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特殊陸戦部隊長の平凡な日々

作者:hyuki
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第15話:新体制の幕開けー3

翌日。
普段通りに自宅を出たゲオルグは、いつも通りの時間に隊舎へ到着し自室での執務についていた。
この日は会議の予定も外出の予定もなく、淡々と事務仕事をこなしていたゲオルグの部屋に
来客が訪れたのは朝の10時ごろのことである。

「おはようございます、ゲオルグさん」

扉の向こうから現れたのは、黒い執務官の制服に身を包んだティアナだった。
ティアナはゲオルグのデスクのすぐ前まで歩いてくると、姿勢を正して敬礼する。

「なんだ?」

椅子に座ったまま手を挙げて答礼しつつ尋ねたゲオルグの前に、報告書が置かれた。

「昨日の戦闘訓練報告書です。 確認をお願いします」

「わかった。 今読むからちょっと待ってろ」

ゲオルグはデスクの上の報告書をつまみ上げると、表紙をめくって読み始めた。
ティアナは、両手を後ろで組んで立ったまま、ゲオルグが報告書に目を通すのを
じっと待っていたが、ふと目を上げたゲオルグがそれに気づいた。

「なに突っ立てるんだよ。適当に座っていいぞ」

「あ、はい」

ゲオルグの言葉に対して、ティアナはぐるっとその場で一周回りながらきょろきょろと
辺りを見回し、近くにある椅子を見つけるとその背に手をかけて引き寄せ、腰を下ろした。

椅子の上から彼女はゲオルグのデスクの上に視線を向ける。
ゲオルグのデスクはあまり整頓されているとはいえない。
ゲオルグから見て正面に3つの写真立て、左右には書類の山、それらに囲まれたわずかな空間に
端末が置かれていた。

ティアナは膝の上で組んだ指をせわしなく動かしながら、ゲオルグのデスクをぼんやりと
見つめていた。

「なあ、ティアナ」

「はい?」

ゲオルグから急に声を掛けられ、ティアナは驚いたのか甲高い声を上げてゲオルグの顔を見た。
一方ゲオルグは、ティアナのあげた声を聞いて訝しげにティアナの顔を見た。

「どうした?」

「あ、いえ。 なんでもないんです。 ちょっと緊張というか、それだけです」

「緊張? なんでまた?」

ゲオルグは手元の書類を一枚めくりながら、目をしばたたかせた。

彼に見据えられ、ティアナは自身の膝の上で組まれた自分の手に目線を落とした・・・



「・・・そりゃ、好きな人の目の前にいれば、緊張もしますって」

彼女は顔を上げ、ゲオルグに向かって小さくそう言った。

「はあ? 何の冗談だ?」

ゲオルグは彼女の言葉を聞くと、呆れたような表情を浮かべて答える。

「冗談なんかで、こんなこと言いません」

彼女はキッとゲオルグを見据えてそう言うと、椅子から立ち上がった。
そして、ゲオルグのデスクを回り込んで、ゲオルグに向かってツカツカと歩いていく。

目を丸くして椅子の上から彼女を見上げるゲオルグの頬を両手で挟み込み、
彼女はゲオルグに口づけた。

時間にして数秒、無言のまま時が過ぎていく。

2人の唇が離れ、わずかな距離をおいて向かいあう。
ゲオルグの目に、頬を赤く染めわずかに瞳をうるませる彼女の姿が映る。

次の瞬間、彼女はゲオルグの首に腕を回して抱き着き、彼の耳に自らの口を寄せた。

「あなたになのはさんがいるのはわかってる。 それでもいい。 2番でもいい。
 私を女として愛してほしいんです」

小さくささやく彼女。
ゲオルグは彼女の肩を掴むと、自分から引きはがす。
そして自らはは椅子から立ち上がると、その勢いのまま彼女の身体をデスクの天板に押し倒した。

「お前の言ってることは、こういうことだぞ?」

驚きで目を見開く彼女を見下ろし、低い声で脅しをかけるように言う。
彼女は数度目をしばたたかせると、ニッコリ笑って見せた。

「子供じゃあるまいし、そんなのわかってる」

ゲオルグは彼女の言葉に一瞬天を仰ぐと、苦笑を浮かべて彼女の耳に口を寄せた。

「なのはより優先するとはいえない。でも、お前が好きだよ」

ゲオルグはそう言うと、彼女の耳に舌を這わせながら、胸に手を伸ばした。

「ありがと、んっ・・・」

彼女は小さく声をあげ、びくっと身を震わせ・・・



(なーんて・・・ね)

