| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

動き



「これは、ルビンスキー閣下」
 丁寧な言葉の中に、わずかな棘をもって、アース社社長であるラリー・ウェインは頭を下げた。画面の前では、禿頭の男がのんびりとした口調で立っている。
 脇に立つ秘書らしき男はボルテックと言ったか。

 黙っている中でもこちらを値踏みするような視線は、ウェインを苛立たせた。
「いかがしましたでしょうか」
「取引を再開すると聞いてな」
「さすがお耳が早い。少し面倒な事態になり、遅れてはいましたが、ようやく再開する手はずが整いました」

「それは知っている。聞きたいのは、問題がないのかということだ」
「閣下はご心配な性分ですな。その地位では当然かもしれませんが」
 ウェインが苦いながらも、小さな笑いを浮かべた。
 かけた眼鏡をゆるりとあげて、その真面目な容貌をした青年は唇を曲げる。
「既に輸送を担当するフェアリーの上層部には根回しを行っております。いささか面倒ながらあちらのトップの許可が必要とのことですが。それもアポイントメントはとっておりますし、面談した結果は上々の反応であったと。まず間違いがないかと」

「間違いないという言葉は、上手く行ってから使わないと失敗したとき間抜けに見える」
「失礼しました」
「まあ、それはいい。私は結果さえ聞ければ満足なのだから」
「ご期待には応えられるかと」
「……」
 画面の奥で、ルビンスキーの瞳がウェインを見ているのを感じた。

 だが、それはいつものことだと、ウェインは静かにルビンスキーを見返す。
 無言の時間が過ぎて、ルビンスキーはいつものように表情を変えずに頷いた。
「なら、いい。結果を待つとしよう」
「必ずご期待に沿えると思います」
 ルビンスキーがわずかに笑う。

 小さく手をあげれば、画面がブラックアウト。
 自らの表情が鏡の様に暗い画面に映る。
 その顔が、曲がる。
「まったく。心配性の男だ――領主になった経緯を考えれば、そうかもしれないがな」
 そうして笑い、こちらも手をあげれば、画面が消える。

 手元の書類に再び目を向ければ、リモコンを手にした女性が近づいた。
「お疲れ様でした」
「なに。これくらいどうってことはない――閣下の心配性はいつものことだ。だが、商談が失敗すれば、閣下の心配が現実になる。間違いはないのだな」
「はい。先日の商談の結果では――輸送の件については前向きに考えていただけると」
 ウェインが顔をしかめた。

「決定ではなかったのか」
「決定は幹部会議ですると。しかしながら、上層部の一部はこちらに取り込んでおり、フェアリーの代表は許可をしております。形だけのことで、ほぼ確定ではあるかと考えます」
「君も閣下と同じく遠回しな言い方をするな。それならば、確実と言っておけばいい」
「ですが。まだ確定ではありませんので。それに……」

 ウェインの目を、女性――眼鏡をかけ、タイトスカートをはいた美女が切れ長の目で見返した。まとめた髪が、静かに揺れる。
「自治領主閣下は暗部を外すようにと指示をされました」
「は」
 と、ウェインはから笑い。

 馬鹿と言わんばかりに、近づいた女性に手を振った。
「手持ちの駒を変えるだけで、どれだけの時間がかかるか知っているのか。準備だけで数か月はかかる――ましてや、今回の件については数年単位で準備をしていたのだ」
 ばかばかしいと言わんばかりの表情だった。
「さらに今回は自由惑星同盟の企業に深く食い込む作業だ。数年以上の時間をかけている――それを辞めるというのは言葉だけならば簡単だろう」
「しかし、それは指示に逆らうのでは」

「自治領主閣下の言葉をお聞きしなかったのか。閣下は結果だけを聞きたいのだ。それに、あの男を誰が覚えるというのだ。一度すれ違っただけの人間を君は覚えているのか」
「私はともかく。一流の営業人であれば可能かと」
「あの場にいたのは軍人だけだ。頭の固いな」
 吐き捨てるような言葉とともに、話は終わりとばかりに腕を振るった。
「決定はいつになる」

