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緑の楽園

作者:どっぐす
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第三章
  第29話 人間

 現れたヤハラは、タケルのほうへと向かった。

「これではいたずらに時間が過ぎていくだけだ」
「……」
「私が話をする」
「はい。申し訳ありません」

 そう返事をすると、タケルは俺から見て少し左側にずれた。
 そして空いたスペース――俺の真正面に、ヤハラが座った。

「オオモリ・リク。あまり驚かないのだな」
「いや、いちおう驚いてはいますけど。でも、今日俺が神社に行くというのは、あのときの参謀三人しか知らなかったはずですから」
「そうか。それくらい冷静なほうがこちらも助かる」

 ヤハラは、朝に城にいたときと表情が変わらない。
 声の調子もほとんど一緒だ。淡々としている。

「私がここでお前に顔を見せたということは、どういうことかわかるな?」
「俺がそちらに協力しない場合、ただで帰す気はないということですね」
「そうだ。これから話を聞き、我々に賛同して仲間になるか、賛同せずにここで死ぬか、どちらかを選ぶことになる」

 問答無用で選択肢を固定された。

「大声を出せばその時点で殺す。いいな」
「……」
「万一あの犬が来ても扉を開けることはできないだろう。おかしな期待は持たぬことだ」

 そう言うと、ヤハラは本題に入った。

「まず、お前の出した報告書についてだが」
「……」
「遺跡で出土が予想されるものについては、非常に具体的で我々にも参考になった。そして、我々の組織について考察した内容――あれはほぼ正確な分析だ」
「ええ。正しいだろうと思うことを書きましたから」

「私はあれを読んで、二つの確信を得た」
「確信?」
「ああ。まず一つは、やはりあの遺跡は亜人たちに触らせるべきではないということだ」

 亜人。さっきまで話していたタケルもそうだが、すごい言い方をする。
 容姿は一緒なのに。

「俺らの時代のモノをこの国の人間たちが入手することが、何で不都合なんですか」
「人間? あれは人間と言えるのか?」
「は?」
「我々のルーツを話そう。大昔に文明が崩壊したという話は聞いたな?」
「ええ。聞きましたよ」
「あの大元の原因は、化石燃料の枯渇によるものとされている」

 ――化石燃料の枯渇? 石油も石炭もなくなったのか。
 石油は「なくなる詐欺」で、当分は枯渇しないのではなかったのだろうか?
 しかも、仮になくなるとしても、だ。
 当然そんなことは前もってわかるわけで、普通は何か手を打つだろう。

 例えば自然エネルギー?
 ……いや、その手のモノはエネルギー効率も悪く、「とてもとても」という感じだったような気がする。その設備を造り、維持するのにも化石燃料が必要だろうし、完全に化石燃料にとって代わるというのは難しかったのかもしれない。

 石油や石炭をはじめとした一次エネルギーがなくなれば、文明の維持は困難。
 どこかでそんな話を聞いた。

 しかし、代わりになるエネルギーがないとしてもだ。
 人間には口があるのだから、みんなで話し合って生活の水準を下げればいいだけのことだと思うのだが。
 暮らしは不便になるだろうが、奪い合いで大ゲンカになるよりはマシだ。

「結局、文明を維持するに足る代替エネルギーは確保できなかった。残り少ない資源の奪い合いで、戦争に発展する恐れがあるとなり、世界の首脳は集まって会議を開いた。そして、以後の化石燃料の段階的な使用制限および、それに合わせた生活を送ることで一致した」

 そうだよな、と思う。それが万物の霊長を称する生物らしい解決法だ。
 ヤハラは説明を続けた。

「しかし、それぞれの国々は、表向きは会議の決定事項を守るふりをして、裏では制限を上回る量の化石燃料を産出し続け、備蓄を進めていった。今までの文明を自国だけは密かに維持しよう、とな」
「……」
「そして一国でそれがリークされると、それを引き金に各国は諜報員によるリーク合戦となり、世界中が非難し合う状態になった。そしてそれは収まることなく、そのまま世界中で資源を奪い合う戦争が始まった」
「そんなことで世界中に戦争が……」