ティアナは小さくため息をつくと、顔を上げてゲオルグに目を向けた。

「なんでですかね。 自分でもわからないんですけど、6課のころに散々叱られたせいですかね」

苦笑を浮かべて言うティアナの顔をゲオルグは不思議そうに首をかしげて見る。

「そんなに叱った覚えないけどなぁ・・・」

「いえいえ、結構厳しくされてましたよ。 今となっては感謝してますけどね」

「ふぅん」

ゲオルグは気のないような返事をすると、再び手元の報告書に目を落とした。
対してティアナは脳裏に残る自らの妄想を振り払うように小さく首を振った。

「ところで、分隊のほうはどうだ?」

しばらく無言で報告書を読んでいたゲオルグが、報告書に目を走らせたまま尋ねると、
ティアナは少し考え込んでから答えた。

「え、分隊ですか? 本格的な演習をやってないんで編成については要検討ですね。
 ただ、模擬戦の結果を見る限りメンバー構成はいいと思ってますよ。
 どちらかと言えば、後方支援よりになるかなとは思ってますけど」

「そうか。 じゃあ、報告書にその旨を追記して文書管理システムで提出してくれ。
 ほかは特に修正する必要なし」

ゲオルグは報告書を最後まで読み終えると、報告書をティアナの方に差し出した。
ティアナはそれを受け取ると”了解です”と頷いて椅子から立ち上がり、椅子をもとの位置に
戻して部屋から退出するべく扉の方へ振り返った。

その時、部屋の中に緊急通報の音が鳴り響き、彼女は足を止めて続くアナウンスに耳をすました。

『ミッドチルダ警防部より入電。 クラナガン第8区の銀行にて強盗事案発生との一報あり。
 付近の警邏隊員は至急現場へ急行せよ』

アナウンスが終わったところで、ゲオルグとティアナは顔を見合わせた。

「どうします?」

「銀行強盗ねぇ。 まずうちが出ることはないと思うけど、念のために情報収集だな。
 指揮所に行く」

ゲオルグはそう言うと、イスから立ち上がって足早に廊下へと出た。
ティアナはその一歩後ろを続いて歩く。


指揮所へと向かう道程のちょうど半分くらいのところで、横道から飛び出してきたフォッケが
現れた。

「あ、部隊長。 どちらへ?」

ゲオルグの姿を見てあわてて足を止めたフォッケが尋ねると、
ゲオルグは歩みをとめることなく答えた。

「指揮所だ。 お前も来い」

フォッケは無言で頷くと、ティアナと軽く会釈を交わしてから彼女と並んで歩き出した。
やがて、指揮所にたどり着くとゲオルグは部隊長席に腰を下ろし、フォッケはその斜め後ろに
立った。
ティアナは部隊長席から一段下がったところにある、自分の席についた。

「八神上級捜査司令と情報部のクロス3佐との通信をつないでくれ。
 あと現時点までに分かっている状況の報告を頼む」

ゲオルグがそう言うと、通信担当者がせわしなく動き出すとともに、
正面の大きなスクリーンにあるビルのライブ映像が映し出された。

「事案が発生したのは、クラナガン第8区にあるグランド・ミッドチルダ銀行の本店です。
 通報時刻は最も早いものが10時42分。通報によれば、10名以上が1階の店舗区域に
 侵入したということです。 これ以上は現時点では不明です」

「了解だ」

ゲオルグは隊員の報告を聞くと、すぐそばに控えていたフォッケに話しかけた。

「フォッケ。 全士官をここに呼んでくれ。 特に、チンクには急ぐように伝えてくれ」

「了解しましたが、フォックス・ファルコン両分隊は戦闘訓練中です」

ゲオルグはフォッケの言葉に小さく舌打ちして一瞬考え込んだあと、再びフォッケに声をかけた。

「中断させろ。 出るとなれば分隊長に経験のある両分隊になる」

「了解です」

フォッケは頷き、連絡をとるべく自分の通信端末を操作し始めた。
一方ゲオルグも、自分の手元にある通信端末を操作して、アバーライン3佐との通信をつなぎ
出動のための準備をするよう指示を出していく。