「……来月の頭となっております」
「あと数週間か。今更気づいたところで、何になる――自由惑星同盟など来月の戦勝パーティーの準備で大忙しだろう。ああ、そうだな、パーティーには十分な援助をしておけ。以上だ」
「は――わかりました」
 静かに頭を下げれば、ウェインに手を振られ、女性はゆっくりと下がった。
 そんな姿に、ウェインは書類を乱暴に机上に投げる。

 心配性ばかりだなと。
 石橋を叩くことも大切であろう――だが、企業ではいち早く橋を渡った者が勝つのだ。
 二番目に渡ったところで、既に渡った先の富は独占されている。
 それがわからない馬鹿ばかりだなと、ウェインは苦く笑った。

 + + +

「アロンソ中佐」
 廊下を歩いていた時に、声をかけられて、アロンソは振り返った。
 そこには見慣れた、過去の部下がいる。
 優秀であり、軍人としても尊敬すべき――しかしながら、複雑な感情を感じる男だ。
 それでも一切の表情を見せずに、返答をしたのはアロンソの性格によるところであろう。

「何かな」
「先日はありがとうございました。非常に楽しい時間を過ごさせていただきました」
「ああ。それは良かった」
 と、言いながらも、感情を全て押し殺せずに、苦い表情を見せた。
 もしかしたら娘を奪われるかもしれないと。

 しかしながら、アレスの真剣な表情に、アロンソは表情を消した。
 彼のそんな表情はわずかしかないが、戦闘前によく見たからだ。
 眉根をよせて、睨むような表情。
 それが睨んでいるのではなく、真剣であるという意味ということに気づいたのはいつのことか。最も、彼の情報を集めれば、さらに真剣になればそこから笑いだすという。
まるでホラーだなと思ったものだが。

「また、来てくれるとリアナも。ライナも喜ぶと思うよ。それで」
 促した言葉に、アレスは頷いた。
「先日の話ですが。少し耳に入れたいことが」
「……」
 アロンソはしばらく考えた。
 目の前の人物が真剣になるということが、恐ろしく感じる。

 アロンソにとっては先日の席は、良くも悪くも私的な会合だったはずだ。
 で、あるのに。
 聞かないという選択肢もあるだろう。
 だが、それはアロンソの経験が全力で否定をする。
「わかった。そこに休憩スペースがある」

「お時間は大丈夫なのですか」
「仕事はあるが。そんな目をされたら、この後は仕事にならんよ。大丈夫だ」
 アロンソが先導して、休憩スペースへと向かう。
 そこは自動販売機と椅子が並べられたわずかな空間だ。
 先客が数名いたが、アロンソが小さく咳払い。

「申し訳ないが。少しだけ出てくれるか?」
 真剣な表情のアロンソに言われ、先客は慌てたように敬礼をする。
「すみません!」
 なぜか謝罪を口にして、先客は慌てたようにコーヒーを飲んでむせた。
 アロンソが入って、数秒のことだ。

 手にしていたコーヒーを空きカップをゴミ箱に入れて、逃げるように出ていった。
 アレスも謝りたい気分であったが。
 先客がいなくなり、広くなった空間でアロンソは自動販売機に近づいて、コーヒーを二つ。
 一つをアレスへと差し出した。
「ありがとうございます」
 礼を言って、逃げるようにいなくなった先客に背を向けた。

「大丈夫ですか」
「なに。本来、ここはこういう目的に作られているのだ。秘密の話をするようなね」
 違うかなと視線を向けられて、アレスは頷いてコーヒーを飲んだ。
 にがっと小さく呟く。
「コーヒーは苦手だったか」

「飲むのは戦いの後くらいですかね」
「嫌な戦いの後に、なぜ嫌いなものを」
「昔からの癖なんです。一仕事終わった後はコーヒーだっていう先輩がいましてね」
「ワイドボーンか?」
「いいえ。アロンソ中佐は知らない人ですね」

