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ダンジョン飯で、IF 長編版

作者:蜜柑ブタ
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第十三話  ケルピーの石けん

 
前書き
ケルピー編。

ファリンが水上歩行の魔法を使えるのは捏造です。 

 
 ミミックを食べた翌朝。
 ファリン達は、水汲み場で顔を洗ったり、歯磨きしたりしていた。
 ダンジョン内とはいえ、生活習慣はしっかりしておかなければならない。
「あー…、そろそろ髪洗いたいな~…。」
「いいこと教えてやろう。刈ればすっきりするぞ。」
「またそんな意地悪言うんだから。」
「魔術的に髪の毛は大切だもんね。」
「ファリンも洗いたいでしょ?」
「私は、まだだいじょうぶ。」
「センシだって、おヒゲ、洗いたいでしょ?」
 マルシルがセンシに話をふった。
 センシは、黙ったまま、少しの間静寂がおとずれた。
「いつから洗ってないの!? 結構前から気になってたけど!」
 マルシルがセンシにつかみかかって聞いた。
 センシは、嫌そうに目をそらした。
 言われてみれば、センシのヒゲは、黒茶色で妙な光沢がある…。
「そんなヒゲだと、補助魔法が効かないかもしれないわよ?」
「それはありがたい。」
「センシ。この先は、補助魔法がないと進めないんだよ? 洗わないと…。」
「けっこうだ。」
 ファリンの言葉にもセンシはすげなく断った。
「そだっ。私、いい石けん持ってたんだ。それでおヒゲ洗って、三つ編みにしてあげる!」
 そう言ってマルシルは、荷物入れを漁った。
 そこで気づいた。
「あっ! そうか、あのとき…! そんなぁ、高かったのに~~!」
 その高い石けんは、レッドドラゴンと戦って、脱出した時に他の荷物と一緒に置いてきてしまったのだ。
 マルシルは、泣いた。