アバーラインとの通信を切ったとき、指揮所の扉が開いてチンクが入ってきた。
彼女はゲオルグの傍まで小走りに駆け寄ってくると、彼に向かって小さく頭を下げた。

「すまない。戦闘訓練に参加していて遅くなった」

「大丈夫だ。まだ、出動すると決まったわけじゃないからな。 状況はフォッケから聞いてくれ」

チンクは頷いて、フォッケの方に歩いていく。
その時、通信担当者が立ち上がって振り返った。

「捜査部、情報部との回線が開きました。 スクリーンに出します」

そして、正面スクリーンの右端に見慣れた2人の顔が映し出された。

「忙しいところ申し訳ないが、今起きてる銀行強盗事案について情報を共有させてくれ。
 こちらとしては緊急通報で流れてきている情報しかない」

『じゃあ、俺の方から現地の状況を補足させてもらいますね。
 本店ビル1階の店舗エリアに突入してきた犯人グループの数は10~15名。
 行員が緊急用のボタンを押したことにより、店舗エリアの全出入口が封鎖されています。
 また、本店ビル全フロアの窓にシャッターが下りていることが確認されています』

シンクレアの言葉を聞いたゲオルグは、正面のスクリーンに映る本店ビルのライブ映像に
目を凝らした。

「確かに、シャッターが下りてるな。 店舗エリアの緊急用ボタンでこうなったのか?」

『建設図面などから確認中です』

「わかった。 あとは、内部の様子は確認できないのか?」

『今のところできてませんね』

「内部の監視カメラはどうなんだ? ハッキングをかければ見られるだろ」

『もうやってますけど、ダメなんです。 原因不明です』

「わかった。 もう少し試してみてくれ」

ゲオルグは軽く手を挙げて謝意を伝えつつ、そう言った。

『ええかな?』

ゲオルグとシンクレアのやり取りが終わったところで、はやてが画面の中で小さく手を挙げた。
ゲオルグとシンクレアが頷くと、はやては口を開いた。

『うちの人間にこの事件の分析をさせてるんやけど、普通に考えれば現金を奪うのが目的になると
 思うんよ』

「というか、それしかないんじゃないのか? なあ?」

『そうですね。 俺もそう思います』

はやての言葉を聞いていたゲオルグが、眉間に皺を寄せて顎を右手でさすりながら応じ
シンクレアに同意を求めると、画面の中のシンクレアも難しい顔で考え込みつつ深く頷いた。

『でもな、それやったら10人以上って多くない?』

続くはやての言葉に、ゲオルグとシンクレアは無言でうつむいて考え込んだ。

「あの、いいですか?」

全員が考え込み、指揮所の中が沈黙に包まれたとき、ティアナが立ち上がって声を上げた。

「なんだ?」

「事件の目的についてなんですけど、気になることがありまして。
 事件発生と前後して、グランド・ミッドチルダ銀行株の売り注文が増えてるんです」

『なんやて?』

ティアナの言葉を聞いたはやては目を大きく見開いて、驚きの表情を浮かべた。

「報道管制はどうなってる?」

『まだ主要メディアには流れてません。 ネットにはさすがに少しは流れてますが』

ゲオルグの問いかけにシンクレアが答えると、はやてが身を乗り出して割り込んできた。

『ちょい待って。今出てる売り注文はそんなもんやないで。 株価も2%くらい下がってるし』

「ということは、この売り注文は事件の情報を受けてのものじゃないってことか」

「そうなりますね」

ゲオルグの言葉にティアナが頷くと、はやては首を傾げた。

『単に他の要因が重なっただけちゃうん?』

「経営上のマイナス要因は特に見当たりません。 ここまでの売りが出る理由はないです」

ティアナがそう言うと全員が黙り込み、指揮所には再び沈黙が訪れた。
しばらく全員が考え込んでいると、緊急通報の音が鳴った。

『クラナガン8区の銀行強盗事案の続報です。
 事件が発生したのはグランド・ミッドチルダ銀行本店。
 犯人の数は10名以上、警備システムにより閉鎖されたビル1階で立てこもり中。
 現在付近の警邏隊および警防署要員により封鎖線の構築を完了しています。
 なお、陸士301部隊が現場へ急行中。 以上』

