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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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思わぬ出会い



 自動運転車に乗って、大きな門を超えた辺りからアレスは戸惑っていた。
 少なくとも見渡す限りの木々からは、家に簡単に到着しそうにもない。
 ハイネセンの地価くらいは、アレスでもわかる。
 その中でも確実に高額な土地を進む様子に、アレスは助手席から横を見た。

 表情を変えることなく、まっすぐに前を見る姿からは間違ったという様子はない。
 もっとも、彼が冗談を言う姿を今まで一度も見たこともなかったが。
 だが、1パーセントくらいならばあるのではないか。

「ええと。この道であっていますよね」
「間違いない」
 あっさりとした言葉が返って来た。
 まずいぞと思う。

 家に招待というからには、軍用の宿舎を考えていた。
 そのため、アレスも何も考えずに誘いに応じたのだ。
 上着はジャケットこそ着ているものの、決してフォーマルな姿とは言えないだろう。
 そもそも、そんな高価な上着はもっていないのだが。

「ふっ」
 と、小さな息が隣から漏れた。
 視線を向ければ、珍しくもアロンソが笑っている。
 視線に気づいて、アロンソが表情を整えながら、謝罪を言葉にした。

「失礼した。敵艦隊に囲まれながらも、動揺しなかった君が緊張するとは思わなくてな」
「このような立派な場所より、戦場にいる方が多いですから」
「なるほど。私もここを最初見たときは緊張したものだ」
「アロンソ中佐もですか?」

「当たり前だろう、私の給料で払えるわけがない。元々は妻の実家なのだよ――フェアリーという会社を聞いたことはないかね」
「それは良く知っています。有名な企業ですからね」
「妻はそこの代表を務めていてね」

「それは何と言いますか……」
 言葉を濁した様子に、アロンソが首を傾げた。
「すみません。私の語彙では褒め言葉が全て嫌味に聞こえてしまいそうですね」
 そんな冗談に、アロンソは声を出して笑った。
「毒を吐きすぎて、褒め言葉を忘れたの間違いじゃないかな」

「誰がそんなひどいことを」
 おそらくはアッテンボロー辺りであろうが。
 苦い顔の前には、巨大な屋敷が視界に入っていった。
 前庭というには広く、そして整備された道を自動運転車が速度を落とし始める。
「広い家だが、いまは妻と二人暮らしている」

「お子さんは士官学校でしたか」
 情報参謀時代にちらりと話した話題を思い出し、アレスは口に出した。
 最も自分のことを多く語ろうとしないアロンソからは、士官学校に子供が入っていることしか聞いていない。

「ああ。だが。ちょうど休みで娘も帰ってきている――同席することになるが、良いかね」
「楽しみですね」
 車寄せに吸い込まれるように入っていきながら、アレスの言葉にアロンソは何とも言えない表情を浮かべた。
 答えを間違えただろうか。

 疑問を感じれば車が止まり、執事らしき男性が見事な手並みで、助手席と運転席の扉を開けた。
 屋敷の巨大な扉の前では、これも雇われているメイドらしき女性が頭を下げている。
 前世を含めても、人から頭を下げられて家に入ることなどなかっただろう。
 むしろ前世では嫌がられながらも、頭を下げて何とか入り込んだものだ。

 そんなことに懐かしさを感じながら、先頭を歩くアロンソに続けば、扉の前でアロンソが立ち止まった。
 何だろうと疑問を浮かべれば、アロンソが背後を振り返ってこたえた。
「少し待ってくれ。いま娘が出迎えに来る」
「わざわざ申し訳ございません」

「気にするな。士官学校でも軍でも後輩なのだから。無駄に緊張しないでくれ。ただ」
「――?」
「少し気難しいところがあるからな、悪くは思わないでくれ」
 アロンソの娘らしいと小さく笑えば、扉が開くのと同時に、聞き覚えのある――だが、非常に硬質な声が聞こえた。

「いらっしゃいませ――歓迎いたしますわ」
 静かだが、まるで冷気すら感じられる冷たい言葉。
 だが、間違いなく聞き覚えのある声に。
「ライナ候補生?」
 アロンソの脇から顔を見せて、屋敷の中を見れば――いつもの完璧な様子とは違い――どこか気を抜いたような恰好をしているが――見知った後輩の姿があった。

