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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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表彰式



 狭い空間に端末を叩く音が響いていた、映像の記録化は既に八割が終了している。
「そろそろ、その辺にな」
 背後からかかる声に、アレスは振り返る。
 そこにはわずかなそばかすを残す少年の要望をした青年が立っていた。

 ダスティ・アッテンボロー。
 先日に第五次イゼルローン要塞攻略戦の功績により、大尉となった青年だ。
 差し出された紅茶を受け取って、礼を言った。
「今日は表彰式だろう。主役が遅刻っていうのは、バツが悪いぞ」

「その本音は」
「カメラをずっともって主役を待っている、悲しき報道陣への配慮さ」
 堂々たる持論に、アレスは笑う。
「ただの式典に注目するのはわかりかねます」

 そういうのは、アレスの記憶によるところかもしれない。
 軍が活躍したなど、報道で大きく取り上げられることはない。
 少なくとも同時期に、俳優の不倫騒動があれば、ワイドショーはそれで持ち切りだ。

 一瞬移るキャスターが、表彰式店の事実を告げて、それで終わり。
 だが、この時代は呆れるくらいに取り上げられる。
 エルファシルの英雄しかり――有名な酒場に行けばいくらでもいるが、歯医者の治療台には一人もいない――その程度のことである。

 アレス自身も一瞬であるが、カプチェランカの英雄として取り上げられそうになった。
 もっともそれは、結果的には敵には何の被害も与えておらず、意味もない事であったから、軍によって差し止められることになったのであるが。
 特に第五次イゼルローン要塞攻略戦は、いまだに取り上げられており、その表彰式となれば、多くの報道が集まるのが当然のことであろう。ゲストにはライトネン国防委員長の参加が予定されており、同盟軍の幹部が一挙に集まる予定である。

 受け取った紅茶を飲んで、肩をすくめる。
「ホテルの裏口の扉を開けておくように、頼んでおいてください」
「おいおい。今からプロの手口を使ってどうする。大人しく注目されて、有名税を払うことだな。いわば、公共のサービスだ」
「ずいぶん楽しそうですね」

 隣を見れば、同じく主役の一人であるヤン・ウェンリーは黙々と端末を叩いている。
 既に考えることを諦めているようでもあり、エルファシルの英雄として、既に注目されることにも慣れているようであった。
 ちょうどヤンもこちらを見たところで、目が合う。

「マクワイルド少佐――これはどうかな」
「仕事のようです」
 苦笑しながら、アレスは紅茶を手にしたまま、ヤンの席へと移動した。
 八割方を終えた映像の記録化は、残す仕事はアレスとアッテンボローの仕事になっている。

 その上司であるヤンは、今後の戦略や戦術の検討をしているところだ。
 つまりは――戦闘を終えれば、次の戦闘を考えるのが仕事である。
 ヤンの背後から、端末を覗き込み。
 アレスは息を止めた。
 ヤンが入力した映像に映るのは、宇宙でも艦隊でもない。

 イゼルローンの内部への侵入手口だ。
 そこに至るまでの経緯が、完璧なまでに――そして、アレスの記憶通りに進行している。
 沈黙を誤魔化すために、紅茶を飲み込む。
「イゼルローンの攻略を別視点から考えてみた」
「……トロイの木馬ですか」

 慎重に言葉を出した、アレスに対しても、ヤンは調子を崩さなかった。
 どことなく、嬉しそうな口調だ。
「イゼルローンは難攻不略だ。でも、中からはそうでもないかもしれない」
「ですが。これは敵と味方の能力によるところが大きいですね」
「ああ」
 頷いて、ヤンが振り返った。

「成功するのは一パーセントかもしれない。でも、これが完璧に失敗した場合でも、今回の死者の一パーセントよりも少ないだろう」
「でしょうね」
 この作戦が失敗した場合は、死ぬのはイゼルローン要塞に侵入した者だけ。
 戦艦一つ分の被害にも満たない。

 正論に否定する言葉はなく、アレスは紅茶を飲み干した。
「ですが、やるのでしたら、まず司令官の情報を得る必要があると思いますし――そもそも犠牲前提の作戦はよほど切羽詰まらない限り認められないでしょう」
「私もそう思う。第一、要塞に侵入してくれる人がいないと話にならない」
 少し残念そうに笑うヤンの表情は、真面目なのかどうか。

 未来を知っているアレスでも迷う表情だった。

 + + +

 ホテル・カプリコーン。
 六十階にもなる巨大な建造物。
 その三階部分をぶち抜いた巨大な広間で、同盟軍の表彰式は行われる。
 ヤンに先立って、自動運転車で入ったアレスにはフラッシュの光がたかれる。

 車にひかれることもいとわない報道魂には敬意を払うが、もう少し命を大事にしてほしいと思う。関係者以外立ち入り禁止の車寄せにつけて、アレスは自動運転車から降り立った。
 さすがにこの場所には、報道陣は入ってこられない。
 待っていたのは行事を仕切っていた人事部の広報課の女性だった。
士官学校出立ての若い女性だ。

