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永遠の謎

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151部分:第十話 心の波その九


第十話 心の波その九

「それはわかっていますね」
「はい」
 王とてだ。それはわかっていた。しかしなのだった。
 その言葉は口ごもりだ。そして小さくなっていた。その小さな言葉だった。
「ですがそれでもです」
「誰もがあの芸術に触れて欲しいというのですね」
「そうです。誰もがです」
 それもまた王の望みなのだ。誰もが自分と同じくだ。ワーグナーの芸術に触れてもらいたい、そして理解してもらいたいと考えているのだ。
 それでなのだった。母にこんなことも話すのだった。
「そしてです」
「そして?」
「彼は彼の作品の為の歌劇場を考えています」
「王立歌劇場での上演は」
「それも続けます」
 それに加えてだというのだ。それも考えているというのだ。
「私はそれにです」
「賛同しているのですか」
「非常に素晴しい考えです。今学院が設けられていますが」
「ワーグナー氏のですか」
「そうです。このミュンヘンにおいて音楽家を育てる」
 そうしたものだというのだ。それをだ。
「それに加えてです」
「ではです」
 母は熱く語る我が子に問うた。
「その歌劇場にかかる予算は」
「予算ですか」
「そうです。それはどれだけなのですか?」
 冷静な口調でだ。王に問うのである。
「一体どうなのですか、それは」
「予算は関係ありません」
 これがだ。王の返答だった。
「それはどうとでもあります」
「そうだというのですか」
「はい、そうです」
 返答は変わらなかった。それも全くだ。
「それだけの予算はあります」
「あるのと出すのは別ではないのですか?」
 母もかつて王妃だっただけはある。だからこそ予算のことはわかっていた。それで今はその予算について我が子に言うのだった。
「それは」
「いえ、あれば提供する」
「そういうものだというのですか」
「はい、そうです」
 これが追うの考えだった。紛れもなくだ。
「その通りです。芸術の為に予算は惜しむべきではありません」
「そして歌劇場もですか」
「そうです。それはいけませんか」
「それが貴方によくないことにならないことを祈ります」
 母は心から心配していた。その我が子のことをだ。
「心から」
「芸術にかけるものは全てを生み出します」
 王はだ。その芸術への考えを述べていく。
「ですから。それはいいのです」
「そう思われるのならいいのですが」
「御覧になっていて下さい。バイエルンは永遠に語り継がれる国になります」
 彼とて王だ。国のことは考えている。それが言葉にも出ている。
「それは武によってではなく」
「芸術によってですね」
「そのうちの一つが今日の初演です」
 トリスタンとイゾルデ、それの初演だというのである。
「今宵は。運命の日なのです」
「ではその運命の日に貴方は」
「その中にいます。このうえない幸福です」
「貴方にとっての幸福ですか」
「はい、それが永遠に続くことを願います」
 今がだというのだ。王はワーグナーの芸術に触れることを何よりの喜びとしていた。そのうえで夜を待っていた。そうしてであった。
 遂にだ。その時が来たのであった。
 宮中にいる王にだ。侍従達が述べてきた。
「陛下、お時間です」
「歌劇場に向かわれる時間です」
「そうか。遂にだな」
 王は待ちかねたような言葉を出した。
 
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