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ツインズシーエム/Twins:CM ~双子の物語~

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ツインレゾナンス
  第4話 我が家への帰還

 エースたちの通う魔導士育成学校の敷地は非常に広大で、中学棟、高校棟、教師棟、演習棟がそれぞれ1つずつと学生寮が4つ、同じ敷地内に所狭しどころか所広しと建っている。

 その敷地の、端から端まで行こうとすると軽く10分はかかるほどの道を通り、さらに奥の森の中の小道も抜けた先が、今フォンバレン兄弟が住んでいる家である。

 平屋建ての簡素な住宅は、そのダークな色合いから夜には非常に見づらい、というメリットとデメリットを兼ね備えたものとなっている。夜に帰るときは見つけるのがなかなかに難しいため、住み始めた頃には見つけるのに苦労したことが何度かあった。


 その誰もいないはずの住処からは今、窓に備え付けられたカーテンの隙間から覗く明かりが見えていた。もちろん外出時にはきちんと消灯と戸締りをしているので、その後で誰かが開けた、ということになる。

 普段なら驚いた後にその電気の主が誰なのかを確認しに走って帰るが、今日のように依頼をこなして帰ってきた日だけは、必ずと言っていいほどこうなると分かっているので、エースもミストも驚くことはなかった。

 今の世界で数少ない、心から落ち着ける場所の1つである我が家の扉を開けて、玄関口で靴を脱ぐ。これは元々エースとミストのいた大陸東部のイーゼル地方にのみ見られるものだったのだが、今ではどの地方にも広まってる習慣である。

「お帰りなさい、2人とも」

「ただいま」

 2人が靴を脱ぎ終わるのとほぼ同じタイミングで、玄関口からリビングへと通じる廊下の奥の方から1人の妙齢の女性が現れた。ブルーブラックとでも表現出来そうな髪色の長髪を後ろで一つまとめにし、着ているエプロンの寒色系の色の効果もあってか非常に落ち着きのある雰囲気を醸し出している。

 彼女の名前はソレーラ・ファルシュ。この学校の長を務めるパードレ・ファルシュの娘であり、フォンバレン兄弟にとっては母親と姉の中間に当たるような存在である。また、過去にはこの学校に通い、卒業した所謂OGであるため、今学校に通う2人にとっては大先輩でもあり、さらには教師でもあるという、2人にとっては非常に複雑な立ち位置にいる。

 そして、名前から分かるように2人とソレーラに、血の繋がりはない。


 それならば何故、エースとミストはこのような場所で暮らしているのか。何故、今のような環境にいるのか。それには深いわけがある。

 エースとミストの実の両親は、すでにこの世にはいない。2人が7歳の時に周囲に言われなき罪を着せられて死に、家も家族も失った2人は双子ということで誰にも拾われずに路頭に迷っていた。それから数週間なんとかして生き延びようとしたものの、万策尽きてもう少しで死んでもおかしくないところをパードレに拾われたのだ。

 それが10年前の話だというのだから、この家にはそれ以来、約10年もの間住んでいることになる。10年前というと、まだソレーラがこの学校に学生として通っていたころから、ということになるのだから、その長さは容易に想像できるだろう。


 さらに、これを理解していれば、この家の外観が非常に暗い色をしている理由も自ずと見えてくる。

 これは2人の家を発見されにくくするための保護色のようなものなのだ。居場所を少しでも確認しにくくされ、安心して暮らせるようにするための仕組みなのだ。こうした知恵工夫を使っていなかければ2人にとっては生きづらい世の中が、今もある。

「ご飯、出来上がってるよ。冷めないうちにどうぞ」

「へーい」

「分かった」

 そんな生きづらい世の中の過ぎゆく世界の中にある、安らぎの場所ともいえるこの家のダイニングに入ると、そこにはすでに食事の用意されたテーブルがあった。依頼から帰宅した日は、必ずこうしてソレーラの作る食事に舌鼓を打つ、というのが今では習慣となっている。日中の疲れも相当なものがあるのにも関わらずこうして作ってくれるのは、ソレーラ曰く『楽しいから』だそうだ。

 エースとミストが横並びになり、その向かい側にソレーラ、という形でテーブルを囲み、手を合わせて食事を始める3人。食事の前に手を合わせるのもエースとミストの生まれ故郷である大陸東部地域の習慣であるが、ソレーラもこうして2人に合わせてくれている。

 いつだったか、何故そうしてくれるのかをエースがソレーラに聞いたことがあるが、その時返ってきた答えは「その方が家族っぽいから」だそうだ。その回答が返ってきたとき、エースは思わず笑顔になったことを覚えている。後にソレーラが、すごく綺麗な笑顔をしていた、と言ったくらいのものだった。

 感謝してもしきれないほどの思いは今もきちんと保ちながらも、こうして出来上がった第2の家族との日常は、すでに十分なほどの年月を経ていた。もしかしたら、今の家族の方が家族らしいのかもしれない、と思うほどに。

