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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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51話:次世代の面々

宇宙歴779年 帝国歴470年 8月下旬
首都星オーディン 幼年学校
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト

「アーダルベルト、こっちだ!」

声のした方に視線を向けると、同期のディートハルトが手を振っており、隣に座るコルネリアスは少し困った表情をしている。ディートハルトはルントシュテット伯爵家の嫡男だが気さくな奴だ。ただ、一般的な目線から見れば、やや気さくすぎるきらいがある。身分を気にせず、縁を持った人間には親しく接するが、礼儀にうるさい連中からは、伯爵家嫡男にあるまじき行為などと言われている。コルネリアスもそれを知っているので、止める訳にもいかないからだろうが、困った顔をしているのだろう。
昼食のプレートを持ちながら、彼らが座るテーブルに進む。ディートハルトの向かいに座ると、大き目だが少し硬めのパンを、スープに浸して食べる。量はともかく味はお世辞でも良いとは言えないだろう。俺の表情を見て取ったのか

「叔父上の会食を経験すると、改めてひどい味だと実感させられるな。次回はアウグストも参加できるそうだ。シェーンコップ先輩にいつも以上に良いものを出してくれと頼んでおこうか?」

「やめておけ、あの人は少し天の邪鬼な所がある。快諾したふりをして変な珍味を並べたりしかねないだろう。何も言わなければ、リューデリッツ伯の顔が立つようにきっちり手配をされるだろうし」

俺がそう言うと、それもそうかとつぶやきながら、昼食を再開した。ひどい味だと言いながらも、ディートハルトは結構な勢いでガツガツ食べている。下手をすると隣に座る平民出身のコルネリアスの方がマナーが良いだろう。だが、公式の場や晩餐では、人が変わったように優雅に振る舞うこともできる。なので、従士も含めてマナーの件は誰も指摘が出来ずにいる。本来なら敬語を使うべきところだが、将来、命を預けあうかもしれないのだから、親しくなった以上は名前で呼び合おうと言い出したのも、ディートハルトだ。

「そのシェーンコップ先輩からの話だが、士官学校にとんでもない教官がいるらしいぞ。戦術教官らしいが『理屈倒れ』などと候補生の間では言われているそうだ。あの人も素知らぬ顔をしておけばいいものを、早速慇懃無礼に褒めちぎったらしく、もう目を付けられているそうだ」

「まったく、あの人らしいが、まだ候補生になって半年も経たずに教官に目を付けられるとは変わらないな」

コルネリアスが笑い声をあげる。

「権威を押し付けるのはあの人が一番嫌う所だからな。どうせその『理屈倒れ』が候補生の鼻っ柱を折ろうとでもしたのだろう。ただ、あの人の配属先の上官は大変だろうな」

「その辺は大丈夫だろう。おそらく叔父上の管轄に配属されるはずだ。さすがの先輩でも叔父上の顔をつぶすことはしないさ。もっとも相性の良さそうな上官を選ぶことにはなるのだろうが」

任官か。まだ先の話だが、俺の父は同期だったリューデリッツ伯の下で任官してからほとんどの軍歴を重ねている。祖父が架空の投資話に騙された一件を処理してもらった縁らしい。それが無ければ今頃ファーレンハイト家は極貧生活だったそうだ。
恩があるのは分かっているが、リューデリッツ伯の指揮下は人気の部署だ。個人的には次世代艦を使った戦術に練達していると言われているメルカッツ提督や、宇宙艦隊司令長官の引継ぎが終わり次第、正式艦隊の司令官になると言われているシュタイエルマルク提督の下で、前線を担う艦隊司令を目指したいとも思っている。

「ルントシュテット艦隊だとさすがにやりずらいからなあ。本当はメルカッツ提督の所に行きたいが、提督も父と親交が深いしどうなるかな?まあ、任官までまだ時間はあるし、まずは研鑽を積むと所からだな」

