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思い付いたら書いてみる、気まぐれ短編集

作者:ごません
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風邪を引いた男

「うぅ……キツい」

 男はベッドの上で熱に魘(うな)されていた。幸いにもインフルエンザではないらしいが、熱が39℃近くもあるのでは起き上がる事すら億劫だ。大学に通うために始めた安アパートでの独り暮らしでは、こういう時が心細い。こんな時に気遣って尋ねて来てくれそうな友人も居ない。万が一の可能性にかけて、大学で出来た友人やサークルの仲間にLI〇Eもしてみたが、音沙汰はない。

「大人しく、寝てるしか無いか……」

 うわ言のように呟いて、男は気絶するように眠りに就いた。



 不意に目を覚ましたのは、『匂い』が漂って来たからだ。アパートの狭い台所の方からふわりと漂って来たのは、美味そうな出汁の匂い。それに同調するように、トントントン……とリズミカルに何かを刻むような音がする。明らかに、誰かが料理をしている。風邪のせいか節々の痛みを堪えながら身体を起こすと、ぱさりと額から湿ったタオルが落ちた。

「あぁ、ダメですよ〇〇先輩。まだお熱下がってないんですから」

 めっ、と幼子を叱るように此方を向いたのは、可愛らしい女の子だった。明るい茶髪のショートカットに、整った顔立ち。ミニスカートの裾からは、むっちりと肉感的な太股が覗く。と言ってもデブではない。むしろ出る所は出て、スマートな所はスマートなナイスバディという奴だ。

「き、君は……?」

「あ、私政経2年の胡桃沢 梨花子(くるみざわ りかこ)です、先輩っ」

 俺の事を先輩、と呼ぶという事は同じ大学の後輩か……ダメだ、頭がボーッとしているせいで上手く頭が働いていない。

「先輩はもう少し寝ていて下さい。もう少しで卵粥が出来ますから」

 これは夢なのだろうか?まぁ、夢だとしてもいい気分だし、寝ていて損はない。ここは大人しく寝ている事にしようと、男は再び布団の中に潜り込んだ。



「ふーっふーっ……はい、あ~ん♪」

「あ、あ~ん……うん、美味い」

 お粥が出来たらしく彼女に起こされた男は、まだ熱いだろうお粥を冷ましてもらいながら口に運んでもらう。病人に合わせたのか薄味でありながら、しっかりと出汁を効かせていたのでちゃんと味もする。その優しい味わいが、弱った身体を労ってくれているようで、その気遣いがこの上なく嬉しく感じる男。しかも美人の少女が自分に対して『あ~ん』をしてくれるという状況が、これまでモテるという経験の無かった男の心を昂らせた。やはりこれは夢だろう、でなければこんな状況有り得ないとさえ思う程には。

「完食ですね、えらいえらい」

 年下に頭を撫でられるなど気恥ずかしい筈なのに、美しい少女に頭を撫でられると、満更でも無い気がしてくるから現金な物である。

「さぁ、汗も掻いちゃってますし、身体を拭きますから先輩は服を脱いで下さい」

「えぇ!?いや、でも、それは……」

 例え夢だとしても、美しい女性の前で裸を晒すなど恥ずかしい。

「今更遠慮なんてしないで下さいよ。それに、病人は大人しく看病されていて下さい」

 少女はそうキッパリと言い張ると、男の着ていたシャツを無理矢理に剥ぎ取った。露になる男の上半身。少し肌寒く感じる部屋の空気にぶるりと震える。

「ほらぁ、こんなに汗でぐっしょり……こんなの着替えしないと風邪の治りが遅くなっちゃいますよ?」

 呆れたように溜め息を吐きつつ、少女は手にしたタオルで男の身体を拭っていく。お湯を沸かしてタオルを温めているのか、ほかほかのタオルで汗を拭き取っていくと気持ち悪かったぬめりのような物は消え失せてサッパリとした気がする。

「はい、上半身は終わりです。着替えを枕元に出しておいたので着替えちゃって下さい」

「いや、それはいいんだけど……」

「? どうしたんです?」

「いや、下も着替えるから部屋の外に…」

「何を言ってるんですか」

 少女は真顔になって衝撃の一言を言い放った。

「下も拭きますから、上だけ着替えるんですよ?」




「えぇ!?ゲホッ、ごほっごほっ」

 あまりの衝撃に噎せる男。下も拭く、というのはまさかパンツの中身まで晒せ、という事か。夢の中での出来事とはいえ、流石にそれは。

「いいから、早くしてください」

 少女は意外と力が強く、病に冒されて弱っていた男の抵抗も虚しく、布団と毛布は剥ぎ取られてしまった。そして露になる男の下半身は、誰の目にも明らかに『元気』になっていた。先程から少女が上半身を拭う度に身体のあちこちが彼女の身体と密着して、病人だというのに性的興奮をおぼえていたのだ。

