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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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58話:それぞれの決断

 
前書き
やっとこの年代までこれた。 

 
宇宙歴783年 帝国歴474年 月下旬
首都星ハイネセン 倉庫街
ヤン・ウェンリー

「残念ながら、こちらの倉庫内のものは全て贋作ですね。古美術品としての価値はありません。オブジェとしての価値はあるかもしれませんが、換金手段は残念ながらございませんね。始めに確認させて頂いた万歴赤絵の大皿ですが、鑑定書通り本物です。急ぎで売りに出しても10万ディナール。しかるべきオークションに出せばうまくいけば20万ディナールを越えるかもしれぬ一品です。
こちらのシルバーカトラリー一式も、皇室御用達の職人によるもので、アンティークとしての価値もかなりございます。一式であればこちらも10万ディナール、しかるべきところに出せば20万ディナールと言った所でしょう。久しぶりに目の保養が出来ました。」

私のため息はどうやら父の遺した古美術品の鑑定を頼んだ鑑定人には聞こえていないようだ。同盟憲章の保障する自由には、相手の心証を読まない自由はあるのかもしれないが、贋作を本物だと偽る自由はさすがに無いだろう。父の古美術品への鑑定眼は別にしても、本物で価値があったのは、帝国の伯爵から贈られたものだけだったというのは、皮肉が効きすぎているように思う。

「それでは鑑定料はこちらの口座にお願いします。鑑定の際は是非お声がけください。では!」

私が思考している間に鑑定士はひとしきり気が済んだのか、1000ディナールの請求書とともに振込先を記載した名刺を私に押し付けると、上機嫌で帰っていった。

「私も人付き合いが苦手な方だが、少しでも想像力があれば、どうしたものかと思い悩む場面だとわかりそうなものだけどなあ......」

困った時の癖で、頭をいつの間にかかいていた。父親が遺した古美術品を全て贋作だと鑑定した鑑定士に、また依頼をする人間がいるのだろうか?少し考えればこれからの生活費をどうしようと悩んでいるとわかりそうなものだけどなあ。

事の起こりは、私がハイネセン記念大学の史学科への受験の為、今まで生活してきた商船から下りて、ハイネセンの自宅で一人暮らしを始めた事から始まる。それまでは父や乗組員の皆と一緒に商船で各地を回る生活をしてきた。丁度、そのタイミングで、中古ながら2周りは大きい商船を購入し、父は上機嫌で処女航海にでたが、核融合炉の事故が発生し、父は帰らぬ人となった。
葬儀にも駆けつけてくれたフェザーン人のコーネフさんと共同経営していた会社の株と自宅は、商船購入時に抵当に入っており、保険金は、積み荷と乗組員への補償で消えてしまった。コーネフさんからは生活費の援助の申し出もあったが、父の遺した古美術品があった。それを処分すれば学費と当面の生活費は何とかなると判断して固辞したのだが......。

「さすがにこいつらを売るわけにいかないしなあ」

万歴赤絵の大皿は父が一番気に入っていたものだし、私も許しを得てよく磨いたものだ。シルバーカトラリーは本来ならこういう場合は売るのだろうが、帝国の伯爵のお金で史学科に入学するというのは何か違う気がする。それに私にとっても初めてもらった心づくしの贈り物だ。贈り主と会う事は無いと思うが、だからこそ売りたくないとも思う。宇宙の向こう側の贈り主はこんな未来を予測していたのだろうか?それとも、意外に貴族の没落はよくあることなのだろうか?

「とはいえ、私が路頭に迷う事は不本意だろうから、現金は使わせてもらうとして、さすがに大学の学費と生活費には足りないだろうな。まずは福祉局で相談してみるか」

自分に言い聞かすようにつぶやくと、万歴赤絵の大皿とシルバーカトラリーをケースに入れてからキャリーバックに入れて、倉庫に鍵をすると福祉局へ足を向けた。正直、足取りが重い。ふと、左の内ポケットにしまい込んだ手紙に感覚が向いた。目についたベンチに座り、改めてシルバーカトラリーの贈り主からの手紙を広げる。何度見ても達筆な同盟語が目に入ってきた。これもあと数十年かしたら歴史的資料のひとつになるのかもしれない。