ディートハルトが最後の一口を飲み込みながらこの話を締めくくった。午後からは座学だ。普通なら満腹近くまで食べれば眠くもなるが、こいつは居眠りなどしたことは無い。よくよく観察すれば育ちが良い事がわかる。メルカッツ提督の下で、ディートハルトとともに研鑽するのも悪くないかもしれない。少しでも成績を上げれば希望を確認してもらえる可能性もある。食器をトレーに整理して返却口へ戻し、3人そろって食堂の出口へ向かう。座学が行われる教室が近づいて来た所で

「だから話の分からぬ奴だ。たかが2人分の席を用意することぐらい卿なら出来よう。簡単な話ではないか!」

「左様、成績が良いだけで平民が参加できるのに、なぜ皇室の藩屏たるブラウンシュバイク公爵家の一門である我らが参加できぬのか?筋が通らぬではないか」

なにやら癇癪を起こしたような声が聞こえた。おもわず3人で顔を見合わせるが、なにやら揉め事のようだ。見て見ぬふりはできない。声の方へ近づいていくとおそらく声の主であろう2人の背中越しに、貴公子然とした黒髪の少年が目に入った。誰かと思えばロイエンタール卿か。

「では、確認いたしますが、リューデリッツ伯主催の会食は、幼年学校の成績を基に参加者を決定しています。おそらく総合では無理でしょうから、各学科で5番以内に入られているのでしょうか?確か、幼年学校には『我儘学』は無かったと存じますので、無理な話でしょうが。」

立ち聞きしていた俺たちも、言い様がサマになっているので、揶揄していると気づくのに一瞬間があったほどだ。そしていつもの冷笑を浮かべている。俺の知り合いはなぜこうも一癖ある奴らばかりなのだろう。俺が歩み寄ろうとすると、肩をつかまれた。振り返るとディートハルトが首を横に振りながら大丈夫だ!っといたずらをするような表情を浮かべながら止めてきた。俺はロイエンタール卿を心配したのではなく、相手のお坊ちゃまを心配したのだが......。まあこいつがそういうなら、何かあれば任せろという事だから、観客役に徹するか。

「無礼な!我らの事を知りながらその物言い、許せぬ!」

そうお坊ちゃま方は怒声を上げると黒髪の貴公子ことロイエンタール卿に殴りかかったが、するりとかわすと腕を取って一瞬で関節を決めた。貴公子然としているが、格闘術では年下にも拘らず俺も2歩は譲る腕前だ。なにしろあの喧嘩上手なシェーンコップ先輩に幼少から色々と仕込まれているのだ。普通の従者ではとてもかなわない腕前を持っている。

「それで、どうされます?逆らうことができない従者や領民相手ならいざしらず、そのように緩んだ身体で私をどうこう出来るとでも?私も舐められたものだ」

腕を決められた方は痛みで動けずにいる。

「我らにこのようなことをして只で済むと思うのか。我らはブラウンシュバイク公爵家の一門だぞ!」

「そうですか。ではこの話もブラウンシュバイク公爵もご承知なのですね。では私の判断ではなく、リューデリッツ伯にお伝えしますので、伯からお返事することになるでしょう。では!」

もう一人が身分を振りかざしたが、ロイエンタール卿はどこ吹く風だ。そして言質をとった。このままではリューデリッツ伯にもお手数をおかけすることになるが良いのだろうか?コルネリアスも心配げにディートハルトに視線を向けたが、奴は特に気にした様子はない。

「覚えておれ!」

と捨て台詞を吐くと、門閥貴族のご一門は誰が見ても無様な態でこの場を去っていった。どう決着を付けるのか心配になったが、

「ロイエンタール卿、今年の新入生はしつけがなっていない様だね」

「はい。リューデリッツ伯からもガイエスブルク要塞の件で軍が配慮したことを勘違いする輩もでるだろうから、言質を取ることと、重傷を負わせない事以外は、私の判断で対応するようにと命ぜられております。しっかり報告もせねばなりませんが」