 唖然とした。自分でも気づかないうちに口が半開きになっていた。
 それが本当なら、もうアホとしか言いようがないと思った。

 だが、俺の時代でも似た話はあるかもしれない。
 たとえば、核兵器などはそんな次元の話かもしれない。
 口では皆、なくすべきだという。ならばさっさと一斉に処分すればいい。
 だがどこの国も、自国だけは持っていたいと思っているから、いつまで経ってもなくならない。

 〝自分たちだけ〟は持っていたい。
 〝自分たちだけ〟はレベルを維持したい。
 そう考えているうちは駄目なのだろう。

「その戦争で、一定の水準を持つ都市はすべて破壊された。つまり世界の上位にあった人間は吹き飛び、消滅したというわけだ。
 そして、地上ではまだ文明が未発達な、レベルの低い劣悪な者たちだけがわずかに生き残った。今この世界で人間を称している者たちは、その劣悪な者たちの子孫だ」
「……」
「しかし我々は違う」

 ヤハラは力強くそう断言し、続けた。

「我々は事前に、戦火の及ばないところで密かにコロニーを築いていた。そこで世界の崩壊後も文明を継承し、それを保存してきた。つまり、我々こそが人類の歴史の本流なのだ」

 ――なるほど。
 つまり、どこかは知らないがモグラのように隠れていたと。

 この人たちが拳銃を持っていたりする理由がわかった。
 それについては納得できた。
 しかし……。

「あなた方のルーツはよくわかりました。ただ、それがどうして、国王を暗殺して遺跡の発掘を阻止しようとしたり、あなたがスパイで城に潜り込んだりすることになるんですか? 『あなた方のルーツ』と『あの遺跡を触らせないこと』が全然つながらないんですが」

 素直に疑問をぶつけた。
 ヤハラはそれを、表情一つ変えずに受け止める。

「亜人に現状以上の文明など必要ないからだ」
「え?」
「化石燃料については、もう埋蔵量はわずかであり、本格的な採掘技術も失われている。化石燃料がない以上、産業革命は起きぬだろう。よって、放置したとしても、連中が分不相応な文明を築いてしまう可能性は限りなく低い」

「分不相応……」
「そうだ。しかし万が一ということもある。不穏な動きがないかどうか監視をし、亜人が分不相応なものを手にしようとしているのであれば、我々は何らかの方法でそれを阻止する必要がある」
「……」
「そこで我々は、主要な国には監視役を置いた。何かあれば、この国に存在する本部に連絡が入り、すみやかに対策が取れるようにな。
 この国の首都で監視をしているメンバーの責任者が、この私ということだ。この国の参謀として潜り込んでもう二十年以上になる」

 彼は淡々と、それがごく当然かのように話しているが、先ほどから語られているその内容は、俺には全く共感できるものではない。
 生理的に受け付けない――俺の体がそう言って、ヤハラの一言一言を弾いていた。

「先代国王を殺して、今の国王も遺跡で殺そうとしたのも、そういうことだったわけですか。いや、この前の砦の攻略戦のときもそうか……。敗退するように、わざと穴のある布陣を提案したんですね」
「そうだ。砦の占領に失敗すれば発掘は再開できない。まあ、結局どちらの作戦も失敗したわけだがな」

 薄暗い中で確認できる範囲では、彼の表情は変わらない。が、さすがに少し、声から感じられる自信が落ちた。
 やはり、組織としては大きな失敗だったのだろう。
 すでに遺跡の発掘は再開されている。国王暗殺も既にネタバレしている以上、同じ手で発掘の継続を阻止することはできない。
 今ごろ、本部では別の手段の検討を余儀なくされているのかもしれない。