緊急通報のアナウンスが終わると、ゲオルグは腕組みをして大きく息を吐いた。

「陸士部隊を派遣したってことは、強行突入か」

『ですねぇ。 ただ、現場の情報が・・・・・あ、すいません、ちょっと待ってください』

ゲオルグとのやりとりを中断したシンクレアの姿が画面の外に消える。
ややあって気まずい表情のシンクレアが画面に戻ってきた。

『あーすいません。今ちょうど俺のところにハラオウン少将から連絡がありまして。
 どうせなので、こちらに直接つないでもかまいませんか?』

「俺は構わない。 はやてはどうだ?」

『もちろん、かまへんよ』

ゲオルグとはやて、2人の同意を得てシンクレアは横を向くと、ぼそぼそと指示を出した。
するとすぐに、はやてとシンクレアの顔が映し出された画面の傍に、クロノの顔が現れた。

『みんなご苦労だな。すでに情報共有を進めてくれていて助かったよ』

「いえ、ちょっと気になったので。 ところでクロノさんがこのタイミングで出張ってくる
 ということは、出動ですか?」

ゲオルグが尋ねると、クロノはわずかに表情を曇らせた。

『ちょっと違うんだ。 クラナガン第8区警防署からの派遣要請に従って、陸士301部隊が
 事件解決のために派遣されているわけだが、彼らは地上本部から強行突入の指示を受けている。
 ただ、強行突入の作戦立案をしようにも、内部の情報、特に犯行集団の人員配置が
 不明らしくてね。その情報収集をシンクレアに依頼できるよう、僕に頼んできたというわけだ』

「なるほど。 しかし、その手の情報収集のノウハウならどの陸士部隊でも持ってるでしょう?」

自分のシートの上で足を組んで背もたれに身体を預けて聞いていたゲオルグが尋ねると、
クロノの代わりにシンクレアが大きく頷いた。

『そりゃそうですよ。 にもかかわらずうちに依頼してきたということは、自前のノウハウでは
 役に立たないってことでしょうね』

シンクレアは眉間に皺を寄せた顔で答える。

「では、特殊陸戦部隊としては出ないということですか?」

『いや。状況からみて突入作戦自体も難しいものになる可能性があるから、
 特殊陸戦部隊に出動してもらう』

クロノがそう言うと、ゲオルグは組んでいた両足をほどいて立ち上がった。

「了解しました、閣下」

背筋を伸ばして敬礼するゲオルグの視線の先で、クロノが答礼した。

『では、あとは頼むよ。 301部隊との連携も含めて現地で調整してくれればそれでいい』

最後にそう言い残して、クロノとの通信画面は閉じた。
ゲオルグはふぅっと大きく息を吐いてから、自分の席に腰を下ろした。

「さて、と。 じゃあ、シンクレアとは現地合流でいいな?」

『そうですね』

「はやてのとこはどうする?」

『いつも通りやね。事態が収拾したら行くわ』

「わかった。 じゃあ、よろしく頼むな」

ゲオルグはそう言ってもう一度立ち上がった。
スクリーンからシンクレアとはやての顔が消え、大写しになったビルだけが映し出される。
ゲオルグは自分の席の周りに集まった士官たちの輪に入った。

「というわけで出撃だ。 現地にはフォックス・ファルコンの2個分隊をティルトロータで派遣、
 ロープ降下により展開する。 現地では301部隊および情報部と協議の上で作戦を決定する。
 イーグル・エレファント両分隊は待機。 ここの指揮はチンクに任せる。何か質問は?」

ゲオルグの指示が終わると、ティアナが一歩前に出た。

「部隊長。 私の分隊に行かせてください」

ティアナの申し出に、ゲオルグは首を横に振った。

「ダメだ。どの分隊も編成を組み替えたばかりだが、イーグル分隊はそれに加えて分隊長が
 2日前に変わったばかりだ。 実戦に出すにはさすがに訓練不足と言わざるを得ない。
 それでもイーグル分隊を出撃させたい理由はあるのか?」

「まず、出撃の理由ですが本事案の特殊性です。
 本事案は通常の銀行強盗あるいは立てこもり事案と明らかに異なる点がいくつもあります。
 この特殊性を解明することが現場での対応方法を考える上で重要と思いますが、
 これには動機の推定が不可欠と考えます。
 恐縮ですが、この部隊で私以上にそのような活動に向いている人物はいないと自負します。
 よって、作戦行動において多少の不利はあっても、私が現地に赴くべきと考えました。
 また、先ほどの報告書にも記載しましたが、昨日の戦闘訓練において少し集団戦の
 訓練を実施しましたが、特段の問題はありませんでした」