 つまりテイスティアの同期。
 必死に道を案内しようとしている姿が、あまりにも一生懸命な様子だ。
 昨年までは一学年下で一緒であり、よく見れば学校のどこかで見た気もする。
 女性士官の先導を受けて、案内された部屋は式典会場ではない。

 そこから少し離れた控室だった。
「こちらで少しお待ちください。ヤン中佐が来てから、ご説明があります」
「ありがとう。君は……」
「失礼しました。私はエマ・ローレンス少尉と申します。マクワイルド少佐」
 緊張を含んだ敬礼に、アレスも敬礼で返した。

 新人の――若さが残る様子は清々しくも見える。
 ベレー帽を外して、机に置くと、アレスはおかれていた紅茶を飲む。
 遅れること五分。
 ローレンス少尉に案内されて、ヤン中佐が到着した。
 慣れているのかいないのか、どこか居心地悪そうな雰囲気。

 アレスが紅茶を進めると、辞退をした。
「すぐに会場に連れていかれるからね。あまり飲み過ぎると途中でトイレに行きたくなって、大変だよ」
 そんなありがたい忠告であるが、既に二杯飲んだアレスにとっては、死刑宣告のようなものだ。途中退席はと言いかけて、そんなものがあり得るわけがないなと思った。
 すぐに広報課の中佐が現れて、式典の説明が行われた。

 統合作戦本部長ジェフ・コートニー元帥から賞状を受け取り、その後は国防委員から祝辞を受ける。式典が終わったら、祝賀会だ。
 名誉なことだと、中佐は三回言った。
 面倒なことの間違いじゃないかなと、隣でこちらに聞かせるように呟くヤンの言葉に、アレスは笑いをこらえるのに苦労をした。

 長い説明を終えて、式典会場へと案内される。
 多くの幹部が並ぶ中で、予定されていた椅子に座る。
「ここからが長いんだ」
 椅子に座った後で、こっそりと教えてくれた。
 その通りに、長かった。

 統合作戦本部次長、宇宙艦隊司令長官。
 それぞれの大幹部が入室するたびに、報道陣のカメラからフラッシュがたかれる。
 写真撮影に十分な時間が確保されているため、一人一人の時間が長い。
 なるほどと、アレスは苦い顔をする。
 これであるならば、一時間ほど遅れてきたとしても十分間に合っただろうなと。

 そこからさらに時間をかけて、ジェフ・コートニー元帥が入場した。
 全員が立って、拍手をする。
 主役という呼び名はなんだろうと、おそらくはヤンもエルファシルの際に思ったはずだ。
 だが、それで終わりではない。

 そこから数分の長い待ち時間があり――国防委員であるヨブ・トリューニヒト議員が姿を現したのだった。

 + + +  

 報道陣のフラッシュを受けて、主賓席に座る姿は相変わらず俳優の様に見える。
 悪く言えば、作った表情が透けて見えるというところであるが。
 横目を見れば、ヤン・ウェンリーはつまらなそうに前を見ていた。
 それはトリューニヒトがというよりも、式典自体がつまらないと見ているようだ。

 好かないと感じてはいても、まだ彼が国防委員のこの時期では嫌悪をという感情までには向いていないようだと、アレスは思った。
 式典では、先ほど中佐が説明したように動いていく。
 壇上に、統合作戦本部長が挨拶に立った。

 ジェフ・コートニー元帥。
 前世では記憶にはなく、特段の主要な人物でもなかった。
 実際に、本来であれば彼が統合作戦本部長に立つのは偶然であり、必然ともいえた。
 同盟軍と帝国軍の戦いは、ここ数十年の間は、イゼルローン要塞をめぐる攻防がそのほとんどだ。彼に目立つ戦いの戦績はなく、よってイゼルローンで大敗をすることもなかった。

 偶然だと決めることもできたであろうが、過去の経験から見ると実に上手く軍の波を進んでいるようにも見える。
 原作でも良く言われていたが、平時ならば優秀な指揮官。
 そんな言葉が思いつくが、平時ならば平時で有事に向けての準備が大事であろう。
 ましてや、戦略というものは原作通りにほぼ準備で勝敗が決定されているのだから。

 そういう意味では、目の前の人物はどうであろうか。
 無作為にイゼルローンに挑み続けた凡人。
 あるいは――現在まで同盟軍の寿命を延命した人物なのか。
「表彰に先立ち、ご来賓のトリューニヒト国防委員に感謝を述べます」

 壇上の上で、コートニーは決して大きくはないゆっくりとした口調で語りだした。
 口の悪い者の、冗談として――コートニー元帥が宇宙艦隊司令長官時代には、命令を伝達している間に戦争が終わったらしい――そんな話が伝わっている。
誰が伝えたかは、言わなくてもわかるだろうが。