「じゃあ、二つ目の確信というのは?」
「もう一つの確信は、お前を一刻も早く確保し、我々に味方するのかどうかの確認を取らなければならないということだった。お前が亜人どもの手中にあれば、今後次々と遺跡を発見し、掘り出していってしまう可能性がある」
「なるほど……そうですか」

 他の遺跡を発見して、発掘のアドバイスをする。
 そんなことは、考え付きもしなかった。
 報告書は言われたから書いただけだし、あれ以上のことを自分から手伝うという発想自体がなかった。
 俺はそこまで主体性のある存在ではない。
 ただ単に、家に帰りたいだけだ。

 だが確かに、国側から求められれば教えたかもしれない。
 それを防ぐため、急いで誘拐したということなのだ。

「さて、話はこれくらいで十分だろう。お前はもともと今の時代の生まれではないし、今のこの国に果たさなければならぬ義理はないはずだ。こちらに来てくれれば、我々――真の人間の祖先であるお前に、最高級の待遇を用意できるだろう。どうだ? 来てくれるか?」

 話せる内容はおおむね話したということだろう。
 ヤハラは話を締めて、俺に回答を迫った。

 回答は……。
 すぐに決まった。

「今話を聞いた範囲での判断ですが、俺はあなた方に付いていきたくはありません」

 ヤハラの話はわかりやすかった。
 わかりやすかったから、なおさらそう思ったのかもしれない。

 この組織は駄目だ。駄目すぎる。

 絶対に仲間にはなりたくない。
 誰がこんな奴らに付いていってやるもんか、と思う。
 そんなことになるくらいなら、ここで殺されたほうがマシなのではないかとすら思った。

 俺は、ヤハラとタケルを交互に見ながら続けた。

「俺らの文明を継承って言っていましたが……。俺には悪いところだけ引き継いだようにしか見えません。
 世界が崩壊する戦争が起きた理由は、〝自分たちだけ〟がレベルを維持しようと、バカな考えを持ち合った結果だったんですよね? あなた方の考えは結局それとあまり変わらないじゃないですか。
 〝自分たちだけ〟が優位を保ちたいがために、地上の人間を監視して、文明が進まないようにあの手この手で一生懸命妨害する――結局、あなた方は抜かされるのが怖いだけなんじゃないですか。自分たちは今の地上の人達より優れているという、ちんけなプライドを保ちたいだけなんだ。そんな組織の仲間になるなんて、絶対に嫌だ」

 ヤハラの表情はやはり変わらないが、タケルのほうにはやや狼狽している様子が見られた。
 きっとこの少年は、幼少のころから洗脳教育を受けてきたのだろうと思う。まだ心が成熟しきらない年齢で、植えつけられた知識を否定される話を聞いたので、動揺しているのだろう。

「俺は決してそちらの組織に敵対する存在じゃありません。あなた方の邪魔をしようとも思いません。でも味方は絶対にしたくない。
 俺から見れば、あなた方よりも、今この国で暮らしている人たちのほうがずっと人間らしい。あなた方は真の人間なんかじゃない。真の人間だと勘違いしているだけの、誇大妄想に浸る病人の集団だ」

 ヤハラは結局、最後まで表情を変えなかった。

「そうか……わかった。話が早くてありがたい」

 言うと同時にヤハラは立ち上がり、テーブルを乗り越えてきた。
 襲ってくる気だ――俺も立ち上がろうとした。
 が、正座だったので素早く動けなかった。
 しまった――

「うっ」

 胸を前蹴りされた。
 後ろに吹っ飛ばされて、壁に背中と頭をぶつけた。

「……っ」

 視界に火花が散る。呼吸が一瞬止まった。
 ぼやけてしまった目の焦点を合わせ、立ち上がろうとした。
 が、すでにそのときには、加速度を持った足の甲が目の前に迫っていた。

