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緑の楽園

作者:どっぐす
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第四章
  第36話 協力

「嫌、とは?」

 神の表情は、ほんの少しだけキョトンとしているようにも見えた。

「嫌だなあと、思ったことをそのまま言っただけですけど」
「どういうことだ? お前はわたしに……敵対するのか?」

 敵対なんていう物騒な言葉を使われ、神社で半殺しにされた事件が頭をよぎった。
 焦ってフォローに入る。

「いえいえ。そんなんじゃないですよ。誤解のないようにお願いします」
「ではなぜ嫌なのだ?」
「だって、さっきの流れで『ハイ喜んで!』ってなるわけないじゃないですか」
「理由がわからぬ。詳しく説明せよ」

 ……。
 表情や、全体的な雰囲気から判断するに、本当にわからないから説明してくれと言っているように思う。

 急いで、さきほどのやり取りを脳内でリピート再生する。
 ――あれで拒否反応を示すのは、普通の人間なら当然だよな?
 わざと嫌がられるように話していたとしか思えなかった。なのに「嫌だ」と言ったら「何で?」ときた。

 この神、第一印象は『ただの嫌なヤツ』だったが。
 もしかしたら、単に俺の時代の人間に対する扱い方がわかっていないだけなのかもしれない。「人の神」なのに。

「じゃあ、俺が思ったことを素直に言います。失礼なことを言うかもしれませんが、いきなり蹴りかかってくるとか、生きて帰すわけにはいかぬとか、剣で手足を一本ずつ切り落とすとか、そういうのはやめてくださいね? 怒ったなら、そう言ってもらえばすぐ謝りますので」
「わかった。もとよりお前に危害を加えるつもりなどない」

 とりあえず、何を言っても即処刑されることにはならないようだ。
 俺は正直に言うことにした。

「俺はこの時代に、自分の意思とは関係なく引っ張られて来てしまったわけです」
「そのとおりだが。それが?」

「えーっと。無理矢理に引っ張られてきて、今までの生活を壊されて。そのうえでさらに、上から目線で指示されて無理矢理に働かされるって、理不尽なのを二発も喰らうような感じなので気が進みません。あなたが神さまであっても、それはちょっと違うんじゃないかなと」

「気が進まない? 人間はそう思うことが普通なのか?」
「俺の時代の日本人なら、たぶん普通だと思いますが……」

 相手が神であれば、人間は何をされようが喜んで受け入れ、命令をすればどんな内容であろうと喜んで聞く。それが当然。拒否などするはずがない――。

 もしそう思っているのであれば、人間に幻想を抱きすぎか、もしくはこの神の中の人間像がはるか太古の昔のまま止まっているということになる。
 俺のいた平成の日本人には、すでにそんな人間は一握りになっていたはずだ。
 少なくとも俺は、平穏な毎日を取り上げられてしまった不満がある。喜んでやらせていただきますとはならない。

 ――うーむ。

 これは歴代のタイムワープ者も、内心不満を持ちながら指示を聞いていた可能性があるのではないか?
 音信不通になったのも、中には案外『組織』のせいじゃなくて、単に愛想を尽かされて逃げられたケースもあったのではないだろうか? それくらいに感覚に乖離がある気がする。
 どうしたものか。

「ふむ。わたしの願いを聞けば、この時代からも脱出できる。それでは不満なのだろうか」
「うーん……。それはもちろん俺の一番の希望なので、約束してほしいことではあるんですが。それでも一発分しか救われた気持ちになりません。もう一発救いをください」

 もともと、自分の意思に反してこの時代に飛ばされている。
 なので自分の感覚では、この時代から脱出させてもらうことは当然の措置のような気がしている。
 だからそれを引き替えに言うことを聞け、と言われてもなかなか納得はできない。

