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緑の楽園

作者:どっぐす
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第二章
  第22話 混乱

「…………」

 目を開けたら天井が見えた。
 どうせ診療所のベッドの上だと思うが、首都の診療所ではないようだ。

 う……。

 わき腹が痛い。まだ熱を持っている感じもある。
 口径の小さな銃で一発、背中側から撃たれた。わき腹の後ろあたりに当たったと思う。
 今、俺は幸いにも生きているようなので、当たった場所は急所ではなかったようだ。

 おそらく、あの男は国王の胸を狙った。
 狙いは正確だったのかもしれないが、国王と俺では身長差がある。それが幸いしたか。

 痛いのは一か所だけなので、心配していた二発目は来なかったようだ。
 ということは、国王も無事である可能性が高そうだ。あのあと、クロや女将軍、護衛の兵士あたりが頑張ってくれたのだろう。ありがたいことだ。

 ひとまず……よかった。まだ死にたくはなかったから。

 しかし、あの男は一体何者だったのだろう。
 意味不明なことを言っていたし、とにかく謎である。

 犯人は北の国の関係者か?
 いや、それにしては少し様子がおかしかったし、何よりも北の国でも拳銃は発明されていないはず。

 そうなると、俺と同じくタイムワープをした者だろうか? それならば拳銃所持は説明がつく。
 しかし、ワープ者が「あの場所で」「国王を」「物陰からこっそりと」「銃で」殺さなければならない理由がわからない。
 二代連続で国王が同じ事件に遭うところであったため、何か重要な意味があるのは間違いないと思うのだが……。

 ……うーん。
 俺が異世界転移ではなく未来転移だったという件なども含め、謎が積み上がりすぎている。
 頭の中は絶賛混乱中だ。

 時間をかけて頭を整理しないとダメな気がするが、あのような暗殺者が登場した以上、あまり時間的な猶予はない気がする。
 頭の整理と並行して、次の事件を防ぐために手を打たないといけないだろう。
 国王や女将軍ら、事件の当事者を交えて、すぐに話し合いが必要だ。

 考えないといけないことが多すぎる。
 腹だけではなく頭も痛くなってきた俺は、無意識に右手を額に持っていこうとした。

 ……が、動かなかった。

 あれ? と思ったが、どうやら手を握られていたらしい。
 温かい。
 この手は国王だ。もうすっかり覚えてしまっていた。

「リク!」

 俺が手を動かそうとしたので、意識回復に気づいたのだろう。
 国王はそう言うと同時に、顔を俺の胸に押し付けて、泣きだした。

「……すまぬ…………すまぬ」

 うわ、すごい泣きっぷりだ……。

「あの。俺、死んだわけじゃないですし。そんなに泣かなくても」
「……すまぬ…………すまぬ……」

 号泣。
 ダメだこりゃと思った俺は、少しこのままにすることにした。
 落ち着いたら、俺が気絶してからのことの聞き取りと、今後についての相談だ。



 ふう……。
 遺跡でのやり取りを思い出す。

 ……やっぱり俺が悪かったんだろうなあ。

 例によって、俺は今まで人を真剣に説得したこともなければ、真剣に説得されたこともない。
 そのような状況が、二十二年間で一度も発生しなかったからだ。

 それが言い訳になるのかはわからないが、今思い返すと、あのときの説得の仕方が酷い。

 この国王のことだ。来る前にしっかり遺跡のことを予習して、発掘の計画資料にも目を通していたのだと思う。
 昨日の日中は砦で視察をしていたと思うので、夜遅くまで、遺跡のどこを見て回るのかなどを、学者らと打ち合わせしていたかもしれない。

 そのうえで、次の日の朝に到着したら、いきなり俺が登場して「帰れ」だ。
 これではカチンとこないほうがおかしい。もう少し言い方というものがあった。

 さらに、俺は半年前、最初に着いた町への転入手続きしており、すでにこの国の国民となっている。「あんたの部下ではない」「部外者」というのもおかしな発言だった。
 そもそも、城に居候している身でよくあんなことが言えたな、という感じだ。
 頭に血が上っていて全然ダメだった。

 はー。
 何かうまくいかないんだよなあ……。なぜこうなんだろう。

「…………ヒック」

 胸の上の国王を見る。
 さっきよりはマシになった気がする。少し落ち着いたか?