「がぁっ」

 胸への強い衝撃とともに、また背中と頭が壁に衝突した。
 今度はさらに衝撃が大きい。立ち上がれなかった。

「覚悟しての回答とは思うが……。そういうことであれば、ここで死んでもらう」

 片手で胸倉をつかまれた。
 そしてそのまま持ち上げられた。中年男性のものとは思えないほどの力だった。

「お前のせいで失敗が続いた。楽に死なせるわけにはいかない」

 そのまま引きずられた。
 手足を動かそうとしたが、力が入らない。苦しい。
 さっきヤハラが入ってきたと思われる戸が開く音がした。

 奥の部屋の中に、放り投げられた。

「うっ……」

 体がバウンドするのを感じた。
 そして戸の閉まる音がする。

「こちらのほうがいい。音が外に漏れると困るからな」
「はぁ……はぁ…………」
「まだ立てるか。脳震盪を起こしていると思うが」

 ヤハラがゆっくり近づいてくる。

「誰か! 助けてくれ!」

 思わず情けないことを叫んでいた。
 しかしダメージのせいで声が腹から出ない。

「助けを呼んでも無駄だ。外には聞こえないだろう」
「ふうぁあっ」

 蹴りが鳩尾をまともに直撃し、また倒された。
 受け身も取れず、後頭部から床に着地した。

 再び胸倉をつかまれ、無理矢理起こされる。
 そして首ごと掴まれるかたちで、壁に押し付けられた。

「確か……銃弾が命中したのは右わき腹だったか」

 ――あ?

「うああぁぁっ」

 右わき腹に膝が入り、ボコっという音がした。
 そして直後に、温かいものが流れ始めた感覚。

 傷口が開いたのか……。
 痛い。
 内側まで焼かれるような痛み。

「タケル。この者が持っていた剣を持ってきてくれ」

 切り刻む気だ……。

 ヤバい……ヤバい。
 こうなることはわかっていたが。いざ直面すると駄目だ。
 怖い。

 頼む。誰か来てくれ……。

「ヤハラ……」
「何だ?」
「この人間は、味方はしないが敵対もしないと言っていました。脅し文句として『殺す』というのは大丈夫だと思いますが、敵対の意思がないのであれば殺さないというのが本部の指示だったはずです。ここは捕らえて本部に送――」
「敵対したことにすればいい」
「え?」

 ……。

「この者が持っている思想は危険すぎる。生かしておいてもマイナスにしかならないだろう。ここで殺しておくことが、我々組織にとって最善だ」

 ヤハラは続けた。

「死者が異議を唱えることはない。敵対の意思を明確にし、そして我々を攻撃してきたということにしておく」
「……この人は我々と同じ人間です。人間を自称する連中とは違います。しかも僕たちの遠い祖先なのでしょう? それを――」
「かまわない。組織の利が優先だ」
「…………わかりました」

 程なくして、カチャカチャという金属音が近づいてきた。
 俺はふたたび床に放り投げだされた。
 そして、剣を鞘から抜く、短い音。

「手足を一本ずつ切り落としていくか。全部落とす前に失血死しそうだがな」
「や、やめ……ろ……」
「往生際が悪い。あきらめろ」

 そのとき、ガタガタという音がした。
 小さく、遠い音だ。
 ヤハラの手が止まる。

「何だ? 誰か来たのか。声で感づかれたか?」
「いえ、ここの声はほとんど外に漏れないはずですが」

 ――だ、誰かがここを発見してくれたのか?
 そして今度は、ボンという音がした。外の戸を開けた音か。

「誰か入ってきたか……。一人二人程度なら消すぞ」
「はい」

 足音が近づく。割とはっきり聞こえる。
 俺は、祈った。
 戦える人でありますように。
 そして助けてくれる人でありますように。
 お願いします――と。

「あのー。誰かいるんですか?」

 声と同時に、この部屋の戸が開く音がした。
 ヤハラとタケルが構える。

 現れたのは、若い巫女姿の女性だった。

 彼女は一瞬、固まった。
 そして、俺を見て……

 鼓膜が破れるような悲鳴をあげながら、逃げていった。 
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