キッとゲオルグの顔を見据えて早口で言うティアナ。
その言葉をじっと聞いていたゲオルグは、ティアナが話し終えるとじっと彼女の顔を見つめた。
そしてしばらくすると、肩をすくめて小さくため息をつくと、ティアナに苦笑を向けた。

「わかったよ。お前の言うことにも一理あるからな、出動はイーグル・ファルコン両分隊。
 いいな、クリーグ」

「はい。フォックス分隊は隊舎にて待機します」

ゲオルグがクリーグに話を向けると、クリーグは大きく頷いた。

「では、出動準備だ。 イーグル・ファルコンの両分隊は10分後にティルトロータに搭乗。
 状況説明は簡単でいいので各分隊で済ませておくように。 以上、解散」

ゲオルグがそう言うと、ティアナとウェゲナーはそれぞれの分隊の待機室に向かって
指揮所から駆け出していった。
その背中を見送ったゲオルグは、残ったチンクに話しかける。

「じゃあ留守は頼むな、チンク。 隊舎への攻撃はまずないと思うが、警戒は緩めるな。
 場合によっては残りの2個分隊を率いて来てもらうこともあるかもしれないが、
 その場合の判断は全てお前に任せる」

「ほかの出動要請があった場合はどうする?」

そう言ったチンクの目は不安げに揺れていた。
そんなチンクにゲオルグは笑って見せる。

「さすがにクロノさんが止めるとは思うけど、それでも要請があった場合はお前に任せるよ。
 責任は俺がとるから、安心して指揮してくれればいいし、相談があれば通信を送ってくれ」

「わかった」

ゲオルグの言葉を聞いたチンクは自信に満ちた表情で力強く頷いた。
ゲオルグはそんな彼女に小さく頷き返すと、踵を返して屋上のヘリポートへと向かう。

階段を駆け上がって屋上へとたどり着いたゲオルグの視線の先に、上に向けたロータを
回転させるティルトロータが待っていた。
ロータが起こす風に逆らって、後部ハッチに向かってゲオルグは走っていった。
彼が乗り込むと、機体の左右の内壁に沿って設置されている座席に隊員たちが座っていた。

「イーグル分隊、全員搭乗完了です」
「ファルコン分隊も同じく搭乗完了です」

前方から聞こえてきたティアナとウェゲナーの声に応じて頷くと、隊員たちと目を合わせながら
進んでいく。
ティアナとウェゲナーのいる最前部までくると、2人と目を合わせて頷きあった。
そして、操縦席に上半身をつっこんで操縦士に話しかけた。

「離陸だ。 現地に着いたら高度20でホバリング。 後部ハッチから降下する。
 完了したら直ちに帰投しろ」
 
「了解しました。 では離陸します」

操縦士の言葉に頷いて、ゲオルグは自分の席についた。
すぐに機体は離陸してクラナガン第8区へと機種を向ける。
ロータが巻き起こす騒音の中で、ゲオルグはウェゲナーとティアナに念話を送った。

[ウェゲナー、ティアナ。 降下完了後は分隊ごとに集合して待機だ]

2人が頷くのを見て、ゲオルグは目を閉じた。
やがてティルトロータは高度を下げ始める。
目を開いて窓の外に目を向けると、彼の視界に事件の舞台である
グランド・ミッドチルダ銀行本店ビルの姿が映った。
地上30階の威容を誇るビルの壁面にある窓には、事前の情報のとおり
すべてシャッターが下りていた。
ビルから2ブロックの周囲に張られた規制線の外側には、野次馬らしき人垣ができている。

『現地に到着しました、後部ハッチを開けますので、降下を開始してください』

スピーカーからの操縦士の声に従って隊員たちが立ち上がる。
そして、最後部に座っていた隊員から順に、ロープを伝って降下していく。
最後にティアナとウェゲナーの2人が降下したのを確認して、ゲオルグは最後部ハッチにある
操縦席との通話用のインカムを手に取った。