そんな話が出ていたとは。だからディートハルトはのんきに観客役をしていた訳か。コルネリアスも肩をすくめて苦笑している。だが、伯に報告の辺りで一瞬、表情が曇ったのが気になるが。

「私からも叔父上に報告しておこう。ロイエンタール卿がしっかりと節度ある対応をしたとね」

ディートハルトがそう言うと、助かります。では次の講義がありますので。と礼を言うと去っていった。

「どういう理由があったとはいえ、素人相手に格闘術を使うと、叔父上はお怒りにはならないが、2時間ほど組手の相手をさせるんだ。だから表情が曇ったという訳さ」

父からも聞いたが、同期の中でもリューデリッツ伯とベッカー准将は幼少から格闘術を嗜み、他を寄せ付けなかったと聞く。シェーンコップ先輩も弟子のひとりらしいし、そんな方との鍛錬ともなれば、さすがにロイエンタール卿でも表情も曇るだろう。

「まあ、今回の件は私からも取り成すし、言質も取った。叔父上の矛先は確保してあるから大丈夫だろう」

そんな話をしているうちに講義の時間が迫っている。急いて教室へ向かった。


宇宙歴779年 帝国歴470年 10月下旬
首都星オーディン 帝国軍士官学校
エルネスト・メックリンガー

「もうすぐ仕上がる」

最後の仕上げに瞳を描いて、私はデッサンを終えた。モデルを頼んだ甲斐があった。

「手付を先にもらったからな。とはいえ、デッサンモデルも思ったより大変だ。女性相手ならそうでもないんだが......」

少し疲れた表情をしながら寮で同室のシェーンコップ卿が背伸びをする。スケッチブックをのぞき込んで、

「さすがメックリンガーだ。まあ題材がいいからな」

と、ニヒルな笑顔を浮かべている。年末年始で一枚油彩画を書くつもりだったが、丁度いい題材が無く困っていた。どこか品のあるシェーンコップ卿に協力を頼んだのがきっかけで、何だかんだと寮以外でも一緒にいることが多くなった。士官学校といえば芸術に関心がある人間はいないに等しいが、意外なことに、彼は芸術への理解も深い。ただし好んでいるのかはまた別の話だが。

協力の打診をした際に、代わりに妙齢で平民出身の女性芸術家を紹介することを依頼されたのだ。数名候補がいたので、まだパトロンがついていない方を紹介したが、既に男女の仲になっている様だ。本人からは聞いていないが、紹介した女性芸術家のスケッチブックを見せられた際に誰かによく似た裸体のデッサンがあったし、やけにデッサンモデルに慣れている。

そうなることを見越してパトロンがいない方を紹介したのだが、シェーンコップ卿も帝国騎士の爵位を継ぐ身であるはずだが大丈夫なのだろうか?私の心配を察したらしい。

「爵位持ちの令嬢を傷物にしたら、問答無用で結婚させるとリューデリッツ伯に言われているからな。その辺は安心してくれ」

と言いながら私の肩を叩く。既に釘を刺されているなら構わないが......。

「それより、メックリンガー。得意なのは人物画だけなのか?風景画なんかも描いているなら一度見てみたいものだ」

「それは嬉しいが、あいにく私の作品は実家だし、今年は帰省するつもりはないからなあ」

「なあに。そのうちでいいさ、ちなみにリューデリッツ伯の伝手で手に入ったオペラのチケットがあるが、一緒にどうだ?かなり良い席だが」

また始まった。オペラのチケットは私ではなかなか手に入れる事が出来ない。私はお返しに美術館で特別展が開かれる際にはチケットを用立てる。ただし、行くときは一緒だが、帰りは別々だし、大抵外泊してくる。
オペラのチケットが口止め料込みであることも、シェーンコップ卿が淑女との出会いの為に芸術を嗜んでいるのも分かっているが、観たいものは観たい。もちろん私は同席を快諾した。 
 

 
後書き
今話のコルネリアスはルッツ、アウグストはワーレンです。 
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