「では何がお前の願いなのだ」
「あー、すみません、そこまで考えてなかったです」
「では今考えよ」

 どうしよう。

 ……ふむ。

 やっぱり、これがいいかな。決まりだ。

「決まりました」
「申してみよ」
「あなたも俺と一緒に来てください」

 神はそれを聞くと、またまたキョトンとした表情になった。
 そして少しの間のあと、神が答えた。

「……意味がわからぬ」

「ええと、国王に協力し、『組織』を解散に追い込む。それがあなたの指示なわけですよね? それは頑張りますので、あなたも俺と一緒に来てほしいということです」
「そうではない。なぜわたしが一緒に行くことがお前にとって良いことなのか。その意味を説明せよ」

「ああ、そういう意味でしたか……」

 俺は求められたとおりに、説明をすることにした。

「そうですね……じゃあ俺の例で説明します。さっきの話を聞きますと、今のところ、俺はあなたの要望通りの結果を出せているわけですよね?」
「そうだ。連絡は取れなかったが、ここまでの動きはよくやってくれていると考えている」

「俺はあなたが以前に呼び出した二人のように、特別なスキルはありません。あまり強くもないですし、物事も進め方もよくわかっていないので、何をやるにも効率がよくなくて、残念ながらこの時代ではスペックが最低クラスです。
 でも、何とか無事にここまで来ることはできました。それは、国王ですとか、町の町長ですとか、孤児院の子供たちや院長さんですとか、城や神社の人ですとか、協力者の人たちに恵まれていたからだ――そう考えています」

「そうか……。それで?」

「はい。彼らは特に取り柄もない俺に対し、最大限の協力をしてくれているのですが、それはたぶん、俺がダメながらもダメなりに、ちゃんと自分も動いていたからだと思うんです。だから協力を得られたのかなと」
「……自分も動いていたから協力を得られた? どういうことなのだろうか」

 ――うーん。わからないかなあ。
 これだけとぼけられてしまうと――いや、恐らくとぼけているのではなく素なのだろうが――少し自分の感覚に自信がなくなってくる。

「ええと、例えばですよ。俺がずっと部屋に籠もっていて何もせずに、『なんかこの世界よくわからないのでよろしく』とか『カネは払うから後はやってね』とか、そんな態度でやっていたら、たぶん誰も協力してくれなかったと思うんです」

「そういうものなのか?」
「たぶんそういうものです」

 まあ、もしかしたら、クロとかカイルあたりはそれでも協力してくれたのかもしれない。だがそれは例外中の例外だ。
 他にも、放っておくと危なっかしいからとか、何をしでかすかわからないからとか、そんなことも助けてくれた理由の一つだったとは思うが。その辺も今はいいだろう。

 俺は続けた。

「なので。あなたにいきなり『指示を出すからやれ』と言われても、なかなか気が進まないと言いますか。なんか、もうちょっと、気分が盛り上がる材料が欲しいなあと」
「それでわたしに出てこいと?」
「はい、そのほうがこちらも頑張ろうという気になります。神さまの仕様や内規は知らないですが、何かの方法で地上に降りることはできるんでしょう?」

「今までやったことはないが。できなくはないはずだ」
「じゃあお願いします。やっぱり、やりたいことがあるのであれば、その本人も出てくるべきかと思います」
「そうか……。そんなことは考えたこともなかったな」

 お。

 神は初めて姿勢を変化させた。顎に手をやって考えるポーズを作ったのだ。
 そのまま少し考えていたが、手を外して再び直立不動の姿勢に戻ると、こちらに対して返事をした。

「わかった。お前と一緒に行くこと、そして『組織』解散という目標が達成されたら、この時代からの脱出を取り計らうこと。どちらも約束しよう」
「ありがとうございます」

 神の表情は淡々としている。
 特にここまでのこちらの態度に対し、怒っている様子もない。

「体が調達でき次第、城に行く。時間はかからないと思う」
「はい。お待ちしています」

 神は俺に背を向け、歩き出した。
 俺はその背中を見送った。

 徐々に神の姿がぼやけ、空間の白に同化して消えていく。
 そしてこの空間も、密度が薄れていくような気がした。

 面会が終わり、俺の意識も神社に戻されるのだろう。 
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