 名前を呼ばれて、冷静な表情に疑問が浮かんだのは一瞬。
 アレスと顔を合わせれば、表情を崩して、目と口が大きく開いた。
「え……」
 と、もれた声は、開けた口とは反対に小さく。
 怪訝に顔をひそめるアロンソの隣で、一瞬早く硬直から立ち直ったアレスが小さく笑いかけた。

「珍しいところであうな。今日はよろし――」
 見知った顔にどこかほっとしたアレスの言葉に、ライナの硬直も解かれた。
 刹那。
 巨大な扉が風切り音を残して、閉まり――アロンソの鼻をしたたかに打ち据えた。

 + + +

「だ、旦那様!」
 慌てたように中から扉が開けば、メイドらしき女性がアロンソに駆け寄った。
 だが、扉を閉めた当事者は既に足音を残して、階段を駆け上がっている。
「ライナ――!」

 戸惑ったような声は階段の途中で、振り返る女性によるものだ。
 しかし、彼女の声は届かず、女性の手から濃紺の布をひったくるように手にしたまま、階段の上に消えると、ばたんと扉が閉じられた音がした。
 自らの手元と消えた背に視線を往復させる女性。
 そこから視線を外して、隣を見れば――幸いなことに、顔を抑えるアロンソの鼻は無事であったようだ。

 痛みというよりも、むしろ戸惑いさえうかべて、アロンソは顔をあげる。
 鼻が少し赤くなっている。
「み、見苦しいところをお見せした」
「いえ」

 頬をかいて、アレスは言葉を否定する。
 ライナの行動を考えて。
「アロンソ中佐のお嬢さま――ライナ候補生は私の士官学校時代の後輩だったのです。油断していたところで、知り合いにあったので驚いたのでしょう」

「見苦しいことをお見せしました。ライナが慌てるなんて、珍しいことで。でも、本当に申し訳ないわ――いつもはあんなはしたないことはしませんのよ」
 軽やかな鈴のような声は、階段から降りた女性によるものだ。
 まだ若くも見える奇麗な顔立ちは、よく見れば目鼻立ちはライナに似ている。
 しかしながら、あまり感情を見せないところはアロンソに似たようだ。

 整った表情が楽しげにほほ笑む様子は、非常に魅力的であり、人間味を帯びていた。
「気の抜けたところを見られたくないというのは、彼女らしいところですね」
 そもそも彼女が化粧していないところは、初めて目にした。
 士官学校ではきつい化粧は禁止されているものの、社会人のたしなみとして自然なメイクは許可されている。

 一切隙のない彼女が、油断した様子は初めてのことで。
「少し驚かせ過ぎたようですね」
 そんなアレスの様子に、目の前に現れたライナの母親も笑みを深くした。
 目の前まで近づいて、丁寧に――スカートの裾を手にして、美しく礼をする。
 どうやら彼女の礼儀正しさは母親によるところのよう。

「ライナのことをよくご存じなのね。申し遅れました――ライナの母親のリアナ・フェアラートと申します。この度の主人ともども、娘もお世話になったようで、感謝いたしますわ」
「お世話になったのは、むしろこちらの方です。アレス・マクワイルドと申します」
 よろしくと差し出された細い手を取って、挨拶を返す。

 アレスの手を握りながら、リアナは少し思案を浮かべ、だが瞳はアレスを見返した。
「アレス。アレス・マクワイルド――名前はお聞きしていますわ。カプチェランカの若き英雄とお会いできて、嬉しく思います」
「あの地の英雄は山の様にいますよ。私はただ生き残っただけにすぎません」

「生き残ることこそが、英雄の前提条件だと思いますわ。ようこそ――歓迎いたします、マクワイルド様」

 + + +

 アロンソが連れてきたマクワイルドという人物は、リアナ・フェアラートにとっては驚きと喜びがあった。
 少し怖い目つきを除けば、端正と言っても良い顔立ち。
 若干くすんだ金髪は、目立つことなく――だが、はっきりと顔立ちを強調していた。
 鼻先にわずかに残るやけどに似た傷が印象的な、若い戦士と言った顔立ちだ。