「降下終了だ。 ロープを回収して帰投せよ」

『了解しました。 部隊長、お気をつけて』

「ああ、そっちもな」

会話を終えてインカムを置いたゲオルグは、後部ハッチの先端に立つ。
ロープの巻き上げが終了すると同時に、後部ハッチが閉まり始める。
その瞬間、ゲオルグは後部ハッチから一歩踏み出して虚空に身を投げ出した。
ゲオルグは重力による自由落下で地面へと降りていく。
最後、飛行魔法で落下速度をコントロールして静かに地上に降りたつと、
すでに隊舎へと向かい始めたティルトロータの姿を見上げた。
そして地上へと視線を戻す。
彼の前には特殊陸戦部隊の隊員たちが居並んでいた。
ゲオルグは近づいてくるティアナとウェゲナーに声をかけた。

「行くぞ、301部隊と打ち合わせだ」

そう言ってゲオルグは少し離れたところにある、301陸士部隊の指揮所に向かって
歩きだした。
集合する301部隊の隊員たちの前を通って、彼らは301部隊の幹部たちに歩みよった。

301部隊の士官たちも近づいてくるゲオルグたちに気づいたのか、彼らの方へ振り返る。
その中には先に到着したのであろう、シンクレアの姿もあった。

ゲオルグたちは301部隊の士官たちの3m手前で立ち止まると、姿勢を正して敬礼する。
一方301部隊の士官たちも、それに応じてゲオルグたちに向かって敬礼した。

「特殊陸戦部隊のシュミットです。 テロ対策室からの指示で支援に参りました」

手を下ろしたゲオルグは、その手を301部隊の部隊長に向けて差し出した。

「助かります。 第301陸士部隊のクリスティアン3佐です。 よろしく頼みます」

彼らはお互いの手を握って顔を見合わせた。
そのとき、ゲオルグが大きく目を見開いて、あっ、と声を上げた。

「どうかしたんですか?」

クリスティアンの背後にいたシンクレアは、ゲオルグの様子を見て怪訝な表情を浮かべて聞く。

「あ、いや。 なんでもない」

ゲオルグが口をへの字に曲げて答えると、クリスティアンが声をあげて笑った。

「なんでもないってことないだろ」

クリスティアンの言葉にゲオルグはあきらめたように肩を落とした。

「士官学校の同期だよ」

ゲオルグは吐き捨てるようにそう言って、大きくため息をついた。
その様子を見ていたクリスティアンは、再び笑い声をあげる。

「握手をするまで気づかないなんて、忘れられたかと思ったぞ」

「忘れたくても忘れられないよ。 まったく・・・」

ゲオルグはもう一度大きくため息をつくと、自分が置かれている状況を思い起こし、
気を引き締めて顔を上げた。

「それより仕事をしよう。 状況は? ビル内部の情報が取れないと聞いたが」

ゲオルグの言葉を受けて、クリスティアンも口元に浮かんでいた笑みを消して頷いた。

「説明する。 こちらへ」

ゲオルグたちはクリスティアンの指し示した机に近づいていった。
その上には、ビルの建設図面が映し出されていた。
机の空いていた一辺のそばに立つと、ゲオルグは机を囲む面々を見回した。
そこには、301部隊の士官、シンクレア以下の情報部員、警防署の警邏担当者がいた。

「一通りの状況については把握していると思うので省くぞ。
 現在犯人グループは窓口などがある1階に人質をとって立てこもっていると、推定される。
 我々301部隊は突入作戦により事態を解決するよう、地上本部作戦部からの指示を受けて
 ここに来たが、犯人グループとの連絡もとれず、内部の状況も把握できていないため、
 現在のところ動きのとりようがない」

クリスティアンが早口で説明するのを聞いていたゲオルグは、腕組みをしてしばし考え込んだ。
そして10秒ほどの間をおいて、口を開く。

「問題を整理しよう。
 必要な情報は、犯人グループの数と配置、武器の有無、犯人グループに魔導士がいるかどうか、
 人質の数と位置。 こんなところか?」

「犯人グループが得ているであろう情報も把握したいですね」

ゲオルグが必要な情報を上げていくのに続いて、シンクレアが付け足す。
ゲオルグはほかにないかとその場のメンバーを見回してから、再び口を開いた。

「ではまず、犯人グループの数と配置か。
 ビル内部の監視システムのデータは見られないのか?」

ゲオルグが尋ねると、クリスティアンが首を横に振った。

「ビルの警備会社に提供を依頼したが、事件発生と前後して受信できなくなったということだ。
 図面上のこの位置を掘り返して直接信号線を見てみたが、何も信号が出力されてなかった。
 おそらく回線を物理的に切断したんだろう」