「あの、俺も悪いところはあったというか、むしろ圧倒的に俺が悪かった気がしますので。謝ります。申し訳ありません。
 えーっと。昨日のことや今後のことについて話をしたいんで、できればそろそろ泣きやんでいただけますと」

「うう…………すまぬ……余のせいで……すまぬ」

 しまった。
 俺の言葉がアクセルになってしまったのか、また大号泣になってしまった。

 というか誰か来てくれ。いつまで続くんだ。



 ***



 今度こそ少し落ち着いたか。

「あの。泣いてくれるのはすごく嬉しいんですけど、一国の国王が庶民の胸に顔を擦り付けて号泣というのはどうなんですかね?」

 あと、俺の服が涙と鼻水でビショビショのようです。また着替えなきゃいけないんですけど?
 ……まあ、それは言わないが。

「……だって……仕方がないではないか。あの音は父が死んだときと同じで…………お前も……死んだのかと」
「あー、また泣いちゃダメですよ? ストップです。ハイ、ストップ。泣かれちゃ話ができませんので」

 目が真っ赤。いくらなんでも泣きすぎだと思う。
 そしてやはり、音は先代国王のときと同じだったようだ。九年前の先代国王の急死は、やはり病気ではなかった。銃殺で確定だ。

「それより、俺の頼みを聞いてほしいんですけど」
「……何でも聞く。言ってくれ」

 本当に何でも聞きそうな雰囲気が満々である。
 今なら、冗談でこっちが肩車をお願いしても通りそうだ。

「今回の件、少し情報の整理が必要ですし、陛下の身の安全について俺から言えることをすべて伝えたいと思います。陛下と、ファーナ将軍と、俺とクロで、少し話をしましょう」
「……わかった、近くで待機させているので呼んでくる。少し待っておれ」

 国王が入口に向かった。

「クロ……すまぬ。余のせいでリクが……」

 入口横で下を見ながらそんなことを言う国王。
 その目線の先では、クロが国王に頭をスリスリしていた。
 良かった。クロも無事だったのだ。
 ……というか、クロにまで謝ってますね、陛下。しかも慰められてますね。

 国王が一時退室して扉が締まると、クロがこちらにやってきた。

「リク……」

 声に力がない。やはり心配していたのだろう。

「クロ、心配かけて悪かったな」
「怪我は大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だよ。俺、またお前に助けられたんだろ? ありがとう」
「……」
「ん?」

 浮かない顔だ。

「あの人間、結局逃してしまった」
「ははは、なんだそんなことか。いいよ。助けてもらっただけでもありがたいんだから」
「すまない」

 そんなことは、本当にどうでもよかった。
 やはりこの旅のゴールは、俺とクロが生きたまま元の世界――過去――に帰ることだ。
 クロは人間よりも小さく、すばしっこい。拳銃の弾が簡単に当たるとは思えないが、万が一ということがある。
 今回は、俺が生きていて、かつクロが無事。十分に満足だ。

「お前が無事であるほうがずっと重要だよ。そもそも、お前は俺の私物じゃないからな。大森家の飼い犬だ。だからやっぱり、あまり無理せずにだな、命を大事にということをだな、あの、その、最優先にということでだな――」

「……」
「……」

 じー。

「…………」
「…………」

 じー……。

「あー、もー、わかりました! 俺が悪うございました! 頼りにしてますから! これからも一生懸命に体を張って頑張ってください! 今後もよろしくおねがいします!」

 クロは満足したようにベッドを離れると、入口のすぐ横で座り込み、顎を地面につけた。
 本当に頑固だ。

 ……しかし。
 生身の人間である犯人が、犬であるクロから逃げ切れたというのはすごいと思う。何か道具を使ったのだろうか?
 クロに聞いてみようか。あの男の正体のヒントになるかも……?

 あ、いや、ダメだ。
 今この流れで聞いてはいけない。
 逃したことを俺が残念に思っていて、かつクロを責めているみたいに感じるだろう。

 犬の美学はいまだよく理解していないが、クロにとってかなりの精神的ダメージになるかもしれない。
 このあとの打ち合わせで詳しくヒアリングすればいいだけのことだ。

 このあたりの気遣いが俺は無意識にできないようなので、慎重にやらなければならない。 
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