***





 そして、ファリン達は、ついに地下四階に着いた。
 地下四階は、岩盤からあふれ出た地下水が湖を形成しており、ほとんどが水没している。
 魔力を含んだ水は、ほのかに発光しており、水の底にある城下町を幻のように映し出している。
「センシは、普段どうやって四階を探索してるの?」
「この周囲で釣りをしたり、罠をかけたり…、その程度だな。お前達は、どうやってこの先に?」
「ふふふ……。もちろん魔法の出番!」
 マルシルが杖を取り出した。
「ぬ!?」
「これをこうやって。」
 マルシルは、杖の先で自分の足をトントンとした。
 そして水の上に跳んだ。
 すると、水の上に足が僅かに浮き、立つことができた。
「水上を歩いていくってわけ。」
 これが地下四階で必需となる、補助魔法だ。
「い……。」
「い?」
「いやじゃあああああああああああああ!!」
 センシが叫び、イヤじゃイヤじゃと丸太を束ねてできた足場の上でだだをこねた。
「こりゃダメだ。縄をかけて引っ張ろう。」
「ううん。やっぱり歩く方が良いよ。鎧で沈んで魔物の餌になったら大変だもの。えい。」
「やめろーーー!!」
 ファリンがすかさず杖でセンシの額を叩いて補助魔法をかけた。
「わかんないな。何がそんなに嫌なのか。魔法だって苦労がないわけじゃないのに。」
「…お前達は(まじな)いにたいして軽率すぎる。それこそわしには分からん。」
 そしてセンシとマルシルは、お互いにソッぷを向いた。
「まあまあ。過ぎたことは仕方ないよ。案外気に入るかもしれないよ? ほら。」
「ぬわっ!」
 ファリンに押され、センシが水の上に膝をついた。
 すると、少しだけ浮いていたが…徐々に沈んでいった。
 それを見たファリン達は大慌てでセンシを引き上げた。
「なに!? なんでこんな効き目が悪いの!?」
「あれ? かけ間違えたかな?」
「見てたもの、そんなはずないわ。げっ! 何コレ! 絶縁体!?」
 マルシルがセンシのヒゲに触って原因を突き止めた。
「うわ…、これって…色んな魔物の脂や血? すごい染みこんでる…。」
「イヤっ! 洗い流して、早く!」
 センシのヒゲの色と光沢の正体は、今まで狩ってきた魔物の脂と血だった。まあ上半身を覆うほどのヒゲなのだ。返り血は防げないだろう。
「これは、水洗いじゃ…無理だよ。」
「必要ない。」
 センシは立ち上がった。
「わしは、わしのやり方で水上を渡る。」
「えっ!?」
 ファリン達は、センシの言葉に驚いた。
「……船? 船作る気?」
「一瞬で藻屑だぞ?」
「もしかして、すごい考えがあるの? 魔物を使って船を作るとか?」
 心配するマルシルとチルチャックとは反対に、ファリンは、ワクワクしていた。
「見ておれ。」
 そう言ってミミックの殻を水面に浮かべた。
「? 何してるの?」
「シッ。」
 すると…。
 水面が波打ち、やがて美しい馬が現れた。
「ケルピー(水棲馬)!」
「危ない、下がって!」
「大丈夫じゃ。害はない。アンヌは、いつも釣りをしていると寄ってくる馬でな。」
「アンヌ…。」
「蒔いた魚の内臓や骨を目当てにな。大人しい奴だ。」
「魚なんか食べるんだ。」
「雑食の魔物なんだね。」
 センシは、ミミックの殻をケルピーにあげた、ケルピーは、殻をくわえてかみ砕いた。そんなケルピーの鼻先をヨシヨシとセンシが撫でる。
「以前からこいつで湖を渡れないか考えていた。」
「ええっ!?」
「ミミックの殻を使って、うまく誘導すればできないだろうか。」
「そ、そ、そんなの! すっっごくステキじゃない!」
「反対だわ。」
 顔を赤らめ興奮するマルシルとは反対に、ファリンは、冷静に反対の声を上げた。
「そのケルピーの内臓で浮き輪を作った方がまだいいと思う。」
「なんてこと言うの!」
「ひどい奴だな、おまえは!」
「魔物は危険よ。特に愛嬌のあるのは。昔兄さんもケルピーに懐かれて、背中に乗って…、うっかり水中に引き込まれそうになったわ。あのときは、私が助けたけど、危ないところだった。魔物の本心は人には分からないわ。」
「それは、そのケルピーのことをよく知らんかったからじゃろう。アンヌは、ゴーレムと同様長い付き合いだ。お前よりよほどよく知っておる。」
 そう言ってセンシは、ファリンの忠告を聞かなかった。
「どうして…、みんな哺乳類には甘いのかな? 人食い植物には反対してたのに…。」
「それ、なぜだか本当に分からないのか?」
 ファリンの呟きに、チルチャックがツッコミを入れた。
 そしてセンシが、ケルピーの背中に乗った。
「いくぞ! アンヌ!」
 そしてケルピーが水面を走り出した。
 水中に向かって…。
「センシーーー!!」
 マルシルとチルチャックが悲鳴をあげた。
 ファリンは、素早くロープを自分の腰に巻いた。
 水中では、本性を露わにしたケルピーがセンシに襲いかかっていた。
「マルシル!」
 ファリンは、背負っていた剣を抜き、そしてロープをマルシルに託すと水に飛び込んだ。
 水中では、ミミックのハサミの殻を盾にセンシがケルピーから身を守っていた。
 ケルピーの歯がミシミシと殻を砕いていく。
 そしてかみ砕かれようとしたとき、水に飛び込んだファリンがケルピーの背中に剣を突き立てた。
 ケルピーが暴れる。
 センシは、一瞬驚いたが、すぐに我に返り、ミミックのハサミの殻の先をケルピーの首に向けたのだった。