手紙の内容は、本来なら毎年ひとつずつ贈るシルバーカトラリーを一式で送った理由と、このシルバーカトラリーの箱が開かれるときは、順調に行けば私が結婚するときだろうから、御祝い金として1万フェザーンマルクを同封する旨が書かれている。もし万が一の時に開いた際は、路頭に迷う様ならフェザーンに来てくれれば何とかするので、迷わずにフェザーンへの運賃とするようにとも書かれていた。

この手紙の日付は宇宙歴767年の2月、私が生まれる少し前の日付だ。贈り主は第二次ティアマト会戦の翌年の生まれだから、今年37歳、手紙をしたためた当時はまだ21歳だった。彼の名前は自由惑星同盟にも聞こえている位だが、世に名を響かせる人物は若いうちからこういう配慮を欠かさないものなのだろうか?
手紙に同封されたフェザーンマルクもすべて新札だった。こういう習慣が帝国貴族の中にあるというのも初めて知った事だ。もし宇宙の向こう側に生まれていたら、素直に頼ることができたのだろうか。少なくともお茶を飲みながら父との逸話を聞いてみたい思いはあった。

「そうか、この手紙も、ある意味歴史の1ページなのかもしれないな」

不思議と何度も読み返すこの手紙に妙な愛着を感じていたが、今まで読んだどの歴史書よりも、自分だけの歴史考察をする材料になっているのだと気づいた。さすがに公表できるものではないが、この手紙も大事にとっておこう。重くなっていた足取りも、この手紙を読んだおかげで軽くなった気がした。少なくとも近いうちに路頭に迷うことは無い。大通りまで出ると自動運転タクシーを捕まえて、福祉局へ向かった。

福祉局の受付はかなり混雑していた。残念ながら戦況は帝国優位に進んでいる。遺族年金や戦傷者の社会復帰政策への申請が相次いでいるのだろう。奨学金に関連する受付番号発行システムで進学相談のボタンを押し、出てきた券を持って近くのベンチに座る。こういう場であまり周囲をじろじろ見るのも揉め事の原因になりかねない。
しばらくすると私の番号が呼ばれ、すこし割腹の良い中年の女性がいる受付へ向かった。こういうのは慣れないが、事情をかいつまんで話すと、彼女が申し訳なさそうな表情をしながら今の奨学金の実情を話し出した。

「無料で学べる史学科ねえ。長引く戦争の影響で人文系の学部への奨学金は新規の申請はほぼ下りない状況なのよ。ハイネセン記念大学も、国立自治大学も、史学科となると学費は自費でという事になるわねえ......。調べてみるから少し座って待っていてもらえるかしら」

そう言うと、彼女は情報端末を見ながらキーボードをカタカタと打ち始めた。そう言えば、『割腹が良い』というのは女性に使って良い表現なのだろうか......。などと考えていると、キーボードを打つ音が止まり、彼女はつぶやいたつもりだろうが私にも聞こえる声量で、

「ここも史学科と言えば史学科ねえ......」

とつぶやいた。思わず目が合うと、モニターをこちら側にむけて来る。

「同盟軍士官学校戦史研究科ですか」

「ここなら学費も無料だし、生活費も支給してもらえるわね。ハイネセン記念大学の史学科に合格できる学力があるなら十分合格できると思うけど......」

反応を確認するような視線に気づかぬふりをしながら、モニターに映し出された資料を確認する。士官学校を卒業して10年勤めあげたら退役軍人年金ももらえる。良い話だとは思うが、『父の知己で、私を気遣ってくれた恩人の敵国の伯爵と年金の為に戦う』かあ。言葉遊びならまだあり得るが、自分の身に実際に振りかかると、なんとも言えないものがある。ただ、この選択肢を選ばないとするとフェザーンへ行くしかないだろう。

「ありがとうございます。願書を頂ければ幸いです」

今更だが、父の人生論を思い出した。『金銭があれば嫌な奴に頭を下げずに済むし生活の為に説を曲げる事もない』かあ。こんなに早く実感することになるとは思っていなかった。その場で願書を記入し、お礼を述べて福祉局を後にする。今日から受験日までは比較的安めのホテル・カプリコーンでホテル住まいをすることになるだろう。