 首を振って、アレスは答えた。
 どこか寂しさを見せる感情に。
「そうか」
 と、アロンソは質問を終わらせた。
「それで。何か話が」

「ええ。先日お邪魔した時の話です――奥様と商談されていた方は」
「知らないな。信じられなくても仕方がないが、お互いの仕事については聞かないようにしている。彼女がどんな取引をしているか私は知らないのだよ」
「そうですか。では――お伝えします。名前は知りませんが、彼はアース社に近しい人間だと思われます」

 伝えた言葉に、アロンソは目を開いた。
「……」
 沈黙を返して、アロンソは手にしたコーヒーのカップを見る。
 静かに広がった沈黙は少し。
「確かにあの時の君は少しおかしかった。だが、あのわずかな時間だけで?」

「先の先輩に、出会った人間は忘れるなと教えられましたから。あの時いた人は、私が装備企画課にいた時に、酒場で軍をけしかけた人間で間違いはないかと。タイミング的にもアース社とつながりのある人物かと」
「けしかけた?」
「ええ。アース社と交渉しているときに、少し時間稼ぎをされそうになりましてね」

 苦笑。
 だが、すぐにアレスの強い視線にアロンソは気づいた。
「偶然だろう」
「……かもしれませんね」
 コーヒーを一口にして、アレスは言葉を探す。
「人は本来見たいものを見るものです」

 吐いた息とともに。
「そして、自由惑星同盟は――といいますか、この時代はそれがまかり通っている」
 呟いた言葉は真剣だ。
 そもそも原作でも情報部にいたとされるバクダッシュ中佐があっさりと正体を見破られることや、情報部部長が噛んでいたとはいえ、クーデターを事前に察知できない状況。さらにはフェザーンや地球教、憂国騎士団など自由惑星同盟の根幹を揺るがす組織に対して一切の対応ができていない。

 敵は帝国だけという事しか見てこなかったせいか。
 本来であれば、帝国と同程度に注意を払わなければいけないフェザーンに対して、弁務官は原作の様に活動しているようには見えない。
期待すらしていなかったが、実際に軍で情報部と関わることになって、確信した。
 ざるだと。

 アレスは前世で防諜技術など習ったことはないが、それでも企業として海外のライバル企業と対等に戦うために、様々な営業を行った。
 そんなただの営業にすら劣るのが、自由惑星同盟の現状。
「自由惑星同盟は。いや、この時代の防諜能力は最悪と言っていいかと。敵を帝国だけに固執していませんか。金になるというのなら――いや、資金という意味だけならば、企業の方が必要経費として、何でもやりますよ。フェザーンは」

 呟いた言葉に、アロンソは不愉快な気分を半分――しかし、苦さを半分持った。
 長年情報部で勤務しているアロンソも理解している。
 情報部で集める情報はほぼ帝国に対することがほとんどであるからだ。
 むろん、フェザーン経由で入る帝国に関する情報も集めている。

 だが、そこはあくまでも敵を銀河帝国に限定していてのことだったからだ。
 向けられた事実に今までの経験から反論を言いたい気分もある。
 だが、それを――過去の経験に固執していたアロンソを打ち崩したのは目の前の人物だ。
「突然すぎるな」

「ええ。ですが、中佐が考えるよりも時間は少ないと思います――というよりも、敵の経済に対して攻撃をすることの方が楽ですからね。艦艇を戦争で破壊するよりも、経済的損失を与えて、軍の艦艇を作れなくする方が楽ですから」
「それを帝国がやっていると」
「いえ、やっているのはフェザーンでしょう」

「どちらも同じだ。だが」
 と、アロンソは言葉を止めた。
「そんな話は誰も信じないだろう。君が甘いといった理由も理解できる」
 苦い言葉だった。
「信じていただかなくても構いません。ですが、アースは何かを企んでいると考えておいた方が良いかと」

「了解した。調べてみよう。だが、君は先日アース社を残しておいた方がいいと言っていなかったかね」
「ええ。でも……」
 アレスはどこか自嘲気味に笑った。
「娘さんを悲しませるわけにはいかないでしょう?」

