山だろう。

「本日はこの後、会食がはいっております。車の手配を確認しますので、しばらくお休みください」

秘書がそういうと控室を出て行った。ある企業の経営者の次男だ。少しでも政府とのパイプを作りたいらしく、大学卒業後にそのまま私の下に後援者の依頼で来た人材だ。目端は利くので重宝はしている。

話を戻そう。私は立候補するにあたり、中道派の政党を選んだ。伝手が一番あったのも確かだが、右派も左派も、所属した時点で、政策的な自由はかなり制限される。中道なら、その時の状況に応じて、より多くの市民が望むであろう政策を提案できる。あとは市民の感情の表と裏を理解しているかだ。表立っては、戦争の勝利に向けて協力したいと答えるだろうが、自分の命と全財産を喜んで差し出す市民などいない。裏と言う面では、表立っては協力すると答えながら、とはいえ、もう自分は十分に犠牲を払ったと思いたいのだ。
だからこそ一見威勢の良い事を述べても、『実現可能性』というトッピングが必要だし、少なくとも自分はもう犠牲を払わなくて良いのだと勘違いさせるニュアンスが必要になる。その辺りが、あのちやほやされることでしか自分を満たせない空っぽ女と私の違いだ。

右派政党の党首が女性という事もあったのだろうが、この党首もいただけない。父親と夫と子供が戦死したことを事あるごとに叫ぶが、親類縁者が戦死したなど、今の同盟ではありふれた事だ。私から言わせれば、彼女は3人分の戦没者年金を受け取り、さらに代議員としての職と給与をもらっている。最初は同情されたとしても、そのうち家族を失った腹いせに、同じ境遇の人間を増やそうとしているだけだと思われるだろう。
同情され続けるには、金銭面で恵まれ過ぎている。そしてあの空っぽ女だ。威勢の良い事を言っても実現できなければ支持され続けない。より過激なことを言うしかなくなり、自滅するか、国家に多大な損害を招くかして、その名は忌み嫌われる物となるだろう。そうなれば私が多少の功績を上げておけば、私を選んだ市民は自分の選択が正しかったと満足できるだろう。

そもそも論で、空っぽ女を含め、右派政党の代議員の身内で、志願して兵役を務めた人間はいても戦死者は驚くほど少ないはずだ。それを思えば、あの党首も看板として利用されているだけなのだろう。今は絵空事に聞こえる主戦論を唱えて、戦争の旗振り役をさせておけば良い。彼女たちが自滅した後に、『実現可能性』をトッピングしておいたことが功を奏すことになるだろう。
あとは左派の理想論者たちへの対応だが、こちらは現実に『戦争』という現実が存在する以上、一定以上の支持は集められない。せいぜい実現不可能な理想論を吐かせておけばいい。彼らが理想を説くほど、同盟市民は現実にうんざりするだろうから。

「お待たせしました。車が参りましたのでご用意を」

思考が落ち着いた所で、秘書が戻ってきた。さて、次のスケジュールをこなすとしよう。 
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