 そして、水面に血が広がった。





***





 ファリンと共に陸地に上がったセンシは、しばらく座り込んだままだった。
 ちなみに、陸地の置いたあの動く鎧の剣からは、水がピューと出していた。
「危なかった…。言ったでしょ…? センシ…。魔物の本心は分からないって…。」
 マルシルに助けられながら陸地に上がったファリンは、センシに言った。
 水面には、首を裂かれて水に浮かぶアンヌ…、ケルピーの死体があった。
「……背中に乗るのを待っていたと? 襲うことならいつでもできただろうに……。」
「う~ん…。成功率かな? それとも、そういう習性なのかなぁ? 魔物考えていることは分からないわ…。」
「分からん…。さっぱり分からん。」
 ファリンとセンシは、そう会話した。
 立ち上がったセンシは、斧を手にした。
「あんなに可愛がってたのに、食べるの!? 信じられない…。」
 マルシルが声を上げた。
「手伝う?」
「いいや。わし、一人でやる。」
 センシは、ファリンからの申し出を断った。
 そしてセンシは、一人でケルピーの解体を始めた。
 そんなセンシの様子を見ていたマルシルが、声をかけた。
「ねぇ…、脂身の部分を少しもらっていい?」
「? どういう風の吹き回しだ?」
 そして、センシは、背脂の部分を切り取り、マルシルに渡した。
 脂身を受け取ったマルシルは、タイル部分の陸地に行き、魔方陣を書いて火を起こした。
 そこに小鍋を置き、脂身から油を出す。
 その間に、灰と水を別の鍋に入れて、混ぜ合わせる。
 油、オリーブ油、濾過した灰汁(あく)を少しずつ加えて、木べらでかくはんする。
 そして、木べらから落とした液体がアトを残すようになったら、型に入れて…、冷ます。
 マルシルは、センシからミミックの殻をもらい、小鍋にできた液体を入れた。
「なんだ、これは?」
「センシが嫌がる物かもね…。」

 そうして、できあがったのは、ケルピーの石けんである。

「…っても、本当に完成させるなら、月や年単位寝かせたいところあけど。これ、センシにあげる。」
 マルシルは、殻に入った石けんをセンシに差し出した。
「ケルピーの脂は、髪油(かみあぶら)に重宝されてるの。服とか食器とかを洗うのにも使えるから…。」
「…今すぐ使えるのか?」
「まだまだ鹸化(けんか)の途中だから、どうかな?」
「使いたい。苦労して作った物なのだろう?」
「! …分かったわ。」
 そして、石けんを使うことになった。
 まず頭から水を被り、濡れたセンシの髪の毛とヒゲにケルピーの石けんをつけてもみ洗いする。
 しかし、泡立たない。
「やっぱ泡立たない! 石けんだか、ヒゲのせいだか分からないけど!」
「頑張れ、マルシル! おまえの技術ならできる!」
「私の技術じゃないから!」
「私も手伝う!」
 マルシルとファリンの二人がかりでセンシのヒゲを洗った。
 しばらく洗い続けると…、フサフサゴワゴワだったヒゲが髪の毛と共にぺたーっと伸びた。
「こ、これ…、この先ずっとこのままなのか? 戻るよな?」
 チルチャックが今のセンシの姿に恐れおののいた。
「あとは! 火の前で! しっかりクシを入れつつ! 乾燥させて!!」
 そして……。

 そこには、明るい茶色のヒゲと髪の毛をフワフワとさせたセンシがいた。

 洗って乾燥させてみて分かったことだが、センシのヒゲと髪の毛は、ほとんど一体化するほど長く、上半身を覆い尽くすほど多かった。
「…これで効かなかったら、どうしよう…。」
 っと言いつつ、マルシルが水上歩行の補助魔法をセンシにかけた。
 そして、センシが水面に足を乗せた。
 すると…、見事にセンシは水面に立った。沈むことなく。
「やったぁ!!」
「よかったぁ!」
「これで一緒に先に進めるな。」
「なるほど……、こうしてみると分かったことがひとつ。水上を歩くのは、中々気持ちがいいものだ。ありがとう。マルシル。」
「…うん。」
「……石けんが目に染みるわい。」

 こうして、ファリン達は、一日の大半をセンシのために費やしたのだった。 
 

 
後書き
これだけやっても、次回にはもう効きづらくなってるセンシって……。 
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