「今日はどうだったの?」

 ソレーラから話題を切り出す時は、大抵このセリフからスタートする。これもまた、血の繋がりのない家族の間で繋がりを築き、確かめるためには大事なことである。

「エースがマジックペーパー持ってなくて迷宮の中で焦ってた」

「いやあれはお前がスプリンコートさんとコンビ状態だったのに分けてくんないから」

「それは結果論だと言ったよ、僕は。結局のところ、君が枚数を確認しないからそうなったんだろう」

 迷宮の中でもやった小さな言い争いを再び繰り広げるエースとミスト。ご飯を食べ進めながら行われるそのやりとりの光景をソレーラは微笑ましく見ている。

「エース、出る前にペーパーの枚数確認したの?」

「うっ……してないっす。あると思ってました」

「なら、エースにあれこれ言う権利はないわね」

 姉からの叱責にも、先生からの注意にも聞こえるその言葉が、エースに突き刺さった。どこか小さく見えるエースの姿は、姉に叱責される弟、もしくは母親に叱責される子供、はたまた教師に注意される生徒にも見える。

「他には、何かあった?」

「特にないなー」

「そうだね。特にこれ、といったものはエースの恋バナくらいしかないかも」

「おいミストなんでそれをいう」

 記憶力のいいミストの言葉に今度は振り回されまいと、また突っ込みを入れるエース。しかしながら、言葉として世界に溶け込んでしまった以上、それは頑張っても振り回されてしまうものである。

「それは聞きたいかもしれないわね」

「いや聞かなくていいから。てか温泉の時には話さなかったけど、ミストはどうなんだよ」

「僕はそういうの鈍いから」

「ずいぶんと都合のいい鈍さだな」

 ミストの避け方にもはや突っ込む気力すら失せたのか、それ以上の反論を止めるエース。早々と食事の終わったテーブルに伏せていると、ソレーラからの反応が返ってくる。

「ふふ、エースにもそういうのあるのね。少し安心したわ」

「なんで?」

「エースは色々と自分の気持ち押し込んじゃいそうだから」

 ソレーラにそう言われて、エースは何も言えなくなった。

 確かに自分でも、相手の気持ちを考えて言うかどうか迷った経験があるのをきちんと覚えている。それでも、まだ少しは残っている子供心によって紡ぎだされた反論は、きちんと意味のある声になった。

「受け身にならないようにコントロールしてるから安心して。ずっと言われっぱなしにはならないから」

「そうね。ケンカはともかく、言いたいことは言っていいからね。双子だとか、関係ないのよ」

 こういう理解のある一言に、エースは今まで助けられてきた。心無いセリフが散らばった中に1つでも心温まる言葉があれば、それで十分に生きていける。当たり前になりつつあるが、誰も助けてくれない世界ではなくなった今に感謝していることは、誰にも言っていない。

「そうだね。それに僕もガンガン言ってるから、エースが余計言ってないように見えるのかも。エースは黙っちゃうし」

「ミストは容赦ないからな。そのせいで何度ヒヤッとしたか」

「それはエースが氷属性だからじゃないの?」

「誰が上手いこと言えと」

 しんみりしかけた雰囲気を元の明るいものに戻すミストの座布団1枚級のネタ。エースは反射的に突っ込んでしまったあと、少し笑顔になった自分に気づく。雰囲気を暗くしてしまったのは、きっと疲れているからだろう。

「よし、じゃあ甘いものでも食べて少し幸せになりましょ。確か冷蔵庫にアイスがあったはず」

「なら僕が持ってくるけど、2人は何がいい?」

「俺バニラで」

「私は抹茶」

「りょーかい」

 ミストが席を立って冷蔵庫へと向かう。特定の魔法のみを発動し続けるように開発された『持続水晶』を組み込んだ箱で冷やされたそれは、今も作りたてのようにキンキンに冷えている。

「さて、食べようか」

 各々の前にミストが置いたアイスとスプーンを手に、3人は再び会話へと入る。その最中には、先ほどのような暗く沈む様子は全く見られなかった。



 こうして、一度は失った幸せも微々たる違いを残しながら再び得て、今をこうして生きている。少し肩身が狭くとも、今の2人にとっては十分に幸せなのだ。些細な反抗を毎日積み重ねる程度なら、きっと何も言われないだろう。

 例えこれが身の丈に合わない幸せだと言われても、それをただの言いがかりだと言えるのはまだ先かもしれなくとも、この世の中が意味もなく作ってしまった差別になど、2人は屈するつもりはない。だが、それでも上手く隠さなければいけないような、世知辛い世の中だ。度を超えた反抗が意味するものも、もちろん分かっている。


 運命に少しの反抗を見せながらも翻弄されていく毎日は、確かに過ぎていくのであった。 
 

 
後書き
ダークなのかハッピーなのか、よく分かりませんよね←

そんなわけでお待たせしました。最新話です。今回で一応一区切りとなるこの第4話ですが、今回は家に帰ってからの話となります。そしてまたキャラ登場!なんですけどもこのソレーラはこれまでに出て来た4人とは違ってあくまでもサブキャラクターです。なので今後のストーリーに深くは関わってきません。でも大事なキャラなので出させていただきました。

あ、あと今回学校長の名前も出てきましたね。パードレとその娘ソレーラ、実は名前にはきちんと意味があります。少し悲しい意味なので、気になった人は調べてみてください。名前はイタリア語、苗字はドイツ語由来です。ヒントはエースたちとの関係です。

さて、次回第5話からは物語が少しずつ動いていきます。その物語の先に何があるのか、そして何を掴むのか。それらが分かるのはもちろんまだ先の話ですが、そこまでお付き合いくださると嬉しいです。ではまた次回お会いしましょう。以上、KZMでしたっ! 
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