クリスティアンが重い口調で報告するのを、ゲオルグは難しい表情で図面を見ながら聞いていた。

「サーチャーを入れるのはどうだ? 空調ダクト経由で入れられるよな」

ゲオルグはそう言ってシンクレアの方を見た。
シンクレアは腕組みをして少し考えたあと、口を開いた。

「行けると思いますが、制御がうまくいきますかね?あとは数ですか」

「制御ってどういう意味だ?」

シンクレアの答えに対して、ゲオルグはさらに疑問をぶつける。

「内部にコントロール電波が入らない可能性もあると思ってまして。
 というのも、あのシャッターが下りた直後に店内の携帯端末との通話が切れたらしいんです」

「まあ制御は試してみよう。 ダメだった場合はどうするかだが・・・」

シンクレアの説明に納得したゲオルグは、次善策を考えるために、うつむいて目を閉じた。
そして1分ほどの時間を置いて顔を上げたゲオルグの口元には笑みが張り付いていた。

「誰か入ってみるしかないだろうな」

ゲオルグがそれまでよりも少し明るい口調でそう言うと、シンクレアとティアナの
顔色が変わった。

「ゲオルグさん、自分が入ろうとか考えてるでしょ。 ダメですよ。 立場考えてください」

「そうですよ。 部隊長自ら単身で敵地潜入とかありえませんからね」

シンクレアとティアナが厳しい表情で言う。
するとゲオルグは苦笑を浮かべて肩をすくめた。

「善処しよう。 だがな、」

ゲオルグはそこで言葉を一旦切った。
次の瞬間、彼は直前までの柔らかい表情からは一変して、厳しい表情を浮かべていた。

「誰が何を言おうと、俺が必要だと思ったら入るからな」

彼の迫力に気圧されたティアナは固い表情で頷く。
一方、シンクレアは苦笑して頷いていた。

「わかってますよ。次に行きましょ」

「といっても、他の情報もほぼ同じなんだよなぁ・・・・・」

悩ましげに頭をかきながらクリスティアンが言ったその言葉に、
その場の面々はうつむいた。

「クリスティアンの言う通りだ。 だから、これについてはこれ以上議論しても仕方ない」

ゲオルグがそう言うと、机を取り囲む面々は顔を上げた。

そしてシンクレアが微笑を浮かべて口を開いた。

「じゃあ、サーチャーのテストから始めますか」





30分後。
彼らはサーチャーからの映像を表示するモニターを前にしていた。
一様に表情は暗く、ゲオルグは苦虫をかみつぶしたように、口元をゆがめていた。

サーチャーによるビル内部の偵察テストは失敗であった。
ビル内部に進入した直後からサーチャーからの信号は途絶え、さらに偵察ルートを回り終えて
帰還する予定時刻になっても、使用した10個のサーチャーのうち1個も戻ってこなかった。

「ダメ、でしたね・・・」

ティアナが恐る恐るそう言うと、たまたまゲオルグと目が合った。
ゲオルグはティアナに向かって苦笑を浮かべて首を横に振ると、大きく息を吐いた。

「さて、次はどうするかな?」

ゲオルグがそこに集う人々に向かって言うと、全員が難しい顔で唸った。

「シャッターか壁の薄いところに穴でもあけてカメラでも入れるか?」

クリスティアンがそう言うと、ゲオルグは悪くないと頷く。

「いいですか?」

シンクレアが声を上げると、全員の目が彼に向いた。

「ちょっと思ったんですけど、2階より上のオフィスエリアには犯人が入ってないんですかね?」

シンクレアの言葉に、ゲオルグを除く全員が驚きの表情を浮かべた。

「いや、銀行強盗ですよね? だったら現金のある店舗エリアを狙うんじゃ・・・」

控えめな口調でウェゲナーが言うと、クリスティアン以下の301部隊の面々が頷いた。
一方ゲオルグは、腕組みをしたままじっと机の上のビル図面を見つめ、
ティアナは眉間に皺を寄せてどことも知れぬ宙に視線をさまよわせた。
しばらくして、ゲオルグは顔をあげて声を発した。