「うぅ……////」

 風邪のせいで赤かった頬が、更に赤くなった気さえしてくる男。しかし少女はクスリと嗤うと、

「なんだ、しょうがないですよ先輩。男の人の生理現象ですし、病気の時って余計に興奮しやすいらしいですから」

 そう言って少女は立ち上がると、その場でパサリとエプロンを外した。

「身体が弱ってくると子孫を残そうとして、活発になるらしいですよ?」

 少女はそんな事を言いながら、着ていたブラウスをシュルリと脱ぎ、スカートを脱ぐ。やがて淡いピンクの下着姿になり、男に向かって艶然と微笑んだ。ゴクリ、と生唾を飲み込む男。

「身体を温めるには人肌が良いらしいですし、少し運動しましょうか」

 そう言って少女がベッドに入ってきた瞬間、男の理性は何処かに吹き飛んでいた。





「うっ……ここは?」

 気が付くと、窓に取り付けられたカーテンの隙間から朝陽が差し込んで顔を照らしていた。いつの間にやら眠ってしまっていたらしい。眠る前に側にいて、甲斐甲斐しく世話してくれていたあの少女の姿はない。やはり夢だったのか……最後には想像が妄想に化けて、あんな事まで致してしまったのだから逆に夢で良かったのかも知れない。そんな事を考えている男は、ある事に気が付いた。

「あれ、いつの間に着替えなんてーー……」

「あ、先輩起きました?」

 キッチンの方からひょっこり顔を覗かせたのは、夢の中に居た少女の姿だった。少女はさも当然のように男に近寄って来ると、男の額に触れた。

「……うん、熱はもう下がってますね。もう少し待ってて下さい、朝ごはんの準備ももうすぐーー」

「……君は、一体誰なんだ?」

 男は体調が戻った故に、正常な思考と判断力が戻ってきてしまったが故に、真っ先に抱いた恐怖と疑問を口にした。





 男は大学進学の為に田舎から出てきた所謂『田舎者』だ。元々人付き合いが苦手だった事も相俟って友人は少なく、彼女など居た事が無い。そう、ただの一度もである。なので、目の前に存在する少女の事は寂しくモテない自分自身が、熱に浮かされてみた都合の良い夢か幻覚の類いだと思っていたのだ。それが、現実に存在していて、尚且つ自分の部屋にいる。合鍵など、念のためにと両親に預けているだけだというのに。

「くっ、くふっ、くふふふふふふふっ」

 目の前の少女は、悪戯がバレてしまった事が至極愉しいかのように、クスクスと小刻みに震えながら笑い出した。

「ダメですよぉ、先輩。病気になったのにお見舞いにも来てくれないような冷たいサークルの人なんかじゃなくて、私みたいに四六時中先輩を気にかけているような人を頼らなきゃ」

「私、先輩に一目惚れしたんです。高3の時にオープンキャンパスで見かけて以来、ずっとずっとず~っと先輩だけを見続けて来たんです。だから、先輩の事は何でも知りたいし、先輩の側にず~っと居たいと思っていたんです。先輩のお世話だって私がします。私、これでもお嬢様なので経済的な心配はしないで下さいね?先輩1人位、働かなくても養う位は出来ますから」

「いや、でも、なんで……?」

「何故って?今のご時世、お金を積めば情報くらい簡単に売る人間はごまんと居ますよ?だから先輩のSNSのアカウントは全部知ってますし、今日風邪で大学を休んでると知ってチャンスだと思いました。鍵は業者の人を呼んで開けて貰いましたから、アパートの大家さんから苦情が入る事もないです」

「さぁ、朝ごはんにしましょう。先程引越し業者の方と家から迎えを寄越すようにと連絡を入れました。もうすぐお迎えが来ちゃいますから、急いで食べましょう。あぁそれと、大学には通わなくなるので単位不足で留年……いずれは退学になると思いますが大丈夫ですよね?だって、これからはずっとずっとず~っと、私の家で働かずに暮らすんですから……うふ、うふふふふふふふ」

 あぁ、これは夢だと男は思った。『現実は小説より奇なり』とは言うが、幾らなんでも荒唐無稽過ぎる。今もきっと、自分は熱に浮かされてこんな恐ろしい悪夢を見ているに違いない。だから、目の前で目から光を無くして笑い続ける少女も、その手の中で光る包丁の輝きも、これから訪れるであろう屋内に閉じ込められての生活も全て、全てが夢なのだろうと。

「あぁ、風邪なんて引くんじゃなかった……」

 男はそう、誰に聞かせるでもなくそう呟いた。 
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