「このような多くの方々の前で、かように厳粛な式典を挙行できることに深く感謝を申し上げるとともに――」
 静かにコートニーが顔を動かした。
 その視線は細く、わからないが、こちらを見たのだろう。
「ここに優秀なる同盟軍士官二人に対して、表彰ができるということは、嬉しく――そして、頼もしく思います。さて」

 報道陣からのフラッシュが瞬いた。
 光を浴びてもわずかに身じろぎもせずに語る様子は、落ち着いているようでもあり、慣れているようでもあった。
 全員が立ち上がって直立不動。

 真っ直ぐにコートニー元帥を見ている。
「願わくば、諸君らが自由惑星同盟の明るい未来を築くことを祈願いたしまして、挨拶とさせていただきます」
 コートニーの礼に合わせて、再び一斉にフラッシュがたかれた。
 思い出すのは士官学校に入学した日のことだ。

 あの時は、当時学校長であったシトレによって、「明るい未来が待っている」ことを祈願された。そして、今回は「明るい未来を築く」ことを祈願された。
 言葉はわずかな違い。
 だが、意味は大きく違う。

 待つのではなく、作り出せ。
 違う人物から言われた言葉に、アレスは小さく唇をあげた。
 立場の違いも、そして相手の違いもあったのだろうが――その方が分かりやすいなと。
 待つのではなく、作り出す。

 そう思えば、自然とアレスはゆっくりと笑みを浮かべた。

 + + +

 挨拶が終わり、表彰が終われば、最後にあるのは来賓の挨拶だった。
 来賓の紹介とともに、ヨブ・トリューニヒト国防委員が壇上へと立つ。
 手を振ってカメラに目を向ける姿は、やはり政治家というよりも役者が向いている。
 作った表情が彼の本音を隠しているようだ。
 通常の人であれば、その姿に気づくことはない。

 だが、相手の真意を測ろうとする戦略家にとっては、隠しているようにも見える姿は気持ち悪くも感じるのだろう。
 隣を見れば、ヤンが少し眉を寄せているのが見えた。
「さて。本日はこのような素晴らしい式典に列席させていただき、コートニー統合作戦本部長をはじめ、感謝させていただきます。また若いながらも、表彰された活躍についてはよくよく拝見させていただきました。即ち、第五次イゼルローン要塞攻略戦です」

 コートニーが静かな口調であったのに対して、トリューニヒトは非常にはきはきと、そして抑揚をつけて話した。
 聞きやすく、また言葉のたびに動作をつける姿はわかりやすいだろう。
 どこかたかれるフラッシュも先ほどよりも多く見えた。
「第五次イゼルローン要塞攻略戦。この戦いでは多くの将兵が犠牲となりました。だが、ヤン中佐、そしてマクワイルド少佐の力により、多くの助かった命があったと」

 そして、力強く壇上に手を置いた。
「まことに素晴らしいことであります」
 動きが止まる。
 その様子を見て、再びフラッシュが激しくたかれた。
 まるで映画のワンシーンでも見ているかのような大げさな所作に、興奮が伝播したように周囲が騒めいた。

「茶番か」
 それとは対象的に、静かな声は隣からだ。
 どこか呆れたような声は、周囲の騒めきにかき消されていく。
 だが、その周囲の騒めきもトリューニヒトの動作で静かになった。
 手を振り上げたのだ。

「だが、憎き帝国はいまだ健在――貴官らには今回の表彰をもって、イゼルローンの攻略、そして帝国の打破という重要な任務を遂行していただきたいと考えております。それは過去誰も成し遂げたことのない困難な道のりかもしれませんが――貴官ら二人だけではなく、自由惑星同盟軍が――そして、自由惑星同盟市民が一丸となって、この困難に立ち向かえば、必ずやかなえられるものであると」
 隣で小さく硬質な音がした。

 どうやらヤンのトリューニヒト嫌いは現実のものとなるようだ。
 彼が目の前で語るのは理想。
 それだけならば一人の理想で終わるが、彼は同盟市民を代表する政治家だ。
 彼の振るう拳は、言葉は、彼一人の理想ではなく、同盟市民の理想。
 ヤン自身はそこまで考えていないのかもしれない。

 そこまで同盟市民は馬鹿ではないと。
 だからこそ、トリューニヒトの言葉を嫌うのかもしれない。
 余計な先導をするなと。
 だが、アレスの目には――以前士官学校であった時よりも、派手に言葉を、表情を作り出す姿が――どこか滑稽に見えた。自らもばかばかしいと思いながらも、周囲に夢を届けるピエロだ。

 だが、それは誰にも止められることもなく――誰にも知られることもなく――同盟市民に選ばれて評議会議長にまでなるのだ。
 そう思えば、アレスは笑うこともできず、そんな現状に小さく息を吐いた。

 果たして、馬鹿なのは彼なのか、同盟市民なのだろうかと。
 
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