宇宙歴783年 帝国歴474年 4月下旬
首都星オーディン リューデリッツ邸
ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ

「父上、母上。今回は忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」

応接セットの対面に座る嫡男のアルブレヒトが神妙な面持ちで話し始めた。進路の件で色々と思い悩んでいたことは知っていたが、嫌々とは言え俺は軍人として前線でも戦果を残している。当初は、『リューデリッツ伯爵家が代々部門の家柄とは言え、軍人になる将来が確定しているわけではない』と伝えるつもりだったが、爺様と父上の事を思い出して、俺から伝える事は控えた。マリーンドルフ伯とも話す場を設けたし、妻のゾフィーとも事前に話し合い、仮にアルブレヒトが軍人以外の道を選ぶと判断したら、それを尊重しようと決めていた。

「忙しいのは確かだが、アルブレヒトに割く時間ならいくらでも調整するさ」

「ええ。むしろいつも忙しくしていて、貴方もいろいろと耐えてくれていると思っています。親子なのですから、変な遠慮をする必要はありませんよ」

ゾフィーもおそらく進路の話だと察しているのだろう。ゾフィーはある意味、育った環境に進路を縛られることは無かった。そう言う意味で、生まれに苦しんでいる嫡男に罪悪感を感じている面があるようだ。ただ、貴族の家では生まれに縛られる方が普通だ。気にしても仕方がない事だと思うのだが......。

「今回、お時間を頂戴したのは、私の進路の件です。リューデリッツ伯爵家は武門の家柄。大爺様もイゼルローン要塞の建設に関わられましたし、父上は前線でも後方でも功績を上げられました。私もそれに続きたいと志を持っておりましたが......」

そこまで言うとアルブレヒトは涙を浮かべてうつ向いてしまった。思わずゾフィーが立ち上がって抱きしめようとするが、手で制した。

「嫡男が自分の決断を表明しようとしているのだ。最後まで言い切るのを邪魔してはならん。アルブレヒト、落ち着くまでいくらでも待とう。最後まで言い切りなさい」

俺がそう言うと、アルブレヒトはしばらくポロポロと涙を流していたが、ハンカチを取り出して涙を拭うと意を決したように話し出した。

「私も大爺様と父上に続きたいと志を持っておりましたが、残念ながら軍人としての才が乏しいようなのです。進路は士官学校ではなく、帝国大学の経営学科にしたいと存じます。お許しいただけるでしょうか?」

「よくぞ言い切った!私はお前を誇りに思うぞ!」

俺はアルブレヒトの頭を撫でながら回答し、ゾフィーは涙を浮かべながらアルブレヒトを抱きしめていた。武門の家柄の嫡男という事で色々と幼いなりに感じていたのだろう。なるべくそういう空気は出さないようにはしていたが......。変に俺から伝えない判断は正しかったようだ。

「アルブレヒト。実はな、私も士官学校へは行きたくなかったのだ。本当は帝大の経済か経営学部に進学したかった。100年以上、戦争状態が続いているから皆の眼は軍人に向きがちだが、本来は臣民により良き明日を。次の世代ではもっと豊かになっているという希望を持たせるのが統治者の、領地持ちの貴族の役目だ。お前の判断を私は誇りに思うぞ」

俺がそう言うと、安心したのだろう。また涙をポロポロと流し始めた。ゾフィーもアルブレヒトを抱きしめながら泣いている。折々に進路は自由に決めろと言ってきたが、それでもプレッシャーみたいなものを感じていたのだろうか。幼いころから周りにいた連中は全員軍人志望で、軍人としての才能も豊かな連中だった。そう言う意味では子供には少し残酷だったかもしれないが、だからこそ出来た判断だろう。この決断をいつか誇りに思える日がアルブレヒトに来るようにと願った。 
 

 
後書き
ディナール・フェザーンマルク共に約100円換算にで想定します。
一例
兵長待遇軍属の報酬:月給1440ディナール=14万4000円
セーター:90フェザーンマルク=9000円
原作では厳密に言うと1ディナール=6.66フェザーンマルクなのですが、そうなると約1400円のセーターにユリアンが高いと言っていることになるので、ご了承ください。
ただし為替変動は当然あります。 
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