「ランスター執務官、何か意見は?」

突然ゲオルグから意見を求められたティアナは、驚きの表情で隣に立つゲオルグの顔を見上げた。
その視線を飄々と受け流すゲオルグを見て、ティアナは小さく息を漏らした。

「クロス3佐の言われるように、オフィスエリアに犯人が侵入している可能性は高いと思います。
 理由は、上層階のシャッターが閉まっていることです。
 店舗エリアの緊急ボタンを作動させたとしても、こうはなりません。
 つまり、何らかの意図をもった行為の結果ということになります」

「と、するとだ。 店舗エリアだけの偵察では不足ということになるな」

ティアナの言葉を受けてゲオルグがそう言うと、シンクレアが渋い表情をした。

「俺がビルに潜入して敵の配置や人質の状態を確認してくる。
 その結果を受けて突入作戦の計画を練るとしようか」

ゲオルグはそう言って机の上のビルの図面に目を向けた。
それにつられるようにシンクレアも図面を覗き込む。
他の面々はその場に居ながらも一歩引いて2人が話し始めるのを待っていた。

「入れるのは・・・ここか」

ゲオルグはそう言って地図の一点を指さした。
そこはビルの地下2階にある機械室で、水道管から侵入することができた。

「ですね。 しかもここからならエレベータシャフトにアクセスしやすい」

シンクレアは機械室からエレベータシャフトへのルートをなぞりながら言う。

「で、エレベータシャフトを上がって・・・ここですね。1階天井裏のダクトです」

「1階すべてを偵察しようとすると・・・・・こんな感じだな」

シンクレアが指さした地点から、ゲオルグは店舗エリアをぐるっと囲むように
天井裏を這うダクトをなぞっていった。

「上のフロアはどうします? 全部は難しいですよね」

シンクレアが問いかけると、ゲオルグは難しい顔で腕組みをして唸り声をあげた。
誰も言葉を発せず、無言のまま時間が流れていく。

「あの、その点について考えがあるのですが・・・」

控えめに手を挙げたティアナが発した言葉に反応して、全員の目線が彼女に集中する。
ゲオルグは無言のまま軽く手を上げてティアナに発言を促した。
ティアナは小さく頷いて口を開いた。

「最上階の偵察を優先してはどうでしょうか。
 今回の犯行の目的が現金の強奪であれば、上層階への侵入は不必要です。
 意味があるとすれば、経営トップに対する脅迫です」

「人質としての利用を考えてのことでは?」

「人質の目的は逃走経路の確保以外には考えにくい状況です。
 であれば、店舗エリアの行員だけでも多すぎるくらいです」

ティアナがウェゲナーの問いに答えると、再び沈黙がその場を支配した。
しばらくして、ゲオルグは胸の前で組んでいた両腕をほどくと、全員の顔を見回した。

「限られた時間で偵察を完了する必要がある状況を鑑みて、ランスター執務官の案を採る」

ゲオルグの言葉にクリスティアンをはじめとする301部隊のメンバーと
警防署の捜査官が頷くと、シンクレアがゲオルグに声をかけた。

「サポートはどうします?」

「不要だ」

ゲオルグは短く答えると、身をひるがえして歩き出した。
シンクレアはゲオルグがぶっきらぼうに言い放った言葉に苦笑すると、
偵察への侵入点に定めた水道管へつながるマンホールに向けて歩く
ゲオルグの背中を追いかけた。

両手に腰を当てて蓋のあいたマンホールを覗き込んでいるゲオルグの背後に
ゆっくりとした足取りで近づく。

「いいんですか、本当にサポートなしで」

シンクレアが声をかけると、ゲオルグはゆっくりと振り返った。
そして肩をすくめて苦笑を浮かべた。

「この程度のことでサポートはいらねえよ。 それよりも、だ」

ゲオルグは一度言葉を切ると、シンクレアの傍に寄っていくと彼の肩に手をかけた。

「不測の事態が起きたときのバックアップを頼む」

小さく抑えられた声で発せられた言葉を聞き、シンクレアはわずかに目を見開いた。

「・・・わかりましたけど、出番がないのを願ってますよ」

「まかせたぞ」

ゲオルグはシンクレアの肩から手を離すと、くるりと向きを変えて再びマンホールへと向かい
地下へとその身を沈めていった。


 
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