 聞かなければ良かったと思いながらも、アロンソはゆっくりと頷いた。

 + + +

 真っ黒い自由惑星同盟軍の墓標。
 激しく修理をする金属音の中で、艦隊がゆっくりと近づいていた。
 先に失った駐留艦隊の追加とともに、新造の旗艦がゆっくりと第一港へと接岸される。
 出迎えるのはイゼルローン要塞の警備に着く兵士たちだ。

 艦艇を迎える港は広いとは言え、現在では仕事がある人間を除き、要塞司令部の人間が集まっている。
 接岸された旗艦の眼下
 新たな要塞司令官を迎える式典だ。
 通常であれば、それだけであったが、今回は少し違った。
 要塞司令部の人間とは別に、駐留艦隊司令部の人間が並んでいる。

 その先頭にいるのは、イゼルローン要塞駐留艦隊司令官ヴァルテンベルク大将であった。
 駐留艦隊司令官が要塞司令官を出迎えるのは異例のことであった。
 本来ならば、式典を終えて、顔合わせの月に一度の合同会議まで出会うことはない。
 係留された旗艦のハッチへと長い階段が伸ばされ、やがて開いた。

 降りてきたのは、白髪の髪をオールバックにした貴族然とした男だ。
 六十に近づきながらも真っ直ぐな姿勢で、堂々としながら階段を下る。
 この退役寸前の老兵をどう扱ってよいか。
 要塞司令部の人間は拍手をしながらも、決めかねているようだ。
 ただ階段を降りる硬質な足跡だけを鳴らしながら、港へと降り立てば、近づく影がある。

 要塞副司令官であるマリネフ中将だ。
「歓迎いたします、カイザーリンク大将閣下」
「ありがとう。このような老兵に重要な任務が務まるか不安であろうが、ぜひ私を助けてもらいたい」
「は。イゼルローン要塞は難攻不落。我々も力の限りお仕えいたします」

「それは心強い」
 そう言葉をかけて、視線がヴァルテンベルクを捉えた。
 前方で、駐留艦隊司令部の人間に囲まれているのだ。
 目立つであろう。

 マリネフが言葉を探している間に、カイザーリンクがヴァルテンベルクへと近づいた。
 彼らを囲む兵士の輪に少しの動揺が空気となって、漏れ出た。
 要塞司令官と駐留艦隊司令官。
 それが出会ったときは、非常に面倒くさいと実感しているからだ。

 つまらぬことながら、どちらが先に声をかけるかということだ。
 前回は三十分ほど睨み合った後に、それぞれの副官が互いに挨拶をしたと笑えない現実がある。
 長くなると覚悟を決めた、兵士たちの前で。
「これはカイザーリンク大将。イゼルローン要塞へようこそいらっしゃいました」

 ヴァルテンベルクが一歩を踏み出して、敬礼をする。
 驚きがさざめきとなって、広がっていった。
 駐留艦隊司令部の兵士たちも、明らかな動揺を見せている。
 まさか自分の上官が真っ先に要塞司令官に挨拶をしたと。

 だが、驚いたのは要塞司令部の人間も同じであった。
「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。ヴァルテンベルク大将――この度は先任とはいえ、要塞司令部が、大変に失礼なことをいたしました。要塞司令部全将兵に変わり、お詫びいたします」
 近づいたカイザーリンクが、深々と頭を下げたのだ。
 要塞司令部の上官が、駐留艦隊司令官に謝罪をする姿を全将兵の前で見せた。

 このことに対して、先の倍ほどの驚きが衝撃となって、広い宙港に広がっていく。
 ヴァルテンベルクですらも、目を開いている。
 だが、すぐに首を振った。
「既に済んだことです。責任者は既に処断されており――また、私たち駐留艦隊司令部にも責任の一端がないわけではありますまい。謝罪は不要です、カイザーリンク大将」

 ヴァルテンベルクの言葉にも、カイザーリンクはすぐに顔をあげなかった。
 しばらく頭を下げて、顔をあげる。
「このようなことが二度と起こらぬよういたしますゆえ」
「ああ。まことに……」

 ヴァルテンベルクが同意をして、二人は力強く手を握り合った。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