 だが――不思議なことに、その身や動作はどこか軍人よりも自らに近い雰囲気を持っている。
 即ち、民間企業としての、それも優秀な企業人だ。
 そんなアンバランスな第一印象は、リアナに興味を抱かせるに十分であったが。
 それ以上に――その名前はいつか出会いたいと思っていた。

 話題にあげたカプチェランカの英雄――そんなことは、軍にいれば山の様に作られる一瞬であったかもしれないが――彼の装備企画課でのわずか半年の功績は、リアナだけではなく、多くの企業では一時期に話題に上った。
 即ち、アース社を手玉に取ったと。

 年々強くなるフェザーンの攻勢に、収益を落としていた自由惑星同盟の企業の多くは、アース社の踏んだドジばかりに目を向けて、彼の名前自体は大きくはなっていない。
 だが、リアナと――そして、一部の企業では彼の名は、ある意味――軍での英雄以上の価値を持っていた。
 優秀だと。

 実際に既に一部では引き抜きを行う動きもあったらしい。
 もっとも、彼にとってはわずかな心すら動かないものであったのかもしれないが。
 そんな人物と話せる機会は――娘のことを抜きにしても――夫に感謝すべきだろう。
 リアナから服とネックレスを奪い取って、部屋に戻った娘。
 士官学校でよほどのことがあったのか。

 気にはなったが、それ以上に目の前の人物が気になる。
 ある意味、彼女も娘と同様に自らの意思が優先される企業家であるのだろう。
「お忙しかったのではないですか」
「いえ。むしろアロンソ中佐の方がお忙しいのでは」
「この人は仕事が大好きな方ですから」

「……ひどいな。それは君も同じだろう」
 並べられた食事前のお茶。
 湯気の立つ紅茶を口にしながら、アロンソが渋い顔を見せた。
 そんな様子に、リアナは同意をする。

「同じ趣味を持つというのは、仲の良い秘訣ですか」
「かもしれませんね」
 アレスの言葉に、リアナは小さく笑いながら、すっと視線をあげた。
「ところで。お聞きしたのですが、アース社の件は見事なものだったそうで」
 片眉をあげたのはアロンソだった。

 アロンソにとっては、装備企画課での詳細など聞いてはいない。
 むしろ、軍でも知るものは少なく――どちらかといえば、民間の方が話題に上るのかもしれない。
 アレスは表情を変えずに、紅茶を口にした。
「よくご存じですね」

「それは――軍はお得意様ですから。情報は取るようにしておりますの、特に優秀な方の情報は」
「セレブレッゼ少将とかですかね」
 笑いとともに口にした言葉に、リアナは眉をさげた。
「あの方にもずいぶんと泣かされたものですわ」
「でしょうね」

「ですが、今回のアース社はマクワイルド様に泣かされたようですね」
「尻尾を切って終わりでしょう。それに」
 アレスは小さく言葉にした。
 リアナが言葉を待つ。

「まだまだ手加減をした方ですよ。いま、アース社がいなくなると同盟としても困りますからね」
「それは」
 どういうことかと問いかけたリアナの耳に、ノックの音が聞こえた。
 優し気な――そして、見本のようなノックの後に。
「失礼いたします」

 言葉とともに、扉が開けば――そこには濃紺のドレスに身を包んだ娘の姿があった。
 化粧をして、髪もアップにしている。
 今まで見たことのない娘が、白磁のような顔に朱をさして静かに入る。
 そんな光景。
 三人の視線がライナに集中しても、ライナはリアナの対面に座る客人に目を向けたまま。

 アレスの言葉を待っていた。
「先ほどは、失礼しました。アレス先輩」
「ああ――気にしないで。突然訪ねてきたこちらも悪かった」
 それでも申し訳なさそうな顔を残し、見上げるように、アレスを見る。

 いつもの凛とした表情はなく、まるで泣きそうにも見えた。
「その、なんだ」
「……」
 アレスの言葉を待つ。

 見つめ合ったアレスが、ゆっくりと口を開こうとして――。
「ライナ。士官学校はそんなに厳しいのか」

 アレスよりも先に、思わず心配を口にしたアロンソの脛を、リアナは